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クイーン『QUEEN / 戦慄の王女』制作秘話

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『QUEEN / 戦慄の王女』

1973年7月13日の金曜日。それはクイーンのファンにとって幸運な日であった。彼らの名を冠したデビュー・アルバム(邦題:戦慄の王女)がリリースされたのは、その日の午前。そして同日の夕刻、ベイジングストークのクイーン・メアリー・カレッジで、彼らは短期ツアーの皮切りとなる華々しいコンサートを行った。同ツアーを締めくくったのは、ロンドンのインペリアル・カレッジ(ブライアン・メイの母校)という絶好の場での、2夜にわたる公演。そして間髪入れず、当時人気の絶頂にあったモット・ザ・フープルの前座として、彼らは全英ツアーに乗り出すことになる。

期待の新星として頭角を現しかけていたクイーンだったが、だとしてもこの時点で彼らのことを知っていたのは、耳の早い目利きの人々だけであった。クイーン結成前、ブライアン・メイ(G.)とロジャー・テイラー(Drums)は、ティム・スタッフェル(Vo., B.)を加えたスマイルという前身バンドで試運転的な活動を行っていた。ブライアン・メイとティム・スタッフェルはそれ以前にも、ジミ・ヘンドリックスやピンク・フロイドの前座を務めた1984というブルース・ロック・グループで活動していたことがある。スマイル時代、ティム・スタッフェルはカレッジの学友フレディ・マーキュリー(本名ファルーク・バルサラ)を残りの2人に紹介。彼らは行動を共にするようになった。やがて音楽的な方向性の違いからティム・スタッフェルが脱退することになり、後任としてフレディ・マーキュリーがバンドに正式加入。ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、フレディ・マーキュリーから成る新生トリオでは、ブライアン・メイのギターが影響力を発揮するようになった。

ジェフ・ベック・グループや、クリーム、そして言うまでもなくジミ・ヘンドリックスの熱烈なファンだったブライアン・メイ。彼が生み出す濃厚かつ甘美なギター・リフや華麗な色彩を武器に、初期クイーンはハード・ロックや(当時まだ用語としてはあまり普及していなかった)ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルに類する領域に向けて、狙撃を開始した。バンドがクイーンに改称したのはフレディ・マーキュリーの発案だが、この単語には大胆な言外の意味も含まれている。1972年にクイーンを観た人々は、彼らのサウンドをレッド・ツェッペリンになぞらえており、ブライアンのギターのバリバリッとしたアタック音を賞賛。そしてドラマーのロジャー・テイラーと、加入して間もない(他のメンバーより若干年下である)ベーシストのジョン・ディーコンから成る堅固なリズム隊が、それをしっかり支えていた。

フレディ・マーキュリーはそれとはまた全く別の意味で、実に際立った存在であった。彼は天性のショーマンで“魅せ方”を心得ており、アルバムのリリース日が近づくにつれ、月を追うごとに自信を深めていた。マルチメディア・ロックに対して関心を抱いていた彼は、前年、英中南東部エイルズベリーにあるフライアー・クラブでデヴィッド・ボウイのライヴを観ており、絢爛たるジギー・スターダストのショーからある程度のインスピレーションを得た。愛車のミニを駆り、フレディ・マーキュリーと連れ立ってバッキンガムシャー州の市場町エイルズベリーを訪れた時のことを、ロジャー・テイラーはこう回想している。「2人共、ライヴを堪能したよ。その3週間程前にそこで彼(デヴィッド・ボウイ)を観た時は、長髪でワンピースを着ていたんだ。それが突然、ツンツンした髪でステージに登場したわけだからね。『一体何事だ?』と思ったよ。ジギー&ザ・スパイダース・フロム・マーズは、まるで宇宙人のように見えたんだ」。

ジギー・スターダストの異星人的なイメージが変化のきっかけになったとすれば、T・レックスやスレイドのような他のグラム・ロック・アイコンや、当時流行していた誇張的エンターテインメントもまた、カレッジ・サーキットと結び付いていた古臭いブリティッシュ・ブルース勢などよりも、同じように刺激の源となったと言える。

