【コラム】毒と甘美と様々な音の実験に満ちた、エンニオ・モリコーネのサウンドトラックの魅力

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Photo: MuthMedia GmbH

今年7月に91歳でこの世を去った映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネ。11月6日には、迎えるはずだった彼の92歳の誕生日を記念して、アルバム『モリコーネの秘密』がリリースされた。

没後初めてのリリースとなったこのアルバムには、モリコーネが最も創作意欲高く活動していた1960年代後半から1980年代前半にかけて録音されたものの、イタリアの老舗レーベルであるCAMシュガーに長らく眠っていた数々の激レア音源が惜しみなく収録されている。このリリースを記念して、モリコーネ作品の魅力について、サウンドトラック・ナビゲーター、馬場敏裕さんに寄稿していただいた。


毒と甘美と様々な音の実験に満ちた、60年代から80年代のエンニオ・モリコーネのサウンドトラックの魅力 

映画音楽が、親しみやすいテーマメロディを思い起こしてヒットする時代が過ぎ、あらゆる音楽のエッセンスの取り込みが可能なジャンルであることを意識して楽しむ、という趣向も広がりを見せ〈サウンドトラックの聴き方〉は、より自由となっている現在。中でも重要な一面は「本来、触れる機会が少なく、難解と思われがちな現代音楽、実験音楽的なアプローチを、より多く、それも初めて触れるであろうリスナーに聴かせることができる」点である。

その特性は、コンポーザーたちにとって大きく魅力的であった。そのおかげで、大胆で意外なアレンジで多彩な音楽技法がごく自然に、文化シーンの中で活かされるようになってきた。そのエキサイティングな一面を最も有効的に活用しポピュラー化させたコンポーザーのひとりが、エンニオ・モリコーネその人だった。

『荒野の用心棒』(1964/監督セルジオ・レオーネ)から始まる、日本ではマカロニ・ウエスタンと呼ばれる、ハリウッドでなくイタリア製の西部劇、というジャンル映画につけられた不穏なメロディ展開やユニークな音色選び。当時斬新な発想であったジャズロックの延長線上のサウンドと溶け込んでひとつのスタイルは作り上げられ、今では当然のごとく、そのジャンルの映画音楽的なサウンドとして定着している。当時もメジャーな形として受け入れられ、爆発的なヒットも記録した。ここに、一見ヒット音楽の創造がありつつ、様々な音楽ジャンルの複雑な融合が許された結果があることがポイントだ。

60年代イタリア映画音楽の話に移る前に、まず、イタリア映画界の60年代から70年代の特異な人間ドラマに果敢に挑んだ姿勢を注目しないといけない。ありとあらゆる重層的に展開されるドラマ映画の数々。貧困、労働闘争、辛口の青春劇、大胆な恋愛ドラマ、組織の腐敗、波乱すぎる男女たちの一代記、不条理な寓話、ほろ苦い艶笑劇など、世界の残酷さを独特の視線で見つめる、個性がギラつく監督たちのオーラ鋭い作品が乱立していた。

そんな作品群、ともすればいかなる音楽がその物語のBGMとして機能しているのか、全く想像がつかないユニークなものも多かった。そんなクセが強すぎる作品に、食べやすい香辛料的にアレンジしたり、より先鋭さを明確にしたりする魅惑的な音楽、その筆頭がモリコーネによるスコアだった。

Photo:MARKA/Alamy Stock

日本における映画音楽及びサウンドトラック・ファンの志向は、80年代あたりまでは、あくまで「日本公開作品のサントラを、音で聴くパンフレット的感覚で楽しんでいた」ものが、輸入盤が少しずつ入手方法が増えるにつれ、ひいきの作曲家の作品は、日本未公開のものも聴いてみたい欲求に一段あがることとなる。そんな未知の音世界に飛び込んだ時に驚くことになるのが、それまでに触れたことのない前衛的な音ばかりであったことだった、特にエンニオ・モリコーネ作品においては。

80年代後半以降。日本にも近日中に公開予定ない作品のサントラは次々輸入され、その盤から聴かれる音楽の、想像だにしなかった不思議なスコアは、それそのものが映画を離れて刺激的な体験と認識されるように変化していった。

その頃に評判となっていた音源は、例えば、今回の収録曲では、『LA SMAGLIATURA』(1975)からの「乳房とアンテナ、屋根とスカート」がある。コミカルに美しいメロディに、イタリアン・サントラ界のヴォカリーズの女王エッダによる不思議なスキャットと複数の喜劇的な切り口で聴かせる曲だが、この映画自体は強烈な体制腐敗告発ドラマなのだった。他に、こちらは日本公開されていた『ザ・ビッグマン』からの「18pari」のラウンジ音楽だが、ハモンドの音圧が尖っていて印象的なナンバーも、人気の一曲だった。

