歴代最高のラヴ・ソングと言えば?

February 14, 2018


歴代最高のラヴ・ソングと言えば?

恋は世界を動かすものだが、同時に恋は歴代最高のポップ・ソングたちの大多数が生み出すグルーヴに乗って、独自のサイクルで動いているものだ。人類が歌を歌い始めてからずっと、彼らは歌に思いの丈を注ぎ込んできた――献身や後悔、心の痛みや情熱まで。私たちはそれぞれの気分の典型的な例をプレゼンすべく、それらを含めた様々な曲を調査してみた。あなたの心が今有頂天であれ、傷ついているのであれ、きっとここに何かピッタリのものが見つかるはずだ。

愛の力: 「God Only Knows」 (ビーチ・ボーイズ、 1966)

過去100年余りの間に書かれた何千とある偉大なラヴ・ソングの中でも、ポール・マッカートニーには他とは一線を画す際立った1曲があると言う。20世紀を代表する名曲の数々を生み出してきたソングライターとして、彼が折にふれ大好きな曲として挙げるのが、ビーチ・ボーイズの 「God Only Knows」だ。元ビートルズの彼は、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンとステージで共演した際、湧き上がる感情を抑えられなかったと告白している。「サウンドチェックの最中に、僕は思わず泣き崩れてしまったよ。ブライアンと並んでそこに立って、僕をあんなにも悩ませた曲を一緒に歌うなんて、とても普通の精神状態ではいられなかったんだ」。

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どういうわけか、ポップ・ミュージックは愛の輝かしさを伝えるには最高の道具とされているようなところがある。ザ・キュアーの「Friday I’m In Love」にある通り、愛は遊び心に溢れている。デヴィッド・ボウイが1977年のヒット曲「Heroes」で示したようにヒロイズムに溢れている、そしてスティーヴィー・ワンダーが大ブレイクを果たしたLP『Talking Book』収録の「You And I」で高らかに告げている通り、華々しくもあるのだ。

だが、時にたったひとつの曲が、恋する歓びをシンプルながら、ものの見事に体現することがある。オーティス・レディングによるテンプテーションズの幸せいっぱいのカヴァー 「My Girl」では、シンガーの声から情熱がほとばしり出るようだ。彼女がどんな素晴らしい気持ちにさせてくれるかを、彼は世界中に向かって叫ばずにはいられないのである。とにかく熱烈な感情なのだ。

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フランク・シナトラもカヴァーした、ジョージ・ハリスンによるザ・ビートルズの楽曲「Something」や、パッツィ・クラインの「You Belong To Me」のような名曲と言われるラヴ・ソング以外にも、世の中には何千通りもの愛の表現が存在する。

中でも異彩を放っているのは、ザ・スミスの破壊的な 「There Is A Light That Never Goes Out」だ。この曲では、“If a double-decker bus crashes into us/To die by your side is such a heavenly way to die / もしもダブル・デッカーのバスが僕らをぺしゃんこにしてくれたら/そんな風にキミの隣で死ねたらどんなに素敵だろう”というリフレインはリスナーを圧倒するばかりだ。ラヴ・ソングは実に様々な紆余曲折を重ねるが、その最高峰にある作品からも分かる通り、愛とはこの上なく輝かしいものなのだ。

■恋に落ちて: 「The First Time Ever I Saw Your Face」 (イワン・マッコール、1957年)

経験したことのある幸運な人間であれば分かる通り、恋愛の最初の高揚感は人をうわつかせるもので、彼らの心が求める意中の人の言動に一喜一憂させられる。この地に足のつかない状態を限りなく詩的に表現した数少ない曲のひとつが、ユアン・マッコールの 「The First Time Ever I Saw Your Face」だ。かの英国のフォーク・ミュージシャンはアメリカ人歌手ペギー・シーガーのためにこの曲を書いたが、当時二人はロマンス的な観点から言えば必ずしも居心地の良い状態ではなかった。「私たちはその時、あまり良い関係ではなかったの.」と彼女は後にモジョ誌に語っている。「結局のところ、彼はその時、別の人と結婚していたわけだしね」

