ビリー・アイリッシュ「Ocean Eyes」の魅力とは:今もなお最も聞かれて続けている13歳のデビュー曲
ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)が、10年前の2015年11月、13歳の時にSoundCloudにアップした楽曲「Ocean Eyes」が公開から10周年を迎えた。
日本では現在で最も再生されている彼女の楽曲でもあるこのデビュー曲について、様々なメディアに寄稿されている辰巳JUNKさんに解説いただきました。
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「アーティストとして成長できるのも、すべて“Ocean Eyes”のおかげ。キャリアの中でいちばん感謝してる曲」
十年の月日を経て、その想いは増すばかりかもしれない。ビリー・アイリッシュがわずか13歳のときに歌った「Ocean Eyes」(2015)は、今なお不動の人気を誇っている。とくにバラード好きな日本においては、彼女のヒットのなかでも一番人気だという。
ビリー・アイリッシュといえば、2010年代末「天才少女」として華々しいデビューを飾ったシンガーソングライター。共作者の兄フィニアスとともに自主制作ジャンル、ベッドルームポップの寵児として39年ぶり史上2度目となるグラミー賞主要4部門を独占し、その後も史上最年少としてアカデミー賞二冠を達成した。
勢いは衰えるどころか、最新アルバム『HIT ME HARD AND SOFT』(2024)で新たな全盛期に突入。本来ヒットとは程遠いはずのアコースティックソング「WILDFLOWER」によって、非シングル曲として史上最長の全米チャートイン記録も樹立してみせた。
今や時代を代表するスターの原点「Ocean Eyes」の魅力を振り返ってみよう。
楽曲ができた経緯
2001年、ビリーが生まれたのはカリフォルニアの芸術一家。俳優の両親のもと、フィニアスとともに自宅学習をしながら合唱団に所属して育ち、10歳ごろ作曲を教えられた。
運命の楽曲「Ocean Eyes」をつくったのは兄だった。高校で組んでいたバンド用に制作して歌ってもいたものの、どうもしっくりこなかったため、妹に歌わせてみたら、奇跡が起こった。
「ビリーが“Ocean Eyes”に生命を吹き込んだんです」
「彼女の歌声は(最高の名楽器)ストラディバリウスのバイオリンのように素晴らしい」
13歳になったばかりだったビリーは、趣味で作曲はしていたものの、目指していたのはプロのダンサー。そのクラスで先生から「Ocean Eyes」を振り付けたいと頼まれた結果、曲を仕上げてインターネットにアップロードすることになった。
すると、一夜にして再生数が爆発。この曲を発掘しバズらせた音楽マニアの激賞は、今では予言のようになっている。
「“Ocean Eyes”は、アーティストの成功を決定づける一曲だ」
「ヒット向きの曲調ではないものの、透き通ったピュアなサウンドと歌声は瞬時に心を奪う」
(音楽ブログ「Hillydilly」より)
歌われている内容
「Ocean Eyes」はラブソングだ。制作当時、兄妹どちらも恋愛に苦しんでいたそうで、ビリーが恋をしていたのは碧眼の男の子。これが転じて「海のような青い目」の相手へ想いを馳せるスロウバラードとなる。
When you gimme those ocean eyes
I’m scared
海のようなその瞳で見つめられると
怖くなる
(「Ocean Eyes」)
ビリーらしいのは、恋における不安と恐怖を前面に出すダークな視点だろう。波打つようなサウンドのなか、苦しみの比喩として「Burning cities and napalm skies / 燃え上がる街とナパーム弾が燃える空」といった一見不釣り合いに過激な表現を出すことでリスナーを曲の世界観に惹き込んでいく。明るい自己啓発ポップソングが流行っていた2015年当時にしては暗い内容だったが、だからこそ思い悩むティーンから共感を集めた。
そのサウンドの裏にあるもの
特筆すべきはサウンド設計。「Ocean Eyes」の主役たるハーモニーの影響源とは、クイーン「Bohemian Rhapsody」(1975)やビーチ・ボーイズ、ビートルズといった古典ロックなのだ。 のちのヒット曲でも見られるように、ビリー兄妹の楽曲構成はシンプルかつ伝統的な側面が強い。だからこそ、世代や国境をこえて響く魅力を持っているのだろう。
