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マザー・ラヴ・ボーンとグランジの時代:シアトルから生まれたジャンルと当時の空気感

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1988年に結成したシアトルのバンド、マザー・ラヴ・ボーン(Mother Love Bone)が1990年に発売したデビュー・アルバム『Apple』の35周年を記念して、『Apple』とその前年に発売されたEP『Shine』が初めてリマスターされ、CD、LP(ブラック&限定盤カラー)、デジタル配信の各形態で2025年9月26日に、日本盤はこの2作をカップリングしたミニLP仕様の紙ジャケット2CD、SHM-CD仕様で10月10日にリリースされる。

当時日本のPolydor Recordにてディレクターとして働いていた、Jidoriさんに寄稿いただきました。

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洋楽アーティストと日本

1990年のデビュー・アルバム『Apple』から35年…シアトルから世界中に広まったグランジ・ムーヴメントのパイオニアにして、伝説のマザー・ラヴ・ボーン。アニヴァーサリー企画として、『Apple』、前年リリースのEP『Shine』がリマスターされ、CD、アナログ、及び配信版として 9月26日に復活。さらに日本盤では2枚をカップリングし、紙ジャケット仕様にした豪華盤リリースも10月10日に控えている。

本稿、本題前に、つい先日出版された(株)シンコー・ミュージック・エンタテイメント刊、森俊一郎氏著の『東芝EMI洋楽部の輝ける日々』が抜群に面白い。オレと森氏は、ほぼ10年の年代差なのだが、氏のきらびやかな体験談、手に汗握る苦労談は、その後のオレ達に受け継がれている部分も多々あり、「そうそう!」な雰囲気満載で、90年代を駆け抜けた、というか、生き残った世代のみならず洋楽ファン必読の一冊になっている。

洋楽アーティスト、その関係者と、日本の距離感は当時と比較すれば今は驚くほど近いけれど、オレが洋楽に関わり始めたあの時分なんざ…週明けの海外出張の前に、土曜日にオフィスに行って、海外担当者が組んでくれた取材旅程が記されたFAXを確認する、なんて当たり前(1993年に、オレが初めて海外出張させてもらった時に、面倒を見て下さったのが、上述の森氏だ)。アーティストと直接話すなんて、想像も付かなかったよ。

アメリカのアーティストに仕事で初めて関わったのは90年代中盤なんだけど、初めてLAを訪れた時なんて、ホテルにチェックインして1時間しない内に上司に電話して「すいません、帰って良いですか?」と泣きを入れたのは、ここだけの話。あの空気感がロンドンや、ヨーロッパの都市と500%違っていて、凄まじい居心地の悪さたるや…その後LAに1年暮らすなんて、想像も出来ないよ。ある種の勘みたいなものなのか、人々の一見愛想が良さそうでいて、実は誰も信用していない本心が透けて見えたんだろう。

 

グランジが生まれたシアトル

そのLAの北、ワシントン州シアトル。この都市から多くのグランジ・バンドが生まれたのは決して偶然ではないだろう。西海岸に位置するのに雨が多く、その澱んだ空気感は一種の音楽性に表れている。ハリボテ感満載のLAに湿気がプラス、気温は低め…考えるだに薄気味悪い…。

かの地でマザー・ラヴ・ボーンが生まれたのは1988年。元グリーン・リヴァーのジェフ・アメン(B)、ストーン・ゴッサード(G)、ブルース・フェアウェザー(G)、元スキン・ヤードのグレッグ・ギルモア(Dr)、そして元マルファンクションのアンドリュー・ウッド(Vo)の5人組。

精力的な活動で同年末にはPolyGramと契約し(当時アメリカのロック・バンドでPolyGram所属って、意外に少ない)、1989年3月デビューEP『Shine』をリリース。その後アルバム制作に取り掛かり、アルバム『Apple』は当初1990年3月の発売が予定された。しかし、発売数日前にアンドリューはオーヴァードーズにより脳死状態となり、3月19日にわずか24歳にして死去。アルバムは7月にリリースされたが、バンドは解散。

グランジという言葉でまず思い浮かばれるのはニルヴァーナだが、彼らのデビュー盤『Bleach』(1989年6月)より、『Shine』は早く世に出たんだね。アニヴァーサリーという言葉を使うのは少々憚られるが、その後のUSロックの方向に多大な影響を与えたサウンドである事に異論はあるまい。今聴き直すと、意外にも曲はコンパクトでポップ。『Apple』 収録の「Stargazer」なんて、ガンズ・アンド・ローゼズみたいだし。

Mother Love Bone – Stargazer

また、ウッドの声質は、1988年にメジャー・デビューを果たしているジェーンズ・アディクションのシンガー、ペリー・ファレルを彷彿とさせる。しかし、日本では売れなかったねぇ。あまりに突然沸き起こったムーヴメントに当時日本のファンは元より、メディアでさえ扱い方が分からなかったのか。そして当事者であるバンドにとって、日本という遥か遠くにあって、言葉も通じない国のことなんて、頭になかったんだろう。シアトルの小さなコミュニティ出身の彼らと日本マーケットの距離は長い間埋まることがなかった。

Thru Fade Away (2025 Remaster)

 

