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ケイシー・マスグレイヴスが新作『Middle of Nowhere』に込めたテキサス、孤独、そして越境

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2013年にカントリー界の大型新人としてデビューし、そこからポップス界でも受け入れられる楽曲を作り続け、2019年の第61回グラミー賞ではアルバム『Golden Hour』が主要部門「年間最優秀アルバム」を含む最多4部門を受賞、2024年に発売したアルバム『Deeper Well』でも全米2位、全英3位を記録して、その人気を継続し続けているケイシー・マスグレイブス(Kacey Musgraves)。

そんな彼女が新作アルバム『Middle of Nowhere』を2026年5月1日に発売した。ここに込めたものとは?

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新作のきっかけは冗談半分の看板

ケイシー・マスグレイヴスは、テキサス出身のシンガー・ソングライターであり、カントリーの枠を軽やかに越えていくアーティストとして知られている。そんな彼女もまた、もともとは“小さな町から広い世界に憧れていたひとりの少女”だった。彼女の音楽には澄んだまなざしがある一方で、人間の本質を見つめる視線には、はっとさせられるような鋭さもある。

これまでにグラミー賞を8度受賞し、『Golden Hour』では年間最優秀アルバム賞にも輝いたケイシー。新作『Middle of Nowhere』は、乾いた土の匂いを思わせる素朴さと、深く息をつけるような安らぎが同居した作品だ。慌ただしく、張り詰めた日々のなかで、このアルバムは“今ここにあるもの”を受け止め、足りないものにばかり目を向けず、自分をもう少しよく知りながら前へ進んでいくことを静かに促してくれる。

「かなりつらい別れを経験したあとで、『Deeper Well』の延長線上にまだいた頃、このレコードを作り始めました」と、自ら“恋愛ではいつもひとりの相手と真剣に向き合うタイプ”だと語る彼女は言う。

「このアルバムの大部分は、私の人生で最も長くひとりでいた期間に制作されました。そのとき私は、誰にも定義されない空間で独りで存在することが、実は素晴らしいことなのだと初めて気がついたのです。私は地理的にも感情的にも、リミナル・スペースという概念に魅了されました。私たちはこうした移ろいゆく空虚な場所に長く留まることができず、次の場所や、次に起きることの定義を急いで求めてしまいます。私は多くの意味で、『どこでもない場所(middle of nowhere)』にいること、そして未定義であることの不快さの中に留まることに、とても安らぎを覚えるようになりました。創作のために自由に歩き回りながら、いろいろな方法で自分自身に深く入り込む時間を持つことができました。馬たち、ユーモア、初期のコラボレーターたちとの再会、そしてテキサス、テネシー、メキシコを行ったり来たりしながら、とてもシンプルで、インスピレーションに満ちた日々を過ごしました」

その喪失感を抱えたまま、ケイシーはしばらく故郷のテキサス州ゴールデンで過ごした。市にも町にもなっていない、信号もない小さな集落だ。人口は300人にも満たない。そんな場所で、彼女は思いがけず“しるし”のようなものを見つける。しかも、それは文字どおりの意味でのサインだった。

「町の中心に、誰かが新しく立てた看板があるのに気づいたんです。そこには『Golden, TX: somewhere in the middle of nowhere/テキサス州ゴールデン:どことも知れない場所の真ん中』と書いてありました。冗談半分で立てられたものだったのに、すごく強い印象を受けました」

「その少し自虐的な感じには思わず笑ってしまったし、同時に、変に背伸びをしていないところがすごくいいと思いました。自分を大きく見せようとしないものには、かえって人を惹きつける強さがあるんです。そういう自然体のあり方って、信頼できるし、つい惹かれてしまうんですよね」

自分が本当に愛してきたもの

アルバムのタイトル曲「Middle of Nowhere」は、最初に書かれた曲であり、作品全体の方向性を決定づけた1曲でもあった。

「クリエイティブな面では、自分が育ってきた西部的なモチーフや要素を、意図的にしっかり取り入れたいという気持ちがありました。ペダルスティールやバンジョーみたいな伝統的な要素を使いながら、シンプルでノスタルジックな枠組みにしたいということは最初からわかっていたんです。でも、いつものように、それをどう少しひっくり返せるかも考えていました」

そうした流れのなかで、彼女はテキサス・ヒル・カントリーのダンスホール兼バーにも足を運ぶ。そこで目にした光景は、楽しい思い出として残っただけでなく、曲を書くきっかけにもなった。

