(function(h,o,t,j,a,r){ h.hj=h.hj||function(){(h.hj.q=h.hj.q||[]).push(arguments)}; h._hjSettings={hjid:104204,hjsv:5}; a=o.getElementsByTagName('head')[0]; r=o.createElement('script');r.async=1; r.src=t+h._hjSettings.hjid+j+h._hjSettings.hjsv; a.appendChild(r); })(window,document,'//static.hotjar.com/c/hotjar-','.js?sv=');
Join us

Columns

ドクター・ドレーによるエミネムの“ロックの殿堂入り”紹介スピーチ全文

Published on

Dr. Dre - Photo: Kevin Kane/Getty Images for The Rock and Roll Hall of Fame

2022年11月5日に行われたロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)入り授賞式。エミネム、パット・ベネター、デュラン・デュラン、ユーリズミックス、ドリー・パートン、ライオネル・リッチー、カーリー・サイモンの7組が殿堂入りとなった今年のセレモニーで行われたスピーチの中から、エミネムに捧げたドクター・ドレーによるスピーチを全文紹介。以下前文と訳は、池城美菜子さんです。(*エミネムのスピーチはこちら

<関連記事>
エミネム『The Eminem Show』解説
初のHIPHOPアクト、2022年スーパーボウル ハーフタイムショー解説


 

エミネムがヒップホップ・アーティストとして10組目のロックの殿堂入りを果たした。今年はデビュー作『Slim Shady EP』から25周年にあたり、有資格者になった直後の受賞だ。インダクション(任命)・スピーチは当然、ドクター・ドレー。2022年は2月にヒップホップ史上初のNFLスーパーボウルのハーフタイム・ショーを彼とチーム・ドレーが務め、5月にエミネムの殿堂入りが決定。ドレーのアフターマス・レコーズが所属するインタースコープの創設者、ジミー・アイオヴィンも殿堂入りしたので、チーム全体の勝利の年だろう。

ドレーが下ネタからスピーチを始めたので、オヤジギャグは世界共通の現象なのかと妙なところで感心した。だが、そのあとは朗らかな話しぶりながら、ヒップホップがもつ偏見にまで踏み込んで真摯そのもの。エミネムがヒップホップ全体に与えたインパクトについて、その存在自体で偏見と闘ってきたからこそ、私たち全員の成長を促した、という指摘はその通りだと思う。Fワードは使っているものの、紳士的に話しているので丁寧語で訳出した。

*********

拍手をお願いします、ロサンゼルスの皆さん。このスピーチを準備し始めたとき、エミネムに必ず伝えてほしいこと、みんなにきちんと知らせたいことはあるか、尋ねました。彼は「OK、まずみんなに俺のペニスは巨大だ、って知らせたいかな」って言いました。でも、彼が数え出したとき、なぜかこっちの指を使ったんですよね(小指を立てる)。

黒人だと思い込んだデモテープ

OK、真面目に話します。今夜、殿堂入りを果たした俺の親友、ジミー・アイオヴィンが20年以上も前に、エミネムとか名乗る男のデモ・テープを聞かせてくれました。そのとき、開口一番に言ったのが「え、いま何て言った?」でした。気に入りすぎて、聞き続けましたね。

それから何日かして、ジミーが電話をしてきて(高い声を出す)、「あのさ、ドレー。彼は白人だってわかっているよね?」って。完全に混乱しました。曲を聞いている間、ラップをしているのが白人だとは思いもしなかったから。ちらっとも考えなかったんです。ふり返ると、なぜ思いつかなかったかわかりません。言っている内容からして、黒人のラッパーのようにはまったく聞こえなかったのに。当時の俺が無知だったからでしょう。だから、「優れたラッパーなら、黒人にちがいない」と考えた。

 

「契約するな、関わるな」

あまり間を置かず、彼と初対面しました。すぐに意気投合して、気がついたら俺の家で作業をしてたんです。初めて俺がビートをかけた時、彼はマイクに向かって「ハイ、俺の名前はスリム・シェイディ」って。バシって感じ、それで決まり。すばらしい創造的な共同作業が始まりました。それから、反発が起きました。「彼をよく見ろよ、ドレー。青い目をしているだろ、契約なんかするな」って。ただ彼が白人だというだけで、俺のチーム全体と周りの人たちからすごく抵抗されました。契約するな、関わるなってね。

