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コモドアーズの創設メンバー、ベーシストのロナルド・ラプリードが75歳で逝去

1970年代から1980年代にかけて活躍したファンク/ソウル・グループ、コモドアーズ(The Commodores)の創設メンバーで、元ベーシストのロナルド・ラプリード(Ronald LaPread)が75歳で逝去した。彼は、「Nightshift」「Brick House」「Three Times a Lady」「Easy」など、グループの数々のヒット曲で演奏を担当した。
この訃報は、5月31日にロナルドの娘であるソラヤ・ラプリードによるSNS投稿を通じて伝えられた。
「深い悲しみとともに、父ロナルド・ラプリードが亡くなったことをお知らせしなければなりません」
彼女は死因については言及していないが、ニュージーランド・ヘラルド紙によると、ロナルドは“急な体調不良”により、オークランドで亡くなったという。彼は過去40年間にわたりニュージーランドで暮らしていた。
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1968年、ロナルド・ラプリードは、ライオネル・リッチー、ウォルター・“クライド”・オレンジ、ウイリアム・キング、ミラン・ウイリアムズ、トーマス・マクラリーという、当初、「Mystics(ミスティック)」と「Jays(ジェイズ)」という2つの学生グループで活動していたメンバーとともに、アラバマ州のタスキーギ・インスティテュート(現:タスキーギ大学)在学中にコモドアーズを結成し、1972年にモータウンと契約した。
タスキーギ市のクリス・リー市長は次のような声明で哀悼の意を表している。
「ロンはタスキーギ・インスティテュート高校在学中に音楽活動を始め、その後進学したタスキーギ大学で世界中の音楽ファンに影響を与えることになる輝かしいキャリアの礎を築きました。彼の才能、献身、そして成功はタスキーギに誇りをもたらし、その足跡をたどる何世代もの若者たちにとっての励みとなりました。タスキーギ市議会および市民を代表し、ラプリード家のご家族、ご友人、かつてのバンドメンバー、そして世界中のファンの皆様に、心よりお悔やみ申し上げます。ロナルド・ラプリードの音楽とレガシーは、これからも世代を超えて受け継がれていくことでしょう」
ロナルド・ラプリードは、1986年にニュージーランドへ移住するまでコモドアーズのメンバーとして活動を続けた。在籍中は11作のスタジオ・アルバムに参加し、「Nightshift」「Brick House」「Three Times a Lady」「Easy」といった数々のヒット曲でベースを担当している。
ニュージーランド・ヘラルド紙によると、彼は近年、コモドアーズやライオネル・リッチーのニュージーランド・ツアーに飛び入り参加するもあり、その中には昨年10月にオークランドのSpark Arenaで行われたコモドアーズのコンサートも含まれている。
Written By Sam Armstrong
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