“現実はアートを模倣する”『サタデー・ナイト・フィーバー』の意外な真相と虚構 by 長谷川町蔵

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本国アメリカでは1977年に、ここ日本では1978年7月22日に公開された映画『サタデー・ナイト・フィーバー』。日本公開40周年を記念して2017年最新マスターを使用したサントラと映画が一緒になったCD+Blu-ray盤も7月11日に発売となった。

今もなお衰えることのないこの名作について、映画や音楽関連のライター・評論だけではなく、初の小説「あたしたちの未来はきっと」も発売されるなど幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに寄稿いただきました。


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「ニューヨーク・マガジン」に英国人作家ニック・コーンが書いたルポルタージュ「新しい土曜の夜の部族の儀式(Tribal Rites of the New Saturday Night)」が掲載されたのは1976年のことだった。コーンがこの記事を書くために赴いたのは、ニューヨークの中心地マンハッタンとは川で隔てられたブルックリンの中でも、さらに郊外にある町ベイリッジ。この町にはイタリア系が多く住み、コーンが知り合った19歳の若者トニー・マネロもイタリア系だった。

日本人にとってみればイタリア人は“白人”だが、ヨーロッパからアメリカ大陸にまずやってきた英国系やドイツ系がプロテスタントだったのに対して、あとからやってきたイタリア系やアイルランド系はカトリック教徒だった。このため彼らは先住者から“ヨソ者”として扱われたのである。そのため彼らはワーキングクラスに押し込められ、ブルックリンに住まざるをえなかったのである。1950年代のブルックリンを舞台にした、その名も『ブルックリン』(2015年)という映画も、ワーキングクラスのアイルランド系女子とイタリア系男子の恋愛ドラマだった。

ドン底からアメリカン・ドリームを実現する者は決してゼロではない。でもスタートラインに恐ろしいほどの差がつけられているのに、呑気に夢を追い求めることなんてできるだろうか? コーンが出会ったベイリッジの若者たちは夢見ることをとっくに諦め、土曜の夜の街で騒ぐことで憂さを晴らしていた。トニーもそのひとり。ふだんはペンキ店で働く彼は、土曜の夜になると全身キメキメのスタイルで、ディスコ“2001オデッセイ”に繰り出してダンス・フロアーで華麗に踊っては、町の仲間から賞賛を浴びることを生きがいにしていたのだ。

「新しい土曜の夜の部族の儀式」は評判を呼び、プロデューサーのロバート・スティグウッドが映画化権を取得。『サタデー・ナイト・フィーバー』と改題された同作は、ジョン・バダムが監督、ジョン・トラボルタが主演を務め、1977年に公開されると驚異的なヒットを記録した。

大ヒットしたのは映画だけではない。ビー・ジーズが書き下ろした劇中挿入曲「ステイン・アライヴ」「恋のナイト・フィーヴァー」「愛はきらめきの中に」はシングルカットされるといずれもナンバーワンに。加えて彼らがイヴォンヌ・エリマンに提供した「アイ・キャント・ハヴ・ユー」も首位を獲得した。こうした楽曲を収めたオリジナル・サウンドトラックは、現在まで4,500万枚も売れているという。もちろんオリジナル・サウンドトラック史上最大のヒット・アルバムだ。『サタデー・ナイト・フィーバー』はもはや単なる商業的成功作ではなく、社会現象にして文化的な革命だった。

『サタデー・ナイト・フィーバー』の製作会社パラマウントの社長マイケル・アイズナーは、「直接会って感謝したい」と、トニー本人に会うことをコーンに熱望したという。だがコーンはそれをはぐらかし、とうとうアイズナーは彼に会えずじまいに終わったのだった。しかし20年近い歳月が経過してから、コーンはその行動の裏にあった意外な真相を告白した。実はトニー・マネロなんて若者は存在しておらず、コーンが創った架空の人物だったのである。

コーンは実際に“2001オデッセイ”を取材したものの、店内で踊る若者より店外で酔っ払って喧嘩している若者の方がはるかに目立っていたことに「これでは記事にならない」とがっかりしたらしい。それでも記事を書かなければいけない。悩めるコーンが咄嗟に思い出したのが、60年代のロンドンで取材したモッズの若者たちだった。普段は冴えない日常を送っている彼らは、パーティのときだけスーツを着込んで、最新流行のR&Bで踊りまくっていた。コーンはモッズの若者のそんなライフスタイルを、ベイリッジのイタリア系の若者に転用したのだ。

『サタデー・ナイト・フィーバー』の2年後、ザ・フーのナンバーを背景にモッズの若者を描いた『さらば青春の光』(1979年)が公開されている。実はこの二本の青春ドラマ、ストーリー構造がほぼ同じなのだが、単純に『さらば青春の光』が『サタデー・ナイト・フィーバー』を真似したとは単純に言い切れない関係にあるのだ。