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だが真実の愛は必ず勝つもので、カップルはやがて結婚し、1989年にユアン・マッコールが亡くなってからはもう歌う気持ちになれないとして、ペギー・シーガーは15年間この曲を封印し続けた。しかしながら、この曲はジョニー・キャッシュからロバータ・フラックまで、数え切れないほど沢山のカヴァー・ヴァージョンのおかげで生き続け、ロバータ・フラックに至っては1972年にこの曲を持ち歌としてスマッシュ・ヒットさせたのだった。

心の疼きや痛みを歌った曲は数々あれど、そこにはひとつ、新たな恋に足をすくわれるという歓び――あるいは危うさ――も含まれている。サム・クックの 「You Send Me」、ナット・キング・コールの 「When I Fall In Love」、あるいはエルヴィス・プレスリーのオリジナル・レコーディング 「Can’t Help Falling In Love(邦題:好きにならずにいられない)」 はいずれもその第一波における至福を捉えたものだが、一方ザ・ドリフターズの 「Fools Fall In Love」は、あまりに性急に恋に落ちることの危険性を警告している。それは確かに賢明なアドバイスではあるが、キューピッドの黄金の矢にハートを射抜かれてしまったら、自分を抑えることが出来る人間がどれほどいることだろう? 結局のところ、かつてユアン・マッコールが“I knew our joy would fill the earth/And last ’til the end of time / 僕には分かっていたよ、僕らの歓びは大地を満たし/永遠に続いていくことを”と書いた時の想いを否定することなど誰にも出来はしないのである。

 

■肉体的な愛: 「Let’s Get It On」(マーヴィン・ゲイ, 1973年)

勿論、恋愛は心の中だけに留まるものではなく、人間の身体全体を使って表現されるものであり、それがトラブルを招くこともしばしばだ。1967年初め、ザ・ローリング・ストーンズがアメリカの『エド・サリヴァン・ショー』に出演して最新シングルを披露することになった時、番組の司会者のエド・サリヴァンはA面の 「Let’s Spend The Night Together」(直訳だと「一緒に一晩過ごそう」)を演奏することはまかりならぬと言い張って譲らなかった。エド・サリヴァンと言えばご存知の通り、その前にもエルヴィス・プレスリーの思わせぶりなダンスを撮影する時には必ず上半身のみに留めるよう指示を出したことで名高く、その意味では彼がミック・ジャガーに向かって「その曲を(演奏することを)諦めるか、キミらが(出演を)諦めるか、二つにひとつだ」と迫ったというのはごく当たり前の流れだった。示された妥協案を元に、ミック・ジャガーは本番で“Let’s spend some time together(少しの間一緒に過ごそう)”と歌ってお茶を濁した。だがこんなエピソードはセックスを音楽から締め出そうという体制側の無益な試みが生んだ事件のひとつに過ぎなかった。

言うまでもなくセックスは、種の起源から生命の営みの一部であったものである――そして、今更驚くべくもなく、それは歴史上あらゆる文化においても音楽の一部であったものだ。ポップ・ミュージックの中でセックスが占める位置は、スリム・ハーポの「I’m A King Bee」や、更に輪をかけて直接的なマディ・ウォーターズの「I Just Want To Make Love To You」のような煽情的なブルーズ・ナンバーが世に出るよりも遥か昔から既に確立されていたのである(ちなみにこの2曲はいずれもザ・ローリング・ストーンズによってカヴァーされている)。

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そんな中で、恐らく最もセクシーな曲を出したのが、よりによってその前のアルバムで社会的な良識をテーマにしていたシンガーだったのである。『What’s Going On』でマーヴィン・ゲイは洗練されたポップ・シンガーからアメリカの若者たちの代弁者へと変貌を遂げ、戦争と抑圧の横行する国の内外で、自らの国の果たすべき役割を問いかけた。そして、まずスピリチュアルな意味での模索として生まれた「Let’s Get It On」が、やがて宗教的な歌から性的な意味を帯びた歌へと変化していったのである。同曲の収録アルバムのライナーノーツで、マーヴィン・ゲイはポップ・ミュージックと社会の両方における性的な要素への抑圧に対し、こうコメントしている。「誰とであれ合意の上でのセックスに関して、僕には一体何が問題なのか全く不可解だ。みんな必要以上に過敏になり過ぎていると思うよ」。

