The 1975の新作『Notes on a Conditional Form』を海外メディアはどう評価したのか?そして2020年に求められる理由とは

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photo by Mara Palena

2020年5月22日に4枚目のアルバム『Notes On A Conditional Form』が発売となった英ロックバンドThe 1975。全22曲、収録時間は81分というCDとしては収録容量ギリギリの大作となった今作の海外メディアでの批評を交えつつ、アルバム内容について、過去には『rockin’ on』の5代目編集長をされ、現在は音楽ライター/ジャーナリストとして活躍されている粉川しのさんに解説いただきました。

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The 1975の最新アルバム『Notes on a Conditional Form』(邦題:仮定形に関する注釈)のリリースからそろそろ1カ月が経とうとしている。世界が新型コロナウィルスに翻弄され、ヨーロッパやアメリカがロックダウンの最中にあった5月にリリースされた本作は、「出かけろって? 無理っぽいな(Go outside? Seems unlikely)」と歌う「Frail State of Mind」の予言じみた一節も含めて、パンデミック下の非日常と期せずしてリンクしてしまった傑作でもあった。同作はもちろん全英初登場1位を獲得、The 1975はデビュー・アルバム『The 1975』から4作連続で全英1位という偉業を達成した。

リリースに際し、マシュー・ヒーリーは「むちゃくちゃ興奮してる、でもちょっとナーバスにもなってる」とインスタグラムに書いていたが、ナーバスになるのも無理はない。バンドの最高傑作として高い評価を受けた前作『A Brief Inquiry into Online Relationships』(邦題:ネット上の人間関係についての簡単な調査)の続編、連作として作られたアルバムなのだ。極限まで高まっていたファンやクリティックの期待を彼がプレッシャーに感じただろうことは容易に想像できる。では実際に、『Notes on a Conditional Form』はどのように評価され、受け止められたアルバムになったのか。改めて振り返ってみたい。

 

海外メディアは『Notes on a Conditional Form』どう評価したのか

『A Brief Inquiry~』に引き続き、『Notes on a Conditional Form』にも多くの英米メディアが興奮気味に賞賛のレビューを寄せた。5点満点をつけたNMEは内省的でヘッドホン・ミュージックとしての本作の側面にフォーカスし、「聴けば聴くほど深く掘り下げられ、その度にお気に入りの曲が変わる」と書いた。

最新UKインディのフォローに定評があるDorkも「The 1975の最も野心的な一作」だとして5点満点をつけ、「”People”が鈍器だとすれば”If You’re Too Shy (Let Me Know)”は切れ味鋭い手術用のメス、完璧にポップだ」などと、熱く全曲解説している。

また、前作アルバム収録の「Love It If We Made It」を2018年の年間ベスト・ソングに選出したPitchforkは本作にも10点満点中8.0点の高得点を付け、「2010年代初頭にエモバンドとして登場して以来、The 1975が挑んできたあらゆるサウンドに全力でチャレンジしている」と、バンドの集大成としての本作の多様性を指摘。「最もピュアでロマンティックな瞬間」としてメンバーとの友情、バンド愛を高らかに歌い上げるラストの「Guys」を挙げている点においても、全面同意のレビューだった。

ただし、ほぼポジティヴ評価一色だった『A Brief Inquiry~』とは対照的に、今回の『Notes on a Conditional Form』については批判的なレビューも少なくなく、「長すぎるとはいえ、ハイコンセプトな職人技が光る」と評し、5点満点で3点の及第点をつけたRolling Stoneのように問題点を挙げつつもトータルでは肯定したものから、「フラットで方向性に欠け、不必要な要素が多い」と欠点をあげつらったThe Line of Best Fit、「自意識過剰、独りよがり」だと1点(!)をつけたThe Independentのような手厳しいものまで、ネガティヴ・レビューの大半が「22曲、81分」という本作のボリュームを指摘したものだった。

ここで面白いのが、『Notes on a Conditional Form』のポジティヴ・レビューもネガティヴ・レビューも、どちらもほぼ全てが本作の長大でとっ散らかったサウンド・バラエティをその論評の出発点にしているということだ。つまり、このアルバムが極端に長尺であること、曲調に統一感が無いことは誰もが(それこそThe 1975自身も)認める共通見解であり、「その多様性、カオスにこそ意味がある」と解釈するか、「冗長、散漫」と解釈するかで賛否が見事に別れているのだ。

そんな中で個人的に最も納得のいったレビューのひとつが、「B+」と高評価だったConsequence Of Soundのものだった。曰く、「消化しきれないが、味は素晴らしい。(中略)ヒーリーは本作の中で明らかに自分自身に確信が持てていない。不安そうで、申し訳なさそうにしているが、それでも彼は“何か”に向かおうとしている。これまでのThe 1975のアルバムの中で最もジャンルレスな作品でありながら、最も痛切なほど人間的なアルバムであるのはそれゆえだ」と。

 

『Notes on a Conditional Form』がカオティックな傑作を宿命づけられた理由

もともと『Notes on a Conditional Form』は『A Brief Inquiry~』の約半年後、2019年5月のリリースが予定されていたアルバムだった。しかしその後スケジュールは一転二転し、3度のリリース日変更を経てようやく当初の予定から1年後の2020年5月のリリースにこぎつけた。ちなみに音源自体のレコーディング作業がそこまで押したわけではなくて、曲数の調整、パッケージやアートワークの改良にギリギリまで時間を割いたことで遅れたと言われている。マット曰く22曲81分のフル・ボリュームは最初から想定していたものではなく、コンセプトありきで組曲的に構築したわけでもなかったという。多くの海外メディアが本作の長大な作りを「スプロールの産物」(*予定しておらず不規則になった)と形容しているように、本作のカオティックなまでのボリュームはあくまでも結果論なのだ。

