ザ・ビートルズの映画はいかにしてシネマの未来に影響を及ぼしてきたのか?

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ザ・ビートルズ(The Beatles)はこれから先も未来永劫、その革新的なアルバムと17曲ものNo.1シングルで尊敬と称賛の的であり続けていくことだろう。しかしリヴァプール出身の彼らはまた、映画界に対しても永続的な貢献を果たしている。

『ハード・デイズ・ナイト(原題:A Hard Day’s Night)』(1964年)、『ヘルプ!(原題:Help!)』(1965年)、『マジカル・ミステリー・ツアー(原題:Magical Mystery Tour)』(1967年)、『イエロー・サブマリン(Yellow Submarine)』(1968年)、そして『レット・イット・ビー(原題:Let It Be)』(1970年)という絶大なる影響力を誇った5本のビートルズ映画を通じて、彼らはメインストリーム・カルチャーに、不遜さはファッショナブルであるという新たな価値観を持ち込んだ。

2021年11月に公開されたピーター・ジャクソン監督によるドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ:Get Back』といった彼らを直接とらえた作品はもちろんのこと、2019年に公開されたダニー・ボイル監督による『イエスタデイ』といったザ・ビートルズの音楽と映画キャリアにインスパイアされた映画も登場している。

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「お前ら、いいから“ハード・デイズ・ナイト”を観てみろよ」

2007年のコメディ映画『ウォーク・ハード ロックへの階段』で、主演のジョン・C・ライリーは、全米を席巻するロックン・ローラーへ成長を遂げるアラバマ出身の少年デューイ・コックスを演じた。ジョン・レノン役にポール・ラッド、ポール・マッカートニー役にジャック・ブラック、ジョージ・ハリスン役にジャスティン・ロング、そしてリンゴ・スター役にジェイソン・シュワルツマンがキャスティングされている同映画でのハイライトのひとつが、主人公のデューイ・コックスがインドでザ・ビートルズと一緒にLSDでトリップするというウィットに富んだシーンだった。

あれほどまでに“神格化されたミュージシャンたち”を映画の中で演じることについて、ジャスティン・ロングは、共演者のジェイソン・シュワルツマン共々「物凄く興奮していた」と明かしていた。

出世作『スクール・オブ・ロック』でその名を広く世間に知らせしめたジャック・ブラックは、60年代ビートルズ映画の軽佻浮薄なウィットを採り入れた爽快な音楽映画である今作で、そうナーバスになる必要はないと共演俳優たちに言い聞かせていたそうだ。「お前ら、いいから“ハード・デイズ・ナイト”を観てみろよ」というのがゴールデン・グローブ賞にもノミネートされたことがある彼からのアドバイスだった。

遡ることその半世紀近く前、アラン・オーウェンはユナイテッド・アーティスツ配給映画『ハード・デイズ・ナイト』でアカデミー賞最優秀脚本賞にノミネートされている。“ビートルマニア”という、世界規模で社会現象化したザ・ビートルズの36時間の日常を描いた映画である今作は、クリフ・リチャードの“汚れのないティーン・フィルム”とは全く対照的で、即興性と豊かな想像力に溢れている。監督のリチャード・レスターがつくり上げたこの作品には、かのロック・グループがリヴァプールからロンドンへと旅する過程で巻き起こる愉快で奔放なエピソードと、一度聴いたら忘れることの出来ない音楽が詰まっていた。

 

「愉快かつクリーンな狂気の沙汰」

映画『ハード・デイズ・ナイト』は数字的にも評価的にも大成功を収めた。影響力のある批評家レズリー・ハリウェルはこの作品を、「音楽付きのコミック・ファンタジア」と評し、『ハード・デイズ・ナイト』が「その後、60年代後期における万華鏡の如きスウィンギング・ロンドンのスパイ・スリラーやコメディ映画へと続く布石となった」と解説している。

またジェリー&ザ・ペースメーカーズはすぐにこの映画の模倣版『Ferry Cross The Mersey』(1965年)を製作し、さらにアメリカでモンキーズの大人気TVシリーズが始まるきっかけともなった。そしてそれから30年後、『ハード・デイズ・ナイト』はスパイス・ガールズの映画『スパイス・ザ・ムービー』のインスピレーションとして引用されることになる。

