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9月に来日が決定したNe-Yoのキャリアを振り返る:ソングライターとして歌手としての最高峰
2025年9月27日に神戸にて単独公演、9月28日にはBlue Note JAZZ FESTIVAL in JAPANでのヘッドライナー出演が決定しているNe-Yo。そんな彼のキャリアについて改めてライター/翻訳家の池城美菜子さんに解説頂きました。
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・13年の時を超えて再ブレイクしたNE-YO「Because of You」:その誕生背景
・Ne-Yoのヒット曲「Because Of You」がTikTokをきっかけに再度ブレイク
裏方からのスタート
「リアーナ、Ne-Yoと契約したのは俺だよ」
2007年、ラッパーとしての引退宣言を撤回したジェイ・Zのインタビューでのこと。デフ・ジャム・レコードの社長の実績について自己評価を聞いたら、ドヤられてしまった。リアーナ、Ne-Yoともに飛ぶ鳥を落とすどころか、シーンを刷新している真っ最中。
Ne-Yoは、デビューするまで時間がかかった人だ。90年代半ばからトップを走っていたアッシャーと、じつは1つしか歳が変わらない。Ne-Yoは南部のアーカンソー州カムデンの生まれだが、両親の別居に伴い、子供時代にネヴァダ州ラスベガスに引っ越している。ステージで輝くスマートなきらびやかさは、ショービズの街、ラスベガスで育ったおかげもあるだろう。
早くから音楽の道を目指したが、最初に組んだボーイバンドの Envyは2000年に解散するし、ソロで契約にこぎつけたコロンビア・レコードとは、デビュー・アルバムが仕上がっていたにもかかわらず、契約を解除されてしまう。そのアルバムに収録されていた「That Girl」を、元イマチュアのマーカス・ヒューストンが耳にし、自分の曲としてリリース。
これが売れたことから、Ne-Yo はソングライターとしてまずキャリアを積む。今世紀初頭、CDがバカ売れした時期はひとりのアーティストを売り出すのに高額な予算が組まれた。ヒット曲を作るソングライターやプロデューサーはすぐに取り合いになる反面、デビュー組に入るのは難しかった。
契約してもなかなかデビューできないケースもあったし、いったん、裏方として実績がついてしまうと、ますますマイクを握る側には転身しづらかった。このあたりは、同じソングライター出身のブルーノ・マーズや、まずプロデューサーとして名を挙げたイェこと元カニエ・ウェストのキャリアとも被る。
希代のソングライター
R&Bシンガー、マリオが2004年に大ヒットさせた「Let Me Love You」(2004)を書いたのはNe-Yoだ。浮気者の彼と離れられない女性に「俺にしときなよ」と優しく歌いかける、いまでも歌い継がれる名曲。「あの曲は自分で歌うべきだった」と、Ne-Yoがジェイ・Zにはっきり言われたのは有名な話である。
9割がラヴソングであるR&Bは、変わった視点の置き方、新しい切り口を用意できるソングライターの力量がものをいうジャンルだ。ケンドリック・ラマーとSZAの「luther」の大ヒットで改めて功績が讃えられているルーサー・ヴァンドロスや、90年代を彩る名曲を書いたベイビーフェイスに続く、シーンを背負うシンガーソングライターの系譜にNe-Yoはいる。ほかのアーティストに提供した詞も、自分のヒット曲も時代を超越したラヴソングとして、しばしば引用される。
2006年のデビュー・アルバム『In My Own Words』は、「自分の言葉で伝えるね」と意訳できるタイトルからして、彼らしい。この時期のNe-Yoの歌詞の魅力は描写の細かさと、住んでいる地域や時代をこえた普遍性につながる「ふつうっぽさ」にあると筆者は思う。最初のブレイクスルーとなった「So Sick」のファースト・ヴァースはこうくる。
Gotta change my answering machine
Now that I’m alone
‘Cause right now it says that we
Can’t come to the phone
And I know it makes no sense
‘Cause you walked out the door
But it’s the only way I hear your voice anymore
留守電のメッセージを変えなくちゃ
ひとりぼっちになったのに
「私たちはいま電話に出られません」のままだから
うん、おかしいのはわかってる
だって君はもう出て行ったし
でも君の声が聞ける方法はこれだけだから
たったの7行。それだけで、同棲を解消したのに彼女の声を残すために留守電のメッセージを再録音できない情けなさが語られる。アメリカのランドライン(家電)では、同居している人たちが一緒に留守電のメッセージを吹き込んでいた。時代を感じさせるヴァースでもあるが、ラジオでかかるラヴソングさえ聴くのが辛いのにやめられない、と嘆くコーラスは身に覚えがある人も多いのでは。
