アイルランド人として約34年振りの全米1位:ホージアの「Too Sweet」がヒットしている理由

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Photo by Ruth Medjber

2013年にシングル「Take Me to Church」でデビューした、アイルランド人シンガーソングライターのホージア(Hozier)。彼が今年3月に発売した新曲「Too Sweet」がストリーミングで爆発的に再生され、アイルランド人として34年振りの全米シングルチャート1位を記録した。

なぜここまでの大ヒットとなっているのか、音楽ライターの粉川しのさんに解説いただきました。

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2024年上半期、台風の目

テイラー・スウィフトからビヨンセまで、大物ポップ・スターのリリースが相次いだ2024年の上半期に、まさかこの人の曲がチャートの台風の目になるとは思わなかった。そう、アイルランド出身のシンガー・ソングライター、ホージアの最新シングル「Too Sweet」が異例の大ヒットを記録しているのだ。

3月22日にリリースされた「Too Sweet」はビルボード・チャートを上昇し続け、4週間後にはついに1位を獲得。これは彼にとってキャリア初の記録であり、アイルランド人シンガーとしてはシネイド・オコナーの「Nothing Compares 2 U」以来34年ぶり、ギルバート・オサリバン、U2と並び、アイルランド人としても4組目の全米No. 1アーティストとなった。

この快挙を受け、「皆さんからの驚異的なリアクションに驚き、感動している。本当にありがとう」とホージアも自身のSNSでコメント。「Two Sweet」はイギリス、オーストラリア、ニュージーランドetc.でも既に1位を獲得しており、今年を代表する1曲となることは、もはや間違いなさそうだ。

 

渋い良曲がSpotifyにて異例の1位

I think I’ll take my whiskey neat
My coffee black and my bed at 3
You’re too sweet for me
僕はウィスキーをストレートで飲むし
深夜3時にはベッドでブラックコーヒーをキメる
そんな僕には君は甘すぎるんだよ

と歌う「Too Sweet」は、ブルージーなギターが効いたミッドテンポのバラードだ。いきなり売れ線を狙ったわけではない、あくまでホージアらしい渋い良曲だと言っていい。そんな同曲がSpotifyのUSチャート初登場2位という瞬間着火型のヒットになったのは、まさに異例の出来事だった。

ちなみに1位は同時期にリリースされたフューチャー、メトロ・ブーミン、ケンドリック・ラマーのコラボ曲「Like That」だが、「Too Sweet」との差は僅かだったのも驚異的だろう。ヒップホップ界のスーパースターが揃い踏みした曲と、アイルランドのシンガー・ソングライターの曲が互角に戦うなんてことは、少なくとも5年前にはあり得なかった事態だ。

「このようなチャート・アクションは大物ポップスターやラッパーの定位置であり、ホージアのようなアーティストが上位に来ることは珍しい」と、経済誌のフォーブスが報じたことからも、同曲が残したインパクトの大きさが伺える。

「Too Sweet」はSpotifyのUS/UKチャートで連日のように1位をキープし続け、4月27日の現時点で総再生回数は2億4千万回を超え、「Like That」の1億9千万回を大きく上回っている。現在はテイラー・スウィフトの『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』収録曲が席巻している状況だが、それでも未だに5位前後で推移している息の長さだ。一体、ホージアに何が起こっているのか。「Too Sweet」の「異例」と言われる大ヒットの要因は何なのだろうか。

 

2曲目の特大ヒットの要因

「Too Sweet」は、ホージアにとって2曲目の特大ヒット・シングルだ。1曲目は10年前のデビュー・シングル「Take Me To Church」で、全くの無名だった彼はビルボード2位まで上り詰めた同曲で、一躍人気シンガー・ソングライターの仲間入りを果たした。キャリア10年でリリースしたアルバムは3枚。昨年の最新作『Unreal Unearth』もUK/アイルランドで1位、アメリカでも3位と素晴らしい結果を残している。