機知に富んだフレディ・マーキュリーは、1970年の夏、既にデヴィッド・ボウイと出会っていた。彼とロジャーは当時、週末のベンチャー兼友人達の溜まり場として、ケンジントン・マーケット(※ロンドンの若者向けファッション・ビル)内に土曜日だけ共同で店を出しており、店を訪れたデヴィッド・ボウイにスエードのブーツを売ろうとしたことがあったのだ。デヴィッド・ボウイがブーツを試着している間(彼は結局購入しなかったのだが)、フレディ・マーキュリーは彼に音楽業界での経験について色々と質問。フレディ・マーキュリーが少し面食らったのは、うんざりしているというデヴィッド・ボウイの返答だった! 「一体何でまた君は、この業界に入りたいんだい?」と。この2人の男の道が将来どのように交わることになるかを思えば、一層皮肉なことである。

そんな皮肉めいたアドヴァイスに耳を傾けることなく、クイーンは、ロンドン中心部ソーホー地区ディーン・ストリートにあるディ・レーン・リー・スタジオで熱心にリハーサルを行い、デモを制作。うち4曲「Keep Yourself Alive(邦題:炎のロックン・ロール)」、「Great King Rat」、「Jesus」、「Liar」が、後に正式なアルバム用に作り直されることになる。彼らはディ・レーン・リー・スタジオの最先端の設備(テレビ・映画用の音楽向けに設計)を楽しんでいたものの、ロック・ミュージックに最適なセットアップではなかったため、それはあくまで次のトライデント・スタジオで本格的な作業に入る前の布石であった。

この時点でクイーンは、トライデントのネプチューン・プロダクションと契約。その創設者であるロイ・トーマス・ベイカーは、その後の数年間、彼らのプロデュースを担当することになる。ネプチューン共同創設者の片割れであるジョン・アンソニーは、ジェネシスとロキシー・ミュージックの革新的な作品を手掛けたばかりであった。彼らもまた、極めて魅力的なこの時代に活躍した、類い稀な2バンドである。非常に優れた才能の持ち主であるこの技術者2人は、クイーンの流儀にぴったり合っていたものの、この段階ではまだ予算が限られていたため、ファースト・アルバムのレコーディングはいわゆる空き時間に断続的に行われた。理想的ではなかったが、そうせざるを得なかったのである。少なくとも彼らはトライデントの8トラック及び16トラックの設備をフルに活用、多重録音により特別な雰囲気を加味していた。

後から振り返ってみれば、本作のこの部分のドラムはもっと良い音に出来たはずだとか、ギター・オーケストレーションはもっと分厚くすべきだった等々、メンバーは後知恵に影響を受けた見解を口にすることだろう。

だがそれは重要なことではない。なぜなら他の多くのレーベルから断られた後、EMIからリリースされたこのアルバムは、重要な、幸先の良い、そして生気に溢れた作品であることが、やがて証明されるからだ。クイーンの第1作目は今や画期的な作品として鳴り響いている。

証拠について検証しよう:ブライアン・メイ作のオープニング曲「Keep Yourself Alive」は、彼の頭の中では皮肉な意味を帯びていたが、フレディ・マーキュリーが歌詞に真剣に取り組んだ途端、バンド・コラボレーションが前面に押し出され、全体のダイナミズムに変化が起こった。ブライアン・メイとロジャー・テイラーがブリッジ部分で歌い、カウンターパートを追加出来るよう、曲の構造が変更されたのである。このオープニング曲は間違いなく、クイーンから叩きつけられた驚異的かつ華々しい挑戦状で、受けて立つ気など起こすなと、聴き手に降伏を迫ってくる。「Doing All Right」は、スマイル時代にブライアン・メイがティム・スタッフェルと書いたナンバーだ。今回新たな構想の下、アコギとメタル・ギターを融合、加えてトライデント・スタジオの有名なあのピアノをブライアン・メイが弾いているパート(ライヴではフレディ・マーキュリーが担当)と、トライデントで見出された同スタジオならではの独特のサウンドとが、ここで渾然一体となっている。

実にフレディ・マーキュリーらしい突飛な曲「Great King Rat」は、汗だくの熱狂の中に聴衆を送り込むよう意図したテンポの切り替えと、重厚なソロが特色だ。「My Fairy King」でフレディ・マーキュリーは、“ライ”という彼のファンタジーの世界に我々を紹介。今後のレコーディング作におけるピアノ担当の権利を主張している。彼のキーボードの腕前は、ボンベイ(現在のムンバイ)郊外パンチガニで過ごした幼少時からレッスンを受けていたことを思えば、驚くようなことではない。そしてフレディ・マーキュリー作の「Liar」もまた、中々の出来だ。セクシュアリティについて思い悩んでいるような歌詞のこの曲は、フレディ・マーキュリーが1970年に書いたもののひとつで、トライデント版では彼がハモンド・オルガンを演奏している。