『さらば青春の光』サウンドトラック

またこの二作は人脈的にも繋がっていた。ニック・コーンはザ・フーのメンバーと大変親しかったのである。1975年にミュージカル映画になった『トミー』の原作となった同名アルバムのレコーディング初期に感想を求められて、ピンボールをキーワードにするのを勧めた人物はコーンらしい。そしてザ・フーのツアー・ブッキングを行い、映画版『トミー』をプロデュースしていた人物こそが、エリック・クラプトンのマネージャーでRSOレコードのオーナーだったロバート・スティグウッドだった。

ビー・ジーズの楽曲をサウンドトラックに起用したのも、スティグウッドがマネージメントしていたグループだからである。オーストラリア出身で、60年代にオーケストラをバックにしたクラシカルなポップで人気を博していた彼らは、70年代半ばにディスコ・ミュージックに参入して新たなファン層を獲得していた。『サタデー・ナイト・フィーバー』はこうした路線変更の総仕上げとなったプロジェクトだった。映画公開時の時点におけるディスコでは、サントラアルバムにオマケのように収録されているクール&ザ・ギャングやトランプス、MFSBの方がディスコ・ミュージックを代表するアーティストとみなされていたのである。

ここまで読んで『サタデー・ナイト・フィーバー』のことを、外部の人間が商業目的に作った“リアルじゃない”プロジェクトで、一般人がそれにまんまと騙されたと思ってしまう人もいるかもしれない。でもリアルって一体何だろう。これだけ『サタデー・ナイト・フィーバー』に影響された人々が多かった(そして今も増え続けている!)ってことは、『サタデー・ナイト・フィーバー』に虚構を突き抜けるリアルさがあった紛れもない証拠ではないだろうか。アートは現実を反映する、とよく言われる。でも同時にこうも言われる。現実はアートを模倣する、と。

『サタデー・ナイト・フィーバー』のこうした不思議なリアルさを象徴している人物が、脚本を手がけたノーマン・ウェクスラーだ。裕福な家に生まれた彼は、ハーバード大学出身のエリートで、『セルピコ』(1973年)や『マンディンゴ』(1975年)といった話題作の脚本を執筆しているが、『サタデー・ナイト・フィーバー』の脚本に取り掛かったときすでにアラフィフだった。

人気コメディアン、アンディ・カウフマンの伝記映画『マン・オン・ザ・ムーン』(1999年)にも登場するコメディ・ライター、ボブ・ズムダ(映画ではポール・ジアマッティが演じていた)は、一時期ウェクスラーのアシスタントをしていたそうだが、彼によるとウェクスラーは相当エキセントリックな性格の持ち主で、カウフマンが演じた名物キャラ、トニー・クリフトンのモデルのひとりは彼だという。

つまりウェクスラーは、『サタデー・ナイト・フィーバー』に登場する若者たちと似ていないどころか正反対の人間だったことになる。ところがどうだろう。映画を観た者ならウェクスラーが、ベイリッジの若者たちのひとりひとりを慈しむように描いていることに驚くはずだ。かつては自慢の息子扱いだったのに神父の修行からドロップアウトした途端、親から白い目で見られてしまうフランク・ジュニア、スクエアだという印象から逃れようとするあまり行動が常識から逸脱していくアネット、恋人を妊娠させてしまったことで絶望に苛まれていくボビー。

中でも最もディテールが細かく描きこまれているのは主人公トニーだ。プエルトリコ系の若者グループに暴力を振るったあとでようやく反省し、ステファニーに恋心を正しく行動で表現できずに逆ギレするような彼は、失敗を何度重ねても、自分自身をなかなか変えられずにいる。そんなトニーは、映画のクライマックスにおいて人生最悪の夜を過ごしたあと、グラフィティだらけの地下鉄に乗る。このシーンで流れるのが、ビー・ジーズ「愛はきらめきの中に」だ。

I believe in you / You know the door to my very soul
君を信じている/君はぼくの魂の奥底への扉を知っている

賛美歌のような一節を、天からの啓示のように響かせるビー・ジーズのヴォーカルをバックに、トニーはほんのわずかだけど何かに目覚めた顔をする。まだ人間としては最低レベルかもしれない。でも少しだけマシになっている。彼のアップがスクリーンに映った瞬間、僕らはトニーに自分自身の姿を見出す。そう、そういう意味でなら、トニー・マネロはたしかに実在するのだ。

Written by 長谷川町蔵

新刊:『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』
小説:『あたしたちの未来はきっと』

Photo : TM & Copyright (C) 1977 Paramount Pictures. All Rights Reserved.TM, (R) & Copyright (C) 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.


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