ジェネイ・アイコのオススメ5曲:『ラーヤと龍の王国』で歌う日系アーティストの名曲【動画付】

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Photo: Craig Barritt/Getty Images for Something in the Water

2021年3月5日から映画館とディズニープラス プレミア アクセスにて同時公開となるディズニー映画最新作『ラーヤと龍の王国』(原題:Raya and the Last Dragon)。

この映画のエンドソング「Lead The Way」の作詞・作曲・歌唱を担当することになったジェネイ・アイコ(Jhené Aiko)のオススメの楽曲5選とその楽曲についての解説を音楽ジャーナリストの林 剛さんに執筆いただきました。

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ディズニー映画『ラーヤと龍の王国』(原題:Raya and the Last Dragon)のエンドソングを歌うことになったジェネイ・アイコ。ディズニーからのオファーは国民的シンガーになった証でもある。

彼女の存在が広く知れ渡ったのは2010年代前半。2011年のミックステープ『Sailing Soul(s)』に続いて、デフ・ジャム傘下でNo I.D.が主宰するアーティウムからEP『Sail Out』(2103年)を出した頃からだ。以降、アンビエントなサウンドと不意にサグな一面が覗く妖しい美声で“オルタナティヴR&B”と言われていた音楽をメインストリームのシーンに合流させた。既報の通り、今年日本時間3月15日に開催される第63回グラミー賞では最新アルバム『Chilombo』(2020年)が「最優秀アルバム賞」にノミネート。それを含めた3部門にジェネイ・アイコの名前が刻まれている。

2000年代前半にファースト・ネームの“ジェネイ”を名乗り、B2Kの妹分的な存在として彼らと同じクリス・ストークス主宰のプロダクション=T.U.G.に所属していた彼女を知る人も多いだろう。2003年にエピックから出したシングル「No L.O.V.E.」は、同じくアジア系の血を引くエイメリーに通じる華やかで真っ直ぐな歌声が印象深い一曲で、同シングルを含むアルバムも出る予定だった。アイコがゲストで参加したB2Kの2002年作『pandemonium!』の輸入盤CDには〈album out April 2003〉と書かれたアド・カードも入っていた。が、アルバムはお蔵入りに。ダンス映画『You Got Served』のサウンドトラック(2003年)にB2Kらと一緒に参加して「Happy」を歌うも、B2Kの解散も影響してか、レーベルを離れた彼女は学業優先の生活を選択。その後、若くして出産を経験し、地道に創作活動を続ける中で“ジェネイ・アイコ”として戻ってきたのが2010年代前半だったわけだ。

曲を作る仲間はほぼ一定していて、No I.D.が後見人となる前からアイコの楽曲制作パートナーとして親密な関係を築いているのが、マック(マクリーン)・ロビンソンとブライアン・ウォーフィールドのふたりからなるプロデューサー・チームのフィスティカフスだ。ミゲルやジャズミン・サリヴァンなどを手掛けてきたLAのチームで、ブライアンはフィリピン系アメリカ人でもある。加えて、近年、フィスティカフスとともにジェネイの楽曲を支えているのがLejkeysことJulian-Quán Việt Lê(黎越貫)。ベイエリアを拠点に活動するプロデューサー/ピアニストで、彼は日本のアーティストの楽曲にも関わるヴェトナム系アメリカ人だ。インスタグラムには“亀サン”という愛称(?)の記載もある。クリス・ブラウンのドラマーと一緒にアイコのツアーのオーディションを受けてチームに加わり、今ではフィスティカフスとともに楽曲制作の中核となっている。最新作『Chilombo』のスピリチュアルなムードにも、細やかな音作りに長けたLejkeysのセンスが大きく反映されている。

そんな面々に支えられたアイコの曲を、『ラーヤと龍の王国』のエンドソングを含めて5曲紹介する。客演も多く、ビッグ・ショーンとのTwenty88としても曲を出している彼女だが、今回は本人名義の曲の中から一般的に人気の高いナンバーを一アルバム/EPにつき一曲ずつ選んだ。

 

1. The Worst

2013年のEP『Sail Out』では、「3:16AM」やチャイルディシュ・ガンビーノを招いた「Bed Peace」も注目を集めたが、アイコのスタイルを広く知らしめ、2010年代の気分を作り出した曲といえば「The Worst」だろう。その証拠に、第57回グラミー賞で「最優秀R&Bソング賞」にノミネートされるなど各所からお墨付きを得た。

