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ドレイク『For All The Dogs』解説:“すべてのクズたちへ”と題された新作で歌われていること

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ドレイクが2023年10月6日に、ニュー・アルバム『For All The Dogs』を発売した。全23曲が収録されたこの新作について、ライター/翻訳家の池城美菜子さんに解説いただきました。

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クズによる、クズたちへのアルバム

「すべてのクズたちへ」。ドレイク8作目のタイトルの意訳だ。ヒップホップは、犬と縁が深い。犬っぽいジャンル、と言い換えてもいい。スヌープ・ドッグやア・トライブ・コールド・クエストの故ファイフ・ドーグのように名前を入れるラッパーもいれば、犬の咆哮が目印だった故DMXのように自分のイメージに重ねる例もある。飼い主に忠実な性質から、裏切らない仲間を「マイ・ドッグ」とも呼ぶ。もっと一般的な使い方では、性的に奔放な男性を指して「he is a dog(彼はクズだよ)」と揶揄もする。ドレイクの最新作は、後者の意味だ。「For All My Dogs」ではなく、「For All The Dogs」なのだから。

ただし、いまは2023年だ。身体的な性別とは別に、誰しもが男性性と女性性を持っているという大前提が広く共有されている。いきなりネタバレすると、ドレイクがいう「The Dogs」には女性も含まれる。本作の半分以上の曲が不誠実な元カノやデート相手への嘆きであり、彼女たちも「犬並みのクズ」だと強調するのだ。成功自慢、同業者へのディスや軽いジャブ、孤独な俺様。これまでの作品と一貫したテーマも扱いつつ、6作目『Certified Lover Boy』から顕著な「真実の愛を求めて、ことごとく失敗する俺」の話が続く。延々と。

ふたつか3つの意味を重ねるダブル/トリプル・ミーニングや、韻を踏むワードプレイは、今作も冴えている。だが、ドレイクは読書から知識を得るブック・スマートではなく、生活から見識を蓄えるストリート・スマートの人だ。リリックに含みはあっても難しくないし、難しくないから広く聴かれ、驚異的なストリーミング回数を叩き出す。失笑、苦笑、爆笑。移動中に聴くのが危険なほど、笑わせてくれるドレイクが私は大好きだ。

 

父親業とプレイボーイ活動の両立

2022年、ドレイクは2枚のアルバムを出した。初夏にハウス・ミュージックをメインに据えた『Honestly, Nevermind』、11カ月前にあたる秋に21サヴェージとの共作『Her Loss』である。前者は、ファンはピンと来なかったようだが音楽メディアは好意的に捉え、後者は逆だった。ここ10年、ミックステープを含めて低い評価しかされないのにもかかわらず、ずっと高い売り上げを誇っている。のらりくらりしているようで音楽メディアやグラミー賞といった権威をぶち壊し続けているのがドレイクであり、その意味でとてもヒップホップらしい。

1時間前後だったこのふたつの作品に比して、8作目は84分。2つのインタールードを抜かすと21曲とかなりの気合作だ。2021年の6作目『Certified Lover Boy』とのつながりが濃く、続編とも取れる。これは、甘めのタイトルをつけ、アートワークに12名の妊婦のイラストをあしらいつつ、やはり90分弱に渡って女性への不信と虚しさをラップした作品だった。

父親になった悦びを語りながら、プレイボーイとしての天分を全うする決意(?)に溢れてもいた。2年後の2023年、彼はその決意通りに生きている。10月現在、21サヴェージと25都市54公演の『It’s All a Blur Tour(すべてが霞んで見える、ツアー)』の真最中。リリース前までは各地でフィーチャリング・アーティストのヒントを出すなど話題をふり撒きつつ、同時に新作のプロモーションを行って効率がいい。

その21サヴェージ、パーティネクストドアのお馴染みのメンバー以外に、シカゴ・ドリルの祖、チーフ・キーフや、2018年に「MIA」でも共演した新レゲトン・キング、バッド・バニー、リル・ヨッティ、メキシコ系のイートなど客演も豪華。犬のテーマに沿って「BARKラジオ」という、流行りすぎているラジオ放送を模した仕かけもあり、ナヴィゲーターとしてスヌープと、まさかのシャーデー・アデュも登場。とにかく、贅沢な作りだ。

 

息子の存在

アートワークの絵は、息子のアドニスによるもの。フランスのアーティスト、ソフィー・ブルソーとの間に2018年に生まれた。真剣な交際の末ではなかったため、宿敵プシャ・Tによる暴露を含めて話題になったが、共同親権を取って子育てに参加。時間と場所をタイトルに入れた連作の最新曲、「8AM in Charlotte」のミュージック・ビデオにも登場、絵を描きながら父子で会話をしている。遠回しに元カニエ・ウェストをディスっているのでは? と話題の曲だ。

