『ストレンジャー・シングス』と魅力的な音楽たち:リバイバルヒットを生む80年代が舞台のドラマ

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Photo: Chesnot/Getty Images

2016年からNETFLIXで公開され、全世界的に大人気となっているドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』。1980年代のアメリカが舞台のため、劇中には印象的に当時の楽曲が使用されており、このドラマがきっかけでヒットも生まれている。

そんなドラマと音楽の関係について、映画・音楽関連のライター業だけではなく小説も出版されるなど、幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに寄稿いただきました。

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*本原稿には『ストレンジャーシングス』のネタバレが含まれています

 

メタルキッズが夢想した「神回」

落陽なのか、それとも火山噴火なのか。赤々と染まった空には暗雲が深く立ち込め、蝙蝠の大群が嘲るように舞っている。しかしひとりのロングヘアの男が大地にすくっと立ち、手にしたエレキギターを奏で始めたではないか。もしかして、この鋼が軋むようなリフは、あのメタリカの名曲「Master Of Puppets」? そして指から放たれる稲妻のようなギターソロ!それは男の蛮行を祝うかのように何処までも響き渡るのだった…。

『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4最終話は、往年のメタルキッズが夢想したシチュエーションが具現化した、まさに「神回」だった。

 

十代と親世界も熱狂したドラマ

それまで『Hidden』や『ウェイワード・パインズ 出口のない街』といった作品に関わってきた双子の兄弟マット&ロスのダファー兄弟が、『ナイト ミュージアム』シリーズなどで知られる映画監督ショーン・レヴィに企画を持ち込んで生まれたドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』は、2016年にNetflixで配信開始されるや否や記録的な視聴数と高評価を獲得した。

アメリカ中西部インディアナ州の架空の町ホーキンスで次々と起きる超自然的な事件に立ち向かう少年少女たちを描いた同作は、十代の視聴者の共感を呼んだのはもちろん、時代設定を1980年代(正確にいうと1983年から1986年にかけて)にしたことで、親世代のノスタルジーも呼び起こした。

 

ポップ・カルチャーへのオマージュと音楽の使い方

同作には、ふたりのスティーヴン(キングとスピルバーグ)の著作や映画をはじめ、ゲームやファッションといった1980年代ポップ・カルチャーへのオマージュがこれでもかと撒き散らされていたのだ。音楽もその例外ではない。

そもそもテキサス出身のシンセサイザー・バンド、SURVIVEのメンバー、カイル・ディクソン&マイケル・スタインによるテーマ曲自体が、元ネタのひとつである『炎の少女チャーリー』(1984)のサウンドトラックを手がけたタンジェリン・ドリームや、自ら音楽も手掛けることで有名な映画監督ジョン・カーペンターの作風を強烈に意識したもの。その憑依ぶりは、オリジネイターのタンジェリン・ドリームにカバー版を作らしめるほどの完成度だった。

既存曲の使い方も天才的だ。少年ウィルが「裏側の世界」に連れ去られる事件を描いたシーズン1で最も印象的なアイテムは、兄のジョナサンからウィルにプレゼントされたミックステープだった。高校では誰ともつるまない孤高の文化系男ジョナサンらしく、収録されていた曲はデヴィッド・ボウイ、テレヴィジョン、ジョイ・ディヴィジョン、ザ・スミスといったエッジーなもの。中でもクラッシュの1982年曲「Should I Stay or Should I Go」は、「行くべきか、留まるべきか」を自問自答する歌詞に呼応するように、ウィルをこちらの世界に繋ぎとめる重要な役割を果たしていた。

シーズン3のクライマックスでは、仲間と世界を救おうとするダスティンが、サマーキャンプで知り合った天才少女スージーの助けを借りる見返りに、アマチュア無線を介してリマールが歌った『ネバーエンディング・ストーリー』(1984)の主題歌をデュエットすることを強要させられる。緊迫した展開の最中に呑気な曲を歌う演出が話題を呼び、同曲のストリーミングは配信前比で2063%にも跳ね上がった。

 

