“半魚人”の次に挑んだのは“犬”、アレクサンドル・デスプラと『犬ヶ島』

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アクセス総数5億ページ超の大人気サイト「ABC振興会を運営しながら、多数のメディアで音楽やセレブに関する執筆やインタビューなどをこなす米国ハリウッド在住の「D姐」さんの連載コラム「D姐の洋楽コラム」第8回です。コラムの過去回はこちら


 

本年度のアカデミー賞で遂に2つ目のオスカー像を手にした作曲家アレクサンドル・デスプラが、早くも新作を発表した。もちろんアカデミー賞最優秀作曲賞(Original Music Score)となったのは、最優秀作品・監督賞も受賞したギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』だが、『シェイプ・オブ・ウォーター』が半魚人なら、今作でデスプラが挑んだのは“犬”、いや“日本”である。デスプラはウェス・アンダーソン監督との最初のコラボ作品である『ファンタスティック Mr.FOX』にかけて、この『犬ヶ島』に関してデスプラは「本当に素晴らしい作品だよ。幻覚症状のMr.Foxだね」と冗談まじりに語っている。

 

『犬ヶ島』の前に、ここで先にアカデミー賞とデスプラについて述べておこう。デスプラはヘレン・ミレンが最優秀主演女優賞を受賞したスティーブン・フリアーズ監督『クィーン』(2006年)で初ノミネートされてから6作品でノミネートされた後、2015年に『グランド・ブダペスト・ホテル』と『イミテーション・ゲーム』でダブル・ノミネーションを果たした。ウェス・アンダーソン監督との3作目のコラボ作である『グランド・ブダペスト・ホテル』でついにアカデミー賞を初受賞、そして3年ぶりのノミネートとなった本年度のアカデミー賞で2度目の受賞となった。

アカデミー賞の記録で言えば、あまりにも有名な20世紀フォックスのファンファーレも作曲した映画音楽界の大作曲家アルフレッド・ニューマン(ランディ・ニューマンの叔父でもある)の最多受賞9回、46回で現役最多ノミネート記録を持つご存知ジョン・ウィリアムズ(「スターウォーズ」シリーズ等)にはまだ及んではいないが、デスプラがノミネートをされ始めた第79回アカデミー賞以降、最もノミネートをされた(9回=録音賞のアンディ・ネルソンとタイ記録)のも、最多受賞(2回=ダニエル・デイ=ルイスとタイ記録)もデスプラであり、彼が今最も旬な実力派の映画音楽作曲家であるといえよう(ちなみに同期間で2番目に最多ノミネートされているライバルは、アルフレッド・ニューマンの息子であるトーマス・ニューマンとメリル・ストリープの7回)。

デスプラが2015年に『グランド・ブダペスト・ホテル』でアカデミー賞を初受賞したときのスピーチで、感謝の言葉を述べた相手の一人が、母親だった。しかし英語で「ギリシャ人の母(Greek Mother)」と言ったのにも関わらず、彼の本国フランスでの生中継では同時通訳者に「祖母(Grand Mother)」と誤訳されてしまったという痛恨のミスが起き、デスプラは「故郷で母への感謝がちゃんと訳されなくって残念だった」と語っている。デスプラがわざわざ母親に”ギリシャ人の”とつけたように、ギリシャ人の血を引き、その文化にも大きな影響を受けているという自覚と誇りがあるからだ。

デスプラのフランス人の父とギリシャ人の母はともにアメリカのカリフォルニア州の名門大UCバークレイの学生だった時に出会い、デスプラは二人がフランスに戻った後にパリで生まれ育った。「赤ちゃんの頃から、母親のギリシャ音楽や中東音楽を聴いて育った。僕が最初に作曲した映画音楽はこう言ったタイプの音楽だった。ジプシーやバルカン音楽とは長く親しんでいる」。

デスプラの妻は音楽活動を通じで知り合ったヴァイオリニストだが、馴れ初めに関しても「彼女は僕をジブシー音楽やロシア音楽のクラブに連れて行っってくれたが、彼女がのちに妻となった。ヴァイオリンの音色、バルカン音楽、こういった音楽が僕のDNAに染み込んでいる」という。

