アレクサンドル・デスプラの音楽半生:アカデミー作『シェイプ・オブ・ウォーター』を手掛けた仏人作曲家

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Photo: Jerod Harris/Getty Images for Netflix

英国アカデミー賞やゴールデングローブ賞を既に受賞し、オスカーも最多4部門受賞を果たした『シェイプ・オブ・ウォーター』サウンドトラックを手がけたフランス人コンポーザー、オーケストレーター、指揮者であるアレクサンドル・デスプラ(Alexandre Desplat)の名前を、いまハリウッドのサウンドトラック界では誰もが口にしている。

今までの100作を超えるスコアと賞賛の嵐を受けるこの才能あるミュージシャンは、モーリス・ジャール、バーナード・ハーマン、ニーノ・ロータ、そしてジョルジュ・ドルリューといった伝統を継承しつつ、ジョン・ウィリアムスの『スター・ウォーズ』のスコアに多大な影響を受け、見事に自分の色を出している。

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珍しい音楽のルーツ

アレクサンドル・デスプラは大変深いクラシック音楽のルーツを持っている。ロマン派の交響曲作曲者達、ラヴェルやドビュッシーをヒーローとしつつも、ジャズやアフリカン、ブラジリアン音楽といったワールドミュージックにも造詣が深い。ピアノとトランペットを学び、フルートを自身のメイン楽器に選んだ彼は、ストリングス・アレンジメントに独自の特徴的なスタイルが垣間見える。ヴァイオリニストであるドミニク・ソオレイ・ルモニエは彼のミューズだ。彼女は真っ先に依頼するソリスト、コンサートマスター、アート・ディレクターであり、彼の妻でもある。彼女の影響により2人は確固たるチームとなるのだ。

アレクサンドル・デスプラがピーター・ウェバーの2003年の作品『真珠の耳飾りの少女』のサウンドトラックでハリウッドに名を轟かせる前に、ヨーロッパでは50作品以上のスコアを手がけていた。アメリカとヨーロッパの映画界で活動する彼が初めてアカデミー賞にノミネートされたのはスティーヴン・フリアーズ監督の2005年の作品『クイーン』であったが、ジョン・カラン監督作品『ペインテッド・ヴェール ~ある貴婦人の過ち~』のサウンドトラックにおいて、中国を代表するピアニストのラン・ランとプラハ交響楽団による演奏で素晴らしく喚情的作品としてさらに高い評価を得ている。

 

多産な作曲家

アレクサンドル・デスプラの仕事量は驚異的に多作であり、2008年だけでもアン・リー監督の『ラスト・コーション』、デヴィッド・フィンチャー監督の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』と記憶に残る作品を手がけた。そして、ロマン・ポランスキー監督による政治的スリラー作品『ゴーストライター』(2010年作)における空間的且つバロック調なスコアでフランスのアカデミー賞といわれるセザール賞と2度目のヨーロッパ映画賞を受賞した。

セールスが上り調子の彼の作品であったが、クリス・ワイツ監督の『ニュームーン/トワイライト・サーガ』でプラチナムを記録し、アレクサンドル・デスプラのサウンドトラックは、骨に肉を与え映像に命を吹き込むとさえ言われるほどになった。それは、アンヌ・フォンテーヌ監督の『ココ・アヴァン・シャネル』とトム・フーパー監督の『英国王のスピーチ』で明白となり、特に後者は、一般的な感情に触れにくい恐れのあるイギリス人国王の吃音の悩みを取り上げた難しい作品であった。しかし、結果として『英国王のスピーチ』のサウンドトラックは、英国アカデミー賞、グラミー賞を受賞し、アカデミー賞候補にまで挙がったのであった。

アレクサンドル・デスプラは現在も年間10作品の映画音楽を手がけ、ほかにもテレビや劇場、広告等、注文に対し素早く仕事をすることに関しては芸術的なまでに完璧であり、溢れ続けるアイデアは驚くほど明確である。BBCラジオ3の番組『Private Passions』で自身の制作プロセスを説明したアレクサンドル・デスプラは、自身に孤独と締切のプレッシャーが必要であることを語っている。また、番組で彼が選曲した楽曲は彼の幅広い影響、ブーレーズ、 ハイドン、マイルス・デイヴィス、ヤナーチェク、そしてギリシャ系である母の影響を反映したものであった。常に家庭で音楽が存在し、フランスで育ったという彼の文化的坩堝が彼の作品の元となったのである。

 

更なる躍進

2010年という新たな10年の始まりに、彼の元に大きく重要な仕事が舞い込んできた。2010年から2011年にかけてアレクサンドル・デスプラは、シリーズ第2作であり映画史上3番目の成功を記録したデヴィッド・イェーツ監督の『ハリー・ポッターと死の秘宝』前編と後編のスコアを手がけた。