同映画の中でも、「Can’t Buy Me Love」がフィーチャーされた場面で、ザ・ビートルズのメンバーが野原で跳んだり跳ねたりしているシーンは、間違いなく歴史上初めてのミュージック・ビデオだった。そこで使われている、音楽のビートに合わせてカットを切り替えるといった編集技術の幾つかは、その後数十年経っても模倣され続け、MTV向けのPVでよく使われていく手法となった。

ザ・ビートルズのユーモア溢れる映画作品は、60年代に思春期を過ごした多くのミュージシャンたちに忘れがたい印象を残した。ニューヨーク・タイムズ紙で映画評を担当するボズリー・クロウザーは、ザ・ビートルズが配給会社のユナイテッド・アーティスツ、そして監督のリチャード・レスターとタッグを組んだ2本目の作品である『ヘルプ!』について、「90分間に詰め込まれた、愉快かつ清々しいほどの狂気の時間」と評した。

ザ・ビートルズのメンバーがオーストリアのアルプスでスキーの練習をするシーン(BGMは「Ticket To Ride」)には、それまでの映画には観られなかったようなジャンプのコマ撮りやクイック・カットがふんだんに盛り込まれている。カラー・フィルムで撮影され、予算も積み増しされた『ヘルプ!』は、『ハード・デイズ・ナイト』から格段にスケールアップした作品だった。

 

“究極の擬似体験”

最初の2本の映画の成功を受けて、ザ・ビートルズは自分たちの映画キャリアの指揮権をも自らで握ることにした。『マジカル・ミステリー・ツアー』、『イエロー・サブマリン』、そして『レット・イット・ビー』で、彼らの映像作品のスタイルと形式は、よりその時々のグループの音楽的感受性に同調したものになっていく。

『レット・イット・ビー』にフィーチャーされているのは、かの有名な、ロンドンのアップル・スタジオの屋上で、凍えるような日に撮影された成り行き任せのルーフトップ・コンサートだ。この作品の製作時には、監督のマイケル・リンゼイ=ホッグによって、トータル55時間以上のスタジオ内での映像が記録されていた。映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで名高いピーター・ジャクソンは、当時撮影された未発表映像を使い、アルバム『Let It Be』と映画のリリース50周年に合わせて、2021年11月に新たな映画『ザ・ビートルズ:Get Back』を製作した。

「今回、55時間分の未公開映像と、140時間分の音声を使えることになって、この映画はビートルズ・ファンがずっと夢見てきた“究極の疑似体験”を可能にしてくれることでしょう」とピーター・ジャクソンは語る。「これはまるで我々を1969年に連れ戻してくれるタイム・マシーンなんです。我々はスタジオの中に腰を下ろして、あの4人の友人たちが共に素晴らしい音楽を生み出す瞬間に間近で立ち会えるんです」

 

ピクサーのジョン・ラセターが“革命的な作品”を称したアニメ

UKでは、1954年の『Animal Farm』以来の長編アニメ映画となった『イエロー・サブマリン』もまた、後世に多大な影響を及ぼした。マージーサイド出身の詩人、ロジャー・マクガフとの共作で書き下ろされた脚本には、ユーモアと語呂合わせがこれでもかと言わんばかりに盛り込まれているのだ。例えばフランケンシュタインが登場するシーンでは、ドラマーのリンゴ・スターがその昔「彼の妹のフィリスと付き合っていたことがある」とジョークを飛ばすのだ。

ジャズ・ミュージシャンで漫画家のウォリー・フォークス(またの名をトロッグ)の作風と彼の漫画のキャラクターであるフルック(Flook)から影響を受けたと言うチェコスロバキア人アニメーターのハインツ・エーデルマンは、実に素晴らしくサイケデリックなアニメーションを生み出し、映画の構想を創り上げるのに一役買った。

この映画はまた、ラルフ・バクシの『フリッツ・ザ・キャット』(1972年)や、テリー・ギリアム、アラン・アルドリッジらによる後年の作品など、他のスタジオの長編アニメ映画への道を切り開いた。

