『インクレディブル・ファミリー』監督が惚れ込んだマイケル・ジアッキーノの音楽 by 長谷川町蔵

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© 2018 Disney/Pixar

全米公開週には、歴代アニメーション作品のNo.1週末オープニング興行収入の記録を塗り替え、公開からわずか24日間でアニメーション作品の累計興行収入でも1位を記録、アニメーション作品として初の全米興行収入5億ドルを超えた大ヒットを記録しているディズニー/ピクサー作品『インクレディブル・ファミリー』。

この作品について、そして音楽を担当したマイケル・ジアッキーノについて、映画や音楽関連のライター・評論だけではなく、初の小説「あたしたちの未来はきっと」も発売されるなど幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに寄稿いただきました。

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驚異的な怪力を持つ<Mr.インクレディブル>ことボブと、彼の妻で身体が自由に伸び縮みする<イラスティガール>ことヘレンは、かつてスーパーヒーローとして大活躍しながら今では政府によって活動を規制され、一般市民としての生活を送っていた。だがふたりの娘ヴァイオレットは透明になったり、バリアを作ることができ、息子のダッシュも超高速で走る超能力を持っていた。まだ赤ちゃんのジャック・ジャックも何やら未知のパワーを持っているらしい。そんなスーパーな家族が、スーパーヒーローの活動を解禁するための運動に巻き込まれていき……。

2004年に公開されると世界中でメガヒットしながら、ほかのピクサー・アニメーションのように続編が作られることがなかった『Mr.インクレディブル』の第二弾が、遂に公開された。題して『インクレディブル・ファミリー』。

前作のファンは、本作の冒頭パートを観て驚くことだろう。というのも、14年ぶりの続編でありながら、前作のエンディング前に登場した敵アンダーマイナーとインクレディブル一家のバトル・シーンからスタートするのだ。つまり物語内の歳月が殆ど経過していないことになる。そうなった理由はシリーズの監督兼脚本家、つまり創造者であるブラッド・バードの志向を考えれば納得できる。彼は歳月を重ねることによって時代風俗が変わってしまうのがイヤだったのだ。

『Mr.インクレディブル』に登場する人物の服装や小物のデザインにあらためて注目してほしい。スーツは体の線に沿ってシェイプされていないし、リビングに置かれているのはブラウン管の白黒テレビだ。スマホは登場しない。明確には語られてはいないものの、物語の時代設定は明らかに1960年代半ばを想定している。もちろんスーパーヒーロー物だけに、現代科学の先を行く新型メカもたくさん登場するのだけれど、それすらも60年代のSF映画やテレビ番組に登場しそうなデザインで統一されているのだ。


“ブラッド・バード”

1957年生まれのブラッド・バードは、本作に限らず監督作に、自身が幼少期を送った1950年代後半から60年代半ばへのオマージュを忍ばせ続けている人物だ。スティーヴン・スピルバーグの大ヒット作『レディ・プレイヤー1』(2018年)にタイトルロールの巨大ロボットが登場したことによって再び脚光を浴びつつある『アイアン・ジャイアント』(1999年)の舞台は1957年だったし、『レミーのおいしいレストラン』 (2007年)の舞台となったパリは『パリの恋人』(1958年)で描かれた在りし日のパリだった(ちなみにインクレディブルズのコスチューム・デザイナー、エドナ・モードのモデルは『パリの恋人』のコスチューム・デザイナーとして知られるイーディス・ヘッドである)。

『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』(2011年)は一応現代が舞台だったものの、主人公イーサン・ハントに、オリジナル版『スパイ大作戦』(1966〜73年)の決め台詞「ミッション・コンプリート!(ミッション完了)」と叫ばせていたし、ディズニーのテーマパークを題材にした『トゥモローランド』は1964年にニューヨークで開催された万国博覧会が重要なモチーフとなったファンタジー作だった。ソ連(!)との緊張関係はあったものの、世界が右肩上がりで希望にあふれていたこの時代のアメリカ特有のムードは、バードにとって何にも増して替えがたいものなのだ。