その栄誉に浸る間もなく、アレクサンドル・デスプラは2011年に9つの様々な作品で彼の折衷主義を見せつけた。テレンス・マリック監督『ツリー・オブ・ライフ』、ポランスキー監督『おとなのけんか』、ジョージ・クルーニー監督『スーパー・チューズデー ~正義を売った日~』など、お互い全く異なる作品でありながら一聴してアレクサンドル・デスプラとわかるユニークな刻印を押している。特に、彼が手がけたウェス・アンダーソン監督の『ファンタスティック Mr.FOX』は、あのマジカルなアニメーションのファンタジーとウィットさを捉えた、魅惑的なサントラ作品と言えるだろう。アビイ・ロード・スタジオでミックスされたこの作品は彼のスコアとその他の音楽が幾度となく織り交ぜられたことにより、カルト的人気からメインストリームでの成功を納めるにまで高められた。

アレクサンドル・デスプラの音楽性はさらに広まり、ドラマチックで空間的且つ脅威を求められたベン・アフレック監督のスリラー作品『アルゴ』でバーナード・ハーマン的な音楽を披露した。ジョージ・クルーニー監督『ミケランジェロ・プロジェクト』やポランスキー監督『毛皮のヴィーナス』で彼の軽妙で巧みなタッチを見せつつ、熱心なイギリス映画音楽ファン達は彼がジュディ・デンチとスティーヴ・クーガンが出演するスティーヴン・フリアーズ監督の『あなたを抱きしめる日まで』に魅力的で情熱的な作品を制作していたことを知り、ここでもまた、彼の映画に対して「余計なものはいらない」というアプローチが常に人々を虜にするのであった。

アレクサンドル・デスプラ自身、この作品が最も難しかった作品のひとつであったと同時に、最も達成感を感じた作品であったと説明した。隠された秘密を持つ70才の女性を取り巻く暗いテーマを扱った物語に、その鍵となるトーンを加えることができたことは、作曲家としてこの上ない栄誉であった。「どのようにしたら音楽がそこに関われるのか、なかなか想像出来なかった」とアレクサンドル・デスプラも認めたが、物語の進化に対し持続的に響いたテーマによって表現出来たのであった。

極端なコントラストといえば、アレクサンドル・デスプラは、超大作的効果を必要としたギャレス・エドワーズ監督の『ゴジラ』(2014年)の制作を楽しんだ。するとまた大作が舞い込んできた。またもや風変わりなウェス・アンダーソン監督の作品『グランド・ブタペスト・ホテル』であったが、この作品で英国アカデミー賞、そして再びグラミー賞に輝くと共に、彼にとって初となるオスカーを手に入れた。

 

彼が出来ない作品はない

それ以来、アレクサンドル・デスプラの手に負えない作品は存在しないかのように見えた。伝記的コメディ・ドラマ『マダム・フローレンス!夢見るふたり』(2016年)はメリル・ストリープとヒュー・グラントによる素晴らしいドタバタ劇で、夢を現実にする物語を、またスティーヴン・フリアーズ監督と共に作り上げた。この作品を例にあげると、アレクサンドル・デスプラは実際にアンサンブルの一員となり、聴き手にとっても楽しい体験として現れるようになったのである。自分の弓でストリングスを奏でるようになったアレクサンドル・デスプラは『リリーのすべて』(2016年)ではよりシステマティックで直線的なアプローチを求められ、それに応えたのであった。実際、彼の貢献こそがこの映画の最も優れた部分といってもいいだろう。

ジョージ・クルーニー監督の『サバービコン』(2017年)では役者兼監督とのより密接な関係性を強固なものとしたアレクサンドル・デスプラだったが、作品の持つブラック・コメディ的要素で観客の意見は別れたものの、アレクサンドル・デスプラは杭柵の後ろで生きる50年代アメリカを洗練且つ非常に型に嵌ったアプローチを見事に反映したとして正当に賞賛を勝ち取った。精神に忠実に、彼のハーマンとバーンスタインへの深い造詣がこのスコアでは反映され、彼の作品の中でも代表作として挙げられるまでになった。

2012年にドリームワークスの3Dコンピューター・アニメを用いたウィリアム・ジョイスの原作ファンタジー『ガーディアンズ 伝説の勇者たち』をきっかけに、この作品の製作総指揮を務めたギラルモ・デル・トロとの友情を築かれた。そのつながりから『シェイプ・オブ・ウォーター』のスコアをデル・トロがデスプラに依頼するのに躊躇は一切なかった。

まず、観客/リスナーを水の上に浮かせるというコンセプトに作曲者は心を奪われ、これまでヨーロピアンな作風にチャレンジしてきた彼が、アコーディオンやバンドネオン、口笛や年米のタンゴ、これらをフィーチャーした音楽を手がけ、観客に魅力的な体験を与えるのだ。

アレクサンドル・デスプラ曰く「水は全ての形を司る。空気の中を通り、透明で、目に見えない、でもとてもパワーを持っている」。しかしこの言葉は、現在56才にして前途洋々なこの素晴らしいパリっ子作曲家を語る上でも同じだろう。

Written by Max Bell



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