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ユーロヴィジョン・ソング・コンテストで優勝したアバと、下馬評を覆した「Waterloo」パフォーマンス

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19回目のユーロヴィジョン・ソング・コンテストは最初から台無しになるかと思われたが、キャリアの転機となるアバのパフォーマンスのおかげで、今までのこのコンテストの中で最高の瞬間のひとつであることが証明された。

ABBA Waterloo Eurovision 1974 (High Quality)

ABBA Waterloo Eurovision 1974 (High Quality)

 

その1974年の式典は当初、様々な挫折に悩まされていた。まず、主催国だったはずのルクセンブルグが国の予算を超えていると主張してコンテストの主催権を手放し、イギリスのブライトンへの開催地変更を引き起こした。次にイタリアが自国の国政選挙の前夜にジリオラ・チンクェッティが歌うイタリアの代表曲「Sì」を放送することは、「Si」が「Yes」を意味することから現政権を認めるサブミニナルとなることを懸念してショーの放送を拒否。司会を務めたケイティー・ボイルの衣装(今では破廉恥な間違ったワードローブの初期の例ともいえる)にも問題があり、そしてフランス大統領が死去し、土壇場になってフランスは彼の葬儀の日との調整をすることになった。さらにイギリスのパフォーマー、オリビア・ニュートン・ジョンは、バラード曲を歌いたかったのに、TV投票によって選ばれた活気のある曲「Long Live Love」が選ばれたことに失望したと表明していた。

アバにとって、この年の彼らのパフォーマンスに運命はかかっていた。前年、このコンテストにアバは出場したがエントリー曲「Ring Ring(邦題:木枯らしの少女)」はスウェーデンの国内予選を勝ち上がることはできず3位に留まった。1974年に彼らはスウェーデン代表としてついに選ばれた。一部の予想屋たちはその年の勝者に、アバの「Waterloo(邦題:恋のウォータールー)」をおしていたとはいえ特に勝算があるわけではなく、開催当日の4月6日にはイギリスかオランダのどちらかの勝利が予想されていた。しかし、この予想が立てられていたときには、まだ誰もアバのパフォーマンスを見たことがなかったことを忘れてはならないだろう。

ABBA Waterloo album cover cropped web optimised 740

素晴らしい衣装ときらびやかなメイクアップを施したアグネッタとフリーダがステージに登場したとき、全ては一変する。彼らはその夜のコンテストの半ば過ぎの8番目に登場。「Waterloo」がナポレオンの「ワーテルローの戦い」からとられたタイトルということで、指揮者のスヴェン=オロフ・ワルドフはナポレオンに扮した扮装で登場。そしてアバは彼らのパフォーマンスの頭から人々を驚かせ、期待を高めた。スウェーデン語の歌詞から英語へと曲を作り直したことは絶妙で、母国語のままだったときよりもさらに進化し、彼らの魅力をさらに広めた。

もし、「Waterloo」がこんなにも強い曲じゃなかったら。もし、アバのユーロヴィジョンのパフォーマンスがあんなによくなかったら。もし、「Waterloo」のオリジナル・タイトル「Honey Pie」にそって作られていたなら、結果は上手くいっていただろうか?いやそんなことはないだろう。「Waterloo」の持つその抜け目のない歌詞と軽快なリズムにのったフックが、ユーロヴィジョンの会場内にいたオーディエンスを巻き込んだ。それはユーロヴィジョンの歴史的瞬間のひとつとして今でも残っている。当初予定していたバラード「Hasta Mañana」の代わりに、アップビートの「Waterloo」を披露すると決めたアバの決断が正しかったことが証明されたのだ。

ABBA sings "Waterloo"

ABBA sings "Waterloo"

 

ウォンブルズのパフォーマンスを挟んで、投票が始まった。イタリアのジリオラ・チンクェッティの「Si」より優位になったアバが最終的に6つのポイントを獲得したが、最後の投票用紙の結果が呼ばれるまで投票は緊迫した状況にあった。トロフィーを受賞するためにステージへと駆け上がったベニーとビョルンは、彼らのことを認識していなかった警備員にあと少しで止められるところでもあった。

そして一年後には、アバの存在について疑問を投げ掛けるものは誰もいなくなった。「Waterloo」はヨーロッパ中でチャートの首位を獲得し、全米でも6位に食い込み、アバは止めらることのできない勢いを持ったグループへと突き進んだ。ユーロヴィジョン決勝でのあの夜、アバのパフォーマンスは、世界を征服しようとする彼らの最初の大きな勝利となったのだ。

Written by Mark Elliott


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