モダンな音響もそなえている。曲をダンス教室で使うことになったあと、兄妹はリリカル・コンテンポラリー・ダンス向けのプロダクションを加えた。つまり、子守唄のようにおだやかな「Ocean Eyes」とは、踊るための歌でもある。二種類あるミュージックビデオにしても、急いでつくられた一本目はビリーが自分らしさを出せていなかったというから、後出のダンス版こそ本来の姿と言える。
「Ocean Eyes」のサウンドスケープに影響を与えたのは、兄妹で愛聴していたオーロラやマリアン・ヒルといった幻想的なエレクトロアーティスト。漂うような歌唱にしても、サッドポップの女王ラナ・デル・レイ無しには「生まれ得なかった」とされる。また、ビリーが遊んでいたSNS「Snapchat」の機能から着想を得たブリッジでは彼女自身の歌声が逆再生されている。
こうしたプロダクションの妙によって「Ocean Eyes」は波打つ夢のような雰囲気をまとった。もちろん、制作が行われたのは一家のベッドルーム、つまり普通の寝室。フィニアスが14歳のときに買った音楽制作ソフト「Logic Pro」の標準機能によってほぼすべてがつくられたという。
ビリーのブレイク後、すっかり主流と化した自主製作ジャンル、ベッドルームポップについて、フィニアスは語る。「ベッドルームはサウンドが独特ですね。すごくタイトで親密で、こもった感じで、静か。ボーカルの響きがすごく良くなる」 。この魅力を普遍的なかたちで提示した傑作こそ「Ocean Eyes」だったと言えるだろう。
その後と進化版
「Ocean Eyes」後の成功は知っての通り。怪我によってダンサーの道が閉ざされてしまったビリーだったが、バズったことで歌手としての人生が開けた。最初の一曲こそフィニアスがメインでつくったものだったが、以降は兄妹二人による制作体制を重視し、ビリーの創造性も高まっていく。たとえば、デビューアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』(2019)を貫くのは、妹が好きな現代ヒップホップ風のビートだ。
ビリーが「Ocean Eyes」を大切にしつづけていることは、キャリアを思えば不思議ではないかもしれない。というのも、デビュー以来、たくさんの人から「曲が暗すぎる」「もっと明るい歌を書いて」と言われつづけてきたのだという。それでも、決して作風を歪めたりしなかった。
「Ocean Eyes」の進化版と言える、新たな代表曲こそ「BIRDS OF A FEATHER」(2024)。Spotify史上最速で30億回再生を突破したこのラブソングは、キャリア随一の明るい曲調であるからこそ、ビリーらしい暗さが際立っている。ロマンスの定番たる「死ぬまで一生あなたを愛しつづける」宣言を通して何度も死について言及されていく演出により、多幸感に不吉なオーラをまとっていくのだ。ビリーいわく「もうすぐ死ぬかもしれないから、今を大切にしよう」 という後ろ向きな態度の告白らしい。
もちろん、初期と比べれば、ボーカルから作詞、演奏、プロダクションまで、進化は著しい。それでも、やはり「ビリーらしさ」の根源にあるのは「Ocean Eyes」だ。古典的でありながらモダンで、暗さのなかの美をとらえていて、聴く者の文化や年代を問わないのに親密に響く音楽。これらは、ビッグスターでありながら尖った個性を失わないビリー・アイリッシュが愛される理由でもあるだろう。
まさしく、23歳になった本人も胸を張るように。
「“Ocean Eyes”で音楽業界に入ってから、もっと明るい曲を作れって、本当にたくさんの人に言われてきたんです。もしプレッシャーに屈していたら、本物のアーティストにはなれてなかったでしょう。あのとき自分を貫いたことを誇りに思ってます」
Written By 辰巳JUNK
ビリー・アイリッシュ「Ocean Eyes」
Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
2024年5月17日発売
CD&LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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