【試し読み】書籍『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考』(添野知生×高橋芳朗)

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2022年7月20日に発売される添野知生さんと高橋芳朗さんによる共著の単行本『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考 映画から聴こえるポップミュージックの意味』(イーストプレス刊)。

この単行本の序文である「はじめに」の一部、そして『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』について、試し読みを公開いたします。単行本の購入はこちら

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はじめに/PROLOGUE(添野知生)

映画のなかにポップミュージックを引用し、それを物語や演出の一部として使う手法は、映画と同じぐらい古くからあります。サイレント映画の時代には生演奏や歌詞の字幕がそれを担い、トーキー以降は録音された音楽が使われるようになりました。

ミュージカル映画、音楽を題材にした映画を除けば、今のように一本の映画で多くの既成曲が使われることがあたりまえになったのは、おおむね1970年代以降のことです。変化の理由は、音楽を自分たちの基幹文化として育ったロック世代の作り手が、映画の世界に少しずつ増えたことにあります。そしてロックの時代も遠くなった今、そこからさらに50年が経過しています。

この間の収穫を手っ取り早く知りたければ、『アメリカン・グラフィティ』(1973年/監督ジョージ・ルーカス)、『グッドフェローズ』(1990年/監督マーティン・スコセッシ)、『パルプ・フィクション』(1994年/監督クエンティン・タランティーノ)の3本を見れば充分でしょう。ポップミュージックの使用がどれほど映画を豊かにしたか、表現の幅を広げたかを最短距離で実感できます。またそれぞれ曲の使い方に違いがあり、技術の変化も容易に見て取る(聴き取る)ことができるのでお薦めです。

ポップミュージックと映画を結びつけ、両者に橋を架けること。映画の歴史全体に照らしても、50年分の華々しい達成のあとでさえ、マーベル・スタジオが今行っていることは、特別で大きなものだと私たちは考えています。

のちに「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」と呼ばれることになる映画シリーズが2008年に始まったとき、つまり『アイアンマン』が公開されたとき、開巻いきなり響きわたるハードロックがすべての変化の始まりでした。そこにはすべての予兆が含まれていたと、今ならはっきりとわかります。

ポップミュージックも映画もいわゆる不要不急の大衆娯楽ですが、それは私たちの生活、私たちの人生に浸透し、網の目のように結びついて、私たちに新しい世界を見せるときがある。人の生き方にも社会のあり方にも影響を与え、変化をうながすことがある。そんな確信が十数年間、二十数本の劇場用映画シリーズのなかに脈々と流れ、この前代未聞のプロジェクトを支えてきたと言えます。


 

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』

あらすじ

宇宙をまたにかけるトレジャーハンターのピーター・ジェイソン・クイルは、惑星モラグの廃墟で謎の球体「オーブ」を盗み出すことに成功する。しかし、そのオーブは銀河を滅亡させるほどの力を宿したパワーストーンだった。オーブを狙う者たちに追われた挙句、逮捕されて収容所に入れられてしまったピーターは、個性的な仲間たちと共に脱獄を企てる。

 

添野:2014年公開の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(以下『ガーディアンズ』)は、フェーズ2の第4作目です。公開当時はほぼ無名キャラしか出ていない「MCU番外編」のような位置づけでしたが、最終的に世界興収7億ドルの大ヒット作になりました。これには制作サイドも驚いたでしょうし、シリーズ全体に弾みをつける大きな力になったのではないかと思います。監督はジェームズ・ガン。脚本も実質的にほぼ彼が書いたと言われてます。『ガーディアンズ』にはふたつの特長があります。まず、これまでのMCUでは描かれてこなかった宇宙を舞台にした本格的なスペースオペラであるということ。もうひとつが挿入歌を多用して、それぞれにちゃんと意味を持たせているということです。

高橋 既存のポップスを使ったスペースオペラに前例はあるのでしょうか?

