ワインジャーナリトが選ぶ、スイートでスモーキーなノラ・ジョーンズの歌声にあうワイン

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ワインジャーナリトとして活躍されながら、ロック評論も専門誌に寄稿されるなど幅広く活躍されている山本昭彦さん。そんな山本さんによるノラ・ジョーンズ評論、そして彼女の歌声にワインについての原稿をご紹介

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ポスト・パンデミックを照らす希望の灯
スイートでスモーキーなノラ・ジョーンズの歌声

音楽にジャンルはない--ロックやジャズの音楽家にインタビューしていて、最もよく聴く言葉だ。ノラ・ジョーンズにもあてはまる。本籍はジャズ、別宅がカントリーで、R&Bやソウル、ゴスペル、フォークと、気ままに空間を移動している。彼女は自らを「ジャズのドロップアウト(落伍者)」と呼ぶが、言い得て妙である。音像から複雑で、精妙なエキスが自然に染み出すから、彼女の音楽を分類するのはいつからか止めた。心のひだを絹の手袋で撫でるような、ちょっとスイートでスモーキーな歌声に身を委ねるだけでいい、という心地になってしまったのだ。

ノラはピアニストである前にシンガーだ。9.11の翌年にリリースされたデビュー・アルバムが、またたく間に浸透したのは、その歌声と“一緒に行きましょう”(Come Away with Me)というメッセージに、惨事で傷ついた人々の心が癒やされたからに違いない。穏やかで、優しく、でも芯が強い。彼女のヴォイスが生まれながらに秘めるエモーションは北の地の白ワインだ。単一品種から造られる、緊張感を秘めた凛としたたたずまいはリースリングを思わせる。ほのかな甘みとキレのある酸に、グラスを運ぶ手が止まらない。エンドレスに流れるミュージックのように。

 

オーガニックに鳴るナチュラルな音

テキサスでカントリーを聴いて育ち、ビル・エヴァンスとビリー・ホリデイでジャズに目覚め、プロになってからは『Feels Like Home』でザ・バンドと交流してルーツ・ミュージックを探索したり、『Day Breaks』でウェイン・ショーターと共演してジャズに回帰したりと、その時々の心が向かうままに、音を紡いできた。そこには作為などない。体の奥底でオーガニックに鳴るネイティヴな音を、フィルターをかけずに盤に刻んでいる。デジタルとは対局にある成り立ちで、それが支持を集めた理由でもあるのだが、ワインの世界にもオーガニックなワイン造りが主流となっている。

例えば、ルイ・ロデレール。100万本近い生産量を誇るメゾンでありながら、ビオディナミ農法で土地の活力を引き出し、ピュアでナチュラルな味わいを創造している。醸造の過程ではち密なブレンドを重ね、蓄積していたリザーブワインと最新ヴィンテージの収穫を掛け合わせて、じっくりと熟成させる。その作業は、偉大なレジェンドたちのレガシーを独自に解釈して、現代の音として鳴らしているノラにも通じる。ルイ・ロデレールのシャンパーニュは、ノラの唄のようにダイレクトにハートに飛び込んでくる。

彼女の音楽の魅力はホットになりすぎず、かといってクールすぎることもなく、抑制されたトーンでエモーションを表現しているところにある。一緒にシャンパーニュを飲む時は、フルートグラスではなく、白ワイン用のグラスに注ぎ、ややぬるめの温度で、時間をかけて飲んでほしい。泡だちではなく、シルキーなテクスチャーやハーモニアスな味わいを楽しむのが、いいシャンパーニュの味わい方なのだ。照明を落として、歌声を聴けば、暗がりに潜む魂に反響するだろう。

静かな怒りや不安がにじむ新作『Pick Me Up Off the Floor』

新作『Pick Me Up Off the Floor』は意欲作だ。オルタナ・カントリーのウイルコのジェフ・トゥイーディーが参加した2曲を除けば、全曲を作詞・作曲し、プロデュースしている。ジャズに回帰した前作『Day Breaks』から、シンガー・ソングライター寄りに大きくかじを切った。内省的なタッチを帯びている。泥臭いスライドギターが響くカントリー・ロック色の強い曲が気に入っている。トゥイーディーと共作した「I’m Alive」はゆったりしたグルーヴの中に、静かな怒りや焦燥が表現されている。3月に先行配信されたこの曲は、ノラがトランプのアメリカに向けた、やむにやまれぬメッセージのように聞こえる。それは「私を引き起こして(Pick Me Up Off the Floor)」というアルバム・タイトルにも通じる感情なのだろう。

静かにたぎる不安や失望を秘めた新作のサウンドに合わせるには赤ワインしかないだろう。赤ワインは破砕した果皮も含めて発酵して造られる。そこには天と地が産み出すすべての栄養が凝縮されている。ローヌとトスカーナの陽光の下で育った黒ブドウには、太陽のエネルギーが宿っている。

驚くべきことに、新作の一部が世に出るのとほぼ同時に、世界にパンデミックが広がった。アメリカでは黒人殺害に端を発した社会不安が高まっている。優れたアーティストの作品は無意識のうちに時代とシンクロするものだ。アルバムにまとわりついているムードや先の見えない不透明感は今、我々が内に抱えているものだ。ポスト9.11の世界を癒やした彼女の歌が再び、パンデミック後の世界に希望の灯をもたらすのだろうか。まだわからない。今は彼女の歌声に耳を傾けながら、ワインを飲める幸せを噛みしめるだけだ。

Written by 山本昭彦

 

山本昭彦プロフィール;
ワインジャーナリト。ワインレポート代表。読売新聞記者としてヨミウリ・オンラインのワイン欄を担当。2014年に独立。ヴィノテーク、ワイン王国など専門誌に寄稿。ロック評論も専門誌に寄稿。著書に「ブルゴーニュと日本をつないだサムライ」(イカロス出版)「50語でわかる!最初で最後のシャンパン入門」「読めば身につく! これが最後のワイン入門」(講談社)「死ぬまでに飲みたい30本のシャンパン」(講談社+α新書)「おうち飲みワイン100本勝負」(朝日新書)など。


プレイリスト 「ワインと楽しむノラ・ジョーンズ」

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プレイリスト「ワインと楽しむノラ・ジョーンズ」を聴きながら楽しみたいワイン5選
選・山本昭彦氏

ルイ・ロデレール ブリュット・プルミエ (フランス・シャンパーニュ・発泡白)
トリンバック リースリング・レゼルヴ (フランス・アルザス・白)
タルデュー・ローラン コート・デュ・ローヌ ギィ・ルイ・ルージュ(フランス・ローヌ・赤)
カステッロ・ディ・アマ キャンティ・クラシコ・アマ(イタリア・トスカーナ・赤)
ドメーヌ・オット★ バイ・オット・ロゼ(フランス・プロヴァンス・ロゼ)

※ボトル画像はイメージです。実際の商品とヴィンテージが異なります。

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ノラ・ジョーンズ『Pick Me Up Off the Floor』
2020年6月12日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music




 

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