そんなバードにとって、音楽面における共犯者といえるのがシリーズの音楽監督を務めているマイケル・ジアッキーノだ。ゲーム音楽の作曲家としてキャリアをスタートしたジアッキーノは、そのひとつ『メダル・オブ・オナー』の音楽を今をときめくJ・J・エイブラムスに気に入られて、彼が製作総指揮を務めたテレビドラマ『エイリアス』(2001〜2006年)の音楽を任されるようになった。

ジェニファー・ガーナーのブレイク作として知られる同作は二重スパイが主人公のスパイドラマだった。ここでジアッキーノが音楽を通じて表現した往年のスパイ映画への愛を評価したバードが、『Mr.インクレディブル』の音楽監督に抜擢したのである。ちなみにこれがジアッキーノにとって初の映画サントラ。功績ゼロの男にいきなりサウンドトラックを発注してしまったという事実は、いかにバードがジアッキーノの才能に惚れ込んだかを物語っている。


“バード(左)、ジアッキーノ(右)”

そんなバードの期待に応えて、ジアッキーノは『007』シリーズのジョン・バリーや『ピンク・パンサー』シリーズのヘンリー・マンシーニといったレジェンドの仕事へのリスペクトとパロディ心溢れるスコアを提供。作品の完成度アップに多大な貢献を行ったのだった。以来、バードはすべての監督作でジアッキーノと組み続けている。

しかしふたりを取り巻く環境は出会いからこの14年間で大きく変化した。バードが実写映画作品にも進出して大成功を収めてきたのは前述の通りだが、ジアッキーノの成功もそれに負けてはいない。『Mr.インクレディブル』での仕事をピクサーに評価された彼は、『カールじいさんの空飛ぶ家』(2009年、アカデミー賞作曲賞を受賞)『カーズ2』(2011年)『インサイド・ヘッド』(2015年)『ズートピア』(2016年)の音楽を任されるなど、今やディズニー〜ピクサーアニメの主力作曲家として活躍しているのだ。

加えてJ・J・エイブラムスがクリエイターを務める新生『スター・トレック』シリーズ(2009年〜)やエイブラムズの盟友マット・リーブスの監督作『猿の惑星: 聖戦記』(2017年)や『ジュラシック・ワールド』シリーズ(2015年〜)といったSFX大作、そして『ドクター・ストレンジ』(2016年)や『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年)といったマーベル・ヒーロー物のサウンドトラックも彼の仕事である。つまりジアッキーノは『Mr.インクレディブル』の頃はパロディの対象だった、ハリウッドの大物作曲家に自らがなってしまったことになる。

こうした矛盾にどう対応するかが、ジアッキーノにとって『インクレディブル・ファミリー』のサウンドトラック製作における最大の課題だったはず。だが彼は見事にこの難問をクリアーしてみせた。ハードさが増したアクションに沿うように、スコアはよりシャープかつダイナミックに。一方でギターとヴィブラフォンのユニゾンの多用や、生ドラムを前面に押し出すなど、レトロ風味も増している。特に組曲形式の「インクレジット2」は『スパイ大作戦』のテレビテーマの向こうを張ったかのようなトリッキーな5拍子ナンバーで、その遊び心に喝采を送りたくなる。

またMr.インクレディブルとイラスティガール、夫婦の親友で氷を操るフロゾンという三人のスーパーヒーローのオリジナル・テーマ曲も収録されているのだけど、これがパーフェクトなまでの60年代テレビ番組調で、ジアッキーノの器用さにはつくづく舌を巻いてしまう。


もちろん何も知らなくても、楽器のアンサンブルの妙とカラフルさで一気に聞かせてしまうサントラアルバムに仕上がってはいるものの、元ネタを知っているともっと楽しめるはず。そんなわけで、深いけどけっして険しくはないサントラ街道の入り口になりうる好アルバムだ。

Written By 長谷川町蔵


マイケル・ジアッキーノ
『インクレディブル・ファミリー オリジナル・サウンドトラック』


ディズニー/ピクサーが贈る、一家団結アドベンチャー!
『インクレディブル・ファミリー』

大ヒット上映中!
https://www.disney.co.jp/movie/incredible-family.html


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