新年を祝うクラシック音楽作品:バッハやベートーヴェンなど聴くべき作品10選

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また今年も無事に、新年を迎えられた。平和に過ごしたいと願ったり、楽しい未来を想像しては心をワクワクさせたり、平穏な幸せをただただ祈ったり――さまざまな1年のスタートラインがあることだろう。そんな浮き立つ心のそばに、クラシック音楽はいかが。あなたの2023年の始まりを祝う作品たちをセレクト。これから1年、どんなことが待ち受けているのか、音楽とともに思いを馳せてみてほしい。音楽ライター 桒田 萌さんによる寄稿。


バッハ:カンタータ 第190番

新年を明るい気持ちで迎えたいならば、バッハのカンタータ第190番がおすすめ。新年を祝うものとして書かれ、1724年1月1日に初演された。その後1730年代に再演されるものの、火災によって一部の楽譜が焼失してしまう。しかし、何人かの研究者や演奏家、例えば日本で指揮者の鈴木雅明と息子の優人によって復元されている。

全7曲からなり、全体的に華麗な雰囲気をまとうが、特に1曲目と第7曲目は白眉。第1曲目はユニゾンの合唱で華やかに歌われ、何度も聴こえる「Singet」(ドイツ語で「歌う」を意味する)に、こちらまで嬉しさに声をあげたくなる。第7曲目はコラール。跳ね上げるような快活さがある第1曲目とは異なり、重みがあり敬虔さを感じさせる。高らかに鳴るトランペットに、1年が始まる喜びの思いを馳せたいところだ。

ベートーヴェン:新年おめでとう WoO165、176

ベートーヴェンは2つの『新年おめでとう』というカノン作品を残している。前者は1815年に後援者であるヨハン・フォン・パスクァラティへ、後者は1819年にベートーヴェンと親しかった女性のマリー・フォン・エルデーディへ捧げている。どちらもあまり知られぬ作品で、1分に満たぬ小曲だ。

「新年」を意味する「zum neuen Jahr」の言葉遊びが楽しい前者と、「おめでとう」を意味する「Glück」が耳に残る後者。どちらもアカペラだが明朗な印象を与える、ベートーヴェンにとっての秀作とも言えるだろう。

ブリテン:『金曜日の午後』より「新年のキャロル」

『金曜日の午後』は、ブリテンが少年合唱のために書いた作品集だ。「新年のキャロル」は、作品集のうち第5曲目にあたる。詞には、「子どもたちが新鮮な水を汲み、近隣に撒く」というイギリスに伝わる新年の習慣の様子や、旧年を経て新年の幸福を願う祈りが詩的に綴られている。この詞は作家であるウォルター・ジョン・デ・ラ・メアの児童文学から引用されたものだとされている。

そんな様子を歌うのにふさわしく、音楽もやさしく柔らかい。衒いのない伴奏のハーモニーの上に、無垢な旋律が乗る。特別ドラマチックではないが、趣ある詞に沿った起承転結があり、聴いているこちらまでホッとさせられる。静かに1年の幸せを祈りたいときにぴったりの作品だ。

メンデルスゾーン:『6つのリート』より「新年の歌」

メンデルスゾーンが1839年に書いた合唱曲集の第1曲目。4拍子で非常に穏やかな旋律が流れる。詩はドイツの詩人であるヨハン・ペーター・ヘーベルによるもの。喜びと苦しみの表裏一体さが内省的に歌われている。タイトルには「新年」とあるが、詩の中に「neun Tage」=「新しい日々」とあるように、新たな年を迎える……と元旦だけでなく、さらに大きく「新たな日々」という意味合いにも聴こえ、前向きさも感じさせる。喜びや苦悩はあるけれども、それに対する勇気や感性、そして希望を持つこと――人間が一歩ずつ生きていくことへのヒントを示唆しているようである。

ヴォルフ:『メーリケの詩による歌曲集』より「新年に」

ドイツ・リートの一つの到達点を成したとされるヴォルフによる、「新年」を歌った1曲。ドイツの詩人であるエドゥアルト・メーリケの詩によって43の作品による歌曲集に収められている。