性愛の曲がテーマの「Sexy Love」も言葉選びがていねいで品があったし、「Get Down Like That」はきれいな女の子に口説かれても、本命の彼女ができたからもうそういうことはしないんだよ、と断る珍しい歌詞だった。
プロデューサー・チーム、スターゲイトとのタッグ
「So Sick」をプロデュースしたのは、ノルウェーのプロデュース・デュオ、スターゲイトだ。ダンス・ミュージックも得意で、アメリカのプロデューサーと少し響きが異なる、乾いた甘さと軽やかさが魅力だ。マイケル・ジャクソンを敬愛するNe-Yoは、ダンスも得意である。
身体能力がやたら高く、アクロバティックな踊りを見せるアッシャーやクリス・ブラウンとは異なり、クラシックなステップが似合うタイプ。装いもハットとスーツで、やはりスーツ姿でお揃いのステップを踏み、モータウン時代の先輩たちを彷彿とさせる。
翌年の2007年にはさっそくセカンド・アルバムの『Because Of You』をドロップ。スターゲイトが手がけたタイトル曲の歌詞は、激しく恋に落ちた様子をラップのような韻で表す。
Want to, but I can’t help it, I love the way it feels
It’s got me stuck between my fantasy and what is real
I need it when I want it, I want it when I don’t
Tell myself I’ll stop everyday, knowin’ that I won’t
I got a problem and I don’t know what to do about it
Even if I did, I don’t know if I would quit but I doubt it
I’m taken by the thought of it
止めたくても止められない でもこの気分は気に入ってる
妄想と現実の出来事に挟まれて
欲しいときに必要だし 必要でもないのに欲しくなるんだ
やめなきゃって毎日言い聞かせてる やめられないくせにね
まずいよね どうしたらいいかわからないよ
わかっていたとしても それでやめるかわからない 無理な気がする
そんな考えに取り憑かれている
シンプルな英単語だけで、韻を踏んで行ったり来たりする恋愛の衝動を表現して見事だ。
リアーナとビヨンセにヒットをもたらす
この時期、Ne-Yoがペンを取った女性アーティストの曲もヒットしている。まず、先にデビューしたレーベルメイトのリアーナに「Unfaithful」を提供。浮気をしてしまう女性の心理を歌う、リアーナの大人っぽい面が新鮮だった。
彼女の3作目にして、世界的にヒットした『Good Girl Gone Bad』のサードシングル「Hate That I Love You」ではデュエットしている。「こんなに好きなのがくやしい」というシンプルな内容だが、真に迫ったかけ合いで、じつはバラードに強いリアーナの魅力を存分に引き出した。
Ne-Yoは強い女性像を描くのが得意である。リアーナの同アルバムの「リローデッド版」のシングル「Take A Bow」は浮気がバレた男性の言い訳の芝居をおもしろがってから、突き放す内容だ。
And don’t tell me you’re sorry ‘cause you’re not
Baby, when I know you’re only sorry you got caught
But you put on quite a show
Really had me going
But, now, it’s time to go
Curtain’s finally closing
That was quite a show)
Very entertaining
But it’s over now
Go on and take a bow
悪かったなんて言わないで 本心でもないくせに
ベイビー 見つかってまずかったとしか思ってないでしょ
なかなかの見ものだったけどね
うっかり見入っちゃった
でももう消えてほしいんだ
やっと幕切れになったの
なかなか見ものだったけれど
すっごい面白かったよ
でももう終わりなの
消えて おじぎをしてから
ビヨンセ『B’Day』のヒット曲、「Irreplaceable」もNe-Yoとスターゲイトのタッグ曲だ。もともと、男性の視点で描かれていたのが、ビヨンセが歌うことになって性別を入れ替えたという。
To the left, to the left
Everything you own in the box to the left
In the closet, that’s my stuff
Yes, if I bought it, n**ga, please don’t touch
And keep talkin’ that mess, that’s fine
But could you walk and talk at the same time?
