大統領選のアメリカを駆け抜けたテイラー・スウィフトの2020年と「Only The Young」に込めた想い

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2020年11月3日に実施されたアメリカ合衆国大統領選。4年に一度のアメリカの体制を決める大きな出来事に世界の注目が集まりました。そんな中、現代アメリカを代表するポップスターであるテイラー・スウィフト(Taylor Swift)は積極的に発言を続けてきました。

2018年のアメリカ中間選挙前までは全く政治的な発言をしてこなかった彼女が、今年はどのように発言し、行動してきたのか。最新著書『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』が話題の音楽ジャーナリスト、高橋 芳朗さんに解説頂きました。

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続『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』
大統領選のアメリカを駆け抜けたテイラー・スウィフトの2020年

 

自分が大切にしているもののために闘いなさい。
でも、ほかの人があなたに賛同するような闘い方をするのです

—ルース・ベイダー・ギンズバーグ元アメリカ最高裁判事—

現地時間の11月7日、アメリカ大統領選挙で民主党のジョー・バイデン前副大統領が当選を確実にしたことに伴って、彼の指名を受けていたカマラ・ハリス上院議員が女性として史上初の副大統領に就任する見通しとなった。同日にデラウェア州ウィルミントンで行われた両候補の「勝利宣言」において、ハリスはサフラジェット(20世紀初頭のイギリスで婦人参政権運動を行った女性団体のメンバー)のシンボルカラーである白のスーツに身を包んで登壇。民衆に向けて次のように語りかけた。

「私は合州国最初の女性副大統領になるかもしれませんが、最後ではありません。なぜなら今夜の光景を見たすべての少女たちは、この国が可能性に満ちていることを悟ったからです。子供たちに向けて、私たちの国は明確なメッセージを送りました。ジェンダーは関係ないのです」

ハリスの勇姿を眺めながら脳裏をよぎったのは、この一年アメリカ国民の政治的関心を高めようと献身的な活動を続けてきた数々の女性アーティストの姿だった。いま彼女たちはハリスの歴史的スピーチをどんな思いで聞いているのだろうか、と。

そのうちのひとりには、今回の大統領選で初めて政治広告に自身の楽曲の使用許可を出したテイラー・スウィフトも含まれる。大統領選投開票日直前の10月30日、カリフォルニア州のエリック・スウォルウェル下院議員が公開したバイデンとハリスへの投票を促す民主党のキャンペーンCMはハリスの「なぜこんなにも多くの権力者たちが私たちが投票することを難しくしているのでしょう?」というナレーションで幕を開け、続いてテイラーの「Only The Young」が流れ出す。

「Only The Young」は、2020年1月31日にNetflixで公開されたテイラーのドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』の実質的なテーマソング。全米シングルチャートでは最高で50位に留まったが、銃暴力について言及するなどテイラーのキャリアにおいて最も政治色が強く、かつ非常に重要な意味を持つ楽曲だ。

「Only The Young」がつくられた経緯については、『ミス・アメリカーナ』の劇中で詳細に描かれている。長らく自らの政治的スタンスを明らかにしてこなかったテイラーはアメリカ中間選挙のテネシー州連邦上院選を目前に控えた2018年10月8日、自身のInstagramを通じて男女同一賃金案やVAW法(Violence Against Women Act/女性に対する暴力防止法)に反対する共和党現職のマーシャ・ブラックバーン下院議員を痛烈に批判。若年層を中心に民主党候補のフィル・ブレデセン元テネシー州知事への投票を呼び掛けるが、彼女の熱心なキャンペーンも及ばず11月6日に行われた選挙ではブラックバーンが勝利をおさめることになった。「Only The Young」は、その屈辱をバネにして書き下ろしたテイラー渾身のプロテストソングなのだ。

「Only The Young」は共に戦うことを呼び掛ける歌。
勇気を出して権力を正しく導けば、きっと未来は変わるはずだから
——テイラー・スウィフト(『ミス・アメリカーナ』より)——

