連載:“マッカートニー・シリーズ”とは?【第7回: 最新作『McCartney Ⅲ』全曲解説】

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2020年12月18日に発売が決定したポール・マッカートニーによる新作アルバム『McCartney III』。第1作『McCartney』から50年、第2作『McCartney II』から40年目となる今年リリースされるこのアルバム、そして3部作となるシリーズについて、ビートルズに関連した著作を何冊も手掛けているビートルズ研究家、藤本国彦さんによる連載第7回です。

連載第1回:【シリーズの特徴】
連載第2回:【ビートルズの解散と『McCartney』ができるまで】
連載第3回:【ビートルズ脱退宣言直後、元祖宅録アルバムの内容】
連載第4回:【1980年『McCartney II』が出来上がるまでの背景】
連載第5回:【『McCartney II』の内容、ジョンやYMOとの関係】
連載第6回:【新型コロナの蔓延と『McCartney III』の発売背景】

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ポール・マッカートニー、最新作 『McCartney III』発売決定


 

連載最終回は、“マッカートニー・シリーズ”の最新作『McCartney Ⅲ』の内容について、収録曲の聴きどころを中心に紹介する。

なにせ、“マッカートニー / McCartney”という、それこそ水戸黄門の印籠のような名前がアルバム・タイトルに冠されたわけだから、聴く前から期待は大きく膨らむ。例えばそれは、こんなふうにだ――。

インストはあるのか?
風変わりな曲はあるのか?
キラリと光る曲はあるのか?
最先端の音作りを取り入れているのか?
アルバムのコンセプトはあるのか?

ビートルズをリアルタイムで聴いていた世代は、新しいアルバムが出るたびに、こうした“ワクワクドキドキ”した気持ちでアナログ・レコードのA面1曲目に針を落としていたことだろう。そして今回、『McCartney Ⅲ』を聴く前の個人的な(勝手な)予想はこうだった。

『Memory Almost Full』(2007年)の収録曲のうちポールが1人で録音した「Dance Tonight」「Ever Present Past」「See Your Sunshine」「Only Mama Knows」「You Tell Me」「Mr Bellamy」「Gratitude」のような曲が集まったアルバムなのではないかと。そこに、それに続くオリジナル・アルバム『NEW』(2013年)と『Egypt Station』(2018年)の香りがまぶされているようなサウンド作りになっているのではないかと。

さて、では2020年のポールの音にじっくり耳を傾けてみることにする。

まず1曲目の「Long Tailed Winter Bird」は、新作の宣伝用の映像でも使われていたアコースティック・ギターのカッティングが耳に残る、(ポールの変名プロジェクトの)ザ・ファイアーマンを思い起こさせるような実験的な曲だ。スキャット風のコーラスがわずかに入るだけのインストゥルメンタルである。

2曲目の「Find My Way」は、予想していた『Memory Almost Full』収録の「Ever Present Past」のような雰囲気を感じさせる、疾走感を伴うエレクトリックな音作りが心地よい。フリートウッド・マックの『Tusk』(1979年)に収録されたリンジー・バッキンガムの曲のような趣もある。

3曲目の「Pretty Boys」は、アコースティック・ギターによる小品。『NEW』収録の「Early Days」に印象は近い。

4曲目の「Women and Wives」は、一転してピアノを基調としたマイナー調の曲。淡々とした展開が胸を打つ、“2020年のポール”を感じさせる音作りだ。

5曲目の「Lavatory Lil」は、エレキのギター・リフが特徴的で、掛け合いヴォーカルも力強く楽しい曲だ。『Tug of War』(1982年)セッション時のデモ・テイクと言ってもいいような雰囲気もある。

6曲目の「Deep Deep Feeling」は、『Egypt Station』をザ・ファイアーマン名義で出したらこんな感じに? と言ってもいいような8分半の大作。『Chaos and Creation in the Backyard』(2005年)収録の「Riding To Vanity Fair」と同じく、聴いていくうちにトリップしていくような不思議な感覚がある。

7曲目の「Slidin’」は、新作の中で最も激しい曲で、エレキ・ギターの重いリフは「Only Mama Knows」を思わせる。

8曲目の「The Kiss of Venus」は、宣伝用映像として先に一部公開された曲で、この曲もまたどこをとっても(近年の)ポール節と言えるアコースティック・ギターによる佳曲だ。間奏に入るチェンバロのクラシカルな響きも絶妙である。

