グラミー6部門ノミネートで大注目のレオン・トーマス: R&B新時代スターによる「Mutt」大ヒットの軌跡
日本時間2026年2月2日に開催される第68回グラミー賞に最優秀新人賞と最優秀アルバム賞の主要2部門を含む全6部門にノミネートされたレオン・トーマス(Leon Thomas)。
ここ日本での知名度はこれからのR&Bシンガーソングライターの彼のこれまでの軌跡について、音楽ライターの林 剛さんに解説いただきました。
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32歳、業界歴20年の“新人”による「Mutt」の大ヒット
レオン・トーマスの活躍ぶりが目覚ましい。この名前を聞くと、古くからの音楽ファンはヨーデル唱法でお馴染みのジャズ・シンガーを思い出す人もいるかもしれない。だが、こちらのレオン・トーマスは、NYブルックリン出身のR&Bシンガー/ソングライター。本名レオン・ジョージ・トーマス3世。1993年8月1日生まれで、現在32歳。当初は“レオン・トーマスIII”と書かれることもあったが、現在はほぼ“レオン・トーマス”で統一されている。
目覚ましい活躍ぶりは、2024年8月にリリースされた「Mutt」のロングヒットが最大の要因だ。昨年発表した同名アルバムの先行シングルで、当初のチャート成績はまずまずだったが、フレディ・ギブスやクリス・ブラウンを招いたリミックスの効果もあってかジワジワと注目を集め、2025年11月1日付けBillboard Hot 100ではチャートイン38週目で自身初となるトップ10入り(10位)を記録。その後も上昇し続け、11月29日付けの同チャートでは6位に。この間、Billboard Hot R&B/Hip-Hop SongsをはじめとするR&B関連のチャートでは軒並み首位を獲得していた。
先に記録の話をしておくと、先日発表された第68回グラミー賞ノミネーションでは、2024年リリースのアルバム『Mutt』およびその収録曲を中心に6部門の候補に。「最優秀R&Bアルバム賞」「最優秀R&Bソング賞」「最優秀R&Bパフォーマンス賞」「最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス賞」とR&Bカテゴリーでの4部門に加えて、主要部門でも「最優秀アルバム賞」と「新人賞」にノミネート。
ただし、グラミー受賞/ノミネート経験は既にあり、第66回の同賞ではSZA「Snooze」のソングライター/プロデューサーのひとりとして「最優秀R&B楽曲賞」を受賞している。さらに遡ると、第62回の同賞では、リック・ロス feat.ドレイクの「Gold Roses」で同じくソングライター/プロデューサーのひとりとして「最優秀ラップ・ソング賞」にノミネートされていた。
それなのに「新人賞」にノミネート?と疑問を抱く方もいそうだ。が、現在グラミーの「新人賞」における選考基準は“当該年に過去よりも目覚ましい活躍をした”という比較的緩やかなものになっており、レオンの場合もシンガーとして見た場合、これに当てはまる。今年6月のBETアワードでも「新人賞」を受賞した。裏を返せば、これまでシンガーとしてはさほど注目されていなかったということでもある。しかし、そのキャリアを振り返れば、芸能活動歴は20余年。新人どころかベテランと呼べるほどの芸歴を誇る人なのだ。
『ライオン・キング』や『ビクトリアス』での活躍
芸能活動のスタートは10歳。2003年にブロードウェイ版『ライオン・キング』にヤング・シンバ役として出演した時だった。『ライオン・キング』の同役といえば、1994年のアニメ映画版で歌唱を担当したのがモータウンからシンガー・デビューしたジェイソン・ウィーヴァー、2019年のCGリメイク映画版で声優を務めたのが現在ジェイドンの名でシンガーとして活躍しているJD・マクラリー。いわばR&Bシンガーの出世コースとも言える同役だが、そこで俳優として注目を集めたレオンは、その後もミュージカル版『カラーパープル』などの舞台に立ち、映画『奇跡のシンフォニー』(2007年)のアーサー役として銀幕にも登場している。
