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元ユーライア・ヒープのヴォーカリスト、ジョン・ロートンが74歳で逝去。その功績を辿る

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ユーライア・ヒープ(真ん中がジョン・ロートン)Photo: Fin Costello/Redferns

元ユーライア・ヒープ(Uriah Heep)のヴォーカリスト、ジョン・ロートン(John Lawton)が74歳で逝去した。この訃報は、ユーライア・ヒープの公式SNSから次のように伝えられた。

「2021年6月29日、ジョン・ロートンが突然、全く予期せぬかたちで亡くなったという非常に悲しいニュースを、深い遺憾の意をもってお伝えします。報じられている内容とは裏腹に、病気ではなかったため、彼の死は理解しがたいものとなっています。彼は妻に見守られながら安らかに逝きました。彼の死は大変惜しまれることでしょう。ジョンの人生を祝福するための葬儀は、本人の希望通り、家族と親しい友人のみで執り行われます。この困難な時期に、ご家族のプライバシーを尊重していただければ幸いです」

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Uriah Heep – Free Me 1977

ジョン・ロートンは、カルト・ロック・バンド、ルシファーズ・フレンド(Lucifer’s Friend)のフロントマンとしてドイツで名を馳せた後、1976年にユーライア・ヒープに加入。ヨークシャー出身のジョン・ロートンのブルージーな歌声は、バンドに多くの新しい可能性をもたらし、『Firefly』『Innocent Victim』『Fallen Angel』という3作のスタジオ・アルバムをレコーディングする。ジョン・ロートンは、ジェフ・クレイマーに次のように語っていた。

「バンドに加入する前は、ユーライア・ヒープのことをよく知りませんでした。ケン(・ヘンズレー)から電話をもらった後、彼らの音楽に慣れ親しむために、“The Best of Uriah Heep”というアルバムを買いに行かなければならなかったくらいです。ですから、デヴィッド・バイロンのような人の後任になるという事実について、あまり深く考えていませんでした。バンドに加入してから最初の数ヶ月間は、記者たちが “ジョン・ロートンって誰?”とか、“ルシファーズ・フレンドって誰?”って感じでしたね」

1979年9月、ジョン・ロートンはユーライア・ヒープを脱退したが、かつてのバンドメンバーとは良好な関係を保っていたことを明かしている。

「私たちは良き友人です。いつも言っていることですが、一度ヒープ・ファミリーに入ったら、何があっても決して離れることはないんです。彼らが助けを必要としている時には、私はいつもそばにいます。いつだって助けに行きます。そして、もし私が助けを必要としていたら、ミック(・ボックス)やメンバーは、真っ先に乗り出して、“ああ、僕らが助けに行くよ”と言ってくれるでしょう。それが全てです。良い関係性を保ててると思ってます」

ユーライア・ヒープ脱退後のジョン・ロートンは、1980年にソロ・アルバム『Heartbeat』のレコーディングを経て、1982年の『Mean Machine』でルシファーズ・フレンドに再加入。バンドはその1年後に解散したが、2015年にニュー・アルバム『Too Late To Hate』とツアーのために再結成を果たした。また、1995年にはユーライア・ヒープのシンガー、バーニー・ショウが喉の不調で2週間のライヴ活動の休止を余儀なくされたため、ジョン・ロートンがその間の代役を務めた。

ジョン・ロートンは、1975年にロイヤル・アルバート・ホールで行われたロジャー・グローヴァーのソロ・アルバム『Butterfly Ball』の記念ライヴで、デヴィッド・カヴァデール、グレン・ヒューズ、イアン・ギランらと共にステージに立った。彼は、そのキャリアを通して、1975年のユーロビジョン・ソング・コンテストでのドイツ代表曲として知られる「Sing Sang Song」を歌ったレス・ハンフリス・シンガーズの他、レベル、Zar、ガンヒル、ヘンズレー・ロートン・バンド、ロートン・ダニング・プロジェクト、そして自身のジョン・ロートン・バンドでもレコーディングを行っている。

Written By Tim Peacock




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