アヴィーチー『TIM』解説:遺作となったアルバムが示す音楽的進化の片鱗
2025年5月16日にアヴィーチー(Avicii)初のベスト・アルバム『Avicii Forever』が発売されることが発表となった。これを記念して、ポップ・カルチャー・ジャーナリストのJun Fukunagaさんに改めてアヴィーチーとはどういった存在だったのか短期連載として解説いただきました。
また公式サイトではこのアルバムの発売を記念して、楽曲人気投票が実際されている。
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遺作の枠を超えた特別なアルバム
2019年6月にリリースされたアヴィーチーの3枚目のアルバム『TIM』は、前年4月20日に28歳の若さでこの世を去った彼の遺作となった。
アヴィーチーは、2016年のライブ活動引退後の2017年にEP『Avīci (01)』を壮大な3部作の第1弾として発表。第3弾のEPと同時にフルアルバムをリリースする計画を持っていたものの、それは彼の突然の死により未完に終わることとなる。
しかし、生前、アヴィーチーはこのアルバムの楽曲の80%以上を完成させていた。その残されたデモ音源や本人が残したメモ書き、メールのやりとり、テキスト・メッセージを通じて示されたアヴィーチーの意思を受け継ぎ、共同プロデューサー陣と家族の強い意向により『TIM』は完成。これにより単なる遺作の枠を超えた特別なアルバムとなった。
多彩なゲストとアヴィーチーの作詞
全12曲で構成される『TIM』には、アヴィーチーの代表曲「Wake Me UP」のシンガーとして知られるアロー・ブラックや、『Stories』収録曲「True Believer」やコールドプレイの「A Sky Full of Stars」でコラボレーションしたクリス・マーティンという過去作品で深い関係を築いたアーティストが参加。
さらにロックバンドのイマジン・ドラゴンズやエレクトロポップバンドのアリゾナといったアメリカ出身のアーティストのほか、アグネス、ヴァルガス&ラゴラ、ボン、ヌーニー・バオといった、アヴィーチーの母国スウェーデン出身のシンガーソングライターやプロデューサーといった新たなコラボレーターたちも加わっている。
また、全収録曲でアヴィーチーの本名である”ティム・バークリング”が作曲者としてクレジットされていることは当然として、多くの曲でアヴィーチー本人が作詞にも参加していることもアルバムの特徴に挙げられる。これは彼が生前から、アルバム全体を通じて伝えたいメッセージを明確に持っていたことを示唆しており、そこからはアヴィーチーの強い想いが読み取れる。
『TIM』において、まず注目したいのが、アイコニックなアヴィーチーサウンドの発展だ。アヴィーチーはデビューアルバム『True』で打ち出したEDMにカントリー/フォーク/ブルーグラスなどを取り入れたジャンル融合的なサウンドで知られる。2ndアルバム『Stories』では、その音楽性の拡張が見られたが、『TIM』では、そこからさらなる拡張が試みられている。
「Excuse Me Mr Sir」や「Peace of Mind」に見られるサイケデリックロック/アシッドフォークを彷彿とさせるトリッピーなギターやシンセサウンドは、当時のアヴィーチーが追求していた音楽の新境地を象徴する一例と言える。
その中で特に興味深いのが、これまでのアヴィーチーの作品には見られなかったアジア音楽からの影響だ。「Freak」では、坂本九の「上を向いて歩こう(Sukiyaki)」がサンプリングされているが、「Tough Love」にも印象的なインド風のメロディーが取り入れられている。
これは一説によると、インド映画音楽の巨匠A・R・ラフマーンの「Banarasiya」にインスパイアされたものとのことだが、こうしたアジア音楽へのアプローチも、アヴィーチーのより広い音楽性への挑戦を感じさせる要素となっている。
また、素材となるものはあったものの、本人不在というこのアルバムの特殊な制作背景を象徴する一例として、「Heart Upon My Sleeve」は印象的だ。同曲は『True』にインストゥルメンタルバージョンとして収録された後、『True』のリミックスアルバム『True: Avicii by Avicii』には唯一収録されなかった楽曲でもある。その理由は定かではないが、生前のアヴィーチーがこの曲に特別なビジョンを持っていたことは、YouTubeで公開された制作秘話動画からうかがえる。
