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映画『ジョジョ・ラビット』、ビートルズとドイツの関係、そしてデビッド・ボウイが起用された意味

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海外では2019年10月に、日本では2020年1月に公開となった映画『ジョジョ・ラビット』。第2次世界大戦下でヒトラーに憧れるドイツ人の少年と、ユダヤ人の少女が出会うこの物語の劇中には、既存のポップ・ミュージックが効果的・演出的に使われています。監督自らが選曲したこの映画のサウンドトラックについて、ミュージシャン、作詞家、プロデューサーとして活躍するサエキけんぞうさんに解説頂きました。


『ジョジョ・ラビット』日本版予告映像

2020年第92回アカデミー賞で、作品賞ほか6部門でノミネートされ、脚色賞を受賞した映画『ジョジョ・ラビット』。狂おしいほどの感慨と問題提起を与えるこの珠玉の作品と音楽について、踏み込んだ解説をしましょう。

母子家庭に育つ10歳のジョジョが、父代わりの友だちとなったアドルフ・ヒトラーの幻影と遊びながら戦争の狂気に向かう物語、ニュージーランド出身のタイカ・ワイティティ監督の情熱により、コンピューターグラフィクスも駆使して様々な画期的な映像をモノにしました。恐ろしいほどに迫力がある戦闘シーンもそうですが、再現されているナチス化のドイツの風景も今までに見たことの無かった部分を含みました。英米と違い、我々にはいまいちなじみのないドイツという国について考えながら、サウンドトラック曲に触れていきましょう。

 

ドイツとビートルズの関係

“ヒトラーは当時の子供にとってはビートルズよりも強力なアイドルだったかも?” 大胆に思えるようで、実は的を射ているアイデアが、この映画を成功させました。それは「大衆の(ポップな)熱狂」という現象が、ナチスにおいて人類最初に実験された?という「事実」を物語っているのです。

衝撃は冒頭に使用されたビートルズのドイツ語版「Komm gib mir deine Hand(抱きしめたい)」でいきなり頂点に達します。第一次世界大戦の敗北でボロボロになった民衆が、ワイマール憲法という歴史上、最も民主的な憲法を得ながら、ナチスという黒い殺人政治勢力に政治をもっていかれてしまう。そのシステムは、実は現在のポップスターへの熱狂とうり二つ。ビートルズをカリスマ化させたのは映像とサウンド。それらを駆使した「ポップシステム」は、実はナチスによって実験されていた「民衆への心理操作」と相似な面があるのです。

Komm gib mir deine Hand (Remastered 2009)

躍動的なスポーツへの青年の誘導、カッコいい制服へのこだわり、ヒトラーの演説を印象的なものにする音響装置の開発、ナチスが実験したメディア操作は今でも民衆を魅了することが可能なポップ・デバイスです。この映画にも使用された美しいクラシック音楽の利用、ポスターや映画、建築など、映像効果を心理操作に使う技術は、現代の広告代理店とも共通するメディア・マジックなのです。そんな理由で、ナチス的効果、民衆の熱狂のサウンドトラック曲として、これほどふさわしい楽曲もないわけです。

さらにビートルズとドイツにはとても因縁深い関係があります。

マーク・ルイソン著による全六巻になるといわれる決定版「ザ・ビートルズ史」の既刊「誕生」上下巻には、デビュー前に公演を行ったドイツにおけるビートルズの衝撃的な記載が多数あります。

まず1960年、61年の二度のハンブルグ遠征により、ビートルズはなんと918時間も演奏したと。90分のショウに換算すると612回、30分のショウならば1836回!になると。デビュー後のビートルズのショウを全て足したとしても30分×500回にはならない。それだけのおびただしい演奏をドイツで繰り広げ、鬼のような鍛錬が彼らを一流のバンドにしたということ。ポールも「観客を前にどう演奏するか?を学んだ」と証言してます。それに留まりません。

まずは彼らが演奏したハンブルグのザンクト・パウリ地区の猥雑さ。ストリップ・ショー、セックス、バー、クラブ。水兵、漁師、港町の荒くれ男達が闊歩するこのネオン街は、英国人の彼らにとって信じられないほど毒々しいものであり、そこで親元を離れ自由になったビートルズは女性関係を含め「本物のロックンローラー」になっていったということ。

