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長谷川町蔵インタビュー:映画サントラの過去、現在、未来(前編)

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ライターとして活躍され「文化系のためのヒップホップ入門」や「ヤング・アダルトU.S.A.」、「21世紀アメリカの喜劇人」といった映画音楽関連著書だけではなく、今年には初の小説「あたしたちの未来はきっと」を発売と活躍されている長谷川町蔵さん。彼がこの10月に発売した新刊「サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画」の話を中心に、映画サントラについてお伺いしました。(後編はこちらから


きっかけは「映画秘宝」

──先月発売された新著「サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画」の母体となる連載「サントラ千枚通し」を映画雑誌「映画秘宝」に書くきっかけは何だったんでしょうか?

長谷川  1995年にWindows 95ショックがあって急にインターネット人口が増えたんですが、その翌年ぐらいからみんなが個人サイトをボコボコ作り初めて、自分もその一人で個人サイトを作って好きな映画とか好きな音楽とかの感想を書いていたんです。当時は20代後半でした。そしたらその個人サイトを見た町山智浩さんから声をかけられたんです。当時、町山さんはもう日本にいなかった時で、カリフォルニアに行かれる前でコロラド在住の時で、アメリカから間接的に編集をされていた時でした。「映画秘宝」は当初、1冊ワンテーマのムック本としてスタートしているんですが、今回出した「サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画」と同じ判型(A5判)でしたね。そこに二回ぐらい書いたんです。

──その時は何の原稿だったか覚えていますか?

長谷川  確かキャリー・フィッシャーについてとかですね。その頃の「映画秘宝」っていうのは江戸木純さんとか柳下毅一郎さんとか、みうらじゅんさんとかがガッツリ書いていた時代で、今で言う大御所しか書いてなかったんですよ。それがA4雑誌として隔月刊になると、さすがに大御所だけだと人数的に足りなくなってきたから、ネットで書いていた人間がそのタイミングで何人か書き手として入ってきているんです。その中で僕もムック本時代に何度か書いていたのと、比較的音楽が詳しいということでサントラ評をやらないかという話を頂いて、99年に書くことになりました。

──ということは隔月化になった時に始まった最初のコラムの一つだったんですか?

長谷川  そうですね、その頃に連載が始まりました。ただ月刊化になるまで「映画秘宝」って定期刊行物っていうイメージはなかったんですね。「映画秘宝」の連載を通じて他の仕事が入るようになったのは2000年代になってからですね。「映画秘宝」の連載のお陰で僕個人の認知度も上がっていって、他の媒体や映画会社、レコード会社からお声をかけてもらえるようになりました。

──連載の最初では何を取り上げたんですか?

長谷川  連載1回目には、アルバム5枚ぐらい取り上げましたね、「アメリカン・ビューティー」とか。ただ取り上げる枚数が多すぎて潤いがない文章になっていると言われたんです。ディスクレビューみたいな感じで、事実しか書いてなかったんです。それで取り上げる枚数を3枚にして今の連載のフォーマットになりました。

──最初はその月に出たサントラ3枚を取り上げていたんですか?

長谷川  月に3枚もいいものがない月もあるんですね。毎月3枚、年間36枚聞くに値するサントラってなかなかないので。そうすると、いい内容のサントラが出たらその監督の前の作品とか、その映画の音楽をやった人の関連作とかで3枚をつなぐようになっていって。最終的にミュージシャンが死んだら映画で使われたサントラとか紹介したりフレキシブルにやるようになっていって、だんだん今のフォーマットになってきました。今回出した本は、コラムとして成り立っている文章中心なんですが、年に半分ぐらいは話題作のサントラを普通に紹介しているものもあるので、それは本の最後にある「21世紀必聴のサウンドトラック100」のコーナーに入れています。

洋画監督は音楽好きなのか?

──では新刊の中身についてお聞きできればと思います。個人的にチャプターとして1番興味深かったのは第1章の「サントラで綴る映画クリエイターズ・ファイル」なんですが、まとめて読むと個性的な監督ほど、音楽が好きなんだぁということに気づかされました。ここに取り上げたような監督はみんな音楽に詳しんでしょうか?

