サマー・ウォーカー徹底解説:新作『Still Over It』が記録的な全米1位を獲得したR&B新歌姫の魅力と経歴

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2021年11月5日に発売されたR&B新歌姫、サマー・ウォーカー(Summer Walker)によるセカンド・アルバム『Still Over It』が彼女初の全米1位を記録した。女性アーティストによるR&Bアルバムではソランジュの『A Seat at the Table』以来となる約5年ぶりの全米1位となり、Apple Musicで女性アーティストとして過去最高の再生数を記録(配信後24時間)。

そんな彼女のアルバムが、なぜここまで好評なのか? 音楽ジャーナリストの林 剛さんに執筆いただきました。

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R&Bの中心地、アトランタ出身

90年代中盤に米ジョージア州アトランタがR&Bの新たな中心地となってから四半世紀が経つ。ジャーメイン・デュプリのソー・ソー・デフやベイビーフェイスとLAリードのラフェイスといったレーベルを中心に、TLC、モニカ、アッシャー、エクスケイプなど多くのスターが誕生。ヒップホップのメッカにもなったアトランタでは、ベース・ミュージック、クランク、トラップといったサウンドに連動する形で次々と新しいR&Bが誕生し、00年代以降もシアラやザ・ドリーム、近年ではジャクイースなどが活躍している。新世代が地元の伝統を受け継ぎながらサウンドを更新し、長期間にわたって地域色豊かな音楽を生み続けているのだ。

そんなアトランタで2012年に設立されたラヴ・ルネッサンス(LVRN:現在はインタースコープが配給)と契約し、ブラック(6lack)とともにレーベルの看板となっているR&Bシンガーがサマー・ウォーカーである。

アッシャーの「You Make Me Wanna…」(1997年)をサンプリングして本人まで招いた「Come Thru」(2019年)は紛れもなく地元のR&Bに敬意を表した曲だし、客演した21サヴェージの「Secret」(2020年)にて引用されたエクスケイプ「My Little Secret」(1998年)のフックを歌っていたのもアトランタ出身だからに他ならない。

2018年にシングル「Session 32」でデビューしてから僅か3年。そんな短期間のうちにサマー・ウォーカーは、チャートやセールス、ストリーミング再生数において尋常ではない記録を打ち立てている。2019年にリリースしたファースト・アルバム『Over It』はビルボードの全米アルバム・チャートで2位、R&Bアルバム・チャートでは14週1位をマーク。女性R&Bアーティストのアルバムとしては初週のストリーミング数が歴代最高となり、2019年に「最優秀新人賞」に輝いたソウル・トレイン・ミュージック・アワードでは翌年に「年間最優秀アルバム賞」も獲得した。

そして、この度、約2年ぶりに発表したニュー・アルバム『Still Over It』は前作の記録を塗り替え、ABBA、ドレイク、エド・シーランの新作を抑えて、自身初となる全米アルバム・チャートNo.1に。女性R&Bシンガーのアルバムに限定すると、ソランジュの2016年作『Seat At The Table』以来5年ぶりの快挙で、『Still Over It』の総ユニット売り上げ数は同年にソランジュの姉ビヨンセが出した『Lemonade』の記録を上回る。

Apple Musicにおける配信後24時間の再生数としては、女性アーティストとしてもR&Bアルバムとしても過去最高で、近年のR&Bではウィークエンドと上位争いをしている格好となる。収録曲もほぼ全曲がチャートにランクイン。それほどまでに人気を集めるサマー・ウォーカーとは、どんな人物で、どんな曲を歌っているのか。

 

ストリップから音楽の道へ

マルジャニというミドルネームを持つがサマー・ウォーカーは本名だ。1996年生まれだから、エラ・メイ(1994年生まれ)、ケラーニ(1995年生まれ)、H.E.R.(1997年生まれ)と同世代。アコースティック・ギター片手にカヴァー曲などを歌った動画をSNSにアップしている女性が、清掃業に携わりながらストリップ・クラブで働いているという経歴も話題を呼び、2017年にLVRNと契約した。

