改めて知るビリー・アイリッシュ:『真夜中乙女戦争』主題歌を務める新世代スターが持つ7つの魅力

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Photo: High Rise PR

2021年12月に20歳となったビリー・アイリッシュ。2019年に発売したデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』とシングル「bad guy」が世界中で大ヒットを記録して、グラミー賞では39年ぶり史上2度目/最年少となる主要4部門を独占。

その後、史上最年少で007シリーズ最新映画『ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌を担当、ドキュメンタリー映画の公開を経て、2021年にはセカンド・アルバム『Happier Than Ever』を発売した。

この度、アルバムのタイトル・トラック「Happier Than Ever」が2022年1月21日公開の日本映画『真夜中乙女戦争』の主題歌となり、日本で再度注目度があがるビリー・アイリッシュ。そんな彼女を改めて知る解説を音楽ライターの松永 尚久さんに寄稿いただきました。

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1.「不登校」を選択し、自身の世界を確立

今や音楽だけでなく、ファッションやライフスタイル、発言なども注目され、社会的影響力の強い存在のひとりとなっている、ビリー・アイリッシュ。彼女の発信する音楽(アート)はこれまでにはない、ダークかつ気高い存在感を放つ。それらは、いったいどういう環境で生まれてきたのだろう?

2001年に生まれた彼女。両親の方針で(またビリーが難病“トゥレット症候群”を抱えていることを配慮した部分もあるようだが)、学校に通わせることなく「ホームスクーリング」つまり自宅学習で、さまざまなことを吸収していったという。学校に通わない選択をしたことに対して、ファッション・メディア『VOGUE』のインタビューにてビリーはこう振り返る。

「クラスメイトたちと一緒にダンスをしたり、先生の言うことを聞かずに騒ぎたいと思うこともありましたが、それ以外に学校へ行く理由が見当たらなかった。実際、今振り返っても行かなくてよかったと思う。きっと、そのようにしていたら今のような状態の自分にはたどり着いていないような気がする」

興味のないことに対して時間を消費するのではなく、自分の興味のあることにフォーカスしたことで、独自の感性のベースを築いていったのだ。音楽メディアであるピッチフォークのインタビューでは「登校すること」を以下のように例えている。

「私にとって学校に行くことは、強制的にブロッコリーを口に放り込まれているようなもの。きっと自分の人生は他の人と変わらないものになっていたような気がする。学校に行かないという選択をさせてくれた両親には深く感謝しています」

 

2. 絶対的な個性を与えた、ショウビズ業界に身を置く両親

ビリーに自由に自分の興味のあることを学ばせた両親。自由な環境を与えたのは、彼らのキャリアから来ている部分もあるのではないかと思う。父親であるパトリック・オコネルは俳優として1980年代より活躍。映画『アイアンマン』(2008年公開)などに出演している。また母親のマギー・ベアードも俳優として、さらに音楽活動なども展開。ビリーの楽曲に通じるメランコリックな雰囲気を感じさせる楽曲を残している。

ビリーのように社会を席巻するようなめざましい活躍ではないかもしれないが、地道に自分が選択した生き方(アート)を貫いてきたふたり。特に音楽に対する思いが強いようで、ビリーが幼い頃からザ・ビートルズやアヴリル・ラヴィーンなどを自宅で流し、さらにマギーは音作りの方法を、またパトリックはウクレレなどの楽器を与え、セッションや人前でのパフォーマンスをさせるなど、さまざまな経験をさせていた様子だ。

ちなみに「ホームスクーリング」を選んだきっかけも、1990年代にシングル「MMMBop」で大ブレイクした兄弟バンドであるハンソンの教育方法に感銘を受けた部分もあるのだとか。だが、その生活は決して恵まれたものではなく、父親は建設作業員、母親は教師という“副業”をしながら、彼女および家族をサポートしていたと、実兄のフィニアスは自身のソーシャルメディアに投稿している。

ビリーが自分らしい表現を確立することを全力で応援してきた両親。結果、彼女はローティーンの頃に音楽で自分の世界を作ることを決意するのだった。周囲の意見に惑わされず、彼女らしいやり方で。現在でも、その姿勢は変わることがなく、家族の献身的なサポートを受けながら日々制作に取り組んでいる。

浮き沈みの激しい音楽(ショウビズ)の世界。その厳しさを体感している両親ゆえ、変化に決して惑わされることのない絶対的な「個性」を、ビリーに与えた重要な存在といえよう。

 

