クイーンが日本語で歌った「手をとりあって」:誕生の軌跡と日本で愛され続ける理由

Published on

今から45年前の1976年に発売されたクイーンのアルバム『A Day at the Races(華麗なるレース)』に収録された「手をとりあって」(原題:Teo Torriatte (Let Us Cling Together))。日本語で歌ったこともあり、発売当時はもちろん、21世紀となってからも日本で愛され続ける曲の誕生の軌跡と、海外のアーティストが日本語で歌う意味について音楽評論家の増田勇一さんに寄稿頂きました。

<関連記事>
ロジャー・テイラー、約8年ぶりのソロアルバム『Outsider』を10月に発売決定
ブライアン・メイ、初のソロ作『Back To The Light』がリマスター&2CDで発売


 

ブライアン・メイの最新インタビュー

7月13日、NHKの『国際報道2021』の中で、ブライアン・メイの最新インタビュー映像が紹介されていた。その話自体は1992年発表の彼のソロ作『Back To The Light(邦題:バック・トゥ・ザ・ライト~光にむかって~)』が最新リマスターを経て新装盤としてこの8月に登場することを中心とするものだったが、興味深かったのは、彼がこの時期に同作を再リリースしようと考えた経緯だ。

ブライアンいわく「今は人類が光へと向かう道を探している時」であり、まさにこのアルバムを再び届けるのに相応しい時期だと考えた、とのこと。この作品が最初に世に出たのは、フレディ・マーキュリーが亡くなった翌年。しかもほぼ同時期にブライアンは父親を失っている。のちに彼は当時抱えていた喪失感の大きさと、入院にまで至るほど精神的に打ちのめされていた事実を認めているが、そこから彼を救いあげたのが音楽だったことは、同番組中での「音楽は人々の精神的な支えとなり、困難を乗り越えるうえで重要なものだ」という発言にも裏付けられている。

そうした過去の実体験と現在の世情を重ね合わせながらの発言に、視聴者の多くも説得力を感じていたはずだが、もうひとつ印象的だったのは、日本のファンへのメッセージを求められた彼が、日本語で“手をとりあって”という言葉を発したことだ。それに続いたのは「この世界で力を合わせていきましょう」という英語の発言だった。それを耳にした瞬間に涙腺が緩んだ、というファンも少なくないことだろう。この国向けに日本語でメッセージを発信した彼の配慮深さについてももちろんだが、日本のクイーン・ファンにとって特に思い入れ深い楽曲のひとつである「手をとりあって」が、長い年月を経た今もお互いを繋ぐメッセージとして有効であることを実感させられた、という向きも多かったに違ない。

 

次元が違う日本語での歌唱

「手をとりあって」は、1976年に発表された5作目のオリジナル・アルバム『A Day at the Races(華麗なるレース)』の最後に収められている。これはいわゆる邦題ではなく、そもそも原題も「Teo Torriatte (Let Us Cling Together)」で、英題はあくまで説明的にカッコ内に収められているのだ。そしてこの曲に関する最大の特記事項は、サビ部分に日本語の歌詞が用いられていること。しかもこれは日本盤のボーナス・トラックではなく、全世界共通の正式な収録曲としてアルバムのクロージングという重要なポジションに配置されているのだ。

たとえば1981年にはポリスが「De Do Do Do, De Da Da Da(ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ)」の日本語ヴァージョンを発表していたりもするが、それはあくまで日本向けのシングルとして限定的に発表されたもの。それ以外にも、いわゆる往年のポピュラー・ミュージックの領域においては吹き替え版の映画さながらに日本語ヴァージョンというのがめずらしくなかったが、この国での拡販を狙ったそうしたものとは一線を画するのが「手をとりあって」だった。

日本語の歌詞をフィーチャーした曲を全世界に向けて発信して成功した例としてはスティクスの「Mr. Roboto」もあるが、そこで実際使われている言葉は「ドモ、アリガト」程度のもの。欧米人には違和感のあるはずのその響きが逆に強烈なフックとなったわけだが、それはある種のギミックともいえるし、そこにメッセージ性などが伴っているわけではない。「手をとりあって」の場合は、そうしたものとは次元が違っているのだ。もちろん筆者は「Mr. Roboto」について否定的なわけではないので、誤解して欲しくないのだけども。

 

日本とクイーン

ブライアンの作によるこの楽曲に、日本のファンへの感謝の意が込められていることは疑いようもない。今や「クイーンの人気に火が付いたのは日本でのことだった」というのが定説のようになっているが、実のところ彼らは初期からイギリス本国でもそれなりの認知は獲得していたし、プレスに酷評されることも多かったとはいえ、2ndアルバム当時には新進バンドとして着実に実績を築きつつあった。ただ、1975年4月の初来日時に彼らがこの未知の土地で味わった歓待と狂騒は、それとは比べようもなく大きなものだった。

