映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』で脚光を浴びたロドリゲスの物語、そして描かれなかった事実

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Photo: Doug Seymour

「まるで売れない傑作を作るのはそれほど珍しくもないよ。それもアルバム2枚」。トム・ジョーンズの曲の歌詞になぞらえるならそういうことだ。アルバムをリリースするも、ヒットをものにできず、そのまま姿を消したアーティストというのはさほどめずらしくない。しかし、それらのアルバムが再発見され、そのアーティストが約40年後に国際的なスターになるというのはめったにある話ではない。シクスト・ロドリゲスのストーリーが特別に刺激的な理由はまさにそこにある。

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Searching for Sugar Man ~ シュガーマンを探して

2012年に公開され、その後いくもの賞を獲得したドキュメンタリー映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』(原題:Searching For Sugar Man)のおかげで、ロドリゲスの物語は今ではよく知られている。

デトロイトを拠点に活動していたこのシンガー・ソングライターは、ロサンゼルスに拠点を置くサセックス・レコードから1970年、1971年にそれぞれ1枚ずつアルバムをリリースしたが、いずれも際立った成績を残すことなく、アメリカではやがて廃盤になった。

しかしその後かなり経って、どういうわけかこのアルバムは南アフリカの人に渡る。そして反人種差別を歌うその作品の歌詞が反アパルトヘイト運動に湧く彼の国の人々に支持され、ついには数千枚ものブートレグが出回るまでになったのだった。

反アパルトヘイトの活動家スティーヴ・ビコもコピーを所有していたようだが、もしもそうであれば、これ以上望めないほどのお墨付きだっただろう。しかしながらロドリゲスがどこの誰であるのかを知る者はひとりもいない。“ものすごい死に方をした人らしい”という噂が広まる中、数人のファンが真実を確かめようと動き出す……

 

再発見

そうした中、『シュガーマン 奇跡に愛された男』の監督を務めたスウェーデン人、故マリク・ベンジェルールは、ケープタウンに住む二人のファンがロドリゲス捜索に乗り出し所在を突き止めるまでを記録していく。ロドリゲスは言うまでもなく存命中で、デトロイトにて携帯電話やインターネットと無縁の生活をする、おそらく最後のひとりとして暮らしていた。かくしてロドリゲスは南アフリカへ招かれてライヴを行うことになり、ベンジェルールの作品『シュガーマン 奇跡に愛された男』は、その模様を記録した感動的なシーンでクライマックスを迎える。

世界のほとんどで見られたロドリゲス再発見は、この映画そのものの中で起きた。映画全体を通して、監督は特定の曲が最大限効果を生むように周到にそれらを配置し、特に印象的な曲は2回以上流されるようにしたのだ。特に「Sugar Man」と「I Wonder」は、ドラッグの取引とセクシャルな嫉妬という今現在と共通するトピックのシーンで使われていた。映画が終わったあとも、それらの楽曲が忘れられないよう、しっかり印象付けたというわけだ。

厳選されたサウンドトラック・アルバム (2枚のスタジオ・アルバムの『Cold Fact』と『Coming From Reality』を併せて収録し、さらに数曲分のアウトテイクが追加されている) は、世界中のチャートにランクインし、ヒットを記録。映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』も、2013年にオスカーの”長編ドキュメンタリー映画賞”を受賞した。以来、数年間、ロドリゲスはツアーを重ね、彼の音楽を知らない聴衆に1970年代初頭の自身の作品を披露している。

 

脚光を浴びることのなかった1970年代

しかし、ロドリゲスがそれほどにすばらしいのならば、なぜ彼のレコードはリアルタイムで大衆に受け入れられなかったのだろうか? 考えられる説明のひとつとしては、ロドリゲスの作品をリリースしていたサセックスのサポートが不十分だったことがあるだろう。

当時のレーベルにとってのトップ・アーティストは、すばらしいモータウンのギタリスト、デニス・コフィーだった。コフィーはソロ・アーティストとして一連のインストゥルメンタル・ナンバーをヒットさせており、その合間にプロデューサーとしてロドリゲスの作品を手がけていた (ロドリゲスのアルバムにサイケデリック・ソウルの要素が感じられるのはそのためである)。

しかしながらサセックス・レーベルが、ソウルフルでアコースティックな音楽を奏でる、より高いスター性を秘めたアーティスト、ビル・ウィザースと契約したばかりだったこともロドリゲスに不利に働いた。1971年のポップ界は逸材で溢れていたことも原因の一つかもしれない。

ブラック・ミュージックという視点から振り返ると、その年は二つの画期的作品が登場した年だった。マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』とスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの『There’s A Riot Going On (暴動)』がその作品だ。またロックの世界では、ザ・フーが『Who’s Next』、ザ・ローリング・ストーンズが『Sticky Fingers』を発表。ソングライティングは、ここへきて一気に頭角を現してきたデヴィッド・ボウイによって脅かされる直前だった。

