スムーズ・ジャズが好きで何が悪い

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スムーズ・ジャズはとても中傷されてきたジャンルであり、恐らくこの状況はしばらく改善されることもなさそうだ。しかし、このジャンルを切り開いた多くのミュージシャン達は極めて才能に溢れ、その腕前はもっと広く認知されるべきであるので、この状況はとても残念である。しかし、こうしたミュージシャン達が作り上げる、すらりとしたグルーヴやムードは往々にして‘ディナー・ジャズ’とも呼ばれ、世界中で無数のワイン・バーやレストランのバックグラウンド・ミュージックとして穏やかに流れている。

本質的にとてもスムーズとはいえ、熱心なジャズ・ファン達、特に純粋主義的なファン達はこのジャンルに対して拒否反応を示し、ケニー・G、ジョージ・ハワード、ボブ・ジェームス等のファンを見下す傾向にある。

しかし、スムーズ・ジャズに対し嫌悪感を募らせることは、この音楽そのものに本質的にイライラさせるものがない故に謎である。スムーズ・ジャズは、不快で挑戦的でより極端なジャズの形態とは全くかけ離れ、政治的で無く、滅多に破壊的でなく、常に非常に礼儀正しい。

スムーズ・ジャズ人気のピークを迎えた80年代後期から00年代にかけて、一部に激しくうるさい中傷者が存在したものの、特にアメリカにおいてはラジオという非常に影響力の強いフォーマットの力もあり、前記のアーティスト達のアルバムが山のように売れ、多くのファン達を獲得したのであった。

スムーズ・ジャズの起源を辿ると、60年代初期へと遡る。当時、ビバップに影響を受けたジャズが勢いのあるポップ・ロックに追いやられると、レーベルの指示の元、数人のジャズ・ミュージシャン達が業界で生き残って行くために、その日のヒット・ソングのインストゥルメンタル・カヴァーをレコーディングするということを始めた。これがイージー・リスニング・ミュージックの出現と、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトとその妻アストラッドがブラジルからもたらした、とてつもなくスムーズなボサノヴァのサウンドと合体したのであった。

ボサノヴァの洗練されたハーモニックスはジャズからインスピレーションを受けており、西海岸の‘クール・スクール’なジャズプレイヤーとして知られるサクソフォニストのスタン・ゲッツが、その魅力的なビートに夢中になったのも驚きではなかった。そのスタン・ゲッツが、ギタリストのチャーリー・バードと共に1963年のアルバム『Jazz Samba』をリリースし、シングル「Desafinado」のアメリカでのヒットにより、ボサノヴァの波に当時のクールでメロウなジャズ的ムードとグルーヴを融合するという先駆的な作品となった。ザ・ビートルズザ・ローリング・ストーンズに惹かれなかったリスナーにとってジャズは解毒剤となり、前者がさらに大音量で乱暴に進化して行くのに対し、後者はよりスムーズにより謙虚な方向へと進んで行った。

60年代は他にも数多くのミュージシャンがスタン・ゲッツの提示したハイブリッド・ジャズの方向に賛同、そこにはA&Mが流通を手がけたCTIレーベルのプロデューサーであるクリード・テイラーの為に恥ずかしげもなくコマーシャルな作品をレコーディングしたギタリストのウェス・モンゴメリーも含まれる。ウェス・モンゴメリーは一部の批判をよそに、ファン層を広げセールスを伸ばしていた。他にも60年代後期には、熟練ジャズ・ギタリストのジョージ・ベンソンもクリード・テイラー率いるCTIに加入し、現行のポップ・ソングをジャズへと作り変える演者として牽引していた。

70年代になると、マイルス・デイヴィスがジャズ・ロックとフュージョンの時代へと先導していった。フュージョンには様々な形態が存在した。マイルス・デイヴィスが、挑戦的なアヴァン・ファンク路線を開拓して行く一方、その新たなジャンルの角を削ぎ落とし、より軽く、よりコマーシャルでラジオ受けの良いクロスオーヴァーを進めたミュージシャンも現れた。中でも、キーボーディスト兼アレンジャーのボブ・ジェームスは、よりスムーズなモードのフュージョンで脚光を浴びる存在として、R&Bヒット曲のカヴァーやクラシック曲のジャズ風アレンジ、そして著しくポップなオリジナル作品も手がけたことで大きな成功を得たのであった。

ボブ・ジェームスは、70年代に数多くいた才能に溢れた演者でありつつ、ユニークなサウンドでクロスオーヴァーに成功し、現在スムーズ・ジャズと呼ばれる音楽のスタイルの先駆者の1人であった。彼以外にも、CTIからワーナー・ブラザーズに移籍し、楽曲にヴォーカルを加えるようになった70年代後期にスーパースターとなったジョージ・ベンソンや、彼の仲間でありギターの名手であるリー・リトナー、エリック・ゲイル、ラリー・カールトンやアール・クルーも含まれる。