3. 家族でありながら最高のコラボレーターである実兄の存在

ビリーに影響を与え、支えている存在は、両親だけではない。4つ離れた実兄であるフィニアスの影響も大きくある。幼い頃から仲が良く、またビリー同様に「ホームスクーリング」で教育を受けていたゆえ、その関係性は強く「彼無くしては今の私は存在していなかった。私の世界のすべてであることは紛れもない真実」とソーシャルメディアで綴るほどの存在なのだとか。

そんなフィニアスはビリーよりも先に音楽活動を開始。本来はバンドで活動する予定で楽曲を制作したところ、ヴォーカリストが必要になり、ビリーに歌ってもらい配信した楽曲「ocean eyes」(2015年発表)が、ネット上で話題を呼び、彼女はデビューのきっかけをつかんだのだった。

「ocean eyes」が注目されたことをきっかけに、フィニアスはビリーの楽曲のソングライティング、プロデュースなどすべてのクリエーションに関わる、唯一無二のコラボレーターに。ちなみに楽曲制作は、現在でもフィニアスのベッドルーム(自宅)にておこなわれているほどだ。

ドキュメンタリー映画『ビリー・アイリッシュ:世界は少しぼやけている』にて彼が語っていたが「ビリーの作りたい世界と、世の中が求めている表現をつなぐ役割」として、ヒットによって目まぐるしく変化していく環境に戸惑っている時には、誰よりもそばに寄り添い感情をコントロールしようとしている。

また、最近ではそのプロデュース力が高く評価されて、フィニアスはセレーナ・ゴメスからジャスティン・ビーバーまで、さまざまなミュージシャンに楽曲提供。さらに2021年には初のソロ・アルバム『Optimist』を発表。ミュージシャンとして、ビリーとは異なるアートを発信し、話題を呼んでいる。

 

4. 人間らしく、ストレートな感情をぶつけ多くの共感を得る

幼い頃から、「自分らしく生きる」ことを大切に育っているビリー。ゆえに彼女が発信する音楽もまた、自身の感情をストレートに表現している。デビュー当時におこなった日本のメディア向けのインタビューで「日々自分が嫌だなと感じることをただ表現しているだけ」と語っていたビリー。楽曲では、日常の些細な出来事や個人的な感情を淡々と伝えているような雰囲気がするが、その奥には社会へのフラストレーションを鋭い視点で描いている印象のするものが多い。

ゆえに、彼女の何気ない心の声は、次第に多くの人(特に同世代のティーンエイジャー)が抱えていた「うまく言葉にできなかった」フラストレーション、モヤモヤした部分と見事にフィット。また、ズバリ物事をはっきり言うその姿勢に痛快さを感じ、大きな熱狂を生んだ。映画のなかで、自身の音楽に対するリスナーからの評価について以下のように語っている。

「私はただその瞬間に思ったことを表現していただけなのに、それに対して多くの人からの反響をいただくことが嬉しい。また、そのトピックって今まで他の人たちはあまり話したがらないことだったようで、驚かれる。ただ人間らしいことを綴っているだけなのに」

やがて、リスナーからの反響はビリーの曲作りの姿勢や生き方に少しずつ変化をもたらす。自分が社会にすべき役割を感じ取った様子で、体型を隠したオーバーサイズのファッションを多くしていた時期に寄せられた意見に対して「自分の着たい洋服を身にまとうことに何の問題があるのですか?」と問いかける『NOT MY RESPONSIBILITY(私の責任ではない)』と言う動画を制作するなど(後にこの映像で流れた音楽が同名タイトルで楽曲化)、個人的な出来事をモチーフにしながらも「個性」に不寛容な風潮に対してメッセージを発信したように。さらに、2020年のアメリカ大統領選挙がおこなわれた際には、若い世代に政治に関心を持つようなメッセージを伝え、より社会と密接に関わるようになった。

しかも、彼女は決して上から目線(綺麗事)で何かを伝えてはいない。同年代のリスナーと同じ目線で、毎日不安や孤独を抱えながら、それでも今を生きていこうともがく姿を見せながらメッセージを届けている。そのリアルな様子が、多くの人の心をとらえて離さない要因のひとつなのだと思う。

 

5. ダークなサウンドで世界を席巻した「bad guy」

孤独や不安、フラストレーションなど、人間の深層にある感情を吐き出す、ビリー・アイリッシュ。そのサウンドは、ダークでメランコリック、つまり往年のヒットチャートの上位にランクインするような派手でポジティブなフレーズのない印象の楽曲が多い。彼女自身は、それがリアルな自分のアートだと考えているゆえ気にしていない様子だが、フィニアスをはじめ周囲は誰もの心に響くキャッチーなものを望む声が多く、ドキュメンタリー映画のなかでもその狭間で悩む(意見が衝突する)姿が描かれている。