「いろんな人生を生きてきた見ず知らずの人たちが、心から楽しそうに踊って、お互いをくるくる振り回しながらフロアを回っているのを見て、クラシックなダンスホール・ソングを書きたくなったんです。このアルバムは、カントリーのステップに合わせて踊りたくなるような作品です。アメリカ中の人たちに、この曲で一緒に踊ってほしいと思っています。ダンスホールは1930年代のテキサス各地に生まれて、地域コミュニティと娯楽の場になりました。古いダンスホールの多くはディスコの台頭とともに姿を消してしまったけれど、その精神は今でも多くのテキサス人の心にしっかり生きています。もちろん、私の心にもあります」

Kacey Musgraves – Middle of Nowhere (Official Lyric Video)

今作でケイシーは、自分が本当に愛してきたものを改めて見つめ直し、なじみのあるモチーフに新しい表情を与えている。テンポがゆるやかに移ろうタイトル曲、逃げていく女の姿を転がるような言葉で描く「Abilene」、しなやかに揺れる「Mexico Honey」、そして大胆でユーモアの効いた「Dry Spell」。そこに並ぶのは、これまで以上に率直で、飾り気のない思索の数々だ。

とりわけ「Loneliest Girl」は印象的だ。タイトルとは裏腹に、この曲が歌っているのは孤独そのものではない。むしろ、自分自身こそがいちばん確かな伴侶なのかもしれないと気づいたときに訪れる、自由と解放感だ。そう伝えると、マスグレイヴスは笑ってうなずいた。

「それは間違いなく、年齢を重ねることやセラピー、そして“ひとりでいること”は“間違った関係の中にいること”よりずっと孤独ではないと気づくことから来ていると思います。『Loneliest Girl』は、まったく孤独な曲ではないんです」

Kacey Musgraves – Loneliest Girl (Official Lyric Video)

テキサスという土地の複雑で豊かな文化

自分自身と過ごすことを愛し、まだ何者とも定義されていない時間を受け入れていく。そんなプロセスのなかで、ケイシーはテキサスという土地の複雑で豊かな文化とも、いっそう深くつながっていったように見える。

「これは、私を形作ったたくさんの音へのラブレターなんです。70年代カントリーの風通しのよさ、Brooks & Dunnを思わせる華やかさ、クラシックなカウボーイ・スタンダード、少しのポップ、ひとさじのブルーグラス、そしてザディコやノルテーニョを思わせる音の彩り。そういうものが、私のまわりのあらゆるラジオから、人生を通してずっと、入れ替わり立ち替わり流れていました」

「このアルバムは“境界”に大きく関わっています。ユニークなもの同士が互いの縁に触れ合って、その溶け合い方が新しい何かを生む。私の好きなアーティストたちは、かなりジャンルレスで、たくさんの要素がさりげなく注ぎ込まれています。でもその核には、心にまっすぐ伝わってくる、一本筋の通った感覚があるんです」

テキサスの音楽や文化を語るうえで、彼女にとって切り離せないのがメキシコの存在でもある。

「本当のことを言えば――メキシコなしには、テキサスはテキサスではいられません。たぶん多くの人は知らないと思うんですけど、私はそこで多くの時間を過ごしていて、美しくて、シンプルで、インスピレーションに満ちた暮らしをしています。私は昔からメキシコの人たちと音楽に強い親近感を持っていたし、今では、あちらに深く根づいたカウボーイ文化も体験することができました。去年、私は長く受け継がれてきた年に一度の伝統行事に行ったんです。そこではおよそ2000人のバケーロというメキシコのカウボーイたちと馬が山から下りてきて、町全体を埋め尽くします。それがどれほど古くまでさかのぼるものなのかを目の当たりにして、テキサスのカウボーイ文化の多くが、実はあちらに起源を持っているんだということがよくわかりました」

『Middle of Nowhere』には、そうした国境の向こうから届く感覚も自然に息づいている。メキシコと伝統的なカントリー・ミュージックの親和性を引き寄せながら、ドワイト・ヨーカム、ラドニー・フォスター、リンダ・ロンシュタット、ウィリー・ネルソンといった、長年にわたって“音楽的な越境”を続けてきた先人たちの流れにも連なっていく。

むき出しの感情をたたえた「Hell on Me」や、グレゴリー・アラン・イサコフを迎えた浮遊感のある「Coyote」にも、その気配は濃く表れている。比喩と現実の体験が彼女のなかで重なり合い、感情の揺れと精神的な気づきがひとつの歌に結びついていく。

「自分の敷地で、昼間にコヨーテが2匹、ただ静かに一緒に座っているのを見たんです。しばらく眺めていて、こう思いました……」

「この曲は、人と深く向き合うことを避けがちな人との関係を描いています。そこには好奇心もあるし、近づきたいという深い、秘密めいた望みさえある。でも、その人が抱えている恐れと不信感のせいで、結局あなたは噛みつかれることになる。今の私は、それを知っています」