 

■冷めてしまった恋: 「You’ve Lost That Lovin’ Feelin’」 (ザ・ライチャス・ブラザース、1964年)

“Your baby doesn’t love you any more / キミの愛しい人はもうキミを愛していないよ”という歌い出しが、ロイ・オービソンの爽やかなバラード 「It’s Over」の始まりだ。つまりそう、もう終わってしまったことなのだと悟るしかない、完膚なきまでの敗北を告げる名曲である。

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どんなに良いことにもすべからく終わりは来る。恋に落ちたことや愛の力を歌う歌が何千曲とあれば、少なくともそれと同じくらいの数の、恋の終わりに直面した辛い失恋の歌が存在しておかしくないのだ。そして、ザ・ライチャス・ブラザースのフィル・スペクター・プロデュースによるモンスター・ヒット、「You’ve Lost That Lovin’ Feelin’(邦題:ふられた気持ち)」ほどに、愛が消えてしまったことを悟り、それゆえに募りゆく絶大な心の痛みを的確に表現したレコードはそうはないだろう。この曲のインスピレーション源と言われる、ザ・パリス・シスターズの魅惑的な「I Love How You Love Me」の歌い出しは、“I love how your eyes close whenever you kiss me / あなたがキスをする時いつも目を閉じる、その顔が好きよ”だったが、 「You’ve Lost That Lovin’ Feelin’」では “You never close your eyes any more when I kiss your lips / 僕がキミの唇にキスをしても、もうキミは目を閉じようともしない”と宣言して悲劇の舞台を整えてみせるのだ。以来、この曲は幾多の映画にフィーチャーされ――特に有名なのがトム・クルーズ主演の『トップ・ガン』だ――業界のあらゆる記録を悉く塗り替えた。フィル・スペクターはこの曲を作った際、史上最高のプロダクションにしようと意気込んでいたと言われるが、実際半世紀以上が経った今でも、曲の持つパワーは一向に失われていない。

 

■後悔の歌たち: 「Yesterday」 (ザ・ビートルズ、1965年)

1983年、ポール・マッカートニーはギターを1本携えてロンドンの地下鉄のレスター・スクエア駅へと向かい、自らが1965年に書いた「Yesterday」の、いささか元気が良過ぎるヴァージョンをバスキング(大道芸的に即興演奏)した。「あそこに立ってコードを鳴らして、あの曲をバカっぽい調子で演ってみたけど、誰ひとりとして僕だとは気付かなかったよ、」彼はニューヨーク・デイリー・ニュース紙にそう語っている。 「そもそも大道芸人と目を合わせたがる奴はいないだろ、そんなことしたら身の上話を聞かされる羽目になるからね。みんなただ小銭を投げ込むだけだったから、僕の方は♪‘Yesterday, all my troubles ♪――ありがとうございます、旦那――♪seemed so far away♪、なんて調子だったよ」。何百人という人々が、世界で最も有名なシンガーが、ポップ・ミュージック史上最も数多くレコーディングされた歌を歌っている脇を、ただただ歩き過ぎて行ったのである。

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ポール・マッカートニーの代名詞とも言えるこのバラードは、彼が弱冠22歳の時に書かれたものだ。あのメロディは完全な形で夢に出てきたのだと言う。これは自分の作ったものではないと思い込んだ彼は、それから逢う人毎に――他のザ・ビートルズのメンバーたちにも、ミック・ジャガーにも、ジョージ・マーティンにも――とりあえず一時しのぎに“Scrambled eggs, oh my baby how I love your legs / スクランブル・エッグ、オー・マイ・ベイビー、キミの脚はなんて素敵なんだ”などという仮の詞をつけてこの曲を弾いて聴かせた。だがしまいに、我らがポップ・スターはこの曲が本物であるという事実を受け容れざるを得なくなった。彼はとても馴染みの良い、シンプルで哀愁を帯びた歌詞を書き加え、この曲は瞬く間に比類なき人気を誇るナンバーとなった。