が、最も広く注目されたのは、キッズ・チャンネルのニコロデオンで放送されたTVドラマ『ビクトリアス』(2010~2013年)で演じたアンドレ・ハリス役だろう。同番組は日本でもNHK Eテレ(教育テレビ)で放送されていたので、当時ドラマを見ていた方は、『ビクトリアス』のアンドレか!と一気に親しみが湧くかもしれない。
同キャストによるサウンドトラックでは10代後半のレオンの歌も聴くことができる。アコースティックなポップ・チューン「Song 2 You」を聴くと、まだ声は青いがこなれた歌いっぷりで、それを踏まえて「Mutt」を聴くと現在のヴォーカルにも以前の面影が感じられる。
本格的な音楽活動のスタート
俳優と並行して音楽活動にも力を入れ始めた。とりわけ、『ビクトリアス』の共演者であったアリアナ・グランデのデビュー作『Yours Truly』(2013年)やクリスマスEPにプロデュース/ソングライティングで関わったことは、レオンのその後に大きな影響を及ぼすことになる。この時に組んだのが、ザ・ラスカルズというプロデューサー・デュオだ。相棒はクリス・リディック・タインズ。クリスも現在プロデューサーとして活躍中で、2025年にはクリスがA&Rとしても関わるケラーニの「Folded」でレオンの「Mutt」とチャートを競っている。
ザ・ラスカルズのメンターはベイビーフェイスで、彼らはフェイスとトニ・ブラクストンの共演作『Love, Marriage & Divorce』(2014年)でブラクストンのソロ曲「I’d Rather Be Broke」に共同制作者としても参加。その後は、レオンが単独で関わったポスト・マローンを含め、リック・ロス、ドレイク、ケラーニ、エラ・メイ、ギヴィオン、フォニー・ピープルなど、R&Bやヒップホップを中心に多くのアーティストに関わっていく。そうした中、ベイビーフェイスの『Girl’s Night Out』(2022年)に関わる中で生まれたのがSZAの「Snooze」だったのだ。
シンガーとしての活動歴も長い。ウィズ・カリファを迎えたシングル「Hello How Are You」(2013年)のほか、2012年から2016年までに3作のミックステープをロストラムから発表。ミックステープにはヒップホップやR&Bのビートジャックものが多く、例えば2014年に出した『V1bes』にはア・トライブ・コールド・クエスト「Bonita Applebum」のトラックにそのまま歌をのせた「Bonita」という曲があった。ブルックリン出身のレオンらしいスパイク・リーへのオマージュ的な曲も含め、これらの作品には彼の音楽のルーツや趣味がストレートに反映されている。
1967年のデトロイト暴動で起きた事件を題材にした映画『デトロイト』(2017年)にドラマティックスのメンバー役として抜擢されたのは、演技と歌唱どちらもいける彼の才能を見込まれてのことだろう。その後、2018年には、バディ、エル・ヴァーナー、タイラ・パークスをゲストに迎えたEP『Genesis』をリリース。サイケデリックでアヴァンな雰囲気は、今聴くと現在の音楽性にかなり近づいてきていることがわかる。
現在の“レオン・トーマス”の始まり
それから約4年後、2022年にタイ・ダラー・サインがモータウンとのジョイント・ヴェンチャーで始めたEZMNY(イージーマネー)の第一号アーティストとして迎え入れられてからが、現在の“レオン・トーマス”の始まりだったと言っていい。
R&Bシンガーとしての本格デビュー作となった2023年リリースのアルバム『Electric Dusk』は大ヒットとまではいかずとも、初期のカニエ・ウェストにも似た速回しのソウルフルなサンプリングが光る「Crash & Burn」、ハネ感のあるハチロクのバラード「Treasure In The Hills」などが話題に。「Breaking Point」も人気で、これはヴィクトリア・モネイとのデュエット・ヴァージョンでも話題を呼んだ。
