ムーディー・ブルースの創設メンバー、レイ・トーマスが76歳で死去

1月 9, 2018


ムーディー・ブルースの創設メンバー、レイ・トーマスが76歳で死去

ムーディー・ブルースの創設メンバーであり、作曲家、ヴォーカリスト兼フルート奏者だったレイ・トーマスが2018年1月4日木曜日、76歳で亡くなった。彼は前立腺がんと診断されたことを2014年に公表していた。

このニュースは、現在のメンバーがマイアミからメキシコまで開催されたムーディー・ブルース・クルーズを終え、港に戻ってきた1月7日日曜日に発表された。ムーディー・ブルースは今年4月にロックの殿堂入りの予定である。

「レイと僕は14歳のころから生涯を共にしてこの魅惑的な旅に出ているんだ」と長年のバンド仲間、ジョン・ロッジがソーシャルメディアで綴った。「スターに登りつめたバーミンガム出身の若者2人… 僕らは一緒にやり遂げたんだ。エル・ライオット、君はこれからもずっと僕のそばにいるだろう」。ムーディー・ブルースが結成される前の1964年、将来的にムーディー・ブルースのメンバーとなるマイク・ピンダーも時に参加するバーミンガムのバンド、エル・ライオット&ザ・レベルズにレイ・トーマスとジョン・ロッジは共に在籍していた。

1941年、ストアポート=オン=セヴァーンで生まれたレイ・トーマスは地元のR&Bバンドで経験を積んでおり、まさにムーディー・ブルースの初期の音はアメリカのソウル・ミュージックに影響を受けたものだった。初期メンバーでの代表的なヒット曲となった全英1位の「Go Now」はアメリカのR&Bシンガー、ベッシー・バンクスのカヴァー曲だった。

デニー・レインとクリント・ワーウィックが脱退後、ジョン・ロッジとジャスティン・ヘイワードが加入する新しいグループの形になるまでに、レイ・トーマスは彼自身の曲を発表。その2曲「Another Morning」「Twilight Time」は彼らの画期的な1967年のLP『Days Of Future Passed』に収録された。

レイ・トーマス、2009年 (photo: Carlo Chiavacci)

レイ・トーマスはムーディー・ブルースのために集中的に曲を書き始めた。彼らのライヴのハイライトのひとつに、1968年の『In Search Of The Lost Chord(邦題: 失われたコードを求めて)』に収録されているLSD研究の第一人者ティモシー・リアリーを称えた「Legend Of A Mind」があった。彼は通常、それぞれのアルバムに2~3曲を提供し、ジャスティン・ヘイワードとドラマーのグレアム・エッジと共同制作も行っていた。その他の注目曲は、ディスクでも、ステージ上でも人気な1972年の『Seventh Sojourn 』収録のバラード曲「For My Lady」や1981年のアルバム『Long Distance Voyager(邦題: ボイジャー~天海冥(魂の叫び))』収録の「Veteran Cosmic Rocker」がある。

1970年代中盤のバンド活動休止中に、レイ・トーマスは1975年の『From Mighty Oaks(邦題: 樫の木のファンタジー)』をイギリスで23位、アメリカで68位にチャートインさせるなどソロ活動での成功をおさめていた。1年も経たないうちに、彼は『Hopes Wishes & Dreams(邦題: 希望、願い、そして夢)』をリリース。両アルバムともデレク・バーナルズと共に共同プロデュースを行った。

「ただスタジオにぶらっと入り、僕らの最新のインスピレーションをスラスラっとこなしているわけではないよ」とレイ・トーマスは1971年にレコード・ミラー紙にこう語っていた。「何かを始める前に、僕らは自分たちの作業に専念し、かなりたくさんの準備をするんだ。セッションの前には何日もみんなで机を囲み、人生や世の中のルールについてただ話したりするんだ。僕らのポリシーはいつだって、前作よりも良いものにするようにすることだった。僕らは常に自分達自身と競い合ってきたんだよ」。

Written by Paul Sexton



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