映画『メッセージ』にマックス・リヒターの「On the Nature of Daylight」が使われた理由

Published on

Photo : Jan Thijs (c) 2016 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED

ライター、小説家として活躍される長谷川町蔵さんより、日本で昨年公開になった映画『メッセージ』と劇中で印象的に使われるマックス・リヒターの楽曲「On the Nature of Daylight」についての関連の解説を、映画公開当時に書いて頂きました。

映画の公開1周年、そして「On the Nature of Daylight」が収録されたアルバム『The Blue Notebooks』15周年記念盤が発売されることにあわせてuDiscoverに転載いたします。


 

ある日、世界の様々な場所の上空に巨大宇宙船が出現する。中にいる<彼ら>は、地球人を迎え入れてコミュニケーションを取ろうとしてくるのだが、何を言っているか全く分からない。事態を憂慮したアメリカ政府は、優秀な言語学者ルイーズに協力を要請する。彼女は幼くして死んだ娘の記憶に悩まされながら、物理学者のイアンら仲間と協力して<彼ら>とのコミュニケーションを図るのだが……。

宇宙人とのファースト・コンタクトを描いたドゥ二・ヴィルヌーヴ監督作『メッセージ』は、SF映画だからこそ可能な、社会的/哲学的思索に満ちた刺激的な作品だ。特にユニークなのは、こうした大事件が世界を変えるのではなく、宇宙人と会話した主人公の内面のみを変えるところ。

例えばアメリカ人は日本人よりも主張が明快と言われる。英語が主語や目的語をハッキリしないと成り立たない言語だからだ。それに対して日本人の曖昧な言語体系は喋る人に「察する能力」をもたらすと言える。それでは異星人の言語を学ぶことによって人類がこれまでにない能力を得られる可能性は? そして主人公ルイーズに扮したエイミー・アダムスの演技が素晴らしい。彼女が今年のアカデミー賞主演女優賞にノミネートされなかったことは最大の番狂わせと言われた。

実は『メッセージ』はもうひとつ番狂わせを引き起こしている。音楽が話題を呼びながら、ベスト・オリジナル・スコア賞の候補から除外されたのだ。理由はヨハン・ヨハンソンによるスコア以上に、オープニングとクロージングで流れるマックス・リヒターの既存曲「On the Nature of Daylight」が映画全体のトーンを決定づけているから。ヨハンソンも、ヴィルヌーヴが仮に入れていたリヒターの楽曲を超えるものは作れないと判断し、そのまま使うよう進言したという。

そんなマックス・リヒターは、66年ドイツ生まれ、英国育ちのコンポーザー。クラシックとエレクトロニクスを結びつけた音楽性によって徐々に注目を集めていた彼のブレイクは、アニメ映画『戦場でワルツを』のサウンドトラックと、T.S.エリオット『荒地』やシューベルト『冬の旅』にインスパイアされたバレエ音楽『インフラ』をリリースした08年あたり。12 年にはヴィヴァルディ「四季」を再作曲した『25%のヴィヴァルディ』を発表し、現代最重要の作曲家と目されるようになり、以降も演奏時間8時間(!)の『スリープ』(15)や女性作家ヴァージニア・ウルフの生涯から着想を得た『3つの世界:ウルフ・ワークス』(17)といった話題作を次々と世に送り出している。

「On the Nature of Daylight」は、04年作『ザ・ブルー・ノートブックス』収録曲だ。ストリングスとピアノはたった1日で録音、約半数の楽曲で朗読している女優のティルダ・スウィントンもノーギャラだったという低予算作であるこのアルバムは、当初全く評判にならなかったものの、マーク・フォスター監督作『主人公は僕だった』(06年)で、「On the Nature of Daylight」が使用。次第にリヒターの代表曲と認識されるようになり、『シャッター・アイランド』(10年)、『ディス/コネクト』(12年)、『天使が消えた街』(14年)といった多くの映画で用いられるようになったのだ。

楽曲自体は、5つの弦楽器とミニムーグのみのシンプルな編成で、最初から最後まで同じフレーズが繰り返されるミニマル・ミュージック的なもの。だがそのフレーズ自体は簡潔ながら極めてエモーショナルだ。映像的には静謐なシーンが多い一方、主人公の内面が激しく揺れ動くタイプの映画の挿入曲にいかにも相応しいナンバーと言えるだろう。

でも『メッセージ』においては、この曲と映画はもっと作品テーマの核となる部分で繋がっている。その何よりの証拠が<彼ら>の言語に時間の概念が無いこと。これを音楽化するとしたら始まりも終わりもないミニマル・ミュージック以外考えられないのだ。

また楽曲のタイトルが、古代ギリシアの哲学者エピクロスの宇宙論をローマの哲学者ティトゥス・ルクレティウス・カルスが詩の形式で解説した書「On The Nature of Daylight(『事物の本性について』)」から取られたことにも注目してほしい。

エピクロスの思想は、自然現象に恐怖を感じることから人間を解き放とうとしたものだ。つまり徹底的な無神論であり死後の世界は完全否定されている。しかし同時にエピクオスは、死とは原子に還ることなので、そういう意味において生命は永遠だとも語っている。そんなテーマを孕んだ「On The Nature of Daylight」をバックに、ルイーズは幼くして死んだ娘の人生も永遠であり、価値があることを知るのだ。

『コングレス未来学会議』(13)や『LEFTOVERS/残された世界』(14-17)といった映画やテレビのサウンドトラックも数多く手がけているリヒターだが、もしかすると「On The Nature of Daylight」は『メッセージ』のサントラとしてあらかじめ作曲したナンバーなのかもしれない。そう、『メッセージ』に登場する<彼ら>のように。

Written by 長谷川町蔵


マックス・リヒター『The Blue Notebooks-15 Years』
2018年5月11日発売

   

CD1 The Blue Notebooks (Original)
1. The Blue Notebooks
2. On The Nature Of Daylight
3. Horizon Variations
4. Shadow Journal
5. Iconography
6. Vladimir’s Blues
7. Arboretum
8. Old Song
9. Organum
10. The Trees
11. Written On The Sky

CD2 – Bonus Tracks & Remixes
1. A Catalogue of Afternoons*
2. On the Nature of Daylight (Orchestra Version)
3. Vladimir’s Blues (2018)
4. On the Nature of Daylight (Entropy)
5. Iconography (Konx-Om-Pax Remix)
6. Vladimir´s Blues (Jlin Remix)
7. This Bitter Earth / On The Nature Of Daylight



 

Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了