2パック『Me Against The World』解説:ひとりの男が伝説になった瞬間が記録されたアルバム

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アルバム『Me Against The World』によって、2パックは現在のように高く賞賛されるアーティストになった。この作品に続く2枚のアルバム『All Eyez On Me』と『The Don Killuminati: The 7 Day Theory』(及び、それらのアルバムからシングル・カットされた一連のトラック) によって、彼の名声はさらに高まった。とはいえ『Me Against The World』は、1990年代のギャングスタ・ラップを取り巻く文化的な罠から抜け出た作品だった。そして2パックはこのアルバムで、ヒップホップというジャンルの枠を超えた存在になったのだ。

1995年3月14日に発表された『Me Against The World』は、それまで2パックが発表してきた作品の中で、最も内省的なアルバムだった。彼がまだ服役中に発売されたこのアルバムによって、2パックのイメージは”ギャングスタ・ラッパー”から”ギャングスタの詩人”へと変貌し、2パックは世界でも飛び抜けて有名なMCのひとりとなった。

このアルバムはアメリカのヒット・チャートで初登場1位を記録。そしてこの成績によって、2パックは服役中にアルバム・チャートの首位を獲得した最初のスターとなった。

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厳しい現実をありのままに描写

四半世紀以上もの歳月が流れた今もなお、2パックの射殺はヒップホップの歴史に残る大事件のひとつとして人々に記憶されている。ヒップホップの世界では、まるで取り憑かれたかのように死というテーマが繰り返し取り上げられているが、その根本的な原因は、あの忌まわしい事件にあったと言っても過言ではないだろう。『Me Against The World』の1曲目に収録された「Intro」は、そうした世界観が生まれるきっかけとなっていた。

ここでは、事実とフィクションが両方入り混じったニュースのコメントが流れ、さらに強盗、銃撃、裁判、加熱するマスコミ報道の描写が続く。こうした混沌としたサウンドが渦巻く中、2パックはアルバムの土台を築き始める。

自らの死への病的な執着心が最もあからさまに出ていたトラックは、「If I Die 2Nite」と「Death Around the Corner」の2曲だった。どちらの曲でも、死を恐れる2パックの心境が執拗なまでに繰り返されている。ヒップホップは病的で不健全な感情を語るジャンルだと言われてきたが、2パックがそれをさらに推し進めたことは間違いない。そしてストリート・ライフの厳しい現実をありのままに描いたところもまた、彼の魅力のひとつにちがいなかった。

 

ギャングスタでありながら女性たちの地位を向上させる

「Lord Knows」と「So Many Tears」の2曲では、そうした社会的な病理を、2パックだけでなく彼の周囲にいる人たちすべてが経験し、『Me Against The World』では、2パックの二面性があらわになっている。

「Heavy In the Game」で描かれるように、彼は、一面では銃を持つギャングスタである。一方「Dear Mama」や「It Ain’t Easy」といった曲では、2パックは自らのコミュニティとそこで暮らす女性たちの地位を向上させようと望むストリートの詩人の顔を見せ、「Dear Mama」では、自分を育てるために母親が味わった苦難が描かれる。また「It Ain’t Easy」は、怒りの叫びというよりも、むしろノスタルジックな嘆きの方を強調したトラックになっている。

2パックは、自らの心の中で抱えていた混乱からも決して目を背けとうとしなかった。例えば「Lord Knows」では、自身の抑うつ状態や苦痛が痛々しいまでに率直に語られている。また「So Many Tears」を聴くと、当時の彼が、この世界はほかの若者たちの生活に残酷な影響を与えているという事実に気づいていたことがわかる。こうした危険に満ちた状況とは裏腹に、ドクター・ドレが作り上げたサウンドは静謐な仕上がりであり、ベースの低音とスムーズなシンセサイザーが2パックを支えていた。

『Me Against The World』は、刑務所に収監される前の2パックの心境を明かした作品だったのかもしれない。もしそうだとすれば、『All Eyez On Me』と『The Don Killuminati: The 7 Day Theory』は服役後の時期に彼が学んだ物事を映し出した作品だったと言えるだろう。とはいえ、彼の全体像を把握するためには、彼の作品すべてに目を向けてみる必要がある。

『Me Against The World』は彼がリリースした3作目のアルバムだった。しかしながら同作は、2パックの原点としてとらえるべき作品でもある。このアルバムには、2パックというひとりの男が伝説になった瞬間が記録されている。暴力と病的な執着心、そして自らが選んだライフスタイルが招いた帰結によって、2パックはこの世を去った。しかし彼が自らを取り巻く状況について考えたことを、何のためらいもなく率直に語るアーティストだったことは忘れられるべきではないだろう。

Written By Patrick Bierut


トゥパック『Me Against The World』
1995年3月14日発売
LPiTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music




 

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