実際、本作はまさにスプロールのようなサウンド・バラエティの広がりを持つアルバムだ。『The 1975』から脈々と続く80sニューウェイヴやソウル・ポップ、セカンド・アルバム『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It』(邦題:君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。)収録の数曲を彷彿させるアンビエント、そして『A Brief Inquiry~』で開花したエレクトロニカやR&B、ベース・ミュージックを背景としたモダン・ポップなど、これまでのThe 1975サウンドをセルフ・コラージュしているのはもちろんのこと、「The Birthday Party」や「Roadkill」のようなオルタナ・カントリー、アメリカーナ調のナンバーも新たに生まれている。

また、「Me & You Together Song」のようなスウィートなインディ・ギター・チューンも一周回って新鮮で、彼らの前史であり思春期を象徴するドライヴ・ライク・アイ・ドゥ時代のエモ・サウンドへのオマージュも感じられる。思春期へのオマージュという点でもうひとつ顕著なのが、「Having No Head」や「Bagsy Not In Net」のようなUKガラージ、レイヴ調のナンバーだ。これは90年代から00年代初頭にかけて、10代の彼らがハマっていたダンス・ミュージックの原風景を写し取ったもので、こうしたノスタルジーも本作の見逃せない側面のひとつになっている。

 

今改めて、The 1975がこの2020年に求められる理由とは

『Notes on a Conditional Form』は、本当に脈絡がないアルバムだ。むしろ脈絡を廃して意図的に混乱した様を曝け出そうとしているようにすら聴こえる。「People」に満ちた熱いプロテストと連帯の意志の真裏には、社会不安の中で孤立する個が浮かび上がる「Frail State of Mind」があり、「I Think There’s Something You Should Know」で「自分が自分ではない気がする」と典型的なパラノイアを告白したかと思えば、「Me & You Together Song」では甘酸っぱい恋の思い出を無邪気に懐かしんでみせる。

マット自身が経験した薬物のリハビリと現代社会のカリカチュアとしてのデジタル・デトックスをコラージュした「The Birthday Party」のシニシズムと、フィーヴィー・ブリジャーズとのデュエットで性的志向のフラジャイルさを表現した「Jesus Christ 2005 God Bless America」の真摯さの対比も鮮やかだ。本作の歌詞の感情的振れ幅について、マットは「一人の人間の性格と同じくらいダイナミックなアルバムにしたかった、自分がどんな人間なのかを表現したかったんだ」と語っている。そう、キメラ的産物にすら思える本作の脈絡のなさは、混乱したペルソナの持ち主であるマット自身のリアルな姿なのだ。

そんな、サウンド的にも歌詞の躁鬱的にもカオスを極めた『Notes on a Conditional Form』に統一感があるとしたら、それは「孤独感」ではないかと評したのはpitchforkだった。「”What Should I Say”のようなポップな曲でさえも、薄暗いベッドルームの個に向けて作られているように聴こえる」と同レビュアーが書いたように、本作が内省的なアルバムであることはバンド自身も認めている。世界の混乱を描写した『A Brief Inquiry~』が外側に向いていたアルバムだったとしたら、本作は混乱した自己を自問自答する内側に向いたアルバムだと言ってもいいかもしれない。

マシュー・ヒーリーは時にピュアで時に計算高く、正義を訴えながらも露悪的で、したたかなのに脆く、傲慢でいながらふとした瞬間に驚くほど謙虚になる、まさに混乱した人物だ。そんな彼のパーソナリティが礎になっているのだから、本作が脈絡なくカオティックなのは当然だろう。『Notes on a Conditional Form』のまとまりのなさを「クオリティコントロールに欠ける」と批判しつつも、「良いものも悪いものも両方含まれている、それが“ノーフィルター世代”の音楽なのだ」と認めたのはGuardianのレビューだった。The 1975が「時代を体現したバンド」と称される理由が、こうしてまたひとつ明らかになったのではないか。

The 1975は『Notes on a Conditional Form』のリリース後、しばらくバンドとしての活動を休むつもりでいたという。同作はひとつの時代(Music For Cars)にピリオドを打つアルバムであり、そういう意味でも「僕らがバンドを始めた瞬間こそが、人生で起きた最高の出来事だった」と、メンバーへの愛と感謝を歌い上げる「Guys」で本作が締めくくられるのは本当に感動的なのだ。過去のオフ映像をコラージュした同曲のミュージック・ビデオも、17年に及ぶ4人の歴史のプチ・ドキュメンタリーになっていて、これぞ青春!という最高の仕上がりだ。ただし、同MVのアウトロは薄暗い室内でビデオカメラを構え、じっと無言でこちらを見つめてくる現在のマットのソロ・カットで終わる。そう、彼はまた「ひとり」に戻るのだ。それはバンドの思春期の終わりのメタファーであり、社会的距離を強いられた現在の私たち個々人の心象と、期せずしてリンクする幕切れでもある。

いずれにしても、不安と混沌に揺さぶられる1年になること必至の2020年を数年後に思い返した時、その記憶のバックで流れる音楽のひとつがThe 1975の本作になることは間違いなさそうだ。

Written By 粉川しの


The 1975『Notes On A Conditional Form』
2020年5月22日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music / Tシャツ




 

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