長谷川  これは日本が少し特殊なんですが、洋画や洋楽って自分がアンテナを貼らないと情報として入ってこないし、詳しくなればなるほどその道の大家やオタクになっちゃうんですよね。シネフィルでも音楽マニアでも。それと洋画が好きな人が好きな音楽っていうのがあって。逆も言えるんですけど、ロックファンが好きな映画っていうジャンルがある。逆に、例えば日本の映画ファンで洋楽のヒップホップを聞く人ってあんまりいないですよね。でもこれは自分の国で考えてみれば当然で、日本の映画ファンもJ-Popや邦楽は普通に聞くわけじゃないですか。つまり映画も音楽もあんまり求道的なものじゃなくて、自然な楽しみ、娯楽ですよね。だから実は「俺は音楽詳しいぞ!」っていう認識は個々の監督は実はそんなに持ってないと思うんです。取り上げた監督の中で自覚的なのはエドガー・ライトとか、キャメロン・クロウぐらいじゃないですかね。

──なるほど、では監督達は自分が生きてきた中で聞いてきた音楽っていうのを映画に反映しているんでしょうか?

長谷川  そうだと思います。それとこの本で取り上げている映画って文学でいうと純文学じゃなくて大衆文学、エンタメ文学なんですね。純文学の世界っていうのは我々の住んでいる世界を描かなくて、それにテーマを明確にするために今流行ってるキーワードとか流行りものとか、1年たったら陳腐化する言葉は意図的に排除しているんですね。映画だとヨーロッパものは純文学的な手法を使うことが多いですけど。でもこの本に取り上げた映画は、“今”を生きる人間が主役で、観客も発散するためとか気分転換のために映画を見にきているんで、それなら日常に結びついている音楽のほうが訴求力もあってインパクトもある。それと、ある時期から映画のセリフやテーマをポップミュージックの歌詞で訴えたり、状況説明をしたり、ある種の副音声やナレーションになってテーマを総括したり代弁したりする演出がどんどん流行ってきたんです。そうなってくるとポップミュージックはいろんな曲があるからどんどん映画で使われるようになっていって。そういう手法を使っている監督が自分もたまたま好きで、そういう文章が多くなってきたのでそれを第1章にまとめてみました。ちなみにこの章が一番書き下ろしが多いんです。

──ちなみにどれが書き下ろしなんでしょうか?

長谷川  第1章最初の5,6個は全部書き下ろしなんです。

──第1章に出てくる監督は、ファンがついている個性的な監督が多いですね。

長谷川  そうですね、自己主張も強いし、好き音楽を使える権限を持っているってことですね。そこらの監督だったらこれ使いたいって言っても「使用料かかるだけじゃん」って言われるだけじゃないですか。それを通せる力もあるし、実力も持っている監督たちなんだと思います。

歌が状況を説明する

──ポップミュージックの歌詞で劇中の状況説明をするっていうには、どこらへんから始まったんでしょうか?

長谷川  一番最初がこれって断定するのは非常に難しいですね。今につながる最初っていうのは、自分の説でしかないですけど、「アメリカン・グラフィティ」だと思います。ちなみに自分の中でジョージ・ルーカスは「スター・ウォーズ」じゃなくて「アメリカン・グラフィティ」を撮った偉い人なんです。自分の中ではアメグラ以降のルーカスは余生なんです(笑)。「アメリカン・グラフィティ」はほんと凄い映画ですよね。

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「アメリカン・グラフィティ オリジナル・サウンドトラック」60年代を彩ったオールディーズの名曲41曲を収録。1973年作品

──状況を歌で説明する手法は70年代よりも最近の映画の方が多くなっているような気がしますが何か起点になる映画や人がいたんでしょうか?

長谷川  簡単に言うとタランティーノなんでしょうね、こういう音楽の使い方が手法として一般化したのは。80年代にはジョン・ヒューズとかもいるんですが、みんなやるようになったのは多分タランティーノ以降なんでしょうね。もちろんキャメロン・クロウだと「初体験/リッジモント・ハイ」とかリチャード・リンクレイターとか歌詞を映画にリンクさせている人はいたんですが、手法として一般化になったのは多分タランティーノなんだと思います。タランティーノの作品が当たったんでそれ以降はやりやすくなったんでしょうね。その後出てきた人たちは、ポール・トーマス・アンダーソンとかウェス・アンダーソンとかも、それをやっても別に訝しがられることもなく、普通にやれるようになったんでしょうね。