保守層に支えられたカントリーミュージックにおいて、共和党批判がタブーとされていることはよく知られているところだ。それは『ミス・アメリカーナ』でも引き合いに出されている2003年のディクシー・チックス(現在はザ・チックスに改名)のケース(イラク侵攻の計画を進めていた共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領を批判した結果、保守層からの激しいバッシングにさらされて事実上活動休止に追い込まれた)に明らかだが、テイラーはカントリーを出自としながらもそのリスクを顧みずに民主党支持を表明し、「Only The Young」を通じて改めてドナルド・トランプ政権との闘いを誓ったのだ。

「口輪が外れたみたいに楽になった。そんな自分を誇らしく思ってる。発信する前に学ぶ必要があったけど、いまはもう準備万端。口を覆っていたテープを剥がすときがきたの」ーー『ミス・アメリカーナ』の劇中、「Only The Young」の制作を経たテイラーは政治的姿勢を公にしたことよって得た解放感を充実した表情で話していたが、実際、アメリカ大統領選を見据えての彼女の「覚悟」は2018年の中間選挙のときの比ではなかった。

 

2020年とテイラー・スウィフト

5月29日のテイラーのTwitterの投稿は、そんな彼女の「2020年のモード」を象徴している。同月25日、白人警官が無抵抗の黒人男性を窒息死させたジョージ・フロイド殺害事件に抗議するデモ隊への発砲を示唆したトランプ大統領のツイートを受けて、テイラーは自身のTwitterを更新。トランプへのメンション付きで彼を厳しく非難したのだ。

「大統領に就任してからずっと白人至上主義や人種差別の火を煽っておいて、自分のほうがモラルのあるふりをして暴力で脅すなんてどういう神経? 『略奪が始まれば銃撃が始まる』って? 私たちは11月の選挙で必ずあなたを落選させる」

このテイラーのツイートは、5時間も経たないうちに彼女の投稿としては過去最多の100万を超える「いいね」を獲得した。

さらにテイラーは8月16日、トランプ大統領が郵便投票を受け付けるための郵便公社への補助金を拒否すると発表したことに対して再びTwitterを更新して彼を糾弾。二度の投稿で次のように自身の見解を述べている。

「ドナルド・トランプによる計画的なUSPS(アメリカ合衆国郵便公社)の解体は、あることを明確に証明しています。それは、私たちが大統領にトランプを望んでいないことを彼がよく知っているということです。トランプはあからさまな不正を働いて、権力にしがみつくために何百万人もの国民の生活を危険にさらすことを選びました。トランプの無力なリーダーシップが、私たちが巻き込まれている危機をより深刻なものに悪化させているのです。そして彼はいま、国民が安全に投票する権利をも破壊しようとしています。速やかに投票用紙を請求して、期日前投票を行いましょう」

そして、8月11日にカマラ・ハリスが副大統領に指名された直後にその決意をTwitterに投稿した際、彼女のツイートを引用リツイートしてただ一言「YES」と喜びを表現したテイラーは、10月5日にジョー・バイデンを支持することを正式表明。大統領選に関する自身のインタビューが掲載された雑誌『V』の表紙と「BIDEN / HARRIS 2020」と書かれた手作りのアイシングクッキーの画像をTwitterにポストした。テイラーはバイデンとハリスをサポートする理由について、『V』誌上でこのようにコメントしている。

「2020年の大統領選では誇りを持ってジョー・バイデンとカマラ・ハリスに投票します。両氏の指揮下であれば、アメリカが切実に必要としている癒やしのプロセスを始めるチャンスがあると信じています」

https://twitter.com/taylorswift13/status/1313938080290803715?s=20

このテイラーのツイートを受けて、バイデンは彼女の「…Ready For It?」(2017年)の一節を引用して「テイラー、この国の歴史的な瞬間にサポートの声を上げてくれたことに感謝します。選挙の日はもうすぐそこまで迫っています。準備はいいですか?(Are you ready for it?)」とTwitterに投稿。それに続いてハリスも「Style」(2014年)の歌詞を引いてテイラーに感謝の意をツイートしている。

「投票が時代遅れ(out of style)になることはありません。テイラー、あなたのサポートを感謝します。追伸:クッキーのレシピをシェアしてくれないかしら?」

そのハリスは「Only The Young」を使用した民主党のキャンペーン広告が公開された際にも「この選挙がなにを賭けた闘いなのか、若者たちに示してくれたテイラーに感謝します」とTwitterで謝辞を述べていたが、今回の大統領選で若年層を中心に投票を促し続けたテイラーのひたむきさには真に胸を打つものがあった。