彼らは、デヴィッド・サンボーン、スタンリー・タレンタイン、グローヴァー・ワシントン・Jr、ハンク・クロフォード、ロニー・ロウズ、そしてトム・スコットといった数多くの素晴らしいサクソフォニストが凌ぎあっていた。彼らはスムーズ・ジャズの父と呼ばれるが、彼らの音楽は、研磨され見事に演奏されており、決して味気なく面白みのない音楽ではなかった。確かに、ビバップのファン達が期待するほどのジャズ的要素は薄いものの、凄まじくメロディックなプレイと共に見事なソロを披露する余地が共存していた。しかしそんな‘軽いフュージョン’を認めなかった者達は要点を間違えていた。そもそも、ボブ・ジェームスやグローヴァー・ワシントン等は厳格なジャズをプレイしていないのだ。

彼らはカテゴライゼイションを無視したハイブリッドな音楽をやっていたのだ。確かに、ジャズの要素は含んでいたものの、彼らはポップ、ラテン、クラシック音楽のDNAに触れていた。そしてその多くが、如何にジャズ・ミュージシャン達がこうした要素を巧みに縫い目無く繋ぎ合わせられるか、その許容範囲の広さと適応能力の高さを表していた。こうしたスムーズ・ジャズの先駆者達は、自らの音楽的ルーツを裏切るのでは無く、自分たちの生きる時代に対し意味がある方法を模索していたのだ。と同時に、切実に、ただこの音楽業界という最も不安定な業界で生計を立てるという願望から生まれたのである。

業界が如何に不安定であるかを象徴するように、1980年が訪れると数多くのメジャー・レーベルが所属していたジャズ・アーティストを解雇した。中でもCBSが、フュージョン・ブームの衰退と共にマイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、そしてラムゼイ・ルイスを除くほとんどのジャズ・ミュージシャンを解雇したのは有名だ。しかし、そうして浮いてしまったフュージョン・プレイヤー達を拾う新たなレーベルも立ち上がったのだった。

そのうちのひとつが、キーボーディストのデイヴ・グルーシンとドラマーからプロデューサーに転身したラリー・ローゼンによるGRP(グルーシン・ローゼン・プロダクション)であった。直ちに80年代における新たなスムーズ・ジャズの現象の元となった彼らは、トム・スコット、リー・リトナー、デイヴィッド・ベノワ、スパイロ・ジャイラ、ジョージ・ハワード、イエロージャケッツ等を有した。しかし、その10年の最も大きなスムーズ・ジャズ・ヒット作は、元バリー・ホワイトのサイドマンで、ロングヘアをなびかせたサクソフォニスト、ケニー・ゴーリックことケニー・Gの作品だった。彼の1986年のアルバム『Duo Tones』はアメリカでプラチナ・ディスクに輝き、「Songbird」というヒットシングルを生んだ。ケニー・Gがとてつもないセールスを記録したことにより、彼は「厳格な」ジャズ・ファン達の格好の批判の的となった。しかし、金が目的で「Songbird」を模倣する者を数多く生み出したケニー・Gは、90年代においてスムーズ・ジャズ人気を支えたのであった。

その時点で音楽は、よりコンテンポラリーに、音にも処理が施され、プログラミングされたドラムマシンの音、シークエンサーやシンセサイザーの音が使われるようになっていた。しかし、ボブ・ジェームスによるスムーズ・ジャズのスーパーグループ、フォープレイのよりオーガニックなアプローチの波は誰にも止められなかった。

人気度という点においてスムーズ・ジャズの人気は00年代初頭にピークを迎えたが、熱心なファンの存在と、キーボーディストのジェフ・ローバー、サクソフォニストのリチャード・エリオット、ギタリストのチャック・ローブ、ヴォーカリストのウィル・ダウニング(彼によりスムーズ・ジャズが器楽家達の独占領域でないことが証明された)がまだ牽引していた。そして、ジョージ・ベンソンやボブ・ジェームスが未だに力強く活躍する中、若きシンガー・ソングライターのリンゼイ・ウェブスターやギタリストのタイラー・リース等、若き才能が新たなスムーズ・ジャズ・プレイヤーの世代を代表するようになった。

音楽は、決して常に革命や社会を解説したものとは限らない。時に、自分の都合に合わせて楽しむだけのものにも成りうる。そしてスムーズ・ジャズのその手軽で、メロウな音像と流れるメロディが、人々の血流を穏やかにそして癒しを与えるのだ。偉大なドラマーであるアート・ブレイキーがジャズについて「日常の埃を洗い流してくれる」と語ったように。そんなことができる音楽を鼻であしらってはならないのだ。

Written By Charles Waring



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