添野 スペースオペラというSFのジャンル自体は1920年代後半からあるので、おそらく調べればなくはないでしょう。ただし、ポップスというのはやっぱり20世紀のものなので、「未来の宇宙」と「20世紀の地球」をどこかで結びつけないといけない。その意外なもの同士を結びつけるというジェームズ・ガンのアイデアが生きたんだと思います。

『ガーディアンズ』は挿入歌が多い印象があるんですが、実は実際に流れるのは11曲だけなんです。なので、たとえばマーティン・スコセッシの映画で何十曲も使われているのと比較するとそれほど多くはない。その代わり、1曲1曲が大切に使われている。そして歌が使われていないシーンもたくさんあって、ずっと流れっぱなしではないことが逆に重要なのではないかと思います。

高橋 劇中で主人公のピーター・クイルが母のメレディスから授かったカセットテープ『Awesome Mix Vol. 1』をそのまま収録したサウンドトラックは、全米チャートで1位を記録しています。既存の曲だけで構成されたサウンドトラックがアメリカで1位になったのは史上初の快挙でした。

添野 全てが既存曲というのがジェームズ・ガンのこだわりでもあるし、「タイアップの新曲をつけてヒットさせよう」と誰も考えなかったっていうことが、逆にその記録をつくった理由だと思います。

高橋 サウンドトラックの収録時間は44分34秒。ちょうどLP時代に需要があった46分のカセットテープに収まるあたりにこだわりを感じます。『Awesome Mix Vol.1』のヒットに気を良くしたのか、ジェームズ・ガンは、『Awesome Mix Vol.0』や『Meredith Quill’s Complete Awesome Mix』などたくさんのプレイリストをSpotifyで公開していますね。『ガーディアンズ』がいかに音楽を重視しているか、こうした取り組みからもよくわかると思います。そもそも、この本の企画自体『ガーディアンズ』ありきという気もするので。以降のMCU作品、たとえば『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)や『ブラック・ウィドウ』(2021年)の選曲に与えた影響も計り知れないものがあるでしょう。

添野 ジェームズ・ガンの、選曲に関するインタビューによると「70年代のポップスを映画の背景にしよう」っていうアイデア自体は完全にジェームズ・ガンのもので、最初にビルボードチャートをダーッと見て、iTunes Storeで何百曲もダウンロードして、その中からさらに厳選した120曲ぐらいのプレイリストをつくったそうです。そのプレイリストをずっと聴きながら、「どのシーンでどの曲を使おうか?」っていうことを考えて選曲していったという風に言ってますね。このときのプレイリストが後にネットに上がっているプレイリストに繋がっていったのかなと。

高橋 ピーター・クイルの母親メレディスが選曲した設定の『Meredith Quill’s Complete Awesome Mix』も劇中で使われている曲と一切かぶりがありませんからね。あらかじめ相当な数の曲を用意していたことがよくわかります。ほぼ70年代の楽曲に限定したアイデアも当人が考える以上にうまくいったのではないでしょうか。

添野 インタビューでは「70代年の曲で」とはっきりと言っていましたね。ピーターが1988年までしか地球にいなかったっていうこととか、初代『ウォークマン』を持って出たという設定なので、自然と90年代以降の曲は使えないってことが決まったと思うんです。あと監督は「みんなが知っているようで知らない曲を選びたかった」という言い方をしていましたね。アーティストよりも曲本位で選んで、曲は知られているけどアーティストはあんまり知られていないようなものを中心にしていったという。

高橋 なるほど。再発レーベルのライノが出していたようなワンヒットワンダー(一発屋)のコンピレーションに近いセンスは感じていました。25集まで出ている『Super Hit’s of The 70’s: Have a Nice Day』のシリーズあたりをジェームズ・ガンも参考にしているのではないかと。

添野 ロックはアーティストありきになるんだけど、ポップスっていうのはもっと匿名性が高いもので、「誰の曲か」ということよりも「曲が知られているか」の方が重要という考え方なんでしょう。要するにブルー・スウェードというバンドは知らないしアーティストの顔は浮かばなくても「ウガ・チャカ(Hooked On a Feeling)」という曲自体はコマーシャルとかで聞いたことがあるし、口ずさめる。そういうところにスポットライトをあてるところにジェームズ・ガンの庶民的な心意気を感じます。これだけのヒット作を生み出している映画監督なのに、常に「下から目線」というか。

 

ジェームズ・ガンの音楽的背景

添野 ジェームズ・ガンは、ミズーリ州セントルイスという、比較的保守的な土地で生まれ育った人です。お父さんが弁護士で、5人兄弟の比較的裕福な家庭だったのでしょう。カトリック系の信仰の家で、高校も大学もカトリック系です。80年代の後半に大学に入ってから、大学新聞でマンガを描いたり、小説を書き始めたり、バンド活動を始めたりするようになっていくんですね。父親との間に確執があったのかもしれません。