細かいエピソードをひとつひとつ挙げていくとキリがないが、たとえば彼女が7月24日にサプライズリリースしたニューアルバム『folklore』とその関連グッズを公式オンラインストアから購入した際にはもれなく「VOTE」と書かれたカードが添えられていたという(「VOTE」の「O」の部分には有権者登録を支援する非営利団体「Vote.org」につながるQRコードが仕込まれている)。

https://twitter.com/peakatseven13/status/1317201047602012162?s=20

また、その『folklore』に参加していたBon Iverのジャスティン・ヴァーノンは2020年に入ってから地元ウィスコンシン州の有権者に投票を促す運動「Visit with Vernon」を展開していたが、彼がその一貫として10月20日にビッグ・レッド・マシーン名義で発表した「Letterdays」をテイラーは自身のTwitterで賞賛と共に紹介している。

「素晴らしく、そして重要なこと。Bon Iverに愛と敬意を」

 

大統領選挙前日のメッセージと「Only The Young」に込めた想い

そんなテイラーの国民への働き掛けは、当然選挙戦の土壇場にまで及んでいる。彼女は投票日前日の11月2日、Twitterにこんなビデオメッセージを投稿した。

「今回の選挙ではきっと皆さん大きなストレスを感じていることでしょう。それは私も理解しているつもりです。でも、明日が自分の声を届ける最後のチャンスであること、自分の投票をカウントしてもらう最後のチャンスであること、私はこの重要なことを皆さんに思い出してもらう100万人目の人間になろうと思います。まだ投票が済んでいないのであれば、どうかその一票を大切にしてほしい。どうか安全に、マスクをして、体調に気をつけて。皆さんのことを愛しています。Happy voting!」

このテイラーの最後のビデオメッセージの背後に流れているのは、もちろん「Only The Young」だ。こうして流れを追っていくと、やはりテイラーは大統領選を視野に入れたうえで『ミス・アメリカーナ』を製作/公開し、2018年中には書き上げていた「Only The Young」を闘いに臨むにあたってのテーマソングとして温存しておいたのだろう。思い出してほしい。テイラーは「Only The Young」を書き上げた時点ですでにこの曲を「共に戦うことを呼び掛ける歌」と説明しているのだ。

今回は負けてしまった。
でも、あの人たちは決着がついたと思っているかもしれないけれど、
まだ戦いは始まったばかり。
私たちを救えるのは唯一若者たちだけ。
若者たちだけが走ることができる。
若者たちだけが変えることができる。
戦いに疲れたなんて言わないで。
もうゴールはすぐそこ。走って、走って、変えるんだ
——テイラー・スウィフト「Only The Young」(歌詞大意)——

テイラーが2年前に「Only The Young」に託した「勇気を出して権力を正しく導けばきっと未来は変わるはず」という確信は、いまこうして現実のものになった。そして、そのゴールには「Only The Young」のメッセージを正面から受け止めるようなハリスの素晴らしいスピーチが待ち受けていた。

「Only The Young」が流れる民主党のキャンペーンCMにはハリスが雨のなかで踊る印象的なシーンがあるが、そこにオーバーラップしてくるのが今回の大統領選のさなか9月18日に他界した「ノトーリアスRGB」ことルース・ベイダー・ギンズバーグ元アメリカ最高裁判事の言葉だ。

「あなたの娘や孫娘の時代に世界がどうあるべきか、考えてみてください」

テイラーの「Only The Young」とハリスの勝利宣言のスピーチは、このRGBの問いに対するひとつのアンサーでもある。初の女性大統領の誕生が期待される2024年に向けて、ふたりはどんなビジョンを描いているのだろうか。

Written by 高橋 芳朗


高橋 芳朗著
『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』
2020年9月29日発売
出版社公式サイト



テイラー・スウィフト「Only The Young」
2020年1月31日配信
試聴・配信はこちら



テイラー・スウィフト『folklore』
2020年7月24日発売 / 国内盤CD 8月7日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music


『folklore』に続く9枚目のオリジナルアルバム
テイラー・スウィフト『evermore』

2020年12月11日発売
iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music





 

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