作風は非常に穏やか。ピアノによる軽やかな前奏を経て、神への敬虔な賛美とともに新年を迎える喜びが浮き立つように歌われる。華麗に思われがちな「新年の音楽」だが、こうして一人の歌い手に歌われるのも悪くない。

リュリ:テ・デウム

リュリは、フランスのルイ14世が重宝した17世紀の宮廷音楽家だ。文化や音楽への関心を広げ、対外政策として文化人を厚遇したルイ14世のために、リュリはその身を捧げた。そして、ただ音楽家としてルイ14世に仕えるだけでなく、親友的な関係性を強固に築き厚い寵愛も受けていた(のちにリュリのスキャンダルによって関係性は悪化するが)。

リュリはルイ14世に仕える中で、フランス音楽界を牛耳るほどの権力を持つように。華麗な弦楽器群のサウンドと贅沢に書かれたソリスト・パート――『テ・デウム』のような大きな規模のモテットは、そんなリュリの最盛期を表す作品でもある。新年などの祝いの場で多く披露された。ただ、ルイ14世の快気祝いにも演奏したのだが、その時のとある“事故”によって命を落としたという悲しい作品でもある。

J.シュトラウス2世:喜歌劇『こうもり』序曲

新年×クラシックといえば、やはりウィーンの楽友協会で行われる毎年恒例のニューイヤー・コンサートをイメージする。シュトラウス一家による楽しい音楽の数々は、否応がなしに心まで華やぐ。

そんなウィーン的作品の魅力を丸っと詰め込んでいるのが、喜歌劇『こうもり』序曲だろう。そもそも『こうもり』も、とある年の大晦日から元旦にかけて繰り広げられる物語。仮面舞踏会で訪れる愉快で滑稽な「復讐」をテーマにしている。不完全なのになぜか憎めない魅力的なキャラクターたちがストーリーを展開し、最後は「すべてはシャンパンのいたずら」と大団円を迎える喜歌劇だ。

ある種の破茶滅茶さはあるものの、そんな「楽しさ」を凝縮したのが序曲だ。「これから1年いろんなことがあるだろうけど、それでも楽しく生きていこう」と元気づけられるに違いない。

フィンジ:新年の音楽

イギリスの作曲家、フィンジによる作品。「新年」と聴くと華々しい印象を受けがちだと思うが、これはノクターン=夜想曲だ。

フィンジは大晦日の夜について、「去り行く年の最も悲しい時間である」と述べたそう。1年の移り変わりを刹那的に捉える価値観が、この作品のロマンティックさにつながっているのだと納得できる。管弦楽ならではの楽器の絡み合いが濃密で、思わずうっとりとさせられる1曲。新たに迎えた1年を良きものにしたいと切に願う時、思い出したい作品だ。

ブラームス:大学祝典序曲

2023年は、ブラームスが生誕190年を迎える年だ。ここは、ブラームスの晴れ晴れしい1曲を新年に添えたい。1879年、ブラームスは現在のポーランドにあるブレスラウ大学より名誉博士号を受勲した。それに対し感謝の意を込めて書いたのが、この『大学祝典序曲』だ。

作品内には4つの学生歌がモチーフとして引用されており、全体的に祝祭的なムードが作品を支配している。時に流れるような旋律が顔を見せるものの、基本的に活気に溢れていて、瑞々しい足踏みが聴こえてくるよう。1年の始まりにふさわしいだろう。

プーランク:エディット・ピアフを讃えて

ブラームスと同じく、プーランクも没後60年を迎えるアニバーサリー・イヤーにあたる。そしてプーランクが愛した歌手のエディット・ピアフも、今年同じく没後60年を迎える。

プーランクは、同じフランスを生きたエディット・ピアフのファンだった。プーランクはクラシックの世界に生きた人間だったが、その作風は「クラシカル」な型におさまらない、どこか移り気で都会的な魅力があった。ポピュラーの世界で活躍したピアフを敬愛したのも、納得がいく。そして『エディット・ピアフを讃えて』もまた、プーランクの洒脱な気質がこの上なく発揮されている。

Written By 音楽ライター 桒田 萌


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