レオンとヴィクトリアは、そもそもアリアナ・グランデのデビュー作でペンを交えていた仲。2023年8月、ふたりがほぼ同時期にブレイクスルーとなるアルバム(ヴィクトリアは『Jaguar II』)を出したのも運命的なものを感じてしまう。
「Mutt」の大ヒット
SZAの「Snooze」で師匠のベイビーフェイスと相棒のクリス・リディック・タインズと一緒にグラミーの栄誉に浴した2024年。親分タイ・ダラー・サインとイェことカニエ・ウェストが¥$として出した『Vultures 1』で「Burn」のプロデューサー/ソングライターにも名を連ねた彼が同年8月にリリースしたのが、現在も絶賛ヒット中の「Mutt」だった。
曲の基調となるのはエンチャントメントのソウル・クラシック「Silly Love Song」(1977年)。そこにベイビーフェイス譲りとも言える豊かなメロディが乗り、今どきのダウナーな感覚も滲む、キャッチーだが切ないミディアム・バラード。これが本国のラジオで頻繁に流されることでファンを増やしていった。情けない自分を曝け出しながら、それでも強く生きるといった歌詞も共感を呼んだのだろう。レオンの人懐っこく、どこかしょんぼりとした歌い口も健気な気持ちをうまく伝えている。
タイトルの〈Mutt/マット〉とは雑種犬のことで、スラングとして“間抜け” “愚か者”といったニュアンスを持つ。この曲および同名のアルバム『Mutt』は、元交際相手の女性から譲り受けた雑種犬の従順で間の抜けた行動にヒントを得て、それを恋に破れた独身の自分と重ね合わせ、愛の本質を探究することをテーマとしている。
今年2月には、R&Bシンガーとしては初めてとなるTVパフォーマンスとして、スティーヴン・コルベアの番組で「Mutt」を披露。NPRのタイニー・デスク・コンサートにも出演し、4月のコーチェラ・フェスティヴァルでマニー・ロング、タイ・ダラー・サイン双方のステージにゲストで登場して「Mutt」を歌った頃には、すっかり“時の人”となっていた。
7月にはエッセンス・フェスティヴァルやモントルー・ジャズ・フェスといった大型フェスにも出演。8月にはタイニー・デスク・コンサートの音源を『Mutt (Live From NPR’s Tiny Desk)』としてリリース。今回「最優秀R&Bパフォーマンス賞」にノミネートされた「Mutt」は、同コンサートでのヴァージョンとなる。
影響元とアルバムのサウンド
こうしたパフォーマンスを見ても分かるように、レオンは後見人のタイ・ダラー・サインにも似たドレッドヘアでヒッピー・スターを気取るようにギターを抱えて歌う。ギターを弾く姿は憧れだというジミ・ヘンドリックスに通じていなくもないし、その影響下にあるアーニー・アイズレー、あるいは鍵盤からギターに持ち替えたディアンジェロなども連想させる。
タイ・ダラー・サインのほか、マセーゴやワーレイ、ベイビー・ローズらをゲストに迎えたアルバム『Mutt』は、まさに憧れのギター・ヒーローの如くサイケデリアを滲ませながらどこか裏ぶれたムードで進行していく。ヒップホップやR&Bへのエッセンスに加えて、ギターを弾く彼のロックのフィーリングがオルタナティヴなエッジとスリリングな聴感を生み出しているのだ。
ダニー・ハサウェイの「I Love You More Than You’ll Ever Know」をサンプリングしたブルージーなバラード「Safe Place」、現代版のスウィート・ソウルとでも言いたい「I Do」など、アルバムにはクラシック・ソウルと現行R&Bの美点が一体になったような曲が多い。
今回のグラミー賞では、「Vibes Don’t Lie」が「最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス賞」、「Yes It Is」が「最優秀R&Bソング賞」にノミネートされたが、特に「Yes It Is」はネオ・ソウルとトラップ・ソウルが合体したような新しい感覚のバラードとして「Mutt」に迫る人気を集めている。