どこもかしこもがきらびやかな状況にあって、人々はロドリゲスのようなストリート詩人には「ああ、そんなのもいたよね」とろくな挨拶もなしに通り過ぎるのが普通だった。すばらしい作曲能力だけでは聴衆を確保することは困難で、その辺りのことは (不可能だとは思うが) ニック・ドレイク、ジュディ・シル、もしくはアーサー・リーに訊ねてみるといいだろう。

 

映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』に描かれなかった事実

しかし、映画を観た者たちの多くが指摘しているように、『シュガーマン 奇跡に愛された男』にはひとつ誤りがある。ロドリゲスは無名ではあったかもしれないが、決して無視されていたわけではない。彼の曲は早くも1977年にカヴァーされていた。最初にその作品を取り上げたのは、子役スター出身で、その後、ソロ・アーティストとしてのキャリアをスタートさせたスーザン・カウシル (彼女はコンチネンタル・ドリフターズにも在籍している) だった。

シングルとしてリリースされた、スーザン・カウシルの「I Think Of You」(カップリング・ナンバーは「The Next Time That See You」) はヒットには至らなかったものの、カウシルの現在の創作上のパートナーであり、夫でもあるニューオリンズのトップ・ドラマー、ラス・ブルサードは、ロドリゲスのカムバック・ツアーにバック・バンドの一員として同行している。

ロドリゲスが世界的に認識されるようになったのは映画が作られるよりもずっと以前のことだったというのも、また事実である。

実のところ、彼を最初に再評価したのはオーストラリアの聴衆で、ロドリゲスは彼の地でコンピレーション・アルバム『Rodriguez At His Best』を発表。それに伴ったツアーも成功させている。そして、南アフリカで最もコピーされたのがその『Rodriguez At His Best』であり、ロドリゲスは1998年に南アフリカで最初のツアーを行い、飛び交っていた死の噂を一旦収束させた。彼がドキュメンタリーのために現地で演奏したのは、彼が戻ってくることを既に知っていたオーディエンスのためだったのだ。

一方アメリカでは、映画が公開される3年前、レコード・コレクター御用達レーベル、ライト・イン・ジ・アティックがロドリゲスの作品を最初にリイシューしている。

 

遠い時代からの金言

とはいえ、映画が公開されるまで、ロドリゲスの音楽を知るも者が、アメリカにほとんどいなかったこともまた事実だ。このあたりがポップ・カルチャーの実に面白いところである。突然にリスナーは1970年代前半の彼の作品を発見し、あたかも新作に接するかのようにその音楽を楽しむ機会を得たのである。

ロドリゲスのトレードマークであるフォークとソウルの融合は、リリース時には地味な印象だったかもしれないが、現在ではより身近に聞こえるのだ。デイヴ・マシューズが「Sugar Man」をカヴァーしていたのは偶然ではない。人種差別と政治的腐敗に関するデトロイトのソングライターの警告 (および彼が「A Most Disgusting Song」のような曲に取り入れたヒッピー・カルチャーのスパイス) は、1971年当時はあたりまえのことだったかもしれない。しかし、ロドリゲスが再発見された時代、そうした作品は新鮮な金言として人々の心に響いた。

 

終わらない探求

2015年、ロドリゲスはビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンとともにアメリカ・ツアーを行った。それは予想を超えた二つの才能の競演だった。散発的にではあるものの、その後も両者の競演は続いており、最近では2018年半ばに同じステージに立っている。ソングライターとして知られるロドリゲスだが、コンサート・ツアーのメニューは自作曲を中心に据えたものではなく、代わって多くのカヴァー曲を披露している。

彼は”グレイト・アメリカン・ソングブック”に数えられるスタンダード・ナンバー (「On The Street Where You Live」はその一例だ) から、ザ・ドアーズやジェファーソン・エアプレインといったヒッピー時代のロック・バンドのナンバーまできわめて多彩な楽曲を演奏。

なかにはフランキー・ヴァリの「My Eyes Adored You」やミッドナイト・オイルの「Redneck Wonderland」といった意外なレパートリーも含まれている。現時点で最後のステージになっているのはロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで、2018年に行われたそのショーの締めくくりにはテネシー・アーニー・フォードの「Sixteen Tons」を取り上げている。

伝説的なミュージシャンの多くが頼みにするのは自身のヒット曲だが、”シュガー・マン”ことロドリゲスは明らかにまだ何かを探し続けている。創造的なインスピレーション? それともカヴァー・アルバム? あるいはそろそろまた新たな伝記映画が制作されるのか……?

Written By Brett Milano


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