And, it’s my name that’s on that Jag
So remove your bags, let me call you a cab
Standin’ in the front yard
Tellin’ me how I’m such a fool
Talkin’ ‘bout how I’ll never ever find a man like you
You got me twisted
それは左 左側に動かして
あなたの持ち物が入った箱は左側
クローゼットに入っているのは私の物
うん 私が買ったから 触らないでくれる?
ずっとごちゃごちゃ言ってるよね 別にいいけど
作業をしながら喋ってくれないかな?
ああ あのジャガーも私の名義だから
バッグをどかしてよ タクシーを呼んであげるね
庭先に立って
私はすごいバカだとか
あなたみたいな男性は2度と現れないとか言ってる
まじでワケがわからないんだけど
自分がかけがえのない(Irreplaceable)存在だと思っているなら見当違い、と辛辣である。続くコーラスは、「あなた程度の男性ならいくらでも代わりがいる」とくる。当初の予定通り、男性目線で別れる女性への曲としてリリースされていたら、Ne-Yoの好感度が下がったかもしれない。
ちなみに、リアーナの「Take a Bow」もビヨンセの「Irreplaceable」もライヴで大合唱になる。クリス・ブラウンの「あばよ」という訳がぴったりくる「Deuces」(2010)も、マディソン・スクエア・ガーデン中の男性のファンが声を重ねて怒号のようになったのを目撃したことがある。R&Bの失恋ソングは、ストレス解消としても有効なのだ。
時代を先取りした「Miss Independent」
流行りの歌詞の変遷を、少し視野を広げて女性の経済的、精神的な自立が背景にあると考察すると理解が深まる。90年代後半は「稼ぎがないくせに口説くな」と歌ったTLCの「No Scrub」から、「支払い能力はあるの?」と突っ込むデスティニーズ・チャイルドの「Bills, Bills, Bills」、友達の分まで払わせようとする彼を切り捨てるエリカ・バドゥの「Tyrone」まで、経済的に自立した黒人女性が恋愛においても主導権を握る歌詞が目立った。
当時、「(黒人)男性叩き」と取った人は多かったし、筆者は実際に男性のアーティストから「いま、流行っている曲はきつくて嫌い」とインタビューで2回も言われた。労働市場において不利なケースがある黒人男性の状況を考えると、リアルで手厳しかった面はあった。
だが、時代が進んだ00年代半ばの「あんたなんか要らない」ソングは、経済的に自立しているのは当然で、恋愛関係でも立場が対等になった裏返しとも取れる。浮気されても我慢しないし、必要なものは自分で買う。そういう女性の本音を書いたNe-Yoは、さらに新しい男性像を提示する。パワフルな女性を前にしても怯まず、むしろ称えたのだ。2008年のサード・アルバム『Year of the Gentleman』からのビッグヒット「Miss Independent」である。
‘Cause she walk like a boss, talk like a boss
Manicured nails to set the pedicure off
She’s fly effortlessly
And she move like a boss, do what a boss do
She got me thinking about getting involved
That’s the kinda girl I need, oh
She got her own thing
That’s why I love her
Miss independent
Won’t you come and spend a little time?
彼女はボスみたいに歩くし ボスみたいに話す
マニキュアとお揃いのペディキュア
がんばらなくてもキマってる
身のこなしからやることまでボスらしい
彼女とならつき合いたいなって思うんだ
そういう女性がいいんだよ
彼女は自立している
そこが気に入ってるんだ
ミス・インディペンデント
こっちに来て少し俺とゆっくりしない?