その中で制作に参加したイマジン・ドラゴンスのダン・レイノルズは、「彼は自分が聴きたい音を知っていた」と証言し、さらにこの楽曲について「冷たい感じの暗い弦楽器の音の中にある本当の美しさ、探求的で切迫した道程の疲れのような魔法のような感覚」があったと語っている。結果的にこの楽曲は、アヴィーチーの死後、イマジン・ドラゴンス全員の参加によって完成。生前のアヴィーチーが思い描いていた楽曲の姿が、バンドの協力によって実現した。
こうしたアヴィーチーが目指していた新たな音楽性が垣間見える楽曲が収録される一方で、従来のアヴィーチーらしさを色濃く感じる「Heaven」も収録されている。同曲は「The Days」や「Broken Arrows」といった過去曲でも印象的だったアヴィーチーらしいメロディックなアルペジオや多幸感のあるピアノのリフとクリス・マーティンの伸びやかなボーカルが美しく調和した楽曲に仕上げられている。
歌詞に込められた切実な想い
さらに各楽曲にアヴィーチーの個人的な想いと普遍的なメッセージが織り込まれていることも注目すべき点だ。「SOS」の歌詞「Can you hear me? S.O.S. Help me put my mind to rest…(聞こえますかSOS! この心を安らかにしてください…)」に込められた切実な想いについて、ボーカルを務めたアロー・ブラックはNetflixのドキュメンタリー『アヴィーチー: アイム・ティム』の中で「この歌詞を聞いて、彼が助けを求めていたことに気づいた」と語っている。この楽曲は、メンタルヘルスの問題に苦しんでいた当時のアヴィーチーの内面の記録としての側面を持つことを暗示している。
また、「Peace of Mind」は現代社会のスピード感への疑問やデジタル社会への警鐘、静寂と休息の必要性を訴え、「Bad Reputation」は世間からの評判に囚われない自分らしい生き方の大切さを説いている。「Heart Upon My Sleeve」もまた、感情を隠さずに表現することの重要性という普遍的なテーマを持つ。これらのメッセージは、最後まで音楽を通じて何かを伝えようとしていたアヴィーチーの意志の表れと言えるだろう。
評価と意義の3つの側面
このような特徴を持つ『TIM』の評価と意義は、大きく3つの側面から捉えることができる。
まず、商業的な側面では、本作は世界的な成功を収めた。ビルボードのトップダンス/エレクトロニックアルバムチャート1位、本国スウェーデンのアルバムチャート1位、イギリスのアルバムチャート7位など、日本を含む複数の国でトップ10入りを果たしている。この成功の背景には、28歳という若さで世を去ったアヴィーチーへのファンの深い愛着と、遺作となった本作への特別な思いが込められていることが考えられる。
一方で、批評家からの評価は賛否が分かれた。アヴィーチーの音楽的才能と死後も進化を続ける音楽性、そしてアルバム全体を覆うエモーショナルな深みを評価する声がある。しかし同時に、アルバム全体としてのまとまりの欠如や、本人不在のまま完成されたことによる意図の不完全な反映を指摘する声もある。
アルバムの背景を考えると、そうした否定的な声があるのは当然理解できる。だが、このアルバムの本質的な価値は、そうした評価を超えたところにあると筆者は考える。なぜなら『Stories』以降、アヴィーチーが目指していた自身の音楽の新たな可能性が、この作品では確かに示されているからだ。
生前のアヴィーチーが本来の3枚目のアルバムで何を伝えようとしていたのか。その問いへの答えを深く考察できるところにこのアルバムの本質的な価値があるのではないだろうか。
Written by Jun Fukunaga
2019年6月6日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
2025年5月16日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify
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