映画『トイ・ストーリー』の監督で、かつてピクサー及びウォルト・ディズニー・アニメーションのチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めていたジョン・ラセターは、『イエロー・サブマリン』を“革命的な作品”と称し、この作品は「現在、大人から子供まで僕らみんなが楽しみ親しんでいる、素晴らしく多様なアニメーションの世界へと続く道を切り拓く大きな助けになってくれた」と語る。

アニメ『ザ・シンプソンズ』の脚本家であるジョシュ・ワインスタインも、この映画を“現代アニメーションの誕生”と位置付け、その反体制的なユーモアが『サウス・パーク』やドリームワークス製作の映画『シュレック』といった傑作に脈々と受け継がれていると証言している。

もっとも、ビートルズ映画の中で最も反体制的になると約束されていた作品は、日の目を見ずに終わっている。劇作家のジョン・オートンがオファーしたシナリオ『Up Against It』には、ブライアン・エプスタインも大いに乗り気だった、ザ・ビートルズの4人が女装する場面がフィーチャーされることになっていたのだが、企画はあえなく没になってしまったのだ。『Loot』や『Entertaining Mr Sloane』の原作者として知られるジョー・オートンには、不採用となった脚本の手付金として1000ポンドが支払われた。

ビートルズ映画のレガシー

『ハード・デイズ・ナイト』や『ヘルプ!』に続くリチャード・レスター作品のひとつである『ジョン・レノンの僕の戦争』は、ジョン・レノンがグリップウィード役で出演したブラック・コメディである。

映画のタイトルは、ザ・ビートルズの楽曲「A Day In The Life」の歌詞「今日映画を観たんだ、ああ、なんてこった/英国軍が戦争に勝ったってお話さ」という内容に呼応しており、その一節はそのまま、ドイツ人教授イェルク・ヘルビッヒが2016年3月にSchüren Verlag社から出版した著書『I Saw A Film Today, Oh Boy! Enzyklopädie Der Beatlesfilme』のタイトルにもなった。

ここに紹介した5本のビートルズ映画について書いたイェルク・ヘルビッヒは、バンドの映画界における功績に直接的にインスパイアされて生まれた映画は200本にも及ぶと論じている。彼のリストには、アリソン・ステッドマンの自叙伝で、1962年にキャヴァーン・クラブへ足を運んでいた若き日の彼女を描いたTVコメディ・シリーズ『Little Cracker』や、ホラー仕立てのモキュメンタリー『The Zombeatles: All You Need Is Brains』等も含まれている。

ザ・ビートルズにインスパイアされた映画の中でとりわけ有名な1本は、1978年の『Sgt Pepper’s Lonely Hearts Club Band』で、ここにはビージーズ、ピーター・フランプトン、エアロスミス、アース・ウィンド&ファイアー、スティーヴ・マーティンにドナルド・プレザンスといった多様なキャストが出演している。また同年製作された『抱きしめたい』はビートルズにまつわる青春物語で、スティーヴン・スピルバーグが初めてエグゼクティヴ・プロデューサーを務めた作品でもあった。

10代の反逆を生き生きと讃える『ロックンロール・ハイスクール』(1979年)で、監督のアラン・アーカッシュは、熱狂的なビートルズ・ファンだった若き日の自分の興奮を再現するような作品を作りたかったという。アメリカのパンク・バンド、ラモーンズも登場し、「あなたの親御さんはあなたがラモーンズだって知ってるの?」という記憶に残る名台詞で盛り上げた。

ビートルズ映画に多少なりとも影響を受けた音楽映画の名作には、前述の『スクール・オブ・ロック』をはじめ、『ブルース・ブラザーズ』、『スパイナル・タップ』など数多く存在し、1992年の『Secrets』や2001年の『アイ・アム・サム』といったシリアスなドラマ作品や『アクロス・ザ・ユニバース』(2007年)に代表されるミュージカル作品を産むアイデアの源でもあった。