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『タランティーノ・コネクション』タランティーノ監督自身の選曲による、危険で刺激的なタランティーノ映画音楽集

ツッペリンとサントラ

──昔は映画サントラに楽曲を提供しないアーティストも多かったですよね。

長谷川  昔はザ・ローリング・ストーンズもそうでしたよね。映画に使わせてもサントラには入れないとか。でも最近は妙に寛大になっていますけど(笑)。

──レッド・ツェッペリンもそうでしたよね。

長谷川  そうでしたね、本の中の「スクール・オブ・ロック」のところにもその部分を書いていますね。そうそう、この前「マイティ・ソー バトルロイヤル」を見たらめっちゃツェッペリンの「移民の歌」が使われていて「こんなんで使っていいの?」って少し驚きましたよ。あの曲も一応北欧神の歌ですし、映画とあっているからいいんですけど。戦いのシーンで使われているんですよね。こんなんでOKするようになったんだからジミー・ペイジの心変わりは凄いなぁと。

──1回許すと後はいいやってなっちゃうんですかね

長谷川  あと、あんまり使用について煩くして使わせないと、音楽自体が忘れられちゃうっていうのもありますよね。

──ツェッペリンといえば、キャメロン・クロウが「あの頃ペニー・レインと」で「天国への階段」を使いたかったけど許諾おりなかったんですよね?

長谷川  そうなんです。でも実はそのシーンは撮影してて、DVDのおまけには入ってるんです。ただし無音で。字幕で「ここで再生してください」ってカウントダウンがでるんでよ。実際に曲をかけてそのシーンを見ると超面白いですよ。すごいいいシーンで。

──セルフ・サービスでやってね、ということなんですね。元々8分ぐらいの長い曲ですが、そのおまけ映像では何分ぐらい使われているんですか?

長谷川  完奏ですね、全曲まるまるやるんですよ。もし、ジミー・ペイジが「あの頃ペニー・レインと」で「天国への階段」の仕様許諾を出していたらエルトン・ジョンの「タイニー・ダンサー」じゃなくて「天国への階段」が映画の後に改めて売れたと思いますね。彼もこれだけあの映画があたるとわかってなかったんでしょうね。

スピルバーグとサントラ

──逆に「俺、音楽わかんないんだよね」っていうような監督っているんでしょうか?

長谷川  わかんないまでいくのはあんまりないと思うんですよね。エンタメが好きだったら音楽ももちろん好きですし。少なくともこういう娯楽映画をやっていて音楽わからないって言う監督はあんまりいないと思うんですよね。強いてあげるなら、スピルバーグはあんまり詳しくないと思うんですよね。でもそれは年齢的なものだけじゃなくて、だって同年代だとスコセッシは音楽めっちゃ詳しくて音楽ドキュメンタリーの鬼ですから。ブライアン・デ・パルマとかもそうですし。あの世代の中ではスピルバーグが一番ダメなんでしょうね

──スピルバーグの映画の中で既存の楽曲を効果的に使っている作品はあるんでしょうか?

長谷川  もちろんあるんですけど、絶対もっといいチョイスあるだろって言う作品はあって「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」なんですけど。あれは60年代の話で、曲の使い方もまあまあ上手いんですけど、実は監督をキャメロン・クロウにさせるって言うアイデアが当初あったみたいで、そっちを見たかったなぁと。

──スピルバーグが製作総指揮でキャメロン・クロウが監督という布陣の可能性があったんですね!

長谷川  あれは本来なら何年にも及ぶ物語なので、曲で時代を表現していかないといけないんですよね。例えばデビット・フィンチャーの『ゾディアック』は、60年代の終わりから70年代の終わりまでの10年の話なんですけど、最初はウッドストックの時代でサンタナとかが流れているんですが、後のほうになるとスティーリー・ダンが流れるんです。その頃には主人公たちがみんなボロボロになって心が荒んでいて、ウッドストックで燃えていたロックから腐りかけの甘いAORへの変遷っていうのがロック史の流れとメンタルの移り変わりがリンクしていてとっても良かったですね。

(後編に続く)


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新刊情報:『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』
著:長谷川町蔵 定価:本体1800円+税
ISBN 9784800313461
紀伊國屋書店Amazon楽天ブックスhonto

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長谷川町蔵:公式サイトTwitter

新刊に出てくる音楽を長谷川さんがまとめたApple Musicプレイリスト公開中

 

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