ナチスについて調べた人ならこの政権が「セクシュアリティ」を重視していたことをご存じなはず。ヒトラーを始め、政権内も艶めいた話しに事欠きません。『ジョジョ・ラビット』前半にも出てくる女性制服の存在感もそうです。ナチス施設の中で幅を利かせるジョジョのママ(スカーレット・ヨハンソン=アカデミー賞®助演女優賞ノミネート)の妖しくセクシュアリティたっぷりの存在感は、そんなわけで根拠ある演出というわけです。ドイツは現在でもボンデージ(SM)ファッションのメッカであり、欧州随一のセクシュアル大国です。英国に決してないこのハンブルグの妖気は、ビートルズに米国に対抗する性的魅力を注入したことは間違いない。

ビートルズを変えた女性といえば、ドイツ人、アストリット・キルヒヘルです。アストリットと、ボーイフレンドのクラウス・フォアマン、ユルゲン・フォルマーの3人は、ハンブルグでビートルズが演奏していたクラブ、カイザーケラーに現れ、身も心も奪われます。クラウスは後に『Revolver』や『Anthology』のアートワークを手がけ、またジョン・レノンのベーシストとしてビートルズと一生の付き合いとなったことはご存じでしょう。

3人は際立って美しい容姿をしていたといいます。ナチス政権下の残虐な悪夢を嫌い、3人の芸術家志向のドイツ青年の関心はフランスに向かっていたといいます。ユルゲンは前髪を下ろし、横へも少し流すという、パリの学生で流行っていたスタイルだったといいます。それはビートルズヘアーへの導入になっていきます。

特にアストリットは芸術的センスが高く、知的でした。しかし彼女が惹かれたのは芸術家志望のメンバーだった、ベースのスチュアート・サトクリフ。早々に二人は結婚してしまいます。それに焦がれるほどの悔しさを感じたのはポール。こう述懐します。

「僕らは狂おしいほどもどかしかった。あんな恋愛もあるなんて、僕らはみんな生まれて初めて知ったんだ。(英国の)僕らの親だってああいう恋愛はしていなかったから」

アーティスティックなアストリットに焦がれるメンバーの気持ちには、ジョンとヨーコの関係のみならず、60年代半ばに、ポールが居候したヒッピー文化探索のサロン化したアッシャー家と、知的なガールフレンド、ジェーン・アッシャーを思い出す人は少なくないでしょう。ジョンとポールはドイツ人、アストリットに憧れる気持ちを、後年それぞれにはらしたといってもいい

こうしてドイツで作られたビートルズ・・・。

アストリットが最初のアーティスティックなメンバー写真を撮りました。

二回目の遠征「トップ・テン」という店において、初めてビンソンのエコー・チェンバーを使用、複数のボーカル・マイクにかけるという体験もしています。ジョンはそこで生涯、このボーカル・エフェクターを好きになってしまう。楽器店の充実も彼らを魅了しました。

最初のレコーディングはトニー・シェリダンとドイツでなされました。

初期の彼らを象徴するレザー・ファッションは、ドイツの文化。二度の遠征で完成しました。それもアストリットの着ていたもののマネから始まっています。

アート、音楽技術、ファッション、およそ、デビュー後の彼らをひもとく秘密はこのドイツ遠征で獲得されたといっても過言でない。文化ポテンシャルの高いドイツの風土が関係しているように思われます。危険だが創意が卓越してるナチスを生んだ国のパワーといえます。

さて「Komm gib mir deine Hand(抱きしめたい)」のドイツ語バージョンは、1964年1月にパリのパテ・マルコーニ・スタジオで録音。ルクセンブルク人のキャミロ・フェルゲンにより訳されたもので、内容的には、オリジナルと離れ、自由に詩作されています。レコード会社の強力な要請によって西ドイツのファンのためになされたレコーディングで、しかしビートルズは気乗りせず、プロデューサーのジョージ・マーティンに反抗したのは初めてのことだったと。

ポールは、ヒトラーが主人公の映画ということで、サウンドトラックに採用されることに当初、難色を示したといいます。ドイツ遠征時にはスチュアート・サトクリフだけがもて、ポールは意外にもメンバー中でも最も落ち込み、大変にツラい思いをしたということで、ひょっとしたらそんなことも関係あったのか?とにかく、ファシズムに強く反対するこの映画の意義を分かってくれたようで本当に良かったです。