また、『オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ』(1978年)のような、明快なパロディー映画も作られている。カルト的人気を誇るこのモキュメンタリーは、ザ・ビートルズによく似たザ・ラトルズに密着するという内容で、エリック・アイドルが悪びれることなくポール・マッカートニーのパロディ版“ダーク・マクイックリー”を、そしてニール・イネス(ロン・ナスティ)が平和のためにベッド・インならぬ“バス・イン”を披露する風刺版ジョン・レノンを演じた。この映画にはミック・ジャガーやポール・サイモンがカメオ出演を果たしており、さらには、他ならぬザ・ビートルズのスター、ジョージ・ハリスンまでが、忙しないBBCのリポーター役で登場している。ちなみに2003年には続編『The Rutles 2: Can’t Buy Me Lunch』も公開されている。

ザ・ビートルズ自らが出演した映画作品同様に、バンドの映画シーンへの影響力は他のかたちでも感じられるところがあった。ポール・マッカートニーは『バニラ・スカイ』をはじめ、アカデミー賞にノミネートされた『007:死ぬのは奴らだ』のジェームズ・ボンドのテーマ等、数々の映画に素晴らしい音楽を提供している。またジョージ・ハリスンは『ライフ・オブ・ブライアン』や『ウィズネイルと僕』といった名作を輩出した映画配給会社ホームメイド・フィルムズに出資していた。

 

ダニー・ホイルの『イエスタデイ』

そんなビートルズの系譜に連なる最新の劇映画は、何と言っても2019年5月4日、ニューヨークのトライベッカ映画祭でワールド・プレミア上映されたダニー・ボイル監督の映画『イエスタデイ』だろう。

ジャック・バースに原作をベース、ロン・ハワードが監督したドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK』にも出演していた筋金入りのビートルズ・ファンとして知られるリチャード・カーティスの脚本で製作されたこの映画では、鳴かず飛ばずのシンガー・ソングライター、ジャック・マリクがある日目覚めると、この地球上に自分以外の誰ひとりとしてザ・ビートルズの存在も、彼らの曲も知る者が存在しないということに気づく。

ハイミッシュ・パテル演じるジャック・マリクは、富と名声を手に入れるチャンスを得て、ザ・ビートルズの楽曲をにわかに自分の作品だと主張し始めるのだ。共演はリリー・ジェイムズで、また自身もビートルズ・ファンでもあるエド・シーランがカメオ出演を果たし、主人公のジャック・マリクに向かって名曲「Hey Jude」を「Hey Dude」にしてみてはどうかと勧めたりしている。

映画『イエスタデイ』はあらためて、ザ・ビートルズの革新的な音楽が、今尚その輝きを失わずにいることを伝えている。彼らの映画キャリアもまた、後世のインスピレーションであり続けることだろう。その理由は、かつて映画館の観客が、スクリーンを通して目にした、時代の先駆けだった若きバンドのユーモアや真の才能によるところが大きい。

「私は自分自身が彼らから感銘を受けた部分を、可能な限りスクリーンに投影しようとベストを尽くしたよ。彼らの、“みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために”という姿勢を再現するためにね」リチャード・レスターは語る。

Written By Martin Chilton



ザ・ビートルズ『Let It Be』(スペシャル・エディション)
2021年10月15日発売
5CD+1Blu-ray / 2CD / 1CD / 4LP+EP / 1LP / 1LPピクチャーディスク


ドキュメンタリー
『ザ・ビートルズ:Get Back』

ディズニープラスにて全3話連続見放題で独占配信

監督:ピーター・ジャクソン (「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ、『彼らは生きていた』)
出演:ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター

伝説のロックバンド、ザ・ビートルズの3日連続6時間の時空を超えた《体験型ドキュメンタリー・エンターテイメント》が、ディスニープラスで独占配信。巨匠ピーター・ジャクソン監督によって、“Get Back(復活)”を掲げて集まった4人が名盤『Let It Be』に収録される名曲の数々を生み出す歴史的瞬間や、ラスト・ライブとなった42分間の“ルーフトップ・コンサート”が史上初ノーカット完全版として甦る。解散後、半世紀を超えて明かされる衝撃の真実とは?

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン ©2021 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
公式サイト



 

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