レコードからCDにメディアの主流が移り変わり、輸入盤の入荷がより日常的な流れに変化していく中で「日本での公開予定不明の、巨匠たちのサントラ音源」に接することは、ファンの間でそのハードルは低くなっていった。それどころか、未知の作品の音楽という刺激がむしろ魅力にすら、なっていった。

モリコーネのアプローチの特徴的なひとつに、コミカルなアレンジがあり、それとサスペンスフルなビートなどが重なることで、ジャンルの垣根を越えるナンバー。その複雑ながら圧倒的に映画的な空間を作り出す音楽。これらは、マカロニ・ウエスタンの楽曲や、例えば後の『ニュー・シネマ・パラダイス』などの、愛されるテーマ音楽として記憶されるものと異なり、あくまで、映画の中で黒子的に存在することが本来の、曲としての「仕事」なのだが、アウトサイダーな音楽として、プラスの魅力が、80年代以降に発掘されたといえるだろうか。

この頃に、そんな魅力のサウンドを〈モンド〉〈ビザール〉といった新しいワードのジャンルに当てはめて、知る人ぞ知るモリコーネ・サントラは、ファンの間で愛聴された。そんな80年代から、0年代までに、特にイタリアの50~60年代から活躍するコンポーザーたちの仕事が、初期の作品の初音盤化から新作まで網羅して大量に陽の目を見ることになっていく。

60年代以降、モリコーネが自国以外で紹介される機会がほとんどないイタリア映画で積み重ねてきた、鋭い特徴をもつ挑戦的なサウンドのテイストがダイジェストのように聴くことができたのが、モリコーネが久しぶりで国際的な作品に招かれた、ジョン・ブアマン監督の『エクソシスト2』(1977)だった。この作品から過激なモリコーネ沼にはまっていったファンの人も少なくない。

その後に、さらに世界的にヒットした作品で、美しいサウンドだけでなく、壮大で、60~70年代のアヴァンギャルドなサウンドを展開したのが1987年、ブライアン・デ・パルマ監督『アンタッチャブル』だ。モリコーネならではのサスペンスの盛り上げは、『ニュー・シネマ・パラダイス』がハートウォームな面の代表格で、『アンタッチャブル』がユニークに設計されたアクティブなスコアの面の代表として、紹介され、広められていくことになった。即ち、『アンタッチャブル』から、モリコーネの先鋭世界に入り込む新しいファンは多かったろうと想像できる。

モリコーネの名前を初めに世界に轟かせた『荒野の用心棒』1964年、モリコーネ37歳の作品である。このあたりから、圧倒的な多作ながら、繊細な美しさと不安げな不協和音の融合で存在感を示すスコアの数々。その夥しい作品群の中でも印象的で80年代以降に再評価となった作品を思い出してみる。

例えば『IL BASCILISCHI』(1963/監督 リナ・ウェルトミューラー)は、地方の裕福な若者が都会で生きられず帰ってくるシニカル青春劇では、アコースティックギターの感傷的旋律に不穏なストリングスの涙の上に乗り、『ポケットの中の握り拳』(1965/監督 マルコ・ベロッキオ)では、崇高に美しいヴォカリーズに乗って、ハープなどがポツンポツンと語るように奏でられ、不安感をさらに増幅させる。『目をさまして殺せ』(1966/監督カルロ・リッツアーニ)では連射を連想させるノイズにピアノとエレキギターがジャズロック的サウンドを被せ、『大きな鳥と小さな鳥』(1966/監督ピエル=パオロ・パゾリーニ)は弦楽器のシンプルな響きと悲愴な旋律。

その後、実録戦争映画『アルジェの戦い』(1966/監督ジロ・ポンテコルボ)社会派人間ドラマ『中国は近い』(1967/監督 マルコ・ベロッキオ)官能的な不条理寓話『テオレマ』(1968/監督パゾリーニ)フィルムノワールの代表作『シシリアン』(1969/監督アンリ・ヴェルヌイユ)モダンホラーの初期傑作『歓びの毒牙』(1970/監督ダリオ・アルジェント)復讐バイオレンス『狼の挽歌』(1970/監督セルジオ・ソリーマ)、そして70年代中盤まで日本紹介作品だけでも、毎年約10本の、モリコーネ音楽担当の個性的作品は届いていたのだということが、その10~20年後に「サントラ盤」が音盤化されることによって明確になってきたのだった。この間の、盤として再び注目されたサウンドを中心として構成されたのが、このアルバムといえるだろうか。

『モリコーネの秘密』とのタイトルだが、この刺激的なテイストが駆け巡る、不穏で毒を仕込んだ甘さに満ちた今回の作品群の味こそが、ことに60~80年代のモリコーネにとって、メインフィールドだったのだ。

Written by サウンドトラック・ナビゲーター 馬場 敏裕


■リリース情報
エンニオ・モリコーネ『モリコーネの秘密』
2020年11月6日発売
CD / iTunes / Amazon Music / Apple Music / Spotify





 

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