キューバ音楽とジャズと失敗したカストロによる国営レーベル:歴史的な音源が収録の『The Complete Cuban Jam Sessions』

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Photo courtesy of the Tommy Meini-Gladys Palmera Collection



1950年代後期から1960年代初期にかけて、キューバには才能あふれるすばらしいミュージシャンが驚くべきペースで相次いで登場してきた。そしてその結果、この時期キューバ音楽は黄金期を迎えたのだった。マンボ、チャチャチャ、ビッグ・バンド・ソン・モトゥーノ、アフロ・キューバン・ルンバといったエネルギッシュなスタイルを通して表現されたあの時期の名曲/名演と名レコーディングの数々が、この度『The Complete Cuban Jam Sessions』と題した編集盤にまとめられることになった。このボックス・セットには1956から1964年にかけて記録された歴史的な音源が収録されている。『The Complete Cuban Jam Sessions』は、12インチのアナログLP5枚セット、CD5枚組という2種のフォーマットでコンコード/クラフト・レコーディングズ・レーベルから発売された。

 

このボックス・セットのプロデューサーのひとりであるジュディ・カントール・ナヴァスは、ブックレットに掲載されたライナーノートも執筆している。彼女は今回の編集盤の基になったオリジナルLPについて「キューバや世界中の人々に影響を与えた伝説のアルバムでした」と述べている。

バルセロナでビルボード誌の特派員として活動しているカントール・ナヴァスは、「このボックス・セットは、驚くほどクリエイティヴだった時期のキューバ音楽を記録しています」と語る。「1950年代後期から1960年代初期は、キューバ音楽が非常に売れ線の音楽だった時代。ラジオでヒット曲が生まれ、アメリカやその他の国でも聴かれるようになりました。そうした時期の曲を聴くと、ミュージシャンのプライベートな面や当時のミュージシャンにとっての最優先事項が見えてきます。私は、今回のボックス・セットをそうしたミュージシャンたちに捧げることにしました。なぜなら、彼らの多くは世間の人から忘れられてしまったんです。とはいえ彼らは本物のパイオニアだったので、キューバではいまだに知名度が高いのです」

 

「ニューヨークのジャズの世界で起きていた動きをなぞるような試み」

『The Complete Cuban Jam Sessions』には、才能あふれるアーティストがズラリと勢揃いしている。たとえばピアニストのフリオ・グティエーレス、トレス奏者のニーニョ・リヴェラ、フルート奏者のホセ・ファハルド、伝説のベース奏者イスラエル・”カチャーオ”・ロペスといった顔ぶれである。また彼らの脇を固めるミュージシャンとして、名パーカッション奏者のタタ・グィネス、トロンボーンの達人ヘネロソ・ヒメネス、カチャーオの弟オレステス・ロペス、ティンバレスの画期的な奏法を編み出したドラマー、ウォルフレド・デ・ロス・レイエス、キューバン・スキャット・シンガーのフランシスコ・フェジョベらが参加している。

Photo courtesy of the Tommy Meini-Gladys Palmera Collection

今回のボックスに収録されたLPのオリジナル盤は、キューバの伝説的なレーベル、パナルトで録音され、キューバ音楽の水準を引き上げることになった。カントール・ナヴァスはこう語る「オール・スター・セッションをやるべきだというアイディアを広めたのがパナルトでした。そのアイディアは、キューバ音楽の世界だけでなく、ラテン音楽の世界全体に広まりました。パナルトはそうしたセッションにトップクラスの凄腕ミュージシャンを呼び集めたんです。それは、当時ニューヨークのジャズの世界で起きていた動きをなぞるような試みでした」。

2018年に設立75周年を迎えたパナルト(Panart Records = パン・アメリカン・アートの略)は、キューバ初のインディ・レーベルだった。1943年にこのレーベルを設立したエンジニア、ラモン・サバトは、キューバ音楽を世界に広める役割を担った。パナルトのスタジオはラテン・アメリカでは最もモダンな最新鋭の設備を整えていた。ここで、チャチャチャの初めてのレコードのエンリケ・ホリンによる「La Engañadora」がレコーディングされている。1950年代後期には、パナルトは「最もホットなラテン音楽」の代名詞となった。パナルトのシングル盤はアメリカにも流通し、それの後押しもあって、ナット・”キング”・コールは初のスペイン語のアルバム『Cole Español』(1956年)をハヴァナのパナルト・スタジオで録音している(コールにハヴァナでレコーディングすることを勧めたのはサバトだった)。

1959年、キューバ革命によりフィデル・カストロ政権が発足すると、パナルトは国営化された。その後このスタジオは、国営レコード会社エグレムの録音で使われるようになった。

Photo courtesy of the Sabat family

「さいわいなことに、音源の多くは救い出された」

アメリカ生まれのカントール・ナヴァスは、スペインやアルゼンチンで暮らした経験もあったが、1993年にマイアミに移住した。そこでキューバ音楽やパナルトのレコードに夢中になった。「当時マイアミに住んでいたラモン・サバトの弟と話す機会がありました。彼の話では、彼らは国営化されるのはパナルトだけではないとわかっていたんです。当時、政府はあちこちのレコード会社を乗っ取ろうとしていました。パナルトはカストロ体制の犠牲者のようなものでした。けれども幸いなことに、音源の多くは救い出されました」。