実際、初受賞となった『グランド・ブダペスト・ホテル』でのウェス・アンダーソン監督の風変わりな作風に負けないチャーミングでコミカルで美しくキャッチーなスコアは、彼の幼い頃からの音楽DNAを反映したかのようにハンガリーやバルカン、バラライカといったエキゾチックなテイストに溢れている。同年にダブルノミネートされた『イミテーション・ゲーム』のドラマティックでクラシカルなスコアと同じ人物が作曲したとは到底思えない全く違ったテイストになっている。その振り幅の大きさがまたデスプラの凄さであり、素晴らしさである。

5歳の頃からピアノを始め、クラシック音楽に造詣を深める一方で、小さい頃から大好きだったのが映画音楽。『101匹わんちゃん』や『ジャングル・ブック』に始まり、子供の頃はアカデミー賞名誉賞をのちに受賞したアレックス・ノースによるスタンリー・キューブリック監督『スパルタカス』の映画音楽をいつもハミングしていたという。ティーンエイジャーになるとマックス・スタイナーやフランツ・ワックスマン、同じくフランス出身でハリウッドで活躍したモーリス・ジャール、ジョルジュ・ドルリューなど片っ端からサントラ・アルバムをコレクションした。今ではライバルともなったジョン・ウィリアムスは彼の永遠の憧れの作曲家の一人でもある。将来はハリウッド映画の音楽を作曲したいという夢を持ち続けていた。フランスでは作曲家としてすでに50本以上もの映画音楽を手がけたのちに、ようやくハリウッドが彼の才能に気づいた。『真珠の耳飾りの少女』(2003)で最初のゴールデン・グローブ賞・BAFTA(英国アカデミー賞)のノミネートをされたことがハリウッドでの認知度をあげることになり、2004年に最初のハリウッド映画『記憶の棘』を43才の時に担当している。そして現在56才だが、今では年に7~8本の映画音楽を担当する超売れっ子だ。

「僕はハリウッドでは新人だから。ハリウッドに来る前はフランスで50本以上の映画音楽に携わっていて、まだ25才です、なんていう年齢ではもう無いから。これは素晴らしい映画と才能あふれる映画監督と一緒に仕事をするという長年待ち続けた機会なんだ」と、多作の理由を語る。そして週に7日毎日作曲をし、ハリウッド進出以降すでに80を超える作品の映画音楽を担当してきた。

多作であるのは、裏返せば仕事が早い、という才能でもある。映画は撮影が終わり映画本編の編集ができた段階で音楽をつけることになるが、デスプラはオファーを受けてから、わずか3週間で作曲・録音まで済ませてしまうこともよくあるという。「スコアを3週間で作ることはそれほど、珍しいことじゃ無いんだ。3週間で契約書にサインして、最後の録音まで完了させる。『クィーン』もそうだし『イミテーション・ゲーム』もそうだった。決まっていた作曲家が突然降板したり、編集が終わった後にプロデューサーが予定外で急にオーケストラのスコアをつけたくなった、とか色々理由はあるけどね」という。

そしてこの多作で早業の作曲家は、仕上げる映画のジャンルが多岐にわたることも特筆すべきことだろう。これまで挙げてきた作品の他にも、『英国王のスピーチ』といった重厚なものから『シリアナ』『ゼロ・ダーク・サーティ』といった政治スリラー、『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』や『アルゴ』やメリル・ストリープ主演のコメディ『マダム・フローレンス!夢見るふたり』と、ハリウッド大作から芸術作品まで作品の規模にも拘らずクオリティの高いスコアを提供し続ける。

とはいえ2014年に公開されたハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』の映画音楽がデスプラだと知った時は、今までに『ハリー・ポッターと死の秘宝 part1&2』や『ニュームーン/トワイライト・サーガ』の映画音楽を手がけていたとはいえ、ちょっと意外な気もしたことを覚えている。彼が『GODZILLA ゴジラ』を引き受けたのは、予てから日本の大ファンであったこと、この作品がメジャー長編第1作だったギャレス・エドワーズ監督のインディーズ映画デビュー作を見て、当時はまだ無名だったにもかかわらず「彼は未来のスピルバーグだ」と若き才能を確信して引き受けたこと、「僕は似たような映画の仕事は受けないようにしている。怪獣映画は今までやったことがなかったから」と語っている。もちろんデスプラの予言を裏付けるかのように『GODZILLA ゴジラ』の成功によりエドワーズ監督が『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のメガホンを取ったことはいうまでも無いが…。

