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スティーリー・ダンのオリジナルメンバー、ウォルター・ベッカーが67歳で死去

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ロックン・ロールの殿堂入りを果たしたバンド、スティーリー・ダンのギタリスト、ベーシスト、そして創始メンバーであるウォルター・ベッカーが、2017年9月3日(日)に67歳で亡くなった。

ウォルター・ベッカーの公式サイトがこのミュージシャンの死去を伝えた。現時点では亡くなった理由など詳細については明かされていない。

7月に開かれた「クラシック・イースト&ウェスト」のコンサートに、スティーリー・ダンは出演したが、ウォルター・ベッカーは病から回復中という理由で参加できなかった。「ウォルターは治療から回復中で、早く元気になってくれることを願っている」とバンド・メートのドナルド・フェイゲンは当時Billboard誌に話した。ウォルター・ベッカーの医者が、ハワイのマウイにある自宅を離れてコンサートに参加することに反対したのだ。

ウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンは、ともにニューヨークにあるバード大学で学生だった頃に初めてコラボレートした。バーブラ・ストライサンドの「I Mean To Shine」を作曲するなどソングライターとして活躍し、ジェイ&ザ・アメリカンズのバックバンドのメンバーとして演奏した後、70年代初めに2人はカリフォルニアに引っ越し、ウィリアム・S・バロウズの小説『裸のランチ』のセックス・トイから名前をとって、ギタリストのジェフ・‘スカンク’・バクスターとデニー・ダイアス、ドラマーのジム・ホッダー、そしてヴォーカルのデイヴィッド・パーマーとともにスティーリー・ダンを結成した。

1972年のデビュー作『Can’t Buy A Thrill』をリリースした後、デイヴィッド・パーマーがバンドを脱退し、ラインナップが変わった。スティーリー・ダンは定期的にミュージシャンが変わったが、ウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンはグループの中心メンバーとして残った。メンバーは変わり続けたものの、スティーリー・ダンは‘計算された文学的な歌詞’でジャズ、ポップ、ロックとソウルの境界線を曖昧にし、完璧な洗練された一連のアルバムを制作して音楽史にその名を刻んだ。

「ロック/ジャズのフュージョンには興味がない」とウォルター・ベッカーは1974年にローリング・ストーン誌に話した。「その融合でできたものは今のところ退屈なものばかりだ。音楽はロックン・ロールだけど、いつもプレイしながらスウィングをしている。それは、いつも流れが続いて欲しいし、ジャズのあの軽快さと前に進んで行く押しの感じが欲しいからなんだ」。

さらにこう付け加えた「ピアノ理論の本を読んで音楽を学んだ。コードにしか興味がなかったんだ。それとハーバード音楽辞典、その両方で知りたかったこと全部身につけることができた」。

ウォルター・ベッカーがベースを担当した『Can’t Buy A Thrill』は「Reelin’ in the Years」、「Dirty Work」そして「Do It Again」などのヒットも収録された。続いて1973年に『Countdown To Ecstasy(邦題:エクスタシー)』を制作し、ドナルド・フェイゲンのリード・シンガーの位置が定着した。1974年のバンド最大のヒット「Rikki Don’t Lose That Number(邦題:リキの電話番号)」を収録した『Pretzel Logic』の後、ツアー・ミュージシャンとして引っぱりだこだったデニー・ダイアス、ジェフ・バクスターとジム・ホッダーが全員脱退し、スティーリー・ダンは大きな変化を迎えた。

「ジェフリー・バクスターや他のメンバーがツアーをしたがっていたのに、私たちは8か月も曲作りをしてレコーディングするのは不公平だった」と1977年にウォルター・ベッカーはローリング・ストーン誌に語った。「あまりお金もなかったし、みんなはツアーを頻繁にしたがった。私たちはしたくなかった。それだけのことだ」。

1975年の『Katy Lied(邦題:うそつきケイティ)』では、現在のデュオはウォルター・ベッカーがギターの役割も果たしながら、TOTOのジェフ・ポーカロ、ギタリストのヒュー・マクラッケンとマイケル・マクドナルドを含むスタジオ・ミュージシャンの一人者とチームを組んだ。

そのスーパーグループが出来上がり、マイケル・マクドナルド、イーグルスのティモシー・B・シュミット、ドラマーのジム・ケルトナー、そして伝説のサクソフォニスト、ウェイン・ショーターらの貢献をフィーチャーし、スティーリー・ダンは1977年に傑作『Aja(邦題:彩(エイジャ))』を発表した。ローリング・ストーン誌の史上最高のアルバム500枚に選出されたアルバムは「Peg」、「Deacon Blues」、「Aja」などの名曲が収録され、2人にとって初のプラチナム・アルバムとなり500万枚以上もの売上を達成、全米アルバム・チャートで最高位3位を記録した。

それから約20年後ウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンはスティーリー・ダンとして2000年にアルバム『Two Against Nature』を発表。そのLPは、最優秀アルバムを含む4つのグラミー賞を受賞した。バンドは2003年にあと1枚のスタジオ・アルバム『Everything Must Go』をリリースし、「Slang of Ages」ではウォルター・ベッカーがスティーリー・ダンで初のヴォーカル・デビューを果たした。

Written by Tim Peacock



reDiscover : スティーリー・ダンの最高傑作『Aja(邦題:彩(エイジャ))』

スティーリー・ダン『Aja』

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2 Comments

2 Comments

  1. まきのひでき。

    9月 5, 2017 at 7:16 pm

    Tim Peacockは、素人のライターですか?
    Aja→Gauchoでしょ。それから20年て。
    なさけない。

    • Shingo Terashima

      9月 6, 2017 at 9:29 am

      ご指摘ありがとうございます。該当部分修正いたしました。

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