9曲目の「Seize the Day」は、最初の歌いまわしを耳にした時に「(ラトルズの)ニール・イネスか?」と思ったが、ポップでノスタルジックなメロディとサウンドの味わいはアルバム屈指だ。

10曲目の「Deep Down」は、(今度は)「ミック・ジャガーか?」と思ったが、ポールには珍しいソウルフルな歌唱や雄叫び(マイケル・ジャクソン風?)を含めて、過去のすべての曲の中でも最も異色の1曲と言えそうだ。

そして11曲目の「Winter Bird/When Winter Comes」は、オープニングのリプリーズ的に「Winter Bird」(ショート・ヴァージョン)が登場後、アコースティック・ギターの弾き語りによる1992年録音の佳曲「When Winter Comes」へと繋がっていく。ヴォーカルは1992年録音のものをそのまま使ったようで、他の曲に比べて声が若い。

さらに日本盤CDのスペシャル・エディションにはボーナストラックが4曲収録されている。

『McCartneyⅢ』【スペシャル・エディション】

「The Kiss Of Venus」「Lavatory Lil」はアコースティック・ギターによる演奏で、それぞれデモ・テイクとスタジオ・アウトテイクとクレジットされている。「Women And Wives」もスタジオ・アウトテイクで、“完成版”とほとんど同じ仕上がりだが、サビが大きく異なり、“完成版”にはない歌詞(とそれに伴うメロディ)を聴くことができる。残る「Slidin’」は“デュッセルドルフ・ジャム”とクレジットされているが、“完成版”のようなヘヴィな印象を全く感じさせない、ラフなギター・リフが延々と繰り返されるテイクとなっている。

以上、新作『McCartney Ⅲ』について、曲の印象を中心に個別に書いてみた。最初に耳にした時は『McCartney』『McCartney Ⅱ』を頭に思い浮かべながら接したので、その2作に比べると、光る曲やアルバムのコンセプトが見つけづらいと思った。だが、聴いていくうちにどんどん耳に馴染んでいき、アルバムの色合いが鮮やかに浮かび上がってくるのだ。これぞ“マッカートニー・マジック”である。

アルバム通しての印象は、小粒で滋味深く、それでいて遊び心や実験精神のある作品――喩えて言うなら『Pipes of Peace』の2020年版のような趣だ。ちなみに、個人的ベスト・トラックは「Women and Wives」「Deep Deep Feeling」「Seize the Day」の3曲である。

新作発売に際して行なわれたBBC Radio 6 Music用のインタビューで、「パンデミックの影響を受けた曲があるか?」と聞かれたポールは、こう答えた。

「比較的新しい曲のいくつかはね。‟Seize the Day”は、辛い時期があっても今を生きるんだと歌う曲だけど、パンデミックを乗り切るためには、良いことに目を向けて、それを掴む努力をした方がいいということを僕自身やこの曲を聴いている人にも思い出させてくれるはずだ。間違いなく僕の助けにもなった」

「Find My Way」や「Slidin’」もパンデミックの影響を受けて書かれた曲だと思われるが、ポール自身、“LOCKDOWN / ロックダウン”をもじって“MADE IN ROCKDOWN”と名付けた新作『McCartney Ⅲ』には、往年のポール節だけでなく、これまでに表に出すことのなかった新たな顔がはっきりと見える。

1曲ずつ、楽器をひとつずつ丹念に重ねていく作業を、持ち前の集中力で、とはいえ、あくまで自分の楽しみのために自由な空気を吸いながら丹念に仕上げていった、まさに職人技の結晶――。

『McCartney Ⅲ』は、生粋の音楽人ポール・マッカートニーが、ヘフナーのヴァイオリン・ベースはもちろんのこと、ビル・ブラック(エルヴィス・プレスリーのオリジナル・トリオのメンバー)が使用していたダブル・ベースやアビイ・ロード・スタジオのメロトロンをはじめとした多種多様な楽器を使いながら、2020年だからこそ作り得た自由な精神に満ちた快作である。

Written by 藤本国彦



ポール・マッカートニー『McCartney III』
2020年12月18日発売
先着カレンダー付CD / LP / iTunes / Apple Music




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