地元のアトランタではストリップ・クラブの存在がヒップホップの発展に貢献していることは各所で語られているが、『Over It』に収録されたエイ・ブギー・ウィット・ダ・フーディ客演曲「Stretch You Out」のMVでポールダンスを踊っていたのも元ストリッパーのアトランタっ子であることを印象づける。

ストリップ・クラブで働き始めたのは、もともとシャイな性格で、自分の殻を破るためだったという。『Over It』のリリースに因んだツアーでは、数カ所でライヴを行ったものの、社交不安障害であることを理由に以後の公演をキャンセルするなど、デビュー後も人前に出ることはあまり得意ではない。

そんな自身の繊細な感情を、YouTubeを見て習得したというギターを弾きながら吐露するのが彼女のスタイル。ありのままの自分を正直に、時にドキッとするような言葉も使いながら曝け出すあたりが共感を呼んでいる。ダウナーで淡々としたヴォーカルにもシャイで飾らない彼女の性格が滲み出ていて、トラップ・サウンドとの相性も良い。

サマー・ウォーカーの名前が世間に知られ始めたのは、2018年に発表したミックステープ『Last Day of Summer』に収録された「Girls Need Love」およびドレイクを迎えた同曲のリミックス(2019年)がR&Bチャートでトップ10ヒットとなってから。この頃のメイン・プロデューサーはアルセニオ・アーチャーで、エリカ・バドゥやエイミー・ワインハウス、ジミ・ヘンドリックスなどにインスピレーションを受けたというウォーカーのオーガニックな感覚をアンビエントなサウンドで包んでアーティスト・イメージを作り上げた。

大ヒットしたデビュー・アルバムの内容

ところが、2019年、EP『Clear』に続いて発表した『Over It』から、彼女をより大きな存在へと押し上げるメイン・プロデューサーが登場する。それが、同じアトランタ出身で公私におけるパートナーとなるロンドン・オン・ダ・トラックである。今ではアリアナ・グランデ「Positions」(2020年)の制作者と紹介したほうが通じやすいが、そもそもは同郷のヤング・サグなどサウスを中心としたラッパーの楽曲を手掛けるヒップホップ・プロデューサーとして知られる才人。ウォーカーとくっついたり別れたりを繰り返す関係はジェネイ・アイコとビッグ・ショーンを思わせ、音楽パートナーとしてはエラ・メイを支えた(DJ)マスタードのような存在と言えるのかもしれない。

『Over It』でロンドン・オン・ダ・トラックが手掛けた楽曲においては、先に触れた「Come Thru」でのアッシャー曲使いに代表されるレイト90s R&Bの引用に注目が集まった。トラップ・ソウルを謳いつつ90s R&Bを頻繁にサンプリングしているブライソン・ティラーを招いた「Playing Games」ではデスティニーズ・チャイルド「Say My Name」(1999年)のフックを使い、リリックもデスチャの曲に準えて「どうして私の名前を呼んでくれないの」と恋人に対する懐疑心を歌にしている。

「Body」でもイントロから702の「Get It Together」(1996年)を速回しで引用。また、2020年に発表したEP『Life On Earth』では、新鋭のNo1-Noahを迎えた「SWV」という曲のリリックに「Weak」や「Rain」といったSWVの曲名を織り込み、オマージュを捧げていた。ウォーカーと同じく90年代のR&Bを聴いて育った世代には、こうした部分も共感を呼んだのだと思う。

もちろんリリックには彼女自身の体験や考えが反映されている。例えば、『Over It』に収録されたジェネイ・アイコ客演の「I’ll Kill You」という曲がある。

「私かあなたのママ以外であなたにちょっかいを出してくる女がいたら、その女は血を見る。あなたへの愛は許さない。あなたのことになったら私はギャングになって、地獄か刑務所に行くことになる…」(大意)

と、愛する男が他の女に取られないか心配で仕方なく、彼のためなら手段を選ばないという歌だ。かなり強烈だが、こうして心の奥底で渦巻くドス黒い気持ちを包み隠さず曝け出す姿勢が、似た状況にある人たちから共感を呼んでいたりもするのだろう。