それでもやはり、ホージアは「Too Sweet」や「Take Me To Church」といった破格のヒット曲によって認知される、シングル・ヒッター的なアーティストであるには違いない。だから既存のチャート・アクションやアルバム単位では彼の実態はなかなか掴みづらいし、点から点へと10年のブランクを瞬間移動したかのような唐突さを感じるかもしれない。

しかし実際には、ホージアの作品はストリーミングの世界において延々と途切れなく聴かれ続けており、彼はリリースのルーティーンからは窺い知れない場所で、着実に熱心なファンベースを築いてきたのだ。

 

ストリーミング時代のアルバムの形

そもそも、「アルバムを売るためにシングルでバズを起こしていく」というリリースのルーティン自体が、ストリーミングによって崩されつつあるのが2020年代だ。「Too Sweet」が『Unreal Unearth』からのシングルカットではなく、同作のレコーディングで生じた未発表曲をコンパイルしたEP『Unheard』のナンバーである、というのも象徴的だろう。言わばアルバムの「選外曲」に、とてつもないお宝が隠れていたのだから。なお、ストリーム上では『Unreal Unearth』と『Unheard』は『Unreal Unearth : Unheard』としてまとめられており、『Unreal Unearth』というアルバムが「拡張」された格好になっている。

テイラー・スウィフトが『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』のリリース当日に15曲もの新曲を追加し、急遽ダブル・アルバムに仕立てたように、アルバムという概念は近年大きく変わりつつある。短期間でのリイシューも珍しくないし、アルバムは幾らでも拡張・強化できる柔軟なフォーマットになった。ストリーミングが主流になったことで訪れたこうした変化の数々が、シングル・ヒッター的なホージアの強みになり、「Too Sweet」の異例の大ヒットの要因の一つになったと言えるだろう。

ちなみに、シンガー・ソングライターとして昨年最大級のブレイクを果たしたノア・カーンも、最新アルバム『Stick Season』(2022)の「拡張版(extended version)」と題し、1年半の間に2回も追加収録を重ねている。2度目の拡張版『Stick Season (Forever)』はポスト・マローンやホージア、サム・フェンダーらとのコラボ新曲を詰め込んだ豪華さで、ホージアとやった「Northern Attitude」は再生回数2億4千万回を稼ぎ、「Two Sweet」に匹敵する大ヒットを記録中だ。

ホージアは「Too Sweet」のミュージック・ビデオを作っていない。現時点で存在するのはリリック・ビデオのみだ。単なるリリック・ビデオが1,600万回以上再生されているというのも凄いが、それ以外にもYouTubeやTikTokには膨大な数のリアクション動画や歌ってみた動画がアップされ、あらゆるタイプのエディットに「Too Sweet」が使われている。

ちなみに筆者がホージアの再ブレイクの兆しに気づいたのは、昨年の『Unreal Unearth』リリース前後のことだった。TikTokやインスタグラム、Tumblrをランダムに巡回する中で、ホージアが若い女性たちの間で「セクシー」なアーティストとして、頻繁に語られていることに驚いたのだ。

これらのメディアはもともと女性の利用者が圧倒的に多いが、彼について語り、画像や動画をアップしている女性たちは、コアな音楽リスナーから一般層にまで広がっていた。10年前のホージアにセクシーなイメージなんて一欠片もなかったわけで、彼のファン層がSNSやブログメディアを介して大きく変化したのは間違いないだろう。その新たなファン層に、「君は僕には甘すぎる」と歌うロマンティックな「Too Sweet」がクリーンヒットしたのは必然だったのかもしれない。

 

「男性シンガー・ソングライター・ブーム」

前述のノア・カーンもまた、女性ファンの多さで知られている。そんなカーンとホージアが俄かに盛り上がりを見せる「男性シンガー・ソングライターのブーム」を牽引する二枚看板となっているのは、まさに彼らがそのシーンに新たなファンを呼び込んだからだろう。