後悔は、つまるところ、恋をしたことのある者ならば多かれ少なかれ、誰もが経験したことがあるはずの感情だ――そしてポップ・ミュージックの世界では果てしなく繰り返されてきたテーマでもある。後にペット・ショップ・ボーイズのカヴァーで新たな命を吹き込まれたエルヴィス・プレスリーのヒット曲「Always On My Mind」は、 “Little things I should have said and done/I just never took the time / 僕がやっておくべきだった些細な言動に/僕はきちんと時間を取る努力をしなかった”ことを省みる。シェールが言うように、‘If I Could Turn Back Time / もし時間を巻き戻すことができたら’と思わなかった者がいるだろうか? いずれにせよ、ウィリアム・ベルが1961年に歌った通り、人は井戸が枯れてみて初めて水のありがたみを思い知るのである。

 

■傷心: 「Nothing Compares 2 U」(シネイド・オコーナー、1990年)
1995年に刊行されたニック・ホーンビーの音楽オタクたちをテーマにした小説『ハイ・フィデリティ』の中で、主人公がこんな風に思い悩む場面がある。「俺は惨めな気分だから音楽を聴くのか? それとも音楽を聴いてるせいで惨めな気持ちになったのか?」。彼いわく、ポップ・ミュージックとは突き詰めて言えば、傷ついた心について書かれた何千何万という曲の集合体である、というわけだ。この考察はあながち間違いではない。

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ニール・ヤングは我々に‘Only Love Can Break Your Heart / 心を傷つけることが出来るのは愛だけだ’と言い、アレサ・フランクリンはもう少しで危うく‘Drown In My Own Tears / 自分の涙で溺れる’ところだった経験を歌っている。マイケル・ジャクソンに至っては、1979年のアルバム『Off The Wall』収録の「She’s Out Of My Life」のレコーディングで、ワンテイク終わる毎に本当に涙を流していたと言うほどだ。スモーキー・ロビンソンの「Tears Of A Clown」からハンク・ウィリアムズの 「I’m So Lonesome I Could Cry」まで、すべてが瓦解し、どんなに惨めな気持ちになっていたとしても、ポップ・ミュージックは決して独りぼっちではないと慰めてくれるハグのような存在であり続けている。

しかし、その他大勢とは一線を画す一粒の涙があるとすれば、それはシネイド・オコーナーが1990年に出したプリンスのカヴァー「Nothing Compares 2 U」のビデオで流された涙だろう。ネリー・フーパーによるスペイシーなプロダクションが、レコードにそのまま空虚なフィーリングを与えているが、何と言ってもこの曲に込められた、誠心誠意の懇願と自暴自棄に近い切望を伝えているのはシネイド・オコーナーの圧巻のヴォーカル・パフォーマンスであり、彼女の声の抑揚ひとつひとつから、傷ついた心の流す血が滴り落ちている。これほどまでに聴く者の心を掴むレコーディングはたいそう稀で、またこれだけ普遍的なインパクトを持ったパフォーマンスもまずないだろう。実のところ、我々の中に、愛のために心を振り絞るような思いをしたことのない人間がいるだろうか? 愛が崩れ落ちた時から、何分、何日経ったかを数えて涙を流したことのない人間が?

 

■背信: 「The Dark End Of The Street」(ジェイムス・カー、1967年)
不貞行為はハンク・ウィリアムズが活躍した第2次世界大戦終戦後の時代から、ポップ・ミュージックの世界における大黒柱のひとつであると言っても過言ではない。突き詰めて言えば、心の傷を負わせる最もありがちな原因は不実なのだ――そして我々は既にそれがポップ・ミュージックの大好物のひとつであることを知っている。エルヴィス・プレスリーは「Suspicious Minds」で信じて欲しいと懇願し、ウソなどついたことはないと語るが、浮気は嫉妬を連れて来るのだ。このテーマについてはその後も数え切れないほどのシンガーが、様々な形で意見を述べている。