トラップ系ラップ・ソングでお馴染みの、いわゆる三連符フロウに近いヴォーカルをネオ・ソウル風の曲に乗せた“懐かしくて新しい”スタイルは、いかにも2020年代的。タイニー・デスク・コンサートではフロエトリーの「Say Yes」とのマッシュアップで披露し、リファレンスも仄めかした。その後、リミックスの「Yes It Is (Remix)」でマニー・ロングと共にフロエトリーのマーシャ・アンブロウジアスを迎えていたことからも、「Yes It Is」が「Say Yes」を着想源としていたことは明らかだ。
これらの人気を受けてアルバム『Mutt』は、9トラックを加えた拡大版『Mutt Deluxe : Heel』がリリースされた。シングル・ヒットのリミックスのほか、ケラーニを迎えた「Dirt On My Shoes」、ハリー(・ベイリー)を迎えた「Rather Be Alone」などの新曲も収録。
その中でも、曲調、リリックともに「Mutt」の流れを汲む曲として注目したいのが「Not Fair」だ。ジェイムス・フォントルロイもソングライティングに関わったこの曲は、恋愛における“不公平”がテーマ。従順な犬のように相手を追いかけても相手は見向きもしないという片思いの辛さや無力感をエモーショナルに歌い上げている。
共同プロデューサーには「Mutt」を手掛けたフリーキー・ロブとデヴィッド・フェルプスの名があり、現在このふたりとレオンの関係は強固なものとなっている。ギタリストとしてケンドリック・ラマーやエミネムなどに関わってきたフリーキー・ロブことロブ・ガリンガーは、ギターを弾くレオンとも気が合うのだろう。
他アーティストへの客演とこれから
『Mutt Deluxe : Heel』に招いたゲストもロブとフェルプス絡みのアーティストが多く、絶好調の最中に出した最新EP『Pholks』も彼らとのチームで制作。このEPからもノスタルジックな雰囲気のアップ・チューン「My Muse」のようなヒット・ポテンシャルの高い曲が生まれている。
『Pholks』には新進気鋭の若手シンガー、4バッツを招いているが、その4バッツの最新作『Still Shinin』にはレオンがゲストとして招かれていたように、“客演返し”を含めた共演も増えている。ココ・ジョーンズとはSpotifyによるカヴァー企画や彼女のリミックスでコラボし、オディール、サーシャ・キーブル、ローリーなどの楽曲にも客演。
直近では『Mutt』に客演したワーレイの最新作『Everything Is A Lot』収録の「Watching Us」でもレオンが歌っていた。2025年6月にはAmazon Musicの企画でディアンジェロの「Brown Sugar」をディラン・シンクレアとのデュエットでカヴァー。これを聴くとレオンが初期のディアンジェロに似た雰囲気を持つシンガーであることにも気付かされる。
この10月からは全米〜ワールドツアーもスタートしている。グラミー賞ノミネート直後にはチケットも入手困難になったと聞く。そんな彼のライヴ・パフォーマーとしての素晴らしさは、「ロックンロールの殿堂入り」式典におけるスライ・ストーンのトリビュート・ステージでも広く知られるところとなった。スティーヴィー・ワンダーを中心としたそのステージでは、クエストラヴ、フリー(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)、ベックといったレジェンドに混じってギターとヴォーカルで参加し、マックスウェルやジェニファー・ハドソンの歌も支えた。この並びにレオンがいること自体が人気の証であり、業界内での評判を物語る。
現状ではチャートやグラミーの話題が先行しがちだが、この人気と実力は本物。ルーツに忠実かつ新しい景色を見せてくれる次世代R&Bシンガー/ソングライターとしてのさらなる活躍が期待される。
Written By 林 剛
レオン・トーマス『MUTT Deluxe: HEEL』
2025年5月30日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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