彼のバンド、アイコンズは1989年に結成されています。ボーカル、ギター、ベース、ドラムの4人組で、ジェームズ・ガンはボーカルを担当しています。活動は地元のバーとかでの演奏がメインだったようですが、かなり真剣に活動していて、活動後期の1994年に『Mom, We Like It Here On Earth』というアルバムを地元セントルイスのスタジオで録音して、Ancient Lizardという自主レーベルからリリースしています。『Mom, We Like It Here On Earth』は、全13曲、58分という堂々たるフルアルバムですね。楽曲のクレジットを見ると作曲は全てバンド名義になっていて、作詞は全てジェームズ・ガンになっています。このことからも、彼がバンドの中心人物だったことは間違いないと思います。

その後、ジェームズ・ガンはミュージシャンから映画人に転身していくことになります。おもしろいことに、彼が最初にプロとして関わった『トロメオ&ジュリエット』(1996年)というトロマ・エンターテインメント製作のホラー映画で、このアルバムから2曲が劇中歌として使われています。その後、お金をかけてつくった監督作『スーパー!』(2011年)でもこのアルバムから別の2曲が使われています。このことから、ジェームズ・ガン自身にとっても、このアルバムにはかなり思い入れがあると考えていいと思います。

 

高橋 興味深いのはアイコンズのアルバムタイトル『Mom, We Like It Here On Earth』(お母さん、地球のここが好きなんだよ)ですね。これ、とても『ガーディアンズ』的ではないですか?

添野 この頃からすでに『ガーディアンズ』の片鱗がありますね。たとえばブルース・ジョンストンが作曲して、1975年にキャプテン&テニールに提供した「I Write the Songs」という曲があります。この曲は、キャプテン&テニールのバージョンはヒットしなかったけど、バリー・マニロウがカバーして大ヒットしているんです。アルバムの最後のトラックに、「I Write the Songs」をジェームズ・ガンがふざけて歌っている音声が含まれています。ブルース・ジョンストン、キャプテン&テニール、バリー・マニロウという路線がすごく『ガーディアンズ』っぽいんですよね。いかにものちの映画監督ジェームズ・ガンが選曲しそうな曲です。それがおかしかったですね。

 

衝撃のオープニング

添野 1曲目は10ccの「I’m Not In Love」。マーベルのロゴも何も出ない真っ暗なところからいきなり10ccの「I’m Not In Love」のイントロが流れ出すという、ものすごく異例な始まり方ですよね。「あれ? スタジオロゴが出てないじゃん?」って思う間もない。普通はまずウォルト・ディズニー・スタジオのマークが入り、マーベルスタジオのマークが入るわけです。それがなくて、10ccの多重録音コーラスが聴こえてくる。劇場でそんなものを聴かされると思ってなかったので、いきなり持っていかれました。

高橋 このオープニングは忘れられない映画体験になりました。いきなり「I’m Not in Love」が流れてきたかと思ったら病院の廊下で『ウォークマン』を聴いている少年の姿がスクリーンに映し出される。これは大げさでもなんでもなく、シアターをまちがえたと思って慌ててチケットを確認しましたからね。スペースオペラでこのオープニングはさすがに想定外でした。

添野 意外でありながら、その曲の良さを活かした使い方をしていますよね。演出がすごく優れているなと思ったのは、まず「1988年 地球」という字幕が出て、少年が初代の『ウォークマン』(TPS – L2)で「I’m Not In Love」を聴いている。このあと、何回も演出として繰り返されるんですけど、曲を聴くときに「カチャッ」ってスイッチを入れる音が入っている。カメラが引いて初めてそこが病院の廊下で、入院してるお母さんがいることがわかるという、見せ方の順番もうまい。このシーンだけで、ジェームズ・ガンは基本的な演出がすごくうまい人だなということがわかります。

「I’m Not in Love」は1975年の大ヒット曲で、イギリスでは全英シングルチャートで1位。アメリカでもビルボードのシングルチャートで2位を獲得しています。10ccらしい非常にひねくれた曲で、男の子の目線で、誰かを好きなんだけど、愛情表現がうまくできなくて「愛してなんかいない/会いたいけど、会いたくない」という歌詞なんです。そのへんもピーターがお母さんに愛情を表現したかったけど、間に合わなかったという非常に悲しい場面に合っている。間奏部分の「Bequiet, big boys don’t cry」(大きな子は泣かない)っていう語りの部分は、お母さんに言われてるようでもあり、このあとに場面が変わって、20数年後の成長したピーターが出てくることも示唆している。何重にも画面に合っていて、こんなことよく考えるなと思いますね。

