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ベックがファレル・ウィリアムスと作り上げた新作『Hyperspace』の素晴らしさ【アルバムレヴュー】

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2019年11月22日に発売となった新作『Hyperspace』で、ベックは20年来の願いだったファレル・ウィリアムスとのコラボレーションをついに実現させた。この2人が2010年代の節目に一体どんなことをやってのけるのか考えただけでワクワクする。現代のヒット曲のほぼ全てに関わっていると言っても過言ではないファレル・ウィリアムス。そして作曲そのものの概念を悉く打ち破ってきたベック。その二つが合わさった時、21世紀のポップ・ミュージックがどこへ向かって進んでいくのかなど誰にもわかり得ないだろう。一方で、この2人が50歳に近づき、2020年という新たな10年が始まろうとしている現代において、彼らの音楽、そして音楽そのものが大きく様変わりしている。

ではそれ以外の世界はどうだろう?“2000年フィーバー”と呼ばれる21世紀を迎える直前の緊張感、儚さ、焦燥感、はたまたそれに類似する不安感が2000年の到来に向けて広がりをみせ、文化的風潮として充満していった。ファレルは「Happy」で私たちの気を紛らしてくれるのだろうか? ベックは、ロックと現実逃避的なパーティ・ジャムを混ぜ合わせたビジネスを展開しようとしているのだろうか? いや、そうではない。ベック曰く、最新作『Hyperspace』のさりげないエレクトロが散りばめられたアレンジと、この物騒な世の中に安らぎを求めるような歌詞は、現世における平和探しであり、まさしく今の時世を反映した作品なのだ。

新たな何かを探し求めて

2008年の『Modern Guilt』から2014年の『Morning Phase』までの6年もの活動休止期間を経て、従来のファンと新たなファンが同時に馴染みやすい作品となった『Morning Phase』でベックが復帰したとするならば、2017年の前作『Colors』は、現代ポップ・シーンの中でベックが自分の居場所を探していた証拠であり、最新作『Hyperspace』では全く新しい何かに到達しようとしているのがわかる。

リル・ナズ・エックスの「Old Town Road」が生まれる20年前、カントリーのフレーズに乗せてラップすることに全く抵抗がなかったベックなら、いかにも作りそうなヒップ・ホップとブルースがごちゃ混ぜにして薄切りにしたような「Saw Lightning」が今作の最大のサプライズではない。ベックとファレルの二人のミュージシャンが、どちらの音楽性にも合致しない作品を引っ張り出してきたという事実が驚きなのだ。

Beck – Saw Lightning (Audio)

 

彼らのような個性的な2人のアーティストが共作する場合に伴う危険として、お互いの魅力を相殺してしまうことがある。しかし、今回のベックの新作アルバム『Hyperspace』では、ファレルとベックが完璧な一体感のもと共作を成し遂げている。つまり、それはまるで『Morning Phase』と『Colors』がお互いの妥協点を見出したかのような、完璧な曲作りとエレクトロ・ポップが融合しつつ、同時にお互いの安全地帯から引き離しているかのようだ。

完璧に作り込まれた作品

ベックは、『Hyperspace』のレコーディングの過程についてこう語っている。

「物事がすごいスピードで、完全に開放された中で進んでいくので、何でもありだったんです。本当に何でも。インスピレーションが降りてきた途端、全てがものすごい速さで起きました。あれこれ考えるようなこともなく、素晴らしい経験でした」

とはいえ、この『Hyperspace』は明確に3つの展開で構成された、完璧に作り込まれた作品でもある。

1つ目は“危機”(「Uneventful Days」“暗闇の中で生きながら、光を待っている/終わりなき戦線で捕らわれてしまった/全てが変わり果て、何もかもが違う”)、そしてそれに続く2つ目は“魂の覆う暗い夜”(「Dark Places」午前2時/自分を見失っている…すごく孤独なんだ/とても罪深い)、そして最後の3つ目は“感情の解放”(「Everlasting Nothing」僕は海岸に流れ着いた/そこでみんなが僕を待っていた/ここで何かを見つけられるはずだ)だろう。

アルバムの最後を神聖な領域へ導くために聖歌隊を率い、エレクトロニカとゴスペルを融合させた「Everlasting Nothing」は、解放と啓示のサウンドで今作を締め括る。アルバム全体の雰囲気は、2002年の『Sea Change』の失恋モードに近いが、2006年の『The Information』で感じされた実存的な被害妄想も帯びている。

Beck – Everlasting Nothing (Lyric Video)

 

時代精神を捉えている

アルバム『Hyperspace』のタイトル・トラックが、物事が絶え間なく変わりゆく21世紀の世の中についてだとすると(かたちを失い、すべてが共鳴する/いやはっきりとはわからない/インフラはすべて時代遅れだ/これは見せかけかもしれない)、「See Through」といったで曲は、ほとんどの対話がスクリーン上でなされるこの時代において、感情移入できる関係性をつくることがいかに難しいかを探っている。“この生活から抜け出して、あなたのもとに辿り着こうとしている”と、ベックは、まるで生命が新たに彼の周りを取り巻いているかのように、シンセの盛り上がりが頂点に達するところで歌う。だが、音楽が消えかける時、彼はその剥き出しの声で一言、“あなたに見透かされるとひどく嫌な気分になる”と囁く。それはまるで虚像の鎧の中にいる生身の人間がさらされるのは耐え難いという、孤独で脳裏に焼き付くような瞬間だ。

Beck – See Through (Audio)

 

気のめいるような作品だと思われるかもしれないが、心配することはない。アルバムの歌詞自体は不信感と不安に満ちているものの、それらは時に軽快で、真に迫る音楽にしっかりと支えられている。壮麗で、雄大かつ安らぎと説得力に溢れていた『Colors』に比べると、アレンジそのものはより削ぎ落とされているが、『Hyperspace』では聴覚的世界を通して、作品の中に深く引き込まれ、精神がその中を彷徨うような体験ができる。

『Modern Guilt』(2008年)から『Morning Phase』(2014年)までの6年間の沈黙は、世の中のベックへの枯渇感を掻き立てた。その間、自らの作品を発表するのではなく、シャルロット・ゲンズブール、サーストン・ムーア、スティーヴン・マルクマス他、多くのアーティストたちの素晴らしい作品のプロデュースを手掛けていたが、世界が切に望んでいたのは、ベックが彼自身のビジョンと共に復帰することだった。新作『Hyperspace』がその答えなのだ。

『Odelay』や『Midnite Vultures』のように、より過激なポストモダニティの方向性をとるにしても、『The Information』のように、破壊が進んでいく文化的景観を解明するにしても、ベックはいつもブレることなく時代精神を捉えている。『Hyperspace』は個人的な失望から生まれた作品かもしれないが、ベックはそれを全世界共通の感性に流し込んでいるのだ。この不穏な時代に私たちがどんな恐怖を抱えていたとしても、このアルバムはそれからの逃避と、それを受け入れる術を提示してくれている。

Written By Jason Draper



ベック「Hyperspace」
2019年11月22日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify



 

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