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アンディ・ウォーホルが創刊した雑誌「インタビュー・マガジン」が休刊

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1969年の創刊から約50年もの間、アンディ・ウォーホルによって創刊され、様々なのスタイルを生み出してきたアートとカルチャーの雑誌「インタビュー・マガジン」が休刊するとニューヨーク・タイムズ紙が報じた。

ニューヨーク・タイムズ紙へのメールで、インタビュー・マガジンの編集者であるエズラ・マーカスは「今朝スタッフ全員が出席したミーティングでインタビュー・マガジンは休刊し、破産法第7章の適用を申請すると伝えられました」と話した。

休刊が明らかになってから、何人ものスタッフがその状況をSNSで伝え、これまでの寄稿者、インタビューの対象となった著名人やスタッフがニューヨークの由緒ある雑誌との懐かしい思い出を語っている。最近では、インタビュー・マガジンは財務不正が疑われ複数の訴訟を受けているが、その全盛期はスタイルとカルチャーの権威として知られていた。

1969年にアンディ・ウォーホルと詩人のジェラルド・マランガが共同で創刊したインタビュー・マガジンは“ポップの水晶”と呼ばれ、小説家のトルーマン・カポーティからウォホール自身まで、当時トップのカルチャー評論家が文章を寄せていた。1987年にアンディ・ウォーホルが亡くなり、雑誌はブラント・パブリケーションズに売却。ピーター・ブラントが経営者となり、娘のケリーが社長を務めていた。

タイトルの通り、雑誌は様々なカルチャーの著名人のインタビューで構成されており、その対象となったのはスタジオ54のきらびやかなパトロンからCBGBやマッド・クラブのパンク・パイオニアまで多岐に渡った。雑誌の初期の頃を特徴づけた親密なQ&Aというスタイルから大きくそれることなく、アーティスト、ミュージシャンやライターが互いにインタビューし合い、よりパーソナルでオープンな会話を可能にしていた媒体だった。

その文章とともに、当時最も賞賛されていたセレブリティやファッション・フォトグラファーの作品が掲載されていた。ロバート・メイプルソープからハーブ・リッツ、ブルース・ウェバーからピーター・ビアードまで、彼らの作品は時にプリントに残ることもある影響力ある写真ばかりだった。

2004年には、過去に掲載したものから選りすぐりのものを集めた総集編7冊が入った愛蔵版セット『Andy Warhol’s Interview: The Crystal Ball of Pop Culture (Volume 1: Best of the First Decade 1969-1979)』が発売。これはカール・ラガーフェルドがデザインした木製スーツケースに包まれ、エルトン・ジョンが寄せたイントロダクションとともに発売された。

Written by Laura Stavropoulos


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