周りの全員が懐疑的だったけれど、彼の才能は否定しようがないと俺はわかっていました。生々しく、ダークで、ユーモアのあるリリックを完璧なリズムに乗せて、それまでに耳にした誰よりも際立っていた。おまけに彼は謙虚でした。俺もそうです。俺たちはどちらも命懸けの状況にいるアーティストだった。彼は家族を養う方法を必死に探していたし、俺は自分の創造力を注ぎ込めるものを探していました。それぞれが求めていた通りの存在。俺は自分の全キャリアを賭けるつもりでした。これ、事実です。

否定的なことを言う人たちへは、「俺たちのレーベルで一番売れるアーティストになるから」と反論しました。ただ、彼が世界で一番売れるアーティストになるとはわかっていなかった。これも、事実です。『The Slim Shady LP』で彼が世界に向かって自己紹介した途端に、チャートのトップに躍り出て100週間も留まり、グラミー賞の最優秀ラップ・アルバム部門と、最優秀ラップ・ソロ・パフォーマンス部門を受賞しました。だいたい、小さい子どもに暴力を教えて、娘の母親を「葬った」あともまだ言いたいことが胸に溜まっているなんて、信じられないでしょ?(笑い)。

それで(メジャー)セカンド・アルバムが出ましたよね? 『The Marshall Mathers LP』を投下した。そのアルバムではアルター・エゴのスリム・シェイディは、この俺を地下室に縛りつけるわ、自分の母親とセックスするわ、娘の母親をまた殺すわで(笑)、俺たちを敵視するすべての特別利益団体をさらに怒らせたんです。でも、みんなに刺さりまくったのも事実で、アメリカ合衆国の歴史上、もっとも早く売れたアルバムのひとつになりました。

 

ガラスの天井を叩き割った青い目の控えめな白人

それから、エミネムは過剰摂取、再発、回復を果たすわけだけど、それはアルバムだけでなくて実生活の話なんですよ。言っておきたいのは、1曲のコンセプトにたどりつくためだけに、この男はものすごい経験をしたってことですね。エミネムは天才です。白いアメリカに鏡を向けて、信じられないような機知と、とんでもない想像力をもって貧困と壊れた家族関係、希望がない状況の痛みを表現したんです。エミネムは、アメリカの中間層にヒップホップを紹介しながら、彼みたいな外見の子どもたちへ(世界と)つながる方法を提供しました。

ヒップホップはもう、インナーシティの絶望的な環境にいる黒人の子どもたちだけの音楽ではなくなりました。すべての体つき、肌色の人々にとって、自分の苦闘を語るアートフォームになったんです。エミネムは、ヒップホップのガラスの天井を突き抜けた負け犬ではなく、(その天井を)叩き割ってみせた。2億2千万枚のアルバムを売りました。チャート1位のアルバムを13作、そのうち10枚は連続して初登場1位。それを早いうちに成し遂げたアーティストの一人なんです。数々の賞も取りました、グラミー賞、エミー賞、アカデミー賞。彼は00年代でもっとも売れたアーティストであり、今も昔もヒップホップでもっとも売れたアーティストです。くり返しますよ、今も昔もヒップホップでもっとも売れたアーティストなんです。

一番クレージーな点は、そんなことは彼自身、全く気にしていないこと。たぶん、俺のほうが気にしているかもしれません。彼にとって一番大事なのは、同業者たちから優れたラッパーとしてリスペクトされること、以上。

結果として、このデトロイト出身の青い目の控えめな白人は、ずっと拒否されながらも俺たちが全部わかっているつもりだったヒップホップにおける偏見と強制的に向き合わせることで、ジャンルが成長するだけでなく、われわれ全員が彼と一緒に成長することになったんです。以上。



Share this story
Share
日本版uDiscoverSNSをフォローして最新情報をGET!!

uDiscover store

Click to comment

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Don't Miss