ブライアン・メイの「The Night Comes Down」は、郷愁を誘う魅力たっぷりの内省的な曲で、ジョン・レノンの「Lucy In The Sky With Diamonds」に暗に言及することにより、ザ・ビートルズに対する彼の愛を表現。ここではディ・レーン・リー・ミックスの大部分を保持しつつ、ロジャー・テイラーのドラムのキック音がより強調されている。そのロジャー・テイラー自身の作である「Modern Times Rock ‘n Roll」も本デビュー作に色を添えており、騒がしく跳ね回るこのオールドスクールなナンバーには、ジョン・アンソニーがバッキング・ヴォーカルで参加。対照的にプライアン・メイの「Son And Daughter」は、ブルージーでサイケなメタル風の捻りを加えたアンサンブル演奏が、伸び伸びと展開されている。

アシッド・ロック調の「Jesus」は、表面上は病人を癒すキリストについての率直かつ説明的な考察となっているが、同時に、デヴィッド・ボウイの言葉や「Ziggy Stardust」「Five Years」の比喩的表現にフレディ・マーキュリーが共鳴し、書かれたものだとも言える。いずれにしても、イエス・キリストについては「Great King Rat」でも言及がなされている。 本作のアウトテイク「Mad The Swine」という曲でも、再臨を成し遂げる人物が登場。これは興味深い時代であった。

アルバム『Queen』は短いインスト曲「Seven Seas Of Rhye(邦題:輝ける7つの海)」でフィナーレを迎えるが、同曲は後に、より長いヴァージョンで再び発表されることになる。わずか1分10秒という尺に、リスナーは間違いなく物足りなさを感じていた。だがアルバムの盤をひっくり返してA面からもう一度かけること以外、他に出来ることはなかった。

時代の文脈で捉えれば、クイーンのデビュー作は、1973年に発表された偉大なアルバムのひとつである。この年には他に、スティーリー・ダンの『Countdown To Ecstasy(邦題:エクスタシー)』や、ジョージ・ハリスンの『Living In The Material World』、ピンク・フロイドの『The Dark Side Of The Moon(邦題:狂気)』、レッド・ツェッペリンの『House Of The Holy(邦題:聖なる館)』、そしてデヴィッド・ボウイの『Aladdin Sane』がリリース。どれも皆、ロック・ミュージックは病んでおり独善に陥っているという概念を払拭するアルバムだ。

クイーンは、間違いなくあらゆる点において、安全地帯に留まることを良しとするバンドではなかった。ここで彼らが示していたのは、熱意と飽くなき野心である。ライヴで曲を披露するようになると、それが自身のヘッドライナー・ツアーであれモット・ザ・フープルの前座であれ、ファン・ベースは急激に増加。やがて世界を支配する可能性を秘めた新たな逸材に、音楽プレスも当然ながら期待感を持って注目するようになる。

クイーンのメンバー達は、いつも通り、このアルバムに関しても控えめであった。リリースから数週間後、ブライアン・メイはギター・マガジン誌にこう語っている。「このアルバムにはとても満足しているよ。だけどとても長い時間がかかってね。バンド結成からは3年が経っていて、収録曲の大半は3年前に書かれたものなんだ。バンドとしては、このアルバムの内容を既に追い抜いてしまっていると感じている。違う段階へと進むために、これは一旦しまっておくよ」。

「本作には僕らが気に入っている曲もあるけれど、過剰アレンジの罠に陥ってしまったところもあった。曲というものは時を経るにつれて変化するものだし、多分進化しすぎてしまった曲もあるんだろう。ここに至るまでに長い時間がかかりすぎてしまったのは、僕にとってはフラストレーションが溜まることだった。例えば5年前、僕はテープ・エコーや複数のギターを使って録音を行いたいと思っていてね。そして今回ようやくそれを成し遂げた。だけどその間に、他の人たちも同じことをやってしまったんだよ! それがちょっと残念だね。だけど音楽の演奏は競争だという考えからは、離れなければならない。自分がやっていて面白いと思うことを、やり続けるべきなんだ」

確かにその通りであり、クイーンはそうすることだろう。デビュー作のリリースから1ヵ月後、彼らはトライデントに戻り、『Queen II』の制作に着手した。

そして、誰もシンセサイザーを演奏してはいなかった。

– Max Bell

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