高橋 これだけの有名曲をこんなにフレッシュに聴かせるのは本当にすごい。強がって母親の手を握らなかったことを後悔しているピーターの姿は、「I’m Not in Love」の歌詞の愛情表現が下手な男の子と見事に重なり合いますね。

添野 「I’m Not in Love」は、そういう男の子の強がりみたいなものを皮肉っているけど、それを強く責めるわけではないっていう絶妙な線をついている曲ですよね。「いきなり一番自信のある選曲から来たな!」という感じがします(笑)。この映画全体の挿入曲を聴いていると、曲のアナログ的な「質感」を大事にしていると思うんです。70年代の曲ですから当然アナログ録音で、テープのヒスノイズまではっきり聴こえる。だから映画全体の音響までアナログ的に聴こえてきます。

 

大人になったピーター・クイル

添野 ピーターが地球から誘拐されてしまって、マーベルのロゴが出たあと、「26年後」という字幕があって、成長したピーターがモラグという惑星を探索しながらあの『ウォークマン』でレッドボーンの「Come and Get Your Love」を聴いている。これで「ああ、あの子が成長したんだな」とわかるようになっているんです。「あの小さな子がこんなビッグボーイになって、カエルをいじめる友達とケンカしていたはずがトカゲをいじめる大人になっている」というギャップがおもしろいです。

高橋 ピーターがどんな男に成長したのかが、一発でわかる痛快なシーンですね。「Come and Get YourLove」のファンキーであっけらかんとした曲調が、お人好しなピーターのキャラクターに完璧にはまっています。10cc「I’m Not in Love」からの緊張と緩和という意味でもすばらしい。これはもう歴史的なタイトルバックでしょう。

添野 この曲のおかげで、ピーターは楽天的であまり深くものを考えないっていう感じが出ていますよね。「Come and Get Your Love」の「こっちへおいでよ/君の愛してるものが見つかるから」っていう歌詞と、ピーターの宝探しが仕事っていうところも合っている。

高橋 「ありのままの君が好きだ/君の外見や考え方も祖先が紡いできたものなんだ」という一節は、のちのガモーラとの恋やガーディアンズの多様性を示唆しているようにも受け取れます。これはネイティブアメリカンとメキシコ系アメリカ人の血を引くメンバーで構成されたレッドボーンのバックグラウンドに基づいたリリックですね。

添野 そうですよね。もともとの曲が持っていた趣旨もちゃんと活かされている。「Come and Get YourLove」は1973年の曲で、調べたら日本でもちゃんとシングルカットされていました。この曲が入っているアルバム『Wovoka』も『この妖しいリズムの世界』という邦題で日本盤が出ています。帯には「来日記念盤」「赤いソウル戦士。爆発レッドパワー」って書いてある(笑)。本国では大ヒットしてるんですよね?

高橋 全米チャートで最高5位を記録しています。「Come and Get Your Love」は、テレビアニメ『ちびまる子ちゃん』の初代エンディングテーマだったB.B.クイーンズの「おどるポンポコリン」(1990年)の元ネタとして一時期注目を集めたこともあったんですけどね。「おどるポンポコリン」のインスピレーション源と紹介すると、あのタイトルバックの見え方が微妙に変わってきてしまうかもしれませんが(笑)。

添野 僕はこの映画で初めて「Come and Get Your Love」を聴いたんです。ヒット曲なのに知らなかった。そこにポップスのはかなさみたいなものも感じます。この映画のサウンドトラックを「全部初めて聴く曲だ」っていう人も当然いるだろうし。

高橋 『Awesome Mix Vol.1』がこれだけの大きなヒットになっているということは、きっと若い世代にも新鮮に受け入れられたはず。1970年代のポップミュージックがこういうかたちで紹介されたことは、いまだかつてなかったですからね。ジェームズ・ガンの発想と音楽愛の勝利でしょう。

Text courtesy of イースト・プレス


『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考』
添野知生×高橋芳朗 著
2022年7月20日発売
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