エド・シーランやハリー・スタイルズのようなポップ系のシンガーとは異なり、彼らがやっているフォークやカントリー、ブルースを土台としたサウンドは、元来男性リスナーにアピールしてきたものだ。その構図がホージアらによってひっくり返された結果、彼らが男性にも女性にも広く聴かれる「新たなポップ・アーティスト」になったのが、今ブームと呼ばれているものなのだ。

BBCもこのブームに注目し、「フォーク、ロック、カントリーにポップまで、ノア・カーンのやっているような曲が新たなモダン・ポップを定義するかもしれない」とする分析記事をアップしている。同記事の中でも名前が上がっているベンソン・ブーンやテディ・スウィムスは、ホージアやノア・カーンとある種、同質なものをやっていると言っていい。彼らに共通するのは、一言で言えばオーセンティックであるということだ。

どこまでもオーガニックで、プロダクションで奇を衒わず、曲そのものが持つ力を信じていることだ。ベンソン・ブーンなどは21歳の若さであり、ジャンル・ミックスとクロスオーバーを当然としてきた世代であるにも関わらず、ビルボード2位まで昇った彼の「Beautiful Things」を圧倒的に際立たせているものは、あくまでもシンプルなメロディーの美しさと、情熱的なロック・ボーカルでもある。

テン年代のシンガー・ソングライターの代表格であるエド・シーランがラップとフォーク、弾き語りと打ち込みのハイブリッドによって、ソングライティングの解体と再構築の一手間を敢えて加えることでモダン・ポップたりえたのとは対照的に、ホージアたちはもっと「そのまま」やっている。

例えば、今Spotifyで猛烈に回数を稼ぎ始め、ブレイクの兆しを見せているシンガー・ソングライターにShaboozyという人がいるが、彼はヒップホップとカントリー、ロックのミクスチャーを前提としたアーティストだ。しかし、数年前に同様のコンセプトで「カントリー・トラップ」なるトレンドを生み出したリル・ナズ・Xの「Old Town Road」と比較すると、Shaboozyの「A Bar Song (Tipsy)」がいかに「そのまま」カントリーをやっているのかが、お分かりいただけるはずだ。

ホージアやノア・カーンを筆頭とする、こうした「ネオ・モダン・ポップ」としての男性シンガー・ソングライターの曲は、よく言えば普遍的、悪く言えば保守的だ。しかし、ストリーミングとSNSの介在によってここまでジャンル・ミックスが常態化し、リスナーが新しい/古いでポップ・ソングの価値を測ることをしなくなった現在において、普遍的なものがむしろ新鮮、という逆転現象が起きるのも当然なのかもしれない。

だからこそ2020年代において、ホージアの「Too Sweet」は聴く人によって古くも新しくも聴こえるし、ホージア自身の存在も、正統派シンガー・ソングライターとも、新時代のポップ・スターとも捉えうるものになったのだ。

 

ライヴでの存在感

ホージアのそんなユニークな存在感は、彼が今年の多種多様なサマー・フェスティバルに軒並みブッキングされたことにも証明されている。例えば彼は、シカゴの「Lollapalooza 2024」ではタイラー・ザ・クリエイターと、「Boston Calling 2024」ではキラーズと同日にコ・ヘッドライナーを務める。

かと思えばマネスキン、カルヴィン・ハリス、エド・シーランがヘッドライナーを務めるオランダの「Pink Pop」では、サブ・ヘッドライナーのポジションだ。また、フリート・フォクシーズやザ・フレーミング・リップスがエントリーした「High Water」では、ノア・カーンと共にヘッドライナーを務める予定だ。

メインストリームからインディー/オルタナティブまで、ポップやヒップホップからメジャー・ロックまで、現在のホージアはどんなフェスにでも馴染むし、その場の最大公約にすらなる可能性を秘めたアーティストでもある。1日も早く、ここ日本でも彼のステージが実現することを願わずにはいられない。

Written By 粉川しの



ホージア『Unheard』
2024年3月22日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / YouTube Music / Amazon Music


ホージア『Unreal Unearth』
2023年8月18日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / YouTube Music / Amazon Music



 

 

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