ドキュメンタリー『アントラップ~リル・ベイビーの軌跡~』と急上昇中の「Freestyle」

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Lil Baby - Photo: Courtesy of Audible Treats

2022年9月10日現在、5年前の楽曲ながらアメリカのApple Musicのチャートで総合6位を記録している「Freestyle」、そして2022年8月後半にはAmazon Prime Videoにてドキュメンタリー『アントラップ~リル・ベイビーの軌跡~』が公開されたリル・ベイビーについて、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに寄稿いただきました。

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「リアル」が誰よりも似合うリル・ベイビー

世界が一変した2020年から現在まで、もっとも成功している若手ラッパーがアトランタ出身のリル・ベイビーだ。同じ頃にヒットを飛ばし、チャートの1位に食い込んだ同世代のラッパーにロディ・リッチやプレイボーイ・カーティ、リル・ウージー・ヴァート、リル・ナズ・Xもいるので安易に「一番」は使わないが、ドラッグ・ディーラー上がりの経験からくり出すリリックの説得力、声の良さとフローの気持ちよさ、そしてカリスマ性で頭ひとつ抜けている。

リル・ベイビーを説明する際、「リアル」という言葉がついて回る。ヒップホップ・ゲームにおいて手垢がついた肩書きに聞こえるだろうが、“本物”、“等身大”を意味するこの言葉がしっくりくるままでいるのは、意外と難しい。売れた途端、みんなの期待する極端なキャラを演じるようになるからだ。

5年前の楽曲「Freestyle」の急上昇

リル・ベイビーが2017年に出した「Freestyle」が2022年にまたバイラル・ヒットになっている。7歳の長男が大金を持って、この曲のビデオでの父親のマネをしているのがTik Tokでバズったからだ。日本人の感覚ではおもしろいよりギョッとする映像ではある。歌詞の内容はこうだ。

Shoutout my label, that’s me
I’m in this bitch with TB
I’m in this bitch with 4 Trey
I just poured up me an eight
Real nigga all in my face
Five hundred racks in my safe
Five hundred racks to the plug
俺のレーベルにシャウトアウト 俺だよ
TBの仲間とつるんでいるんだ
このゲームでクリップスの仲間とつるんでいる
38口径を身につけたところだ
本物のやつらがガンを飛ばしてくる
金庫に100ドル札の束が5つある
100ドル札の束を5つドラッグの売買につぎ込む

5年前、ドラッグ・ディーラーからラッパーに転身した直後か、シフトしているあいだに作った曲であり、LAの有名なギャングとのつながりを匂わせている。

 

密着型ドキュメンタリー

今夏の終わり、アマゾンのプライムビデオで『アントラップ〜リル・ベイビーの軌跡〜』が公開された。比較的短い彼のキャリアを、93分であますところなく見せたドキュメンタリーだ。彼のファンはもちろん、アメリカで何が起きているか、黒人として生きるのはどういうことなのかを理解するために役立つ内容なので、なるべく多くの人に見てほしい。いくつかの角度から、理解が深まるように解説してみよう。

リル・ベイビーことドミニク・ジョーンズは、1994年12月3日にアトランタで生まれている。2歳のときに父が家族を捨てて出て行ったため、姉がふたりいるシングル・マザーの家庭で育った。貧困が蔓延する地域で多くを夢見ず、少年の頃からドラッグ・ディーリングに手を染めた。大金を手にしたものの、捕まって2015年から2年服役している。

ヒップホップ・カルチャーでよく耳にする話だが、リル・ベイビーは少しめずらしいタイプで、ドラッグ・ディーラーとしてかなり成功していたため、ラッパーになりたいとは思っていなかったという。周囲の人より若くしてハスラー稼業に足を踏み入れ(そのため、“ベイビー”と呼ばれていた)、「うまくやっていた」と描写される彼は、そうとう頭が切れるタイプなのだと思う。

 

ヤング・サグとクオリティ・コントロール

いくらヒップホップが多様化し、さまざまなタイプのラッパーが登場しても、とくにラッパーになるつもりはなかったのに頂点に立ったのはリル・ベイビーくらいだろう。2010年代のヒップホップ・トレンドの震源地であったアトランタが地元であったのも含めて、強運の人なのだ。きっかけはふたつ。まず、幼なじみのヤング・サグがベイビーの素質を見抜いて励ましたこと。それから、売人としてクオリティ・コントロール・ミュージックに出入りしていたことだ。

クオリティ・コントロールはヤング・ジーズィーとグッチ・メインのマネージャーだったケヴィン“コーチ・K”リーと、ピエール“P”トーマスが2013年に作ったレーベル。ミーゴスとリル・ヨッティを売り出して以来、ずっと勢いをキープしている。『アントラップ〜リル・ベイビーの軌跡〜』でヤング・サグのほかに出てくる同業者は、ガンナとドレイクだ。どちらも2018年のリル・ベイビーのデビュー・アルバム『Harder Than Ever』にフィーチャーされている。ガンナとの初期のヒット「Drip Too Hard」のリリックを取り出してみよう。

I’m from Atlanta where young niggas run shit
I know they hatin’ on me, but I don’t read comments
Whenever I tell her to come, she comin’
Whenever it’s smoke, we ain’t runnin’
俺はアトランタ出身 若い黒人が牛耳っている街
俺のことを嫌っている奴らがいるのは知ってる でもコメントとか読まないし
彼女に来るように言えば いつでも来るんだ
喧嘩が勃発したときは どんなときでも俺たちは逃げないよ