 

サントラ収録楽曲とドイツ

続くサントラ曲の説明をしていきましょう。

ジョジョが美しいお母さんと夕食を食べている時に流れるレクオーナ・キューバン・ボーイズの「Tabú」とエラ・フィッツジェラルドの「The Dipsy Doodle」は、どちらも当時、流行っていた曲。

レクオーナ・キューバン・ボーイズは1931年に結成、1934年頃から欧州ツアーしたキューバ音楽のバンド。南米国家は直接的な敵国ではないので、ナチス下でも許容されていたのでしょう。

「The Dipsy Doodle」とは「いかがわしい取引、ペテン、詐欺師」といった意味。「君にとりついてイライラさせる。そうなったら、最悪だ。後ろから襲いかかってしまい相思相愛みたいになるのさ」という内容。エラの名唱が躍ります。ドイツのファシズム勃興期にはこうしたスウィングジャズを愛する若者も多くおり、一部ではナチスに抵抗する勢力の心の支えでもあったようです。『スウィング・キッズ-引き裂かれた青春』(1994年、トーマス・カーター監督)では、命がけで抵抗する若者のパーティを描いています。ジャズ・ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトのナチ政権下における受難を描いた『永遠のジャンゴ』(2017年)でも、戦時ドイツのパーティやクラブの様子が描かれており、ドイツとジャズの関係はとても深い。

The Dipsy Doodle

ジョジョがナチス少年部隊のキャンプをしている時にかかるのがトム・ウェイツの「I Don’t Wanna Grow Up(大人になんかなるものか)」は、1992年のアルバム『Bone Machine』の曲ですが、トムの酔いどれなベロベロな歌声はどうやら時空を超えているらしく、この選曲はメチャはまってます。

爆弾が投下された街をジョジョが歩くシーンでかかるのがラブの「Everybody’s Gotta Live」。フラワー・ヒッピー・ムーブメントの代表的なバンドであるラブは1967年の美しい3rdアルバム『Forever Changes』が有名。この曲は1974年のアルバム『Reel to Real』に含まれ、良く見つけたな?という感じ。「生きなければならない」とジョジョの気持ちをイタイほど伝えます。

ロックのカリスマ、ロイ・オービソンの「Mama」は1962年の曲で、これもドイツ語バージョンを使用。ジョジョとお母さんが、自転車ででかける美しいシーンでかかります。数奇な運命をたどった名歌手、ロイの特異な歌声は、何とも切ないです。戦時下でこの平和さあり?とも思えるようなシーンですが、ナチスの擁護下の家庭は、徹底的に優遇されており、ひょっとしたらこんなこともあったのかもしれません。ワイティティ監督は、ナチスの状況と文化を徹底的に調べ上げたといいます。

Mama

このシーンなどであふれるスカーレットの厳しくもセクシーでファッショナブルな母性は、ビートルズ全員があこがれたドイツ人、アストリットのクールな存在感とどこかつながるような気もします。

 

ドイツ語で歌ったデヴィッド・ボウイ

さてさて、次のデヴィット・ボウイの「Helden」が、最後の感動あふれるシーンで流れます。名曲「Heroes」のドイツ語バージョンです。

ボウイの死に際し、ドイツ外務省は「ベルリンの壁の崩壊に力を貸してくれてありがとう」とのコメントを発しました。ボウイこそは、ロックで東西ドイツと世界を結んだ、大ヒーローなのです。

詞は恋人同士がベルリンの壁に立ち、銃に撃たれ、キスをするというファナティックな内容です。「僕たちは1日だけなら英雄になれる」と渾身の絶唱です。

ドイツ、ベルリンのスタジオでレコーディングされており、骨太な黒人リズムをベースに、ブライアン・イーノのシンセサイザーのノイジーで同期的なドローンとキング・クリムゾンのロバート・フリップのイーノのシンセサイザー に繋いだフリッパートロニクス・ギターが奏でる、未来的なサウンド。ボーカル録りは三本のマイクの距離を違えて設置、声の大きさによって録るマイクをスイッチングする画期的技術により一発録りされ、それまでにない欧州的に荘厳な響きを持ったロックに仕上がりました。