なにしろ契約上の問題も抱え、そこそこのセールスや動員があってもたいした収入を得られず、アパートメント暮らしをしていた彼らが、空港到着時から「ビートルズにでもなったかのような」感覚を味わうほどの熱狂の渦の中に身を置くことになったのだから。同ツアー終了後、フレディが英国のプレスに対して「日本は第二の故郷だ」といった発言をしている事実からも、彼らがその際にいかに日本とこの国のファンに感銘を受けたかがうかがえようというものだ。

そんな日本のファンに捧げるものとして日本語の歌詞を伴った楽曲を作ることを、ブライアンは同ツアー終了後にはすでに考え始めていたのだという。実際にこの「手をとりあって」が録音されるまでには、二度目のジャパン・ツアー(1976年春)も経ているわけだが、その際にもおそらく彼らはこの国のファンとの結び付きの強さを改めて実感していたはずだし、初来日時の体験が夢ではなかったことに喜びを感じていたことだろう。

そして『A Day at the Races』のレコーディング作業は、再来日ツアーからの帰国後、1976年の夏から秋にかけて実施され、同作はその年の12月にリリースされている。その発売に先駆けて当時の『ミュージック・ライフ』誌に掲載されたインタビュー記事に「次のアルバムには日本語詞の曲が入るかもしれない」といった発言をみつけ、無邪気に興奮をおぼえた記憶が筆者自身にもある。

この曲のコーラス部分では、同じ意味合いの歌詞が英語と日本語で繰り返されている。作詞自体はブライアンによるものだが、日本語への翻訳は、来日時に彼の通訳を務めていた鯨岡ちか氏が手掛けており、アルバムのインナーにも「我々の日本の友人であり通訳でもあるChika Kujiraokaに多大なる感謝を」とのクレジットをみつけることができる。また、この曲は1977年3月には日本限定でシングルとしてもリリースされており、オリコンによる国内シングル・チャートでトップ50にランクインを果たしていたりもする。

 

発売後も愛され続ける

「手をとりあって」が、日本のファンの存在なしに生まれ得なかったことは明らかだが、そこに伴う歌詞が単なるサンキュー・ソングにはとどまらないポジティヴなメッセージ性を持ち合わせたものだったことが、結果的にこの曲をいっそう特別なものにしたといえる。たとえばこの曲は、2011年3月11日に発生した東日本大震災の復興支援を目的として同月緊急リリースされたチャリティ・コンピレーション・アルバム『Song For Japan』にも、ジョン・レノンやU2、ボブ・ディランらの有名曲とともに収録されている。彼らが同作のためにこの曲を提供することを決めた理由は、まさにブライアンの『Back To The Light』が、コロナ禍の影響により不安定な状況が続く“今”という時期にリイシューされることの意味と同じところにあるに違いない。

そして当然ながら、この楽曲は日本のファンの多くにとって、特別な思い入れの伴うものになっている。2020年1月に日本限定の特別企画により、クイーン+アダム・ランバートの来日記念盤としてリリースされた『Greatest Hits In Japan』の収録曲ラインナップはファン投票により選ばれたものだが、「手をとりあって」は、全12曲という狭き門を、「Bohemian Rhapsody」や「Killer Queen」を上回る第3位という高得票数で通過している。そうした事実もまた、日本以外でのライヴでは演奏されたことがないこの曲が、この国のファンにとって別格的存在であることを裏付けている。

また、のちに『Jazz』(1978年)に収録されているフレディ作の楽曲「Let Me Entertain You」には「日本語でも歌います」という意味合いの歌詞が含まれている(We’ll sing to you in Japanese)。それが「手をとりあって」での試みを踏まえた表現であることは間違いないが、そこで思い出されるのは、フレディが日本の各都市名や武道館といった固有名詞を、英語的な発音ではなく日本人と同じようなアクセントで口にしていた事実だ。それに対して「手をとりあって」に伴う「Teo Torriatte」という表記の巻き舌を連想させるスペルは、なんだかパスタの名前みたいでもあるが、同時にどこか微笑ましくもある。この曲の誕生とともに灯された光は、きっとこの先も、我々を希望に満ちた明日へと導いてくれることだろう。

Written By 増田勇一


「手をとりあって」が日本盤ボーナス・トラックで収録

クイーン『Greatest Hits』
1981年10月26日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music


1992年の1stソロ作がリマスター&2CDで発売
ブライアン・メイ『Back To The Light』

2021年8月6日発売
(国内盤CD発売は8月11日に変更)
国内盤2CD / 国内盤1CD / 2CD+1LP / LP

8年ぶりの新作アルバム
ロジャー・テイラー『Outsider』

2021年10月1日発売
輸入盤CD/LP / iTunes



Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了