映画『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』が音楽ファン必見の作品である理由

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アメリカで2020年5月に公開され、日本では12月11日から日本で劇場公開されている映画『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』(原題:The High Note)。音楽業界版『プラダを着た悪魔』と評判のこの映画は、音楽ファンなら必見の映画。その理由やキャストやスタッフについて、映画・音楽関連のライター業だけではなく小説も出版されるなど、幅広く活躍されている長谷川町蔵さんに解説頂きました。

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ショウビジネスの頂点に君臨し続けているR&Bディーバ、グレース・デイヴィス。しかし四十代を迎えた今、ステージで求められるのは過去のヒット曲ばかり。マネージャーのジャックからはナツメロ歌手としてラスベガス公演を勧められてしまう。

そんなグレースのパーソナル・アシスタントとして、気まぐれな彼女に振り回され続けているマギー・シャーウッドにはひそかな夢があった。それはいつか音楽プロデューサーとして自立すること。ある日、マギーは才能あふれる若きシンガー、デヴィッドと偶然出会うのだが……。

現在、日本公開中の『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』は、『プラダを着た悪魔』(2006)の流れを汲む“お仕事女子コメディ”である。しかし本作は同作と少々趣が異なる。『プラダを着た悪魔』の鬼編集長ミランダと新人編集者アンディが、キャリアの違いこそあれ編集者同士なのに対して、グレースとマギーはシンガーとプロデューサー。つまりライバルではなく、助け合う関係なのだ。物語冒頭に明確な上下関係があったふたりがどのように対等なコラボレイターになっていくか。その経緯こそが映画の見せ場になっている。

音楽業界の製作現場を舞台にしたコメディといえば、ヒュー・グラントとドリュー・バリモアがソングライティング・チームを結成する『ラブソングができるまで』(2007)があるけど、そちらはふたりのロマンスがメイン。でも『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』のふたりはあくまで信頼関係で結ばれた仕事仲間だ。そこに今っぽさがある。

本作の監督ニーシャ・ガートラほど、こうした題材に相応しい映画監督はいないはずだ。なにしろ彼女は、エマ・トンプソン扮するベテラン司会者とミンディ・カリング扮する構成作家のコンビがトークショー番組を立て直す女性バディ・コメディ『レイトナイト 私の素敵なボス』(2019)を手がけた人物なのだから。

もっとも『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』の真のクリエイターは、本作で脚本家デビューしたフローラ・グリーソンの方だろう。ニューヨーク大学映画科を卒業後、彼女はしばらくの間ユニバーサル ミュージックの重役アシスタントとして、主に引退や他界したアーティストのアルバムのプロモーションに携わっていたという。

そんな仕事をしていただけあって、グリースンは相当なポップミュージック・フリーク。それを証明するかのように、映画ではグレースのニューアルバム製作を「売れっこない」と渋るジャックに対して、「でもブルース・スプリングスティーンみたいなベテランも『Wrecking Ball』みたいな傑作を作りましたよ」とマギーが意見すると、「でもファンが聞きたいのは “Thunder Road / 涙のサンダーロード” だ」と言い返されるやりとりがあったり、グレースとマギーがTLC「No Scrubs」とディスティニーズ・チャイルド「Bills, Bills, Bills」の作者が同じ(シェイクスピアと元エクスケイプのキャンディのコンビ)であることを語り合って盛り上がったりする。

極めつきはマギーとデヴィッドが、タイトルに「カリフォルニア」とつけられた曲を歌ったアーティストを挙げていくシーン。ママス&パパス(「California Dreamin’ / 夢のカリフォルニア」)やジョニ・ミッチェル(「California」)、イーグルス(「Hotel California」)といったビッグネームに混じって、俳優のジェイソン・シュワルツマンがドラムスを叩いていたことで知られるファントム・プラネット(「California」)の名まで飛び出すのだ。

グレースの過去のヒット曲をズタズタにリミックスしてマギーを激怒させるRダブなる能天気なEDMプロデューサーが登場するシーンから想像できるように、グリースンの音楽的な趣味はオーガニック寄り。だからこそマギーはR&Bの歴史の生き証人であるグレースを尊敬し、弾き語りでサム・クック「You Send Me」を歌うデヴィッドの才能を見出すわけだ。

