トラフィックの共同創設メンバー、デイヴ・メイスンが79歳で逝去。その功績を辿る
トラフィック(Traffic)の共同創設メンバーとして知られるシンガーソングライター/ギタリストのデイヴ・メイスン(Dave Mason)が逝去した。享年79。
家族がRolling Stone誌に寄せた声明には、「家族を代表して、深い悲しみとともにデイヴ・メイスンの逝去をお知らせします。彼は、愛する音楽と人々に捧げた素晴らしい人生を送りました」と記されている。
トラフィックの共同創設者であり、同グループのメンバーとしてロックの殿堂入りも果たしたデイヴ・メイスンは、1969年にジョー・コッカーによるカヴァーが大ヒットとなった「Feelin’ Alright?」(1968年の『Traffic』に収録)の作者として知られる。またソロ名義では、1977年にジム・クルーガーと共作した「We Just Disagree」がアメリカでヒットを記録している。
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その生涯
デイヴ・メイスンは10代の頃、イギリス空軍への入隊を志していたが、やがてギター演奏と歌うことへの情熱を見出していく。10代のうちに最初のバンド、ザ・ジャガーズに参加し、その後ドラマーのジム・キャパルディとともにザ・ヘリオンズを結成。さらに二人はザ・ディープ・フィーリングというバンドを経て、スティーヴ・ウィンウッドとクリス・ウッドを迎え入れ、トラフィックを結成した。
トラフィックは1967年のデビュー作『Mr. Fantasy』で即座に成功を収め、デイヴ・メイスンが作曲した「Hole in My Shoe」は全英チャートで2位を記録したが、彼は芸術的方向性の違いからこのデビュー・アルバム発表後にグループを離脱し、すぐにソロ曲「Little Woman」を発表する。同シングルのB面曲「Last Exit」は、後にトラフィックの3作目のアルバムに収録された。
以降も、デイヴはトラフィックと関わりを保ち続け、セカンド・アルバム制作時には再びメンバーとして参加している。その後アメリカへ移住し、ソロ活動に軸足を移したが、バンド初のUSツアーには折に触れて参加していた。
トラフィックでの活動に加え、デイヴ・メイスンは1970年の初のソロ・アルバム『Alone Together』を皮切りに、多くの作品を発表し、ソロ・アーティストとしても膨大な作品群を築き上げている。またコラボレーターとしての実績も幅広く、ジミ・ヘンドリックス(「All Along The Watchtower」でアコースティック・ギターを担当)、ジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、グラハム・ナッシュ、スティーヴン・スティルス、リタ・クーリッジ、デラニー&ボニー、レオン・ラッセル、ロニー・ウッド、エリック・クラプトンといった著名アーティストと共演してきた。
昨年秋、彼は健康上の問題が続いていることを理由にツアーからの引退を発表。発表時の声明には次のように記されていた。
「彼は、バンドメンバーやビジネスパートナー、そして何よりも、彼の人生に深い満足と充実感をもたらしてくれた数多くのファンへの感謝の気持ちを胸に、幸せなかたちでツアーから引退します。ステージから身を引く今も、彼の喜びの大きさは変わることはありません」
Written By Sam Williams
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