Drake – 8am in Charlotte

タイトルは犬ながら、アドニスが描いたのはヤギ(goat)である。G.O.A.TはGreatest of All Time(史上最高)の略。巻き毛と父親ゆずりの垂れ目が愛らしく、欧米のメディアでも「エンジェリック(天使のよう)」と書かれるアドニスは、5歳にして父を「史上最高のラッパー(のひとり)」と持ち上げるできた息子でもある。

5曲目の「Daylight」では一緒にラップも披露。マフィア映画の名作『スカーフェイス』のセリフから始まるので、もう少しマイルドな曲でデビューさせたほうが、と余計なことを思ったが、5歳児に似つかわしい曲がほかにあるかと問われれば、ない。

Drake – Daylight (Audio)

ドレイクは、アルバムのリリースに先駆け、7月に詩集『Titles Ruin Everything: A Stream of Consciousness』を出版している。2021年にすでに言及していた詩集と新作のセットというアイディアを有言実行した形。作詞にも参加しているケンザ・サミールとの共著は、音楽以上に酷評されているが、すでに3倍くらいの値段がついている。

 

やっと実現したJ.コールとの「First Person Shooter」

ドロップされた直後、もっともファンを喜ばせたのが10年ぶりのJ.コールとの共演だ。2023年4月3日には、J.コール主催のドリームヴィル・フェスで共同ヘッドライナーを務め、ノース・カロライナの会場に詰めかけた8万人のファンと、Amazon MusicのTwitchとプライム・ビデオを通した同時配信で世界中のファンが見守るなか、仲良しぶりを見せつけたのも記憶に新しい。

内容を見ていこう。まず、冒頭でふたりが揃うのは、「スーパーボウル(のハーフタイム・ショー)並み」と大きく出る。たしかに大物同士の共演は嬉しいのだが、わざわざドリルミュージックをやっているうえに、後半、転調してからのドレイクのフローがプレイボーイ・カーティっぽいのは少し不思議。『For All The Dogs』はトラップやドリルのトラックが多く、どの曲もプロダクションはタイトなのだが、サウンド自体にそれほど目新しさはない。J.コールのファースト・ヴァースを抜き出す。

Love when they argue the hardest MC
Is it K-Dot? Is it Aubrey? Or me?
We the big three like we started a league,
but right now, I feel like Muhammad Ali
一番ハードなMCが誰かみんなが言い争ってくれるのはいいね
K・ドット? オーブリー? それとも俺?
俺たちがビッグ3だ 俺らが最上のリーグを始めたしね
でもいまは 俺はモハメド・アリみたいな気分なんだ
(*編註 K・ドットはケンドリック・ラマー、オーブリーはドレイクのこと)

「Heaven’s EP」では「どうせ俺はケンドリック・ラマー、ドレイクに大きく引き離された3番手」、と卑下していたJ.コール、ここではチャンピオンの代名詞のアリを持ち出して強気だ。次はオーブリーことドレイクのヴァース。

Will they ever give me flowers? Well, of course not
They don’t wanna have that talk, ‘cause it’s a sore spot
They know The Boy, the one they gotta boycott
I told Jimmy Jam I use a Grammy as a door stop
俺がほめられることってあるのかな? まぁまずないよね
その話は出したくないみたい  痛いところだからね
奴らは俺だってわかっている  ボイコットするべきなのは
ジミー・ジャムに言ったんだ  グラミーのトロフィーをドア止めに使ってるって

ドレイクは批評家筋のみならず、グラミー賞の委員会からもあまり好かれていない。自らボイコットしたのはニュースになったが、ここでは因果関係をひっくり返している。ジミー・ジャムは、ジャネット・ジャクソンらのプロデュースで有名なプロデューサー・チームのひとり。数年前にドレイクは彼の娘とデートをしていたそう。

Drake – First Person Shooter (Audio) ft. J. Cole

グラミー賞とケンドリックへの言及は、昔をふり返る22曲目の「Away From Home」でも出てくる。

Four Grammy ‘s to my name, a hundred nominations
Esperanza Spalding was gettin’ all the praises
I’m tryna keep it humble, I’m tryna keep it gracious
Who give a fuck Michelle Obama put you on her playlist?
100回のノミネーションに対してもらったグラミーはたった4つ
誉めそやされたのはエスペランザ・スポルディング
謙虚でいようと  寛大でいようとしているけど
ミシェル・オバマのプレイリストに選ばれるとかどうでもよくね?

