ザ・ローリング・ストーンズ初のツアーを振り返る:1963年、わずか10分だった持ち時間
1963年初頭、ザ・ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が本格的にライヴ活動を始めたころ、彼らが演奏していたのは主にロンドン周辺のクラブやパブだった。
同年7月半ば、メンバーは年季の入った古いバンで250マイル以上北へと走り、ミドルズブラのAlcove Clubで演奏した。これは、彼らがそれまで築いてきたファン・ベースの外に踏み出す初めてのライヴだった。
これを皮切りに、ストーンズはイギリス各地のクラブやダンスホールを巡る、2か月半に及ぶ怒涛のツアーに乗り出す。すべては、6月初旬にリリースされたデビュー・シングル「Come On」をサポートするためのものだった。テレビ出演にも後押しされ、こうした活動は次第に成果を上げていく。そして8月末、ストーンズはNMEチャートで20位に初めてランクインを果たした。
クラブやダンスホールを巡るワンナイト公演の日々が始まる前に、ストーンズはアンドリュー・ルーグ・オールダムとともにバンドの共同マネージャーを務めていたエリック・イーストンから、秋に開催される格式あるパッケージ・ツアーへの出演枠を獲得したと告げられていた。出演するのは、全英チャートで4度にわたって首位を獲得していたエヴァリー・ブラザーズとボ・ディドリーだ。当時、ポップ誌のインタビューに応じたブライアン・ジョーンズは、次のように語っている。
「僕たちにとって、これは素晴らしいチャンスだし、アメリカからやって来る2人に会えるのを楽しみにしている。今はロンドン周辺でたくさんの公演をこなしているところだ。リヴァプール勢が席巻している今、ロンドンのシーンについては十分に語られていないけれど、ツアーに出たら首都の旗を掲げたいと思っている」
<関連記事>
・ バンドへの見本盤は4枚、ライブセットから外されたデビュー・シングル
・ 1963年7月、ローリング・ストーンズ初の歌番組出演
・ レノン=マッカートニーがストーンズに提供した曲は偶然から生まれた
全30公演のパッケージ・ツアーは36日間の日程で組まれ、1963年9月29日(日)、ロンドンのNew Victoria Theatreで幕を開けた。初日公演の1週間前にNMEが掲載した記事によると、バンドが何より楽しみにしていたのは、ある人物との共演だった。
「僕たちにとって最大の楽しみは、ボ・ディドリーが出演することだ。僕たちに大きな影響を与えてきた存在だからね。でも、弟子が師匠と競い合うようなことはしないよ。ツアーでは、僕たちが演奏しているボ・ディドリーの曲は、セットリストから全部外すつもりだ」
パッケージ・ツアーはまさに60年代を象徴する興行形態で、プロモーターが2時間のステージに詰め込めるだけ多くのアーティストを出演させるのが常だった。しかも、その2時間には、ファンがアイスクリームを食べてクールダウンするための休憩時間まで含まれていた。
そんなテンポの速いショーを仕切るのは、決して容易な仕事ではない。このツアーでは、プロモーターのドン・アーデン(後にオジー・オズボーン夫人となるシャロンの父)が、当時の業界でも屈指のステージ・マネージャー、ピーター・グラントを雇った。グラントは数年後、レッド・ツェッペリンのマネージャーを務めることになる。
コメディアンのボブ・ベインが司会を務め、オープニングを飾ったのは、今ではすっかり忘れ去られたバンド、ザ・フリントストーンズ。その後、7月に「Mr. Porter」がチャート45位を記録していたミッキー・モストが登場した。モストは後に大成功を収めるレコード・プロデューサーとなり、アニマルズの「House of The Rising Sun」などのヒットを手掛けることになる。続いてストーンズが登場し、前半のトリを務めたのがボ・ディドリーだった。
後半は再登場したザ・フリントストーンズとボブ・ベインから始まり、トリを務めるエヴァリー・ブラザーズの前には、その年すでにいくつかの小ヒットを放っていた英国人シンガー、ジュリー・グラントが登場した。グラントが出演できたは、エリック・イーストンが彼女のマネージャーでもあったためである。
ところが最初の1週間で、ザ・ビートルズやその他のビート・グループが台頭して以降、人気に陰りが見えていたエヴァリー・ブラザーズだけでは十分にチケットを売れていないことが明らかになった。ドン・アーデンはこう振り返っている。
「エヴァリー・ブラザーズはもう完全に勢いを失っていた。そこでリトル・リチャードに電話して、“リチャード、どうしても力を貸してほしい”と言ったんだ。彼は“わかった”と答えてくれた」
そして実際、ツアーが7公演目となるワトフォードのGaumont cinemaに到着するころには、リトル・リチャードがラインナップに加わっていた。
このツアーでのストーンズの持ち時間はわずか10分ほどだった。当初は「Poison Ivy」「Fortune Teller」「Money」「Come On」を演奏していたが、ツアーが進むにつれて、公演によっては「Roll Over Beethoven」「Route 66」「Memphis Tennessee」に差し替えられ、「Come On」もメンバーの誰もがそれほど気に入っていなかったため、セットから外された。
10月6日、カーディフでの2回目の公演を終えると、彼らは新たに手に入れたフォルクスワーゲンのバンに乗り込み、ロンドンへと向かった。ソーホーのDe Lane Lea Musicで、次のシングルをレコーディングするためだった。それがレノン&マッカートニー作による「I Wanna Be Your Man」のカヴァーである。
このツアーに来ていた観客の大半は、ストーンズを見るためではなかった。ジャーナリストも同様だった。初日公演の数日後、NMEの記者はこう記している。
「ローリング・ストーンズがこれほど人気を集めていることには、正直なところ戸惑いを感じている。彼らは“Poison Ivy”“Fortune Teller”、そしてヒット・チャート入りした“Come On”や“Money”で大きな喝采を浴びた。しかし、少なくとも私からではない」
ストーンズがツアー5日目のサウスエンドに到着した頃、地元紙は次のように評していた。
「原始人のような髪型をした期待の若手グループ、ストーンズについて、正直なところ評価を下すことはできなかった。彼らが歌っている言葉をほとんど聞き取れなかったからだ。だが、10代の少女たちは叫び声を上げていた。そして、こうしたグループをヒット・チャートへと押し上げるのは、まさに彼女たちなのである」
また、ある公演会場で販売されていた記念プログラムには、ミック・ジャガーのこんな言葉が紹介されていた。
「ストーンズは、あと2年くらいだと思ってるよ」
Written By Richard Havers
ザ・ローリング・ストーンズ『Foreign Tongues』
2026年7月10日発売
フィジカル商品詳細 / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
- ザ・ローリング・ストーンズ 記事・特集一覧
- ザ・ローリング・ストーンズ最新アルバム『Foreign Tongues』発売
- ローリング・ストーンズ「Come On」:バンドへの見本盤は4枚
- 1963年7月、ローリング・ストーンズ初の歌番組出演
- レノン=マッカートニーがストーンズに提供した曲は偶然から生まれた
- ストーンズ全米最初のシングルはボ・ディドリーを取り入れたバディのカヴァー