政府がパナルトを接収する前に、サバトの妻フリアはマスター・テープをニューヨークに送ることができた。こうしてパナルトのカタログのうち約80パーセントが、後世のために残されることになった。また彼女の友人は、ジャケットのネガ・フィルムを荷物の中に隠して国外に持ち出していた。サバトの一家は、難民としてマイアミに逃れることになった。

当初、カストロの「アドバイザー」たちは国営の新レーベル、パナルト・ナシオナリザダを発足させ、そこからレコードを出そうとしたが、さまざまな面で失敗を犯した。ソ連、キューバ、ケネディ政権下のアメリカの関係が緊迫し、核戦争寸前という危機的状態に陥る中、キューバではレコードの原材料が不足するようにもなった。盤面のレーベルを印刷する紙は社会主義陣営の中国から輸入したが、レコードの製造過程でその紙は溶けてるほどの品質だった。またポーランドから輸入したレコードの材料は品質が悪く、レコードが壊れやすくなった。カントール・ナヴァスはこう語る「彼らは、以前パナルトを運営していた人たちとは違い、レコード制作に関する専門知識を持ち合わせていませんでした。素晴らしいエンジニア、プロデューサー、ミュージシャンはキューバに留まっていましたが、最初の数年間、政府の人間はレコードをプロデュースする方法もよくわかっていなかったんです」。

カストロ政権は「アメリカ帝国主義の音楽」を敵視していたが、カントール・ナヴァスによれば、パナルトのカタログ全体をイデオロギー上の恥部として片付けたわけではなかった。「確かにキューバ革命初期には、クラシック音楽がもてはやされ、ジャズが冷遇された時期もありました。ジャズを演奏したいミュージシャンの多くは、こっそりと陰で演奏するしかありませんでした。言うまでもないことですが、今ではジャズはキューバの国宝だと考えられています」。

 

「キューバ音楽では、自由であることがとても重要」

『The Complete Cuban Jam Sessions』には、実に見事なジャズ風味の曲も収められている。そうした曲は、キューバのジャズ・ドラマーのパイオニアであるギレルモ・バレートやジャズに影響を受けたピアニストのペドロ・フスティス・ペルチンが録音したものだ。カントール・ナヴァスは、ジャズとキューバ音楽のミックスは完璧な組み合わせだと語る。「これらのアルバムを聴くとわかるように、ジャズもキューバ音楽も即興が大きな役割を担っています。キューバ音楽では、自由であることがとても重要。特に50年代はそうでした。当時のミュージシャンは、毎朝起きるたびに新しいリズムが生まれていると語っていました。彼らは、ニューヨークのジャズで演奏されていた音楽と似たものを演奏していました。そこにつながりを見出した彼らは、音楽をさらに発展させ、人間的なリズムを自分たちの演奏に盛り込もうとしていたんです」。

Photo courtesy of the Tommy Meini-Gladys Palmera Collection

『The Complete Cuban Jam Sessions』が教えてくれるのは、キューバ音楽を世界に知らしめたレーベルの物語だけではない。ここには優れた曲がたくさん収められている。そのリマスタリングは、ブルーノート・レーベルの伝説的なエンジニア、ロン・マクマスターが担当した。2018年6月、彼は引退直前の最後の仕事のひとつとして、このセットのリマスタリングをキャピトル・スタジオで行った。

また、ここに収められた曲は、アメリカとキューバのあいだに驚くべき音楽的な関係があった時代を映し出している。最近になってドナルド・トランプが米大統領に選ばれた結果、そうしたアメリカとキューバの関係にも影響が及ぶようになった。「トランプは規制を厳しくして、熱意に水を差してしまっています」カントール・ナヴァスと語る。

 

「あのころのキューバ音楽は、人間同士の関係がどういうものなのか、それがどれほど重要なのかを思い出させてくれる」

カントール・ナヴァスは、ラモン・サバト(1986年死去)が遺した素晴らしい音源とキューバ音楽を守り続けるために力を注いでいる。「半世紀以上前にキューバのあのスタジオで行われていた活動は実に驚くべきものであり、そこでは本当にバラエティに富んだ素晴らしい音楽が作られていました。そのサウンドは人々を興奮させ、その音楽は今の世代の心にも響いてきます。新しいファンがこれに耳を傾けてくれるのは、何よりも嬉しいことです」。

『The Complete Cuban Jam Sessions』に収録された珠玉の名曲の中には、「Theme On Perfidia」、「Opus For Dancing」(フリオ・グティエーレス)、「Cha Cha Cha Montuno」、「Guanguanco」(ニーニョ・リヴェラ)、「Pamparana」(カチャーオ)、「Busco Una Chinita」(ホセ・ファハルド)などが含まれている。

カントール・ナヴァスは、ここに収められた音源が実に重要なものである理由を簡潔にまとめている。「今回のボックス・セットは、最高に素晴らしいミュージシャンたちがいつも一緒に演奏していたキューバのある時期を記録しています。あのころ、音楽はお互い気心知れたミュージシャンたちによって演奏されていました。今のレコーディングは、遠く離れたミュージシャンがインターネットでデジタル・データをやり取りしながら進められることが多いです。けれどあのころのキューバ音楽は生き生きと躍動していました。私はあのころの音楽を聴くのが大好きなんです。なぜなら、人間同士の関係がどういうものなのか、それがどれほど重要なのかを思い出させてくれるからです」。

Written By Martin Chilton


『The Complete Cuban Jam Sessions』

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