1969年の名盤『Dusty In Memphis 』収録の「Breakfast In Bed」で、ダスティ・スプリングフィールドは、恋人に向かって “Come in, baby/You can dry the tears on my dress/She’s hurt you again/I can tell / お入りなさい、ベイビー/私のドレスで涙を拭いていいのよ/彼女がまたあなたを傷つけたのね/私には分かるわ”と歌いかけた後、以前彼女がヒットさせた同名の楽曲を引き合いに彼にこう請け合うのだ―― “You don’t have to say you love me / 愛してるなんて言わなくていいの”。ダスティ・スプリングフィールドの配役は彼が自分の家で満たされない時に頼る‘もうひとりの女性’なのだ。彼は彼女の腕の中にいつでも好きな時に逃げ込み、プレッシャーには一切コミットする必要はないのである。

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そして、これはいわゆるスタンダードなラヴ・ソングではないが、不貞行為がポップ・ソングの題材になったのはこの時に限らない。‘もうひとりの女性’は何度となく頭をもたげてきたのだ。ニーナ・シモンは究極的に孤独な「The Other Woman」の存在について歌い、同じテーマはサザン・ソウルの歌姫ドリス・デュークのシングル 「To the Other Woman」でも踏襲されている。ちなみにB面はパロマ・フェイスの 「Other Woman」だった。

では、浮気をテーマにした最高の1曲と言えば何になるだろう? さあ、それはきっと訊く相手にもよるのだろうが、ソングライターのダン・ペンは共作者のチップス・モーマンと共に、史上最高の“密会”の歌を書くことを長年夢見ていたと豪語しており、事実1967年にジェイムス・カーが最初にレコーディングした荘厳なナンバー「Dark End Of The Street」では、その願望はかなりのところまで達成されたと言っていい。ジェイムス・カーは忍び逢いの様子を、“Hiding in shadows where we don’t belong/Living in darkness to hide our wrong / 居場所のない俺たちは影の中に隠れ/過ちを隠すために暗闇の中で生きている”とひそやかに歌う。だがそれでも彼は自分を抑えられず、何度もくり返し犯行現場に戻って行くのだ。恋とはそうしたものなのである。

■叶わぬ恋:「I’m Not In Love’」(10cc、1975年)
偉大なるシェークスピア悲劇の名作『ロミオとジュリエット』は、‘星回りの悪い’恋人たちが、成就することのない恋を追い求めるが故に破滅に向かうという物語である。これはその後も延々と、数多のレコードのグルーヴを満たしてきたテーマだ。つまるところ、愛が喜びや救済、自分は自分のままでいていいのだと言う肯定感をもたらすものであるならば、報われぬ恋がもたらすのは苦悩と葛藤、そして内側から壊れて行くまま放り出されるような、一種の混乱状態に他ならない。

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デレク&ザ・ドミノスの名曲「Layla(邦題:いとしのレイラ)」で、エリック・クラプトンはジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドに対する想いを歌った。パティ・ボイド本人は後に「 “Layla”は12世紀のペルシャのニザミという詩人が、手の届かない女性に恋焦がれる男のことを書いた本に基づいているのよ。あの曲は痛いくらいに素敵で美しいわね」とコメントしていた。二人はやがて結婚することになるが、歌の中では、クラプトンはどうにも手の出しようのない恋に身を焦がしている。

報われぬ恋にも様々な形があるもので、悩み苦しむパターンともうひとつ、徹底した拒絶というパターンも存在する――10ccのシングル 「I’m Not In Love」の中心に据えられたテーマだ。バックグラウンド・コーラスを完成させるだけで3週間以上かかったと言われる巨大プロダクションによるこの曲の中で、自分は恋などしていないという証拠を次々に挙げるエリック・スチュワートは、しまいに自分が逆の検証をしていることに気づく。彼は懸命に“It’s just a silly phase I’m going through / こんなのはほんの一時的な気の迷いでしかない”、それに部屋の壁に貼った写真は汚いシミを隠すためのものだと言い張るが、その虚勢の仮面を剥がせば、その唯一の否定の対象が‘恋をしていない’という事実であることは誰の目にも明らかなのだ。

 

■ラヴ・ソングについてのラヴ・ソング: ‘Your Song(邦題:僕の歌は君の歌)’ (エルトン・ジョン、1970年)

自分の書く曲はある種の告解や告白のようなものだとするソングライターたちは少なくない。曲を書くという行為によって、彼らに心の一番奥底にある感情が表に出ることを許されるのだ。そして、ごくひと握りではあるが、その行為自体をもう一段階押し進め、ラヴ・ソングを書くことが彼らなりの愛情表現であるという曲を書くことのできるソングライターたちがこの世界には存在する。