テンプル・オブ・ザ・ドッグとアリス・イン・チェインズ

さて、残されたアメン、ゴッサードの2人はウッドのルームメイトだったサウンドガーデンのクリス・コーネルに声をかけ、トリビュート・バンド、テンプル・オブ・ザ・ドッグを結成、1991年に同名アルバムをリリース、全米5位を記録、コーネルの怪鳥音のようなヴォーカルは凄まじいインパクトを残した。後年リンキン・パークのチェスター・ベニントンは「Hunger Strike」でコーネルとデュエット…しかし、その後両者の運命は悲劇へと向かった。

Temple Of The Dog – Hunger Strike

オレ自身、シアトル・ムーヴメントのアーティストと直に接する機会はなく、あくまでリスナー、オーディエンスという立場だったことが悔やまれる。数年が過ぎ去った1993年にアリス・イン・チェインズが初来日、思い出深いライヴとなった。会場の中野サンプラザのバックドロップには何故か黒い網が張ってあり、シンガーのレイン・ステイリーがそこをよじ登るという、意味不明なオープニング、そこで披露されたのは、当時未発売のEP『Jar of Flies』収録の「Nutshell」…会場は静まり返っていた。オレなんか、あまりのカッコ良さにクラクラしたんだけど。

Alice In Chains – Nutshell (Official Audio)

終演後、知人が「つまんないライヴだったなぁ…」と言っていたのを今でも覚えているけど、グランジからオルタナ、NuMetalに繋がる流れと日本のマーケットの乖離がこの時期に決定づけられたのか。そして、1994年4月ニルヴァーナのカート・コベイン(コバーンじゃないよ)が自死。シアトルを代表する彼の死は世界中に大きな衝撃を与えた。

 

サウンドガーデンとビョーク

当時オレは既にPolydorに籍を置いていたのだが、発売元であったにも関わらず、サウンドガーデンのライヴも見逃した。

この当時の失笑エピソードで、カート死去2ヶ月前にサウンドガーデンの初来日ライヴが開催されたのだが、ちょうど同時期にアイスランドの歌姫ビョークがこちらも初来日。どこの会社が彼女の作品をリリースするのか、かなり揉めた記憶があるんだけど、めでたくPolydor へ。オレは初代担当なんだよ。で、忘れもしない渋谷On-Air(現O-EAST)。

会場受付でお客様、メディアの人に対応してたんだけど、後列にどこか見覚えのある顔が…上司に「すいません、あれって…サウンドガーデンですよね?」と訊いたのだが、上司は「バカ言ってんじゃないよ。連中は今オフィスで絶賛取材中…で…」と言ったまま凍結状態へ。何と取材を全部すっ飛ばし、ビョークをバンドメンバー全員で見に来たのだった。これ、今だったら大問題だよ。担当者は悶死してたらしい。座席までバンドをアテンドしたのがオレ…。

1995年8月にはやはりビョークの取材で、レディング・フェスに行く機会があったのだが、土曜日のトリが彼女で、翌晩に彼らのライヴ。しかし、8月のレディング、夜の寒さたるや尋常ではない。同行した会社スタッフの女性が風邪をひき、鼻水垂らしながら泣き顔でホテルへ逃亡…オレも程なく逃げてしまった。すまん…。

 

グランジと悲劇

ゴッサード、アメンは、テンプル・オブ・ザ・ドッグから移行する形で、エディ・ヴェダー(Vo)、マイク・マクレディ(G)と共にパール・ジャムを結成、1991年デビュー・アルバム『Ten』を発表、アメリカを代表するバンドとして飛躍を遂げた。

そして、アリスだが、2002年にシンガー、レイン・ステイリーがこちらもオーヴァードーズで死去。幸い、後任としてロバート・デュヴァルを加入させ、現在も活動中だ。

そしてサウンドガーデンだが、コーネルは一時ソロ活動に入り、2006年には映画『007 カジノ・ロワイヤル』に「You Know My Name」を、バンドも再結成の形でやはり映画『アベンジャーズ』に「Live to Rise」を提供。これからの活躍に期待がかかっていた矢先の2017年5月にコーネル自殺…後を追う形で、リンキン・パークのベニントンがコーネルの誕生日、2017年7月20日にやはり自殺という悲劇が起こる。

Soundgarden – Live to Rise (From Marvel's THE AVENGERS) – Official Video

 

コマーシャルな成功をそれぞれが収めながら、こういう最後を迎えるという事実…本稿のテーマ、アーティストとの距離感が大きな影を落としていた気がするな。このご時世、彼らに声をかける事は当時と比較して遥かに容易になっている。オレたち1人、それぞれの力こそ小さなものかも知れないが、アーティストを絶望や、孤独から救う助けにはなったかも。そして、彼らが残してくれた音楽を次のジェネレーションに繋げて行こうよ。

Written By Jidori


マザー・ラヴ・ボーン『Apple + Shine』
2025年10月10日発売
2CD仕様/日本独自企画盤/SHM-CD仕様
CD・LP予約

<収録曲>
[Album] Apple 
1. This Is Shangrila
2. Stardog Champion
3. Holy Roller
4. Bone China
5. Come Bite The Apple
6. Stargazer
7. Heartshine
8. Captain Hi-Top
9. Man Of Golden Words
10. Capricorn Sister
11. Gentle Groove
12. Mr. Danny Boy
13. Crown Of Thorns

[EP] Shine
1.Thru Fade Away
2.Mindshaker Meltdown
3.Half Ass Monkey Boy
4.Chloe Dancer/Crown Of Thorns
5.Capricorn Sister



 

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