Kacey Musgraves – Coyote (Official Lyric Video) ft. Gregory Alan Isakov

アコーディオンとカウベルが鳴る「Uncertain, Texas」では、ケイシーはテキサスの象徴ともいえるウィリー・ネルソンと、その名高いギター“Trigger”を交え、3度目の共演を果たしている。

「ウィリーとやるときは一発録りなので、ちゃんと決まってくれないと困るんです。でも、ありがたいことに、いつもちゃんとうまくいく。そこがたまらなく好きなんです」

「“Uncertain”は、実在するテキサスの町の本当の名前なんです。でも同時に、そこに住む誰もが決めきれない場所でもある、と想像して楽しみました。この曲は、恋愛でも人間関係でも、真剣に向き合うことより都合のよさが優先されがちな今の空気を皮肉った曲なんです。だからこそ、そういう時代をウィットを込めて刺してくれる存在として、ウィリーに入ってもらいたかったんです」

Kacey Musgraves, Willie Nelson – Uncertain, TX (Official Lyric Video)

ミランダ・ランバートとのいざこざと仲直り

さらに彼女は、同じく東テキサス出身のミランダ・ランバートと「Horses & Divorces」で共演し、長い時間を経た関係にひとつの着地点を見つける。

「彼女とは私が12歳のときに出会いました。隣り合う小さな町から来た、ふたりのシンガーとしてです。それぞれが自分の道を進んで、やがて私の道はナッシュヴィルへと続きました。その途中には少しのでこぼこもありましたね」

「それから『Mama’s Broken Heart』のこともありました。この曲は、実は私のファースト・アルバムのリードシングルになるはずだったんです。私はこの曲でデビューしたいと強く思っていたのに、私の同意なしにミランダのもとへ持ち込まれてしまった。彼女はその曲を気に入って録音したいと言ってくれて、私は複雑な気持ちでした」

Miranda Lambert – Mama's Broken Heart (Official Video)

「最終的には手放すことに決めましたが、本当によかったと思っています。あれがあったから、私はもっと深く掘り下げるしかなくなって、結果として『Merry Go ’Round』を書いたんですけど、それはアーティストとしての私にはずっとしっくりくる曲でした。『Mama’s Broken Heart』はミランダにとって大きな曲になって、チャートの1位にもなった。結局のところ――私たちはふたりとも勝ったんです。でも、そのあいだにはやわらかな緊張感がありました。そこから何年も経って、私たちは今、『Horses & Divorces』を書くために再び一緒になった。私にその曲でコラボするアイデアがあって、『もう、いいじゃないか』と思ったんです。だから突然彼女に電話して提案しました。彼女は笑っていましたね。私たちは仲直りをして、共通の友人であるシェーン・マカナリーと一緒に、ある午後にその曲を書きました。もう全部、今では笑って話せることです」

Kacey Musgraves, Miranda Lambert – Horses and Divorces (Official Lyric Video)

ケイシーの言葉遊びのセンスや、少しひねりの効いたユーモアも、『Middle of Nowhere』全体を通して大きな魅力になっている。「Everybody Wants to Be a Cowboy」では、本当にその生き方をしている人と表面的に“それっぽさ”だけを身につけた人との違いが描かれ、「Rhinestoned」の痛快な現実逃避、そして自虐もにじむ「Dry Spell」。そこには思わず笑ってしまう軽やかさがある一方で、人間の欲望や弱さに対する冷静な観察も息づいている。

「『Everybody Wants to Be a Cowboy』は、あとから加わった曲でした。ちょうど伝説的なホースマン、バック・ブラナマンのホースマンシップ・クリニックに行ってきたところだったんです。馬をトレーラーで連れて行って、数日かけて、自分の馬ともっと呼吸を合わせるためのマスタークラスを受ける。その場所であの曲が私に降りてきました。私はカウボーイの生き方と、それを保ち続けるのに必要な根性をとても尊敬しています。その曲を書いた日、ダニエルがビリー・ストリングスと友達だったので、彼に電話して『今なにしてる? 今ちょうど曲を書いたんだけど一緒にどう?』と聞いたんです。そしたら彼、本当にすぐ来てくれました」

Kacey Musgraves, Billy Strings – Everybody Wants To Be A Cowboy (Official Lyric Video)

こうした偶然の重なりや、こちらが心を開いたときに世界がそれに応えてくれる感覚が、ケイシーの今のモードを形づくっているのだろう。自分が何者かを受け入れながら、自分を惹きつけるものに素直に手を伸ばしていくこと。『Middle of Nowhere』は、そんな彼女の姿勢がそのまま音になったような作品だ。新鮮なのにどこか親しみやすく、率直で、しなやかで、人生の曲がり角さえどこか余裕をもって見つめている。とてもケイシー・マスグレイヴスらしい一枚である。

Written By uDiscover Team


ケイシー・マスグレイヴス『Middle of Nowhere』
2026年5月1日発売
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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