ドレイクのリミックス参加で名を上げたウォーカーは、『Over It』とEP『Life On Earth』に、ドレイクのOVOサウンドに所属するパーティネクストドアを迎えている。同じくOVOサウンドに所属するR&Bデュオ=dvsnは2020年のアルバム『Amusing Her Feelings』に収録したトラップ調のスロウ「‘Flawless’ Do It Well,Pt3」にウォーカーを招き、今年4月、彼らはLVRNとマネージメント契約を結んだことを発表した。これに代表されるように、『Over It』リリース以降のウォーカーは人気アーティストとのコラボも増加。

昨年は21サヴェージとの「Secrets」、カリードとの「Eleven」、トレイ・ソングスとの「Back Home」などのほか、故ポップ・スモークの「Mood Swings」やジャスティン・ビーバーの「Yummy」それぞれのリミックスにもフィーチャーされるなど、今や話題性を生むためにゲスト招聘されるほどの存在になっている。今年は、11月26日に日本公開されたミュージカル映画『ディア・エヴァン・ハンセン』のサウンドトラックにてサム・スミスが歌う「You Will Be Found」に客演しており、アメリカを越えて世界的なスターとなるのは時間の問題だろう。

 

大ヒット中の新作『Still Over It』

かくして11月5日に発表されたのが、リリース直後から様々な自己記録を更新中のセカンド・アルバム『Still Over It』である。今回は配信版とCD版で違うジャケットが用意された。配信版は車に乗るサングラス姿のウォーカーがパパラッチにNo!を突きつけるようなポーズ、CD版は赤ちゃんを片腕で抱きながらキッチンで電話をしている姿。これらはともにアルバムで歌われている彼女の近況や心境を端的に表現したものだ。

CD版のジャケットは前作『Over It』に続いて電話で話すウォーカーを写し、表題も含めて前作の続編であることを伝えている。今時珍しいコード付きの電話を手にするウォーカーは、その歌世界も含めてミリー・ジャクソン(1973年作『It Hurts So Good』)の姿ともダブる。

では、そもそも前作のジャケットで彼女が話していた電話の相手は誰だったのか。それは、本作発表前のトレイラーで明かされたように、当時クレジットカードの不正使用で逮捕/収監されていたシティ・ガールズのJTであった。マイアミの女性ラップ・デュオであるシティ・ガールズもまたドレイクとの共演(ドレイクの2018年ヒット「In My Feelings」に客演)で注目を浴びたが、今回ウォーカーは先行シングルの「Ex For A Reason」でJTと共演している。

元カノとの関係を引きずる彼氏に対し、「今夜、私が全てを終わらせる。予告なしで(相手の)家に押しかける」などと言い放つリリックはジェネイ・アイコとの「I’ll Kill You」並みの恐ろしさで、シャーリー・ブラウンのサザン・ソウル名曲「Woman To Woman」(1974年)を何倍も過激にしたような歌だとも言える。

「Ex For A Reason」はゴースト・タウン・DJズ「My Boo」(1996年)のようなアトランタ・ベース風のトラックで、同曲を引用したシアラの「Body Party」(2013年)も連想させる。制作は、00年代のR&B界で裏方およびシンガーとして活躍した同郷のショーン・ギャレットたち。つまりこれはアトランタR&Bへのオマージュであり、もしかしたらJTを迎えることでマイアミ・ベースへのオマージュにもなっているのかもしれない。

シアラの曲を連想させながら、アルバム(配信版)の最後をシアラの祈り「Ciara’s Prayer」で締めくくるのも心憎い。シアラは「これ以上傷つきたくない。この痛みは無駄ではなかった。だから私をふさわしいパートナーのもとに導いて、次に出会う男性が将来の夫になることを願います」(大意)と神に救いを求め、ウォーカーの気持ちを代弁する。ラッパーのフューチャーと婚約して子供を儲けるも別れ、その数年後に元NFL選手のラッセル・ウィルソンと結婚したシアラ自身の経験を踏まえたようなナレーション。ウォーカーにとってシンガーの先輩であり、地元の先輩であり、人生の先輩であるシアラに勇気をもらってアルバムは幕を下ろす。

