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Classical Features

ブルース・リウ最新インタビュー:新作『ウェイブス~フランス作品集』に込めた思いとは?

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©ChristophKoestlin

聴衆に興奮の渦を巻き起こし優勝を飾った第18回ショパン国際ピアノ・コンクールから早2年。ブルース・リウ初のスタジオ録音によるアルバム『ウェイブス〜フランス作品集』が日本ツアーに先駆け先行発売された。

来日したリウに、このアルバムのコンセプトや制作エピソードについて話を聴いた。クラシック音楽ファシリテーター飯田有抄さんによるインタビュー。


フランス音楽250年を伝えるラモー、アルカン、ラヴェル

——アルバム『ウェイブス~フランス作品集』は、ジャン=フィリップ・ラモー(1683〜1764)、シャルル=ヴァランタン・アルカン(1813〜1888)、そしてモーリス・ラヴェル(1875〜1937)という、時代の異なる3人のフランス人作曲家の作品に焦点を当てられました。2021年のコンクール優勝直後にこのuDiscoverでインタビューさせていただいた際、すでにリウさんは「ラモーとラヴェルも弾きたい」と語っておられましたね。

ショパン国際コンクールはコロナの影響で1年開催が延びたこともあり、あまりにも長くショパンを弾いていましたので、別の作曲家への関心が高まっていました。レコード会社のスタッフに私のアイディアを伝えたところ、ラモーの作品はこれまで録音があまりなされていなかったので喜んでもらえました。

ラヴェルはその音楽性や人間性が私自身に近しく感じられるので、ぜひ入れたかった。そしてアルカンも、まだあまり広くは知られていない作曲家の一人ですので収録しようということになりました。

Bruce Liu – Rameau: Gavotte et six doubles, RCT 5/7: 1. Gavotte

——では、まずラモーから少し詳しくお話しを伺います。フランス・バロックを代表する作曲家ですが、彼の作品はクラヴサン(=チェンバロ)のために書かれていますね。それをピアノで演奏する際に、どのような難しさや発見がありましたか?

本来ピアノのために書かれてはいない作品をピアノで演奏するのは、ひとつのチャレンジではありますが、楽器の違いを知ることで作品理解を深められますし、そしてピアノで弾くことの有利性を発見することにもなります。

実際にクラヴサンに触れると、強弱によって変化をつけることができない楽器であること実感します。今回はラモーの〈ガヴォットと6つのドゥーブル〉を冒頭に収録していますが、それぞれのドゥーブル(変奏)は徐々に音数が増えていきます。最後の変奏は本当に音が多いです。

どうしてそのように作られているかといえば、強弱をつけられないクラヴサンであっても、音の数が次第に増えていくことで、全体のボリュームは大きくなり、緊張感のある表現ができるからなのです。こうしたことは、現代のピアノでこの曲を弾いているだけでは気付きにくいんですね。ピアノはあまりに自然に強弱変化を付けることができてしまいますから。

また、強弱変化ができないということは、ポリフォニー(多声)の表現も難しくなります。ピアノのように声部ごとに強弱を変え、いずれかの旋律を際立たせるようなことができないからです。クラヴサンではどの声部も同じ音量で聞こえてしまいます。

ピアノはその意味ではとても有利な楽器ですね。転調による効果なども伝わりやすいです。私は15分もハープシコードを弾いていたら疲れてしまいました(笑)。あらためてピアノの可能性を感じることができました。

Rameau: Menuets, RCT 6/3-4

初のスタジオ録音 音作りのこだわり

——同じラモーの作品でも、後半に収録されている〈優しい嘆き〉と〈一つ目の巨人〉という曲では、音色の質感が変わり、世界観の違いを感じ取ることができました。ピアノの調律・調整や録音方法など、音作りにも意図をもって仕上げられたのでしょうか。

はい。ラモーの個々の作品だけでなく、3人の作曲家のまったく異なる世界観を提示できるように、200年の音楽史の彩りをお伝えできるように、音作りにもこだわりました。音質が均一ならば、三人を取り上げる意味がないと思ったのです。調律もそうですが、マイクの置き方や、エンジニアによるミキシングにも、いろいろとアイディアを出させてもらいました。

今回は私にとって初めてのスタジオ・レコーディングで、コンサートとは全く違ったアプローチをしています。コンサートではおよそ90分で一つのまとまりを作ることが必要だと思っています。全体で大きな一枚の絵画を作るような感覚です。一方でアルバム作りは、一曲ごとに世界を作り、個々の作品が一枚の絵となって並べられる感覚で作りました。

アルバム作りでは、演奏し終えた段階では半分までしか作業は終わっていません。その後も非常に重要です。エンジニアにとっては悪夢だったかもしれませんが(笑)、私からいろんなリクエストを出しました。もちろん私には録音上のテクニカルなことは分かりませんが、たとえばラヴェルなら、流麗に、カラフルに、幻想的に、など。ラモーは具体的な音の動きが鮮明でクリアに伝わるように、そしてアルカンは力強く、というように言葉で伝え、3者の作品の音質にコントラストを付けてもらったのです。LP版に収録したサティは、また違った世界観の響きをお楽しみいただけます。

©ChristophKoestlin

——アルカンについては、とても美しく優しい響きの〈舟歌〉と、技巧的なエチュード〈イソップの饗宴〉のコントラストも鮮やかですね。

そうですね。〈イソップの饗宴〉のように12分近くもかかるエチュード(=練習曲)の大曲を作った人なんて、後にも先にもアルカンしかいないのではないかと思います。ですからこの曲を収録するのは必然的でした。