ちなみにグリーソンがユニバーサル ミュージック時代に担当したプロジェクトには、テンプテーションズのボックスセットやリック・ジェームズのライブアルバムがあったという。

この事実でR&Bファンならピンと来るはず。テンプテーションズとリック・ジェームズはいずれもモータウン・レコード所属のアーティスト。そのモータウンが生んだ最高のR&Bディーバといえば勿論ダイアナ・ロスである。つまり本作は、グリーソンがダイアナ・ロスのようなスーパースターにこきつかわれる自分の姿を思い浮かべて創り上げた物語なのだ。

そんなグリースンの分身である主人公マギーを演じているのがダコタ・ジョンソンだ。祖母に『鳥』のティッピ・ヘドレン、母に『ワーキング・ガール』のメラニー・グリフィス、父に『マイアミ・バイス』のドン・ジョンソンを持つ俳優一家の出身であるジョンソンは、『フィフティ・シェイズ』シリーズの印象が強いものの、『ワタシが私を見つけるまで』のようなロマコメでもセンスを発揮しており、本作ではそっち方面の才能を全面開花させている。

そしてマギーのボスであり伝説のR&Bディーバであるグレースを演じているのがトレイシー・エリス・ロスだ。彼女にとってこの役は女優として一生に一度しか演じられないレベルのハマり役だ。なにしろロスの実母は前述のダイアナ・ロスなのだから。

アメリカ本国ではファミリーコメディ番組『Black-ish』の母親役で絶大な人気を博しているロスは、これまでさばけたコメディ女優として成功をおさめてきた。そんな彼女が映画進出作で、普段とは正反対の傲慢なスター、しかも自分の母をモデルにした役を演じるのだから面白くならないわけがない。

とはいえロスにはプレッシャーがあったはず。そもそも彼女がコメディ女優の道を選んだのは母親と比べられたくなかったからなのに、本作では自分で歌わなければならず、しかも歌声がダイアナ・ロスのように聞こえないと、キャスティングの妙が機能しなくなるからだ。

だがロスはこの困難な課題を見事にクリアーしている。サウンドトラックのリード曲「Love Myself (The High Note)」を聞いてほしい。華やかでありながらコケティッシュさを感じさせる歌声はまさに母ダイアナ譲りのもの。軽快な「Stop For A Minute」も60年代モータウン風メロディでニヤリとさせてくれる。

そしてマギーがキャリアの手助けをするデヴィッドは、『WAVES/ウェイブス』(2019)で注目されたケルヴィン・ハリソン・ジュニアが演じている。『WAVES/ウェイブス』でもちらっとラップをしていた彼だけど、本作ではオリジナル曲とともにアル・グリーン「Let’s Stay Together」といったR&Bクラシックのカバーも披露。シルキーかつ伸びのある歌声はまるで本職のシンガーのようだ。

実は彼の父は、ニューオリンズを拠点にジャズのロイヤル・ファミリー、マルサリス家の周辺で活躍していたジャズ・サックス奏者、ケルヴィン・ハリソン・シニア。彼も幼少時代からマルサリス家でトランペットとピアノと歌の特訓を受けていたらしい。そう、彼の美しい歌声は修練の賜物なのだ。

そんなハリソンのバックグラウンドがフィードバックされたのか、本作におけるデヴィッドの父もデヴィッド・クリス・シニアという名のサックス奏者という設定だ。しかもこの設定は内輪受けのジョークに留まらず、物語の展開で深く関わっていく。はたしてどう関わっていくのか? それは映画館で確かめてほしい。

Written by 長谷川町蔵



『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』オリジナル・サウンドトラック
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映画『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』
2020年12月11日(金)全国ロードショー!

監督:ニーシャ・ガナトラ(『レイトナイト 私の素敵なボス』)
脚本:フローラ・グリーソン
製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー(『イエスタデイ』ほか)
出演:ダコタ・ジョンソン、トレイシー・エリス・ロス、ケルヴィン・ハリソン・Jr、アイス・キューブほか
配給:東宝東和
原題:THE HIGH NOTE
©2020 UNIVERSAL STUDIOS
公式HP:https://www.universalpictures.jp/micro/next-dream




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