U2は『Achtung Baby』でなぜロック史上最大の変身を遂げ、その賭けはどうして成功したのか?

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1991年11月18日に発売されたU2のアルバム『Achtung Baby(アクトン・ベイビー)』。今年発売30周年を迎え、限定盤のLPの発売、50曲入りのデジタル・ボックス・セットが配信となった。

このアルバムについて、元ロッキング・オン編集長の宮嵜広司さんに寄稿いただきました。

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いまからちょうど30年前、1991年11月18日にU2にとって通算7枚目のオリジナル・アルバム『Achtung Baby』がリリースされた。先だってそれを祝福するスペシャル・リイシュー(8ページ新デザインブックレットとポスター付き限定アナログ盤:スタンダード・ブラックLP及びデラックス・カラーLP、そして50トラックのデジタル・ボックスセットの3種類)が発表されたことで、あらためてこの作品を振り返る機会が巡ってきたわけだが、ここではふたつの視点から語ってみたいと思う。

現代性を獲得したアルバム

ひとつめはこのアルバムが、ロック史上どんなバンドも経験してこなかった(し、これからもないだろう)劇的な変化をともなって生まれたということである。

『Achtung Baby』に至る前に少しばかりバンド・キャリアを遡ると、U2は1987年にリリースした『The Joshua Tree』で文字通り「世界最大のロック・バンド」へと成長していた。アイルランドの血気盛んなポスト・パンク・バンドはやがて普遍性をもつ独自のサウンド・デザインを獲得し、アリーナではもはや収容不可能なスタジアム・バンドと化していた。

そんなあるライヴのあと、打ち上げの流れで突如始まった(その晩ゲスト出演してくれていた)ボブ・ディランとの軽いセッションで、U2のボノとジ・エッジのふたりはまるでそのジャムについていけない自分たちの音楽的欠落を突きつけられる。その危機感は彼らをカントリー、フォーク、ブルーズといったアメリカン・ルーツ・ミュージックへの探求の旅へと駆り立て、そのプロセスはツアー・ドキュメント・アルバム『Rattle And Hum』(邦題:魂の叫び)(1988年)となって結実するのだが、そうしてたどり着いた当時のU2のイメージとは、平たく言ってしまえば粒子の荒いモノクロの写真にしかめ面で写り込んでいる大真面目で求道的なロック・バンド、というものだった。

当時を回想するメンバー4人の発言を読むと、勃興してきた新たなダンス・ミュージックやレイヴ・カルチャーに対する危機感や違和感が感じられ(ルーツ・ミュージックをせっせと学習していた自分たちとは百万光年の隔たりがあっただろう)、それにアジャストしようと試みたレコーディングの試行錯誤がバンド間の亀裂を生むなどで、ほとんど解散寸前の空気だったらしい。ベルリンで始まった新作レコーディングは、「One」が形になるまで相当苦しかったと述懐されている(『U2 by U2』による)。

それはつまりどういうことだったかといえば、彼らは未曾有の成功の裏側で新しい音楽や文化、ベルリンの壁すら崩壊してしまった新たな世界のカオスに対してどのように向き合えばよいのか、途方に暮れていたということだろう。アメリカ南部のカウボーイのような格好で真正直に社会と愛と善悪を歌っているのではロックとしての強度は失われるーーそんな焦燥感の渦中にあったと思われる。簡単に言い換えれば、それはU2がどう現代性を獲得するかという問いだった。そして、その答えが『Achtung Baby』なのである。

土埃のついたデニムはエナメルのジャケットへ。しかつめらしい無精髭面は薄ら笑いの白塗りの悪魔へ。奥行きと深みのサウンドは剥き出しのノイズとキック音へ。ステージも変わった。ピンスポットのシンプルな舞台は大量のモニターが大量の文字と映像を明滅させているマルチ・ライトのスペクタクル・ショウへ。かつてこれほどまでに変貌したロック・バンドはいなかった。

時代と対峙し続けるロック・バンドへの変化

ふたつめはこの変貌をもたらした現代性とロック・ミュージックという表現の関係である。

「どうやらこれまでの成功体験は時代とズレてきてるようだから次は今風のファッションと今風のサウンドで行こうーー」

有り体に言えば当時のU2のやったことはそんなよくある話だったかもしれない。時代に合わせていくことはどんなアーティスト、バンドも多かれ少なかれやっていることでもあるだろう。しかし、世界最大のバンドがそれまでの方法論をかなぐり捨て真逆の表現を投げかけ、唯一無二のバンドになった例はU2しか知らない。この劇的さ加減と掛け金の法外さは類例がないのである。

それではなぜU2だけがこの変貌を成功させたのか。それはこの変貌が結果的にU2をロック・ミュージックの本質と深く向き合わせたからだと思っている。

ロック・ミュージックがなぜこれほどまでに大衆化し繰り返し進化してきたか。それは時代性の表現だからである。第2次大戦後に誕生した「若者たち」にとっての切実な表現方法として、ロック・ミュージックはその時々の変化を歌にし音にしてきた。それは変わり続けることで時代性を担保する運動であり、だから常に今起きていることとそこに生きることで湧き上がるエモーションから逃れられない。

東西ドイツが再統一したまさにその夜、ベルリンに降り立ちレコーディングを始めた当時のU2にとって、新世界のカオスが幕を開けようとしていたその空気=今をどう捉えるかという命題は必然のテーマとなっただろう。勃興していたダンス・ミュージックやエレクトロニック・サウンドはどんな今を捉えているのか、苦しみぬいた制作過程はそれを捕まえる作業だっただろう。すべては今=現代という時代と向き合い、ある意味においては同化するためだったことが、U2を必然としてモダナイズさせ、真の意味で(常に時代と対峙し続ける)ロック・バンドへと変えていったのだと思うのである。

そしてその取り組みがいかに強度の高い洞察であったかは、『Achtung Baby』の捉えた(当時の)今の射程距離が、30年後の今もなお届いたままであることが証明していると思うのである。

それまで今のエモーションを普遍的、古典的な音で表出しようとしていたU2(『The Unforgettable Fire』[邦題:焔(ほのお)]『The Joshua Tree』『Rattle And Hum』)は、『Achtung Baby』において、今のエモーションと変化を今の現代的な音でとらえようとした。そしてそのことによって、U2はロック・ミュージックの本質とより深くコネクトし、30年を経た今なお、フロントラインに立ち続けているのである。

Written by 宮嵜広司


30周年記念盤
U2『Achtung Baby (30th Anniversary Edition)』
限定盤LP:2021年11月19日発売
50曲デジタル:2021年12月3日発売
LP /  iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



U2の久しぶりの新曲も収録
『シング:ネクストステージ – オリジナル・サウンドトラック』

(原題:Sing 2 Original Motion Picture Soundtrack)
2021年12月17日輸入盤/配信発売
国内盤:発売日後日発表
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music


『SING/シング:ネクストステージ』
2022年3月18日に日本公開

イルミネーション・エンターテインメントの大ヒット作がスケールアップし、 日本中へ最高のミュージック・エールを届ける!

映画日本公式サイト:http://sing-movie.jp/




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