12年前、グラミー賞の最優秀新人賞をジャズのエスペランザ・スポルディングにさらわれた恨みをまず述べている。また、9月にリークされたケンドリック・ラマーからの軽いディスに、代表曲「Humble」に引っかけて応戦し、オバマ夫妻の有名なプレイリストの常連であるケンドリックへの嫌味を重ねている。

Drake – Away From Home (Audio)

 

元デート相手、SZAの招集とリアーナへのディス

2020年、21サヴェージの「Mr. Right Now」でドレイクが「08年にSZAとデートしていた」と暴露して話題になった。そのSZA本人を、ファースト・シングルで招集。このラインに対して、SZAはインタビューで「いや、2009年の話だって」と訂正し、「若いときにありがちな、浅い交際だけどね。彼とはずっとクールで妙な感じになったこともない」と答えている。特定の歌詞に紐づけられないように予防線を張ったわけで、大人な対応である。

曲のテーマの「Slime Out」は相手を(性的に)利用してから捨てる、という意味。どちらも「自分から捨ててやる」と言い、プライドの守り合いになっている。SZAがもう1曲参加している「Rich Baby Daddy」は、ミズーリ州セント・ルイスのセクシー・レッドのフックが効果的なベース・ミュージック。本作のハイライトのひとつだ。

Drake "Slime You Out" ft. SZA (Lyric Video)

過去に交際の噂が出たなかで、4曲目の「Fear of Heights」で辛辣な言葉をかけているのが、リアーナだ。

Ayy, ayy, look
Why they make it sound like I’m still hung up on you?
That could never be
Gyal can’t run me
Better him than me
Better it’s not me
I’m anti, I’m anti
Yeah, and the sex was average with you
エイ エイ いいか
なんで君のことを引きずっているみたいな言われ方をされるんだ?
ありえないだろ
あの娘は俺を支配できない
奴のほうがお似合いだろ
俺じゃなくて良かったよ
俺はアンチだ アンチだよ
ほんと 君とのセックスはふつうだったしね

リアーナがコーラスを歌った元カニエ・ウェストの「Run This Town」、8作目のアルバム・タイトル『Anti』、そこに収録されていた「Sex With Me」とつながる単語を入れ込んで、しつこい。その執拗さが、「引きずっていない」との明言と矛盾してしまい、世界中から「めちゃくちゃ引きずっているよね?」と突っ込まれている。短期間で2児の母になったリアーナはもとより、パートナーのエイサップ・ロッキーもとりあえず無反応だ。

Drake – Fear Of Heights (Audio)

 

こじらせフェミニズム作品

ほかにももっとロー・プロファイルのインスタグラマーなど、特定できる女性が数人登場する。ジャマイカ旅行への飛行機の席がファースト・クラスではなかったことに文句を言う女性(「Calling For You」)、ドレイクが率いる結束が固いOVOチームに馴染みすぎて、仲間内との浮気を疑われている女性(「Members Only」)。

実在の住所である「7969 Santa」は、そこにあるお店と同じ名前の元カノへのディス曲。逆に、すでに相手がいる女性を横取りするために、やはりプレイボーイで有名なフューチャー(=プルート)にアドバイスを求める「What Would Pluto Do」もある。

インタールードもひとつ目の「Screw The World」はナズの名曲「If I Ruled The World (Imagine That)」を早回しにしたDJスクリューへの追悼曲だが、ふたつ目の「BBL Love」はブラジリアン・バット・リフト、ブラジル式豊尻手術を受けた女性たちがテーマと、下品路線を崩さない。

Drake – Screw The World (Audio)

自己顕示欲のヴァーチャル戦場のようなSNSで、忠実な交際相手を見つけようとするのがそもそも違うだろうし、「クズ」と呼ばれている女性たちが何を求めているのか私たち聴き手は知らないのだから、ドレイクにあまり同情できない。ただ、20年前に「ゴールドディガー(金持ち狙い)」とよくヒップホップのリリックで罵倒されていたタイプとは違う気がする。スポーツ選手やラッパーを渡り歩いても、すべてが暴露されてしまうのだから—実際に、こうやってドレイクにラップされている—リスクの方が大きいだろう。おそらくだが、彼女たちが忠実なのは、自分の欲に対してだ。

じつは、4曲目の「Fear of Heights」に大きなヒントが隠されている。「Hey, can your pussy do the dog?」と、70年代のパンク・バンド、ザ・クランプスの1985年「Can Your Pussy Do The Dog?」の歌詞を引用しているのだ。直訳だと「君の子猫ちゃんは犬にもなれるの?」となる。いまだに真意が議論されている、なぞなぞのような歌詞だ。プッシーは女性器の隠語であり、犬の意味は冒頭に書いた。

ドレイクは、「俺もクズだけど、お前らもたいがいだよな」と嘆いているが、以前なら金や権力をもつ男性だけが許されたライフスタイルを実践する女性たちを世の中に紹介して、それを受け止めてもいる。となると、『For All the Dogs』はかなりひねくれたフェミニズムを内包した作品とも取れるのだ。ドレイクは、「気分」を売るラッパーであり、今回は自分たちを犬扱いして呆れさせるのと、大多数の人にとってはグラマラスな世界観を見せるのを同時にやってのけた。胃痛を訴え、しばらく休養するとラジオで述べたばかり。このボリュームの新作を出してくれたのだから、ゆっくりしてほしい。

Written By 池城 美菜子(noteはこちら



ドレイク『For All The Dogs』
2023年10月6日配信
iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



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