プロデュースはフィスティカフス。ピアノの強い打鍵で始まるイントロから不穏な空気が流れ、ドレイクやザ・ウィークエンドの流れを汲むアンビエントなサウンドが闇夜を徘徊しているような気分にさせるディープなスロウだ。愛くるしいのかフテブテしいのかわからない妖美なヴォーカルは、在りし日のアリーヤも思い起こさせる。「あなたがしたことは最低だったけど ダメにしたのも私。私を傷つけたあなたなんていらない…でも、あなたが欲しい」(大意)といった歌で、〈I don’t need you〉〈I don’t mean you〉とそれぞれ語気強く繰り返した後、本音をボソッと漏らすように〈but I want you〉〈but I love you〉と呟くように歌い、揺れる感情を見事に表現している。

EPのCDブックレットに記載されたクレジットではアイコひとりで曲を書いたことになっているが、シンギング・ラップで歌われる〈Everybody’s like/He’s no item/Please don’t like em/He don’t wife em/He one nights em〉のラインはジェイ・Z「Excuse Me Miss」(2002年)からの引用だと思われる。ジェイ・Zの曲をさらっと織り込むあたり、日常的にヒップホップがあった世代であることを改めて実感させる。

ジェイデン・スミスがラップを被せるなど、リミックスが数多く登場したことも曲の人気を後押ししたが、ロバート・グラスパー・トリオの『Covered』(2015年)で取り上げられたことでR&Bスタンダードの仲間入りを果たしたと言っていい。今後もアイコの代表曲として語り継がれていくだろう。

 

2. Spotless Mind

ファースト・アルバム『Souled Out』(2014年)のプロモショーン・シングルとして先行発表された「Spotless Mind」。アイコによれば、ローリン・ヒルとナズのツアーに同行していた際に、音楽制作ソフトのGarageBandを使って45分で作ったという。共作者にはアーネスト・ウィルソン(=No I.D.)の名前があり、プロデュースも含めてNo I.D.が完成に導いたのだろう。

サンダーキャットらも制作に絡んでいたアルバムは、「To Love & Die」にゲストとして客演しているコケイン80sのメンバーが演奏も含めて全面的にサポート。コケイン80sはNo I.D.を中心に、コモン、アイコ、ジェイムス・フォントルロイ、ケヴィン・ランドルフ、マケバ・リディックらが名を連ねる緩やかな音楽コレクティヴで、「Spotless Mind」ではそのメンバーであるスティーヴ・ワイアマンがギター、ベース、キーボードを担当した。また、近年はリゾやショーン・メンデス、リオン・ブリッジズなどへのサポートで知られる敏腕ギタリスト(マルチ奏者)のネイト・マーセローがフレンチ・ホルンを吹いている。

アルバムには「Eternal Sunshine」という幻想的なバラードがあり、「Spotless Mind」のタイトルと組み合わせると、2004年に公開されたミシェル・ゴンドリー監督の映画『Eternal Sunshine of the Spotless Mind』(邦題『エターナル・サンシャイン』)となり、実際にこれらの曲は同映画からインスパイアされたようだ。

過去の記憶を消した元恋人にショックを受けて自身も記憶除去療法を試みるという映画よろしく、「Spotless Mind」は、「ふたりで過ごした時間は素敵だったけど、あなたが終わりにしたいなら私は別の道を始める…アテもなく」(大意)という歌。アコースティック・ギターの音色を活かしたチルなムードの曲で、途中でダブっぽい音が入り、終盤でスティール・ギターの音を鳴らすなどアイランド感を漂わせているのは、ラニカイ(ハワイの有名ビーチ)で過ごした思い出を振り返るリリックに呼応した演出だと思われる。

 

3. While We’re Young

2017年に発表したセカンド・アルバム『Trip』は、タイトルやアートワーク(配信版、フィジカル版ともに)からドラッギーでサイケデリックな雰囲気に満ちていた。オープニング曲の「LSD」、レイ・シュリマーのスワエ・リーを迎えた「Sativa」など、幻覚剤やマリファナを匂わすタイトルの曲を含んだアルバムをカリフォルニア州での嗜好用大麻合法化(2018年1月から)を控えたタイミングでリリースしたことは、以前からヒッピー的なライフスタイルを音楽に反映させてきたアイコらしいとも言える。アルバム2曲目の「Jukai」は、マリファナが充満するスタジオでフィスティカフスと一緒に青木ヶ原樹海での自殺に関するドキュメンタリーを見て作ったという。

アルバムで、その「Jukai」に続いて登場するのが、リード・シングルの「While We’re Young」だ。プロデュースはフィスティカフスで、リズム・ボックス風の音を鳴らした音数の少ないトラックも含め、ティミー・トーマスの曲を引用したドレイクの「Hotline Bling」(2015年)からの影響を指摘したくなるミディアム・スロウ。アディショナル・キーボードでLejkeys、コーラス部分のトークボックスで故ロジャー・トラウトマンの親戚であるアンドレ・トラウトマンが参加している。