佳曲揃いのセカンド・アルバムの中でも珠玉の1曲である「Your Song(邦題:僕の歌は君の歌)」で、エルトン・ジョンはもし自分が彫刻家であったならいかにして自分の心の求めるところを形にしたか、あるいは“a man who makes potions in a traveling show / 旅芸人の一座で魔法の薬を飲み干す男になったなら”と歌いながら、自分に出来る精一杯は歌を書くことだと告げる。 “Oh, I know it’s not much but it’s the best I can do / ああ、勿論全然大したことじゃないけど、僕にできるのはそれくらいだから”とエルトン・ジョンは歌う。けれどその曲が彼を世界中のチャートでブレイクさせ、レコード業界で最もめざましいキャリアのスタート地点となったのだ。今となってはこの“Not much / 大したことない”は、ポップ・ミュージック史上最大のご謙遜という気がしないでもない。

バーニー・トーピンによる歌詞と共に、ラヴ・ソングを書くことについて歌うというエルトン・ジョンの行為は、その後多くのアーティストたちによって踏襲されている。当時はまだ15歳の青年だったゲイリー・バーロウも「A Million Love Songs」という曲を書いたが、そのテープがマンチェスターの興行主ナイジェル・マーティン=スミスの手に渡り、これは彼を中心にボーイ・バンドを組むべきタレントだ、という判断が下されたことが、まさしくテイク・ザットの出発点なのである。ゲイリー・バーロウはソングライターとして、既にエルトン・ジョンのようなレジェンドと同じクラスに分類されるほどの成熟度を持っていたのだ。百万曲のラヴ・ソングが世に出た後も、ラヴ・ソングはまだまだ生み出され続けている。

 

■終わりなき愛: 「Let’s Stay Together」(アル・グリーン、1972年)

ハッピーエンドは優れたアートを生み出すには不向きだと言う先人の言葉がある。リスナーの心を掴んで揺り動かすには、恋に落ちたり破れたり、あるいはその何かしらの派生形でなければ、と言うのだ。主人公がすっかり落ち着いてちまって、その後永遠に素晴らしい生活を送ったって、それが何? というわけだ。とは言え、世の中には終わりなき愛の正義に則ったナンバーも数え切れないほど存在する。

ビヨンセは「Countdown」の中で、自分がずっと同じひとりの人を変わらず愛し続け、付き合う中で様々な紆余曲折を乗り越えてきて、彼こそが “still the one I need, I will always be with you / 今でも私に必要な人、あなたとは決して離れない”“through the good and the bad / 良い時も悪い時も”と歌う。

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同様に、クイーンの1975年のシングル「You’re My Best Friend」でも、ベース・プレイヤーのジョン・ディーコンはずっと長い間一緒にいて、今でも変わらぬ愛情を持ち続けていることを歌にしている。これは息の長い関係を続けている恋人たちにとって、究極の安心感を与えてくれる曲だ。

だが実のところ、そもそも恋に落ちる時に目指すところはそこではないのだろうか? 人生を共に歩む特別な相手を欲しいと思わない人間がどこにいるだろう? アル・グリーンが 「Let’s Stay Together」で歌っているのもまさにそういうことだ。 “Loving you whether times are good or bad, happy or sad / 愛しているよ、良い時も悪い時も、楽しくても悲しくても”。ライオネル・リッチーダイアナ・ロスが1981年の 「Endless Love」で歌っていたのも、ラヴ・アフェアが 「Everlasting Love」で夢見ていたのもそのことなのだ。そしてそれは、コール・ポーターが間違いなく史上屈指の素晴らしいラヴ・ソング「True Love」の中で約束していたことでもある。“While I give to you and you give to me/True love, true love/So on and on it will always be/True love, true love / 私があなたに、あなたが私にずっとあげられるもの/真実の愛、真実の愛/ずっとずっと、これから永遠に変わらない/真実の愛、真実の愛”

愛こそはすべてと思うなら、プレイリスト『Best Love Songs Ever』 をチェックしよう!

Written By Paul McGuinness


 


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