別れを歌うアルバム

つまり、ウォーカーはある男性と別れ、本作ではその別れをメインテーマにしている。別れた男性が誰かといえば、今回も半数近くの曲をプロデュースしたことになっているロンドン・オン・ダ・トラック。“したことになっている”というのは、ウォーカーによれば、ロンドンはほとんどの曲を書いていないしプロデュースもしていないと言っているから。アレサ・フランクリンの元夫テッド・ホワイトそっくりだが、それが事実なら、実際に楽曲を手掛けたのはロンドンと並んでクレジットされているプロデューサーやソングライターなのかもしれない。(おそらくロンドンと作っていた曲に手を加えたというのが真相だろう)。

9thワンダー制作のソウルフルで美しいプレリュード(歌っているのはショーン・ギャレットだろう)に続く「4th Baby Mama」は本作のテーマを象徴する一曲だ。タイトルが意味するのは、既に他の女性との間に3人の子供がいるロンドン・オン・ダ・トラックの“4人目の子供のママ”がウォーカーだということ。ふたりの間には今年生まれたばかりの娘がいる。CD版のジャケットに写る赤ちゃんもこの娘なのだろう。

dvsnのナインティーン85を含む4名がプロデュースしたこのトラップ・ソウルは、2000年にプロファイルが放ったR&B No.1ヒット「Liar」(プロデュースはテディ・ライリー)を、その歌世界込みで引用。妊娠中から自分へのケアを怠り、子を持つ父親としてあるまじきロンドンを“嘘つき”“裏切り者”として糾弾する辛辣な曲だ。それに続くのが先の“シアラの祈り“なのだが、ウォーカーはこうした痛みを伴うリアル・ライフを包み隠さず歌う自分をかつてのメアリー・J.ブライジに重ね合わせ、ファンやリスナーに自分と同じ体験をしないでほしいとアルバムを通して訴えている。ネガティヴな感情を歌いながらも、癒しや救いを与えるのがウォーカーの音楽なのだ。

アルバム冒頭を飾る「Bitter」はロンドンとの関係によってゴシップまみれになった心境を歌った、パパラッチに追われる配信版のジャケットを連想させる曲。後半にはカーディ・Bのナレーションが用意され、世間の噂がどうあれ自分の道を進み、困難な状況にあってもそれを音楽として昇華するよう、ウォーカーを諭しながら勇気づける。まるで女友達が家に来て慰めているような雰囲気だが、他にもSZAとの「No Love」は体目的で復縁を迫るような相手をシャットアウトする歌だったりする。

女性シンガー同士のコラボではアリ・レノックスを招いた「Unloyal」もあり、こちらはムード溢れるサックス・ソロをフィーチャーしたジャジーなスロウ。この曲やSZAとの曲はゲストのカラーに沿った印象だ。

後半では、リル・ダークを招いたチルアウト系のスロウ「Toxic」、ネプチューンズのプロデュースでファレル・ウィリアムズが客演したキャッチーなアップ「Dat Right There」、DJキャンパーがメインで手掛けたと思われるオマリオンとのスロウ・ジャム「Screwin」と、男性アーティストの参加曲が続く。

ネプチューンズ/ファレルやオマリオンのゲスト起用は、アトランタの俊才OGパーカーやヒットメイカらの制作でキキ・ワイアット&アヴァントの「Nothing In This World」(2001年)を引用した「Throw It Away」も含めて、近年再評価著しい00年代R&Bへのオマージュと解釈できなくもなく、そうした動きを本作が推し進める可能性もある。

一方、ムーディな「Insane」やアコースティック・ギターの伴奏で歌うデビュー・シングルの続編的な「Session 33」などは、ウォーカーの十八番スタイルと言っていい曲。破格の記録はともかく、90年代から現代までのR&Bが地続きであることを実感させる今回の新作は、聴けば聴くほど味わいを増し、彼女の魅力に吸い込まれていくアルバムなのだ。

そんなウォーカーは先頃、新恋人のラリーことラッパーのLVRDファラオの存在を明かし、お互いの顔に相手の名前のタトゥーを入れた写真も公開。次の作品ではこの新恋人との関係がテーマになるのかもしれない。

Written By 林 剛



サマー・ウォーカー『Still Over It』
2021年11月5日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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