新キャラのエディとシーズン4の音楽

シーズン4は、そんなシーズン3からムードが若干変化している。メインキャラが9年生(日本では中3だが米国では高1にあたる)を迎えたことも影響しているのだろう。

それまでは単なる学校の「非主流グループ」だった彼らに、明確に自分でライフスタイルを選んだ「サブカル・グループ」の色彩が濃くなっているのだ。そんな彼らの師匠的存在が、今シーズン初登場となる上級生エディ・マンソンである。高校を留年している彼は、ダンジョンズ&ドラゴンズ(以下、「D&D」のサークル「ヘルファイア・クラブ」を率い、学内でドラッグを売り捌き、ヘヴィ・メタルを愛好する気のいいはみ出し者なのだ。

D&Dは、メインキャラがプレイするゲームとして以前からドラマに登場していたが、非キリスト教的ファンタジー世界を描いていたため、現実世界では保守的な大人たちから悪魔崇拝や魔術、ポルノ、犯罪を誘発するとの批判に晒されていた。1979年にはD&Dの熱狂的ファンである16歳の少年が失踪する事件が起き(実際は無関係)、トム・ハンクス主演で『トム・ハンクスの大迷宮』(1982)というテレビ映画になったほどの社会的反響を巻き起こしている。

つまり今シーズンにおいて連続殺人事件において「ヘルファイア・クラブ」の関与が疑われる展開は、実際にアメリカ郊外で起こりえたものなのだ。

もっとも実際に連続殺人事件に関与していたのは勿論エディではなく、裏側の世界のマインド・フレイヤー。D&Dの悪役にちなんでヴェクナと呼ばれる、この邪悪な存在は、PTSDを抱えるティーンに取り憑いて殺すことを好む厄介な存在だ。そのパワーは超能力少女イレブンを凌ぐほどだが、取り憑いた相手が好きな音楽を聴いていると、手が出せない弱点を持つ。前シーズンで義兄ビリーを失ったマックスも、ある曲を聴いていたためにヴェクナの手から逃れることに成功する。

 

ケイト・ブッシュとメタリカ

その曲こそが、英国のシンガーソングライター、ケイト・ブッシュが1985年に発表した「Running Up That Hill (A Deal with God)」である。発表当時、全米30位までしかあがらなかった(それでも彼女にとっては米国における最大のヒット曲だった)同曲は、ストリーミングで放映前週比9900% という驚異的な上昇を果たし、7月上旬現在、全米4位まで上昇している。

この選曲の影の立役者こそが、ジョナサン&ウィル兄弟の母親を演じているウィノナ・ライダーだった。メインキャラと同じ1971年生まれの彼女は、当時を知らない1980年代生まれのダファー兄弟が時代感覚を間違った選曲をするたびに注意してきたばかりか、ケイト・ブッシュの曲を使用するよう再三働きかけていたという。そんなウィノナの熱意が結実したのが、今回の選曲だったわけだ。

そしてこのまま「Running Up That Hill」がシーズン4を象徴する楽曲になるかと思いきや、最後の最後で飛びだしたのが、冒頭に挙げたメタリカ「Master Of Puppets」だった。

1986年に発表され、メタリカ初のゴールド・ディスクを獲得した同名アルバムのタイトル・チューンである同曲は、すでに2020年にはバンドに使用許可が求められていたものの、メタリカのメンバーが完成したシーンを観たのは放映直前月だったそう。その仕上がりをメンバーは絶賛したそうだ。

それも納得である。「Taste me and you will see / Your life burns faster / Obey your master(俺を味わい、見ろ/お前の命はもうすぐ燃え尽きる/さあ、お前の主人に従うんだな)」と歌われるこの曲の歌詞は、もともとドラッグ中毒の恐ろしさを歌ったものだったが、それを仲間のために囮となるエディの姿に重ねることで、ヴェクナに無茶な喧嘩を売るエディが自らを鼓舞したものとして表現したのだ。メタリカへの深い理解がなければ、これほど高次元の歌詞の読み替えはできないはずだ。なお劇中でエディが弾くギターソロは、バンドのベーシスト、ロバート・トゥルヒーヨの17歳の息子タイが新たにダビングしたものだ。

『ストレンジャー・シングス』は次のシーズンで完結するそうだが、最終シーズンでどんな名曲がリバイバルされるのか、今から楽しみである。個人的に期待したいのは、シーズン4でキャラの書き込みがぐっと細かくなったアフリカ系少年ルーカス絡みでヒップホップがフィーチャーされること。なにしろ1986年はランDMCがエアロスミスと共演した「Walk This Way」をリリースして、ヒップホップに市民権を与えた年なのだから。

Written By 長谷川町蔵


メタリカ『Master Of Puppets』
1986年3月3日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




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