歌詞の男女のキスシーンは、プロデューサーのトニー・ヴィスコンティと歌手のアントニア・マースがベルリンの壁の横で浮気のキスしていたのを、ボウイが見てしまい、それをヒントに描いたといいます。トニーには当時、奥さんのメリー・ホプキン(ポール・マッカートニーがプロデュースした大歌手)がおり、ボウイがスキャンダルに気を遣って、長い間黙っていたといいます。今だから話せる裏話です。

ボウイはその前にアメリカ西海岸に暮らし「ロサンゼルスの生活でダメになっていく」と感じヨーロッパ人としての自分を意識してこの音楽を作りました。それが東西ドイツを結びつける働きをしたのですから、ロックの力も捨てたものではありません。この映画は、戦争の悲劇に抗するテーマを秘めていますが、その中においても最大の役割を果たしたことは運命的です。天界にいるボウイは、今では神に近い立場から地球を見守っているのではないでしょうか?

Helden (2017 Remaster)

サントラ曲順の解説を続けましょう。シャルル・グノー作曲、全5幕の歌劇『ファウスト』から第二幕の歌「ワルツと合唱」をハリウッド交響楽団で。ワグナーに並び、当時のドイツの美的感覚を現しています。ファウストが悪魔と取引をしているということは、まさにヒトラーそのもの。美しい曲が恐ろしく聞こえます。

当映画の音楽監督マイケル・ジアッキーノによる作品も素晴らしいです。マーチとバラードで作られた組曲風「ジョジョのテーマ」は、力強くもはかなく、忘れられない情緒を醸し出します。映画の最大のヤマ場、誰もが落涙せずにいられない悲しみのジョジョを優しく包み込む「蝶の羽根」「ロージーのノクターン」は超傑作のメロディー。本当に胸を打ちます。

サントラ盤の最後は、ヨハン・シュトラウス2世作曲の美しいウィンナ・ワルツ合唱曲「春の声(Fruhlingsstimmen)作品410」。タイカ・ワイティティ監督演じるヒトラーが、シンクロ水泳をするユーモラスなシーンでかかります。この曲は、第三帝国(1933~1945年のナチス政権下のドイツ)で特に愛されたということ。こうした優美極まりない曲が、実際に大量殺人を行う政権のイメージ作りに利用されたということに戦慄を覚えずにいられません。

素晴らしい楽曲にひたりながら、いつの間にか戦争や暴力について深く考えさせられる。『ジョジョ・ラビット』は、映画だけでなくサウンドトラックも素晴らしい人類の一里塚となりました。

Written by サエキけんぞう


ヴァリアス・アーティスト『ジョジョ・ラビット オリジナル・サウンドトラック』
日本盤CD 2020年1月17日発売
デジタル配信中

マイケル・ジアッキーノ『ジョジョ・ラビット オリジナル・スコア』
デジタル配信中

映画『ジョジョ・ラビット』

2020年1月17日(金)全国公開
第二次世界大戦下のドイツ。立派な兵士を目指す10歳の少年ジョジョは、空想の友達アドルフ・ヒトラーに助けられて奮闘していた。そんな中、二人で暮らす母親が家に匿っていたユダヤ人少女との出会いが、彼の素朴な世界観を揺るがすのだった—–
『マイティ・ソー バトルロイヤル』を大ヒットに導いた<天才>タイカ・ワイティティが最高のキャストとともに贈る、戦争への辛口のユーモアとハートフルで力強いメッセージが奏でる“生きる喜び。トロント国際映画祭観客賞を皮切りに、世界で絶賛され続ける傑作『ジョジョ・ラビット』、2020年1月17日(金)公開!

公式HPはこちら

<キャスト>
ジョジョ:ローマン・グリフィン・デイビス
エルサ:トーマシン・マッケンジー
アドルフ:タイカ・ワイティティ
クレンツェンドルフ大尉:サム・ロックウェル
ロージー:スカーレット・ヨハンソン

<スタッフ>
監督/脚本:タイカ・ワイティティ
撮影監督:ミハイ・マライメアJr.
音楽:マイケル・ジアッキーノ



 

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