R&Bやヒップホップでは、人のお金を当てにする「ゴールドディガー」を嫌う風潮が強いとはいえ、「むしろ稼いでいる女性がいい」と言い切ったのは潔く、新鮮だった。17年前、「男らしさ」や「女らしさ」って押しつけなのでは? という議論が盛り上がる以前のこと。
Ne-Yoは時代を先取っていたとも言えるし、意識の変化を敏感に感じ取って曲にしたからこそ、ヒット曲を聴いているうちに「そういう考え方もあるかも」と伝統的なタイプの人まで意識改革を促した。よりダンサブルな曲が多かった『Year of the Gentleman』は日本でも大ヒットしたため、懐かしい人も多いかもしれない。
活動を広げた2010年代
4作目『Libra Scale』(2010)はコンセプトアルバム、次の『R.E.D.』(2012)ではEDMのカラーを強めた。ソングライターとして活躍しながら、デフ・ジャムを離れてモータウンに移り、後輩の面倒を見るために副社長職を請け負うことに。
俳優として『世界侵略:ロサンゼルス』(2011)やジョージ・ルーカスが製作総指揮を務めた『レッド・テイルズ』(2012)に出演したものの、どちらも興行成績はいまひとつだった。また、憧れのマイケル・ジャクソンに曲を提供する機会にも恵まれたが、レコーディングが終わる前にマイケルが他界している。ピットブルやファボラスといった相性がいいラッパーと、アップテンポなヒットを出したもこの時期だ。新しい側面が見られた反面、手を広げすぎている感じは彼自身のアルバムにもあった。
2012年のヒットで、珍しくオーストラリアのシンガーソングライター、SIAの共作した「Let Me Love You (Until You Learn to Love Yourself)」も歌詞がいい。
Much as you blame yourself, you can’t be blamed for the way that you feel
Had no example of a love that was even remotely real
How can you understand something that you never had?
Ooh, baby, if you let me, I can help you out with all of that
Girl, let me love you and I will love you
Until you learn to love yourself
Girl, let me love you and all your trouble
Don’t be afraid, girl, let me help
自分を責めながら 自分の感じ方まで責めちゃダメだよ
本物に近い愛情さえ知らないでしょ
経験がないことを理解するなんて無理だよね?
ああ ベイビー そうしていいなら俺に任せてくれないかな
ガール そうしていいなら君を愛するよ
君が自分を大事にすることを学ぶまでね
ガール 君が抱えている問題ごと愛するよ
怖がらないで ガール 手を貸したいんだ
あまり愛情に恵まれていなかったがために自己肯定感が低い女性にたいして、まず自分を大切できるようになるところから始めよう、という深い歌詞だ。セルフラヴがテーマになった2010年代らしい視点に切り替わっているあたり、やはりNe-Yoはソングライターとして嗅覚が鋭い。私生活にかんしてわりとオープンなタイプで、実体験に基づいた歌詞も多い人だ。近年では「Because of You」がショート動画で改めてバズって新しいファンを獲得した。
2024年はNPRのタイニーデスク・コンサートが評判になったり、ラスベガスの高級リゾートホテル、ウィン・ラスベガスでレジデンス公演を成功させたりとライヴ・パフォーマンスのすばらしさが話題になっている。レジデンス公演の際は、名誉市民に与えられるシティ・オブ・ザ・キーが市長から贈られたニュースもあった。
そのNe-Yoが2025年の秋、来日してくれる。9月27日は神戸のジーライオンアリーナ神戸で単独公演、28日は東京・有明アリーナでのBlue Note Jazz Festival 2025に出演する。煌びやかな彼のパフォーマンスを堪能する絶好の機会。いまから楽しみだ。
Written by 池城美菜子 (noteはこちら)
Ne-Yo『In My Own Words』
2006年2月28日発売
CD / iTunes Stores / Apple Music / Spotify / Amazon Music
- NE-YOが自身のキャリアを振り返る『In My Own Words』の予告編公開
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