タイトルは2014年に初公開された同名の映画『While We’re Young』(邦題『ヤング・アダルト・ニューヨーク』)を連想させるが、若さゆえにできることを謳ったリリックは同映画の内容とも重なる。ミュージック・ヴィデオは、ハワイが舞台の2004年公開映画『50 First Dates』(邦題『50回目のファースト・キス』)へのオマージュとなっているようだ。

 

4. Triggered (Freestyle)

2020年の最新アルバム『Chilombo』は、これまでも歌詞などでさりげなくハワイへの愛を込めてきたアイコが、曾祖母の故郷ハワイで録音したことが話題となった。その先行シングルとして2019年5月に発表していたのが「Triggered (Freestyle)」。タイ・ダラー・サインがそうであるように、ラッパーとR&Bシンガーの境目が曖昧になってきた時代を象徴する歌い手である彼女は『Trip』にもフリースタイル(・ラップ)録音を謳った曲を収録していたが、「Triggered (Freestyle)」でも、その時に抱いた感情を即興で音に乗せて歌っている。

プロデュースはフィスティカフスとLejkeys。ビッグ・ショーンとの破局について当時の思いをぶつけたとされるエモーショナルなバラードで、相手への不満をぶちまけ罵るようなリリックと、神秘的で優美なサウンドやヴォーカルとのギャップが面白い。そのリリックをめぐって様々な解釈がなされてきたが、恋人として日々を過ごしていれば誰もが直面する一時的な混乱の感情を言葉にしたもので、ショーンに対するディス・ソングではないと本人は語っている。

アルバムでは本曲の次にショーンを迎えた「None Of Your Concern」が続くように、実際にはショーンと険悪どころか親密であるアイコが破局後の癒しを求めて歌った曲であった。そうしたヒーリング感を出すためにアルバムではクリスタル・シンギング・ボウル(チベットの寺院などで用いられる法具由来の楽器/パーカッションの一種)を用いており、「Triggered (Freestyle)」でも効果を発揮している。

 

5. Lead The Way

冒頭で触れたディズニー映画『ラーヤと龍の王国』のエンドソング「Lead The Way」。物語の舞台となるクマンドラは、ヴェトナム、タイ、ラオス、カンボジア、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどの東南アジア諸国からインスピレーションを得た古代アジアの架空の国とされる。

脚本を手掛けたのがヴェトナム系アメリカ人のキュイ・グエンと中国系マレーシア人のアデル・リム、声優も主役ラーヤの声をヴェトナム系アメリカ人のケリー・マリー・トラン、龍シスーの声を中国人と韓国人のミックスであるオークワフィナが担当しており、日系ルーツを持つアイコが主題歌を歌うのは自然な流れだったのだろう。

アイコは辰年となる1988年生まれで、背中にドラゴンのタトゥーを入れ、ディズニープリンセスに憧れてきた人でもある。が、ジェネイの出自や趣味に加えて、彼女のチームであるフィスティカフスのブライアン・ウォーフィールドがフィリピン系、Lejkeysがヴェトナム系と、東南アジアにルーツを持つ人物だったことも参加のキッカケになっているかもしれない。

歌の内容はもちろん映画のストーリー(「魔物のせいで父を失い、ひとりで生きてきたラーヤが龍の力を借りて分断された世界を再びひとつにしようとする」)からイメージを膨らませたもの。曲終盤でクマンドラの名前も連呼する。愛に満ち、お互いを信じ合える世界を築こうと爽やかに扇動するアイコの歌声は説得力十分だ。神秘が宿る自然を背景にした映画の雰囲気とアイコのスピリチュアルなムードの相性は実によい。イントロからオリエンタルな雰囲気を漂わせるこの曲からも、クリスタル・シンギング・ボウルと思しき音色が聞こえてくる。

Written by 林 剛



『ラーヤと龍の王国 オリジナル・サウンドトラック』
2021年2月26日配信
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music


《映画情報》
ディズニー映画最新作『ラーヤと龍の王国』

3月5日(金)映画館 / ディズニープラス プレミア アクセス同時公開
https://www.disney.co.jp/movie/raya.html

『アナと雪の女王』のディズニー最新作は、<邪悪な魔物>によって“信じあう心”を失った<龍の王国>をめぐる、壮大なスペクタクル・ファンタジー。自分だけを信じ、ひとりぼっちで生きてきた王国の“最後の希望”ラーヤは、伝説の“最後の龍”の魔法を蘇らせ、仲間を信じることで、世界を取り戻すことができるのか?




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