そして今年公開されたのが(*日本は5月25日公開)、近未来の日本を舞台にしたウェス・アンダーソン監督最新作『犬ヶ島』だ。“タトゥーインの住民が『スター・ウォーズ』を見たり、バルカン人が『スター・トレック』を見たり、ホビットが『ロード・オブ・ザ・リング』を見たら、きっとこんな気持ちになるんだろうな” と思いながら見ていたが、デスプラが参加する前の初期ウェス・アンダーソン作品は、ポップやロックといった既存の曲とディーヴォのマーク・マザーズボーによるスコアを映画音楽として使用していた。そのオフビート感はそれはそれで悪くなかったが、デスプラを起用するようになってから、ウェス作品の進化が見られたことは明らかだ。

犬の伝染病が蔓延し、人間に被害を拡大させないために犬をゴミの島に隔離すると法制化した架空の日本の都市(このネーミング「メガ崎市」と“メガ”がなんちゃって漢字化している時点で既に大喜利としても最高である)において、出演のメインがキモかわいい犬たちと頭にロケットの部品が刺さったままの11才の少年アタリという状況で、デスプラのスコアは映画にドラマティックさやエモーショナルな肉付けをするだけではなく、ミステリアスでエキゾチックな「日本らしさ」を絶妙な品の良さとともに、常に醸し出させるという重要な役割を見事に果たしている。

ウェス・アンダーソンとのコラボレーションに関して「ウェスが思い描いた色やエネルギーを映画に吹き込むんだ。彼が白いキャンバスを持ってきて、それに僕らが色をつける。用意ができたら、僕が絵を描き始めるんだ」と表現している。『グランド・ブダペスト・ホテル』でフランス人のデスプラ本人にとってはエキゾチックなバルカン音楽を昇華させて、見事な映画音楽にしたように、今作『犬ヶ島』でもまたデスプラの才能の多様性を大いに発揮して描かれた美しい絵として、完成された映画音楽であることは間違いないだろう。




『犬ヶ島』(オリジナル・サウンドトラック)
輸入・配信発売中、国内盤:5月23日発売

   

01. 神社 – アレクサンドル・デスプラ
02. 太鼓ドラミング – 渡辺薫
03. 市営ドーム – アレクサンドル・デスプラ
04. シックス・マンス・レイター・ドッグ + ドッグ・ファイト – アレクサンドル・デスプラ
05. ヒーロー・パック – アレクサンドル・デスプラ
06. ファースト・クラッシュ・ランディング – アレクサンドル・デスプラ
07. 勘兵衛と勝四郎~菊千代のマンボ(『七人の侍』より) – 東宝シンフォニー・オーケストラ
08. セカンド・クラッシュ・ランディング + バス・ハウス + ビーチ・アタック – アレクサンドル・デスプラ
09. ナツメグ – アレクサンドル・デスプラ
10. 小雨の丘(『酔いどれ天使』より) – デヴィッド・マンスフィールド
11. アイ・ウォント・ハート・ユー – ウエスト・コースト・ポップ・アート・エクスペリメンタル・バンド
12. トシロー – アレクサンドル・デスプラ
13. ジュピター・アンド・オラクル + 土着の犬たち
14. すし・シーン – アレクサンドル・デスプラ
15. ミッドナイト・スレイ・ライド – ソーター・フィネガン・オーケストラ
16. パゴダ・スライド – アレクサンドル・デスプラ
17. ファースト・バス・オブ・ア・ストレイ・ドッグ – アレクサンドル・デスプラ
18. TVドラミング – 渡辺薫
19. 小林・犬テスト・研究室 – アレクサンドル・デスプラ
20. 東京シューシャインボーイ – 暁テル子
21. 再選挙の夜・パート1~3 – アレクサンドル・デスプラ
22. エンド・タイトルズ – アレクサンドル・デスプラ


■著者プロフィール / ABC振興会D姐(Dane/あね/ねえ)

米国ハリウッド在住。セレブやエンターテイメント業界のニュースを独自の切り口で紹介する、アクセス総数5億ページ超の大人気サイト「ABC振興会」を運営。多数のメディアで音楽やセレブに関する執筆、現地ロサンゼルスでのテレビやラジオ、雑誌用のセレブやアーティストのインタビューやレッドカーペット等の取材をこなす。

ABC振興会:http://abcdane.net
Twitter:https://twitter.com/Dane_ABC

*毎週金曜日FM OH!17:00〜鈴木しょう治さんの「MUSIC+ FRIDAY」のコーナー「ハリウッド・ニュース from LA」に出演中

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