周囲の求める音と自身の追求したい音のせめぎ合いのなかで誕生したのが2019年に発表の「bad guy」といえよう。自分のことをコントロールしようとしている恋人に対して、実はコントロールしている<バッド・ガイ>は自分なんだと、軽快でありながらも毒々しさのある鮮烈なエレクトロ・ビートにのせて表現した楽曲。

この楽曲で、彼女は全米シングルチャートにて2000年代生まれで初となる首位を獲得。また、彼女がローティーンだった頃「妄想で恋人になっていたほど好きだった」というジャスティン・ビーバーとデュエットしたリミックスを発表。さらに日本では、2020年に放映されたTVドラマ『シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。』の主題歌に起用されるなど、世界を席巻し、ビリーを現代のポップ・アイコンへと押し上げた楽曲になった。

 

6. 史上初のグラミー独占で、音楽のスタンダードを変えた

「bad guy」の爆発的なヒット、またこの楽曲が収録された2019年3月発表のデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』もアメリカ、英国をはじめ世界中のヒットチャート1位に輝き、その発売翌月におこなわれた「コーチェラ・フェスティバル」では観客と織りなす圧倒的なパフォーマンスを披露するなど(改めてライヴとは観客の熱狂も大切な演出なのだと気付かされる)、瞬く間に音楽シーンの最前線を走ることになったビリー。

その後も、日本の現代美術家である村上隆のディレクションによる「you should see me in a crown」のミュージック・ビデオなど、さまざまな話題を振りまいた彼女。結果、その翌年に発表された世界最大の音楽の祭典「第62回グラミー賞」では、主要4部門(最優秀アルバム賞、最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞)を39年ぶりの史上2度目、かつ女性初の独占という快挙を成し遂げたのだった(ちなみに2003年にノラ・ジョーンズが主要4部門を獲得しているように見えるが、ソングライティングに彼女が関わっていないため彼女は主要3部門の受賞となる)。

基本的にジャズやブルースやソウル、ロックなど、長く親しまれるサウンドが多く受賞しているグラミーにおいて、彼女のようなダークなエレクトロニック・サウンドが全面的に認められたことで、音楽のスタンダード/歴史が大きく変化したことを示し、かつ自分の好きなことだけを追求することで報われる瞬間が訪れる可能性を、ミュージシャンだけでなく多く人に伝えたきっかけになったのではないかと思う。また、彼女もこの快挙に涙を流すほど喜んでいる様子が、ドキュメンタリー映画におさめられている。

 

7. 新たな表現の扉を開いた「Happier Than Ever」

続く、第63回グラミーにおいても主要部門を含む2部門を獲得する快挙を達成。さらにその人気と実力を不動のものにしたビリー。その行動や発言が、世界に何をもたらすのかを自覚しながら、自分の思うアートや意見を発信。結果、インスタグラムではまもなく1億フォロワー(2022年1月現在)に達するなど、影響力は計り知れないものになっている。

日々高まる注目度のなかで、2021年7月には2ndアルバム『Happier Than Ever』を発表したのだった。前作の驚異的なヒットによって変化した自分の環境、心境を綴るものが多く、「bad guy」のようなインパクトの強いビートというよりは、より彼女の生の鼓動を感じられるような仕上がりになっている。そんなアルバムの終盤を飾るタイトル曲であり、映画『真夜中乙女戦争』の主題歌に起用されたのが「Happier Than Ever」である。

「あなたと離れられて幸せ」とアコースティックギターにのせて気だるそうに歌い始めるビリー。一見恋人と別れることをクールに決断した表情がうかがえるが、徐々に感情が抑えきれなくなり、相手に対する怒りをぶつけるような激しいバンド・サウンドとエモーショナルな声に変化していくスリリングな展開。

今までは感情の起伏をできるだけ表現しないクールなイメージの彼女だったが、ここで新たな表現の扉が開いたこと(より彼女の内面をさらけ出した姿)を感じる1曲になっている。この鮮烈なサウンドが、映画にどんな効果をもたらすかも注目どころである。また映画とともに、日常のフラストレーションを解消させてくれるスカッとした効果をもたらしてくれるツールになる楽曲にもなるはずだ。ぜひ相乗作用を楽しんでいただきたい。

Written By 松永 尚久


ビリー・アイリッシュ『Happier Than Ever』
2021年7月30日発売
国内盤CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



映画『真夜中乙女戦争

2022年1月21日(金)全国公開
主演:
永瀬廉King & Prince
出演:
池田エライザ、柄本佑ほか
脚本・監督・編集:
二宮 健
原作:F「真夜中⼄⼥戦争」(角川文庫刊)
音楽・撮影:堤裕介
主題歌: ビリー・アイリッシュ「Happier Than Ever」

公式サイト



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