Drip too hard, don’t stand too close
You gon’ fuck around and drown off this wave
Doin’ all these shows, I’ve been on the road
I don’t care where I go, long as I get paid
Bad lil’ vibe, she been on my mind
Soon as I get back, she gettin’ slayed
Do this all the time, this ain’t no surprise
Every other night, another movie gettin’ 
俺のギラギラが溢れているから あまり近くに立つなよ
ふざけたマネをしたら この波に呑まれることになる
ライブをやりまくっている ずっとツアーしているんだ
行き先は気にしない 金さえもらえれば
やばいリルのモードだ 彼女のことばかり考えている
地元に戻ったらすぐ 彼女とヤりまくる
ずっとこんな調子だよ 別に驚くことじゃない
一晩おきに 映画のようなことが起きるんだ

“Drip”はジュエリーやお金がかかった服装のこと。ダイアモンドをアイス(氷)と呼ぶことから、溶解して滴る、雫(ドリップ)になることから来ている。リル・ベイビーの場合は憧れでなく、ドラッグ・ディーラーからラッパーに転身してずっとそのライフスタイルを維持しているので、「リアル」と受け入れられるのだ。

 

リル・ベイビーが売れるまで

クオリティ・コントロールにいくらプロモーションのノウハウと資金、コネクションがあっても簡単にはスターは作れない。本腰を入れてからのリル・ベイビーが、持ち前の集中力を発揮してラップのスキルを上げていったのが大きいだろう。

名前と顔を知ってもらうためのプロモーションのシーンでは、影響力がある業界人が00年代から変わっていないことに驚いた。具体的にはラジオのホストたちだ。MTV出身のスウェイ、ニューヨークのラジオ局Hot97のイーブロ、そしてパワー105の人気番組の『ザ・ブレックファースト・クラブ』のシャラメイン・ザ・ゴッドが登場する。『ザ・ブレックファースト・クラブ』は全国のシンジケート番組になっており、看板ホストのシャラメインのリル・ベイビー評は見どころだろう。

 

BLMのアンセム

努力が実り、2020年2月にセカンド・アルバム『My Turn』が大ヒット。と同時に世界はコロナ禍に突入し、2010年代の半ばから高揚していたBLMが爆発する。それまでは自分と周りにいる人間のライフスタイルと価値観をひたすらラップしていたリル・ベイビーだったが、BLMに激しく反応して若い黒人男性を代弁する役割を買って出た。それが、「The Bigger Picture」だ。筆者が担当した全訳はオフィシャル・ページを参照してほしいので、ここでは一部だけ抜粋する。

Altercations with the law, had a lot of ‘em
People speaking for the people
I’m proud of ‘em
Stick together we can get it up out of ‘em
I can’t lie like I don’t rap about killing and dope
But I’m telling my youngins’ to vote I did what
I did cuz I didn’t have no choice or no hope
前科なら俺もたくさんある
ほかの人々のために声を上げる人たち
誇りに思うよ
力を合わせれば奴らを倒せるんだ
俺は殺しやコカインについてラップするけれど
それでも若い仲間には投票しろって言いたい
俺がやらかしたのは選択肢も希望もなかったからだ

2020年、5月25日に警察官に殺されたジョージ・フロイドさんの事件から触発されて、6月12日に緊急リリース。その動きの速さ、リリックの率直さでBLMの抗議運動のアンセムとなった。反射神経の良さを見せたリル・ベイビーはフロイド氏の娘、ジアナの誕生日パーティーの費用を出してもいる。『アントラップ〜リル・ベイビーの軌跡〜』では、彼の成長の理由を海外ツアーで世界を見たためだと説明しているが、母親がちがうふたりの息子の接し方を見ても、根底に「善」がある人だと感じた。

 

グラミー賞より大きな青写真

『My Turn』はストリーミング回数を合算すると、2020年のアメリカでもっとも聴かれた作品になるが、2021年のグラミー賞では不当に無視された。にもかかわらず、時代を反映した「The Bigger Picture」のパフォーマンスを打診された際の、リル・ベイビーの対処の仕方がクールだ。

 

同年の夏にはリル・ダークと『The Voice of the Heroes』を発表。シカゴ・ドリルを出発点にLA、アトランタと引っ越しを重ねたリル・ダークと意気投合してアルバムを作った形だ。トラックが似通っていて抑揚はあまりないのだが、ふたりはメッセージ性の高いリリックを書いており、必聴だ。

ドキュメンタリーには、20万ドル(2,800万円相当)の現金で息子に暗算の勉強をさせるなど、「Freestyle」の頃のメンタリティーを否定していないのが見て取れる。この手の作品にきちんと字幕がつくのはありがたいのだが、「ストリート」を「裏社会」と訳しているのは少し違和感があった。ストリートには、裏社会よりもっと広い意味がある。レーベル・メイトのミーゴスの3人が出てこなかったり、子どもたちの母親ふたりの話も注意深く避けていたりもしているが、どちらも繊細な話題なのだろう。

ヒップホップは、スターダムに駆け上がるときは売上枚数も知名度もいっきに増えるが、頂点に留まるのは容易ではないジャンルだ。ジュース・ワールドやポップ・スモークのように、時代に選ばれたのに早逝するアーティストも少なくない。2020年にリル・ベイビーとともに、「ベイビー」ブームを一緒に起こしたダ・ベイビーはコンサートにおけるホモフォビックな発言のせいでキャンセルに遭い、調子を取り戻せないでいる。

リル・ベイビーの人気はまだ続きそうだが、下積みをしていないのを補うための戦略は必要だろう。『アントラップ〜リル・ベイビーの軌跡〜』を観ながら、本人が浮かれておらず、冷静なので大丈夫そうだと思った。2022年内を予定しているサード・アルバム『It’s Only Me』が楽しみだ。

Written By 池城美菜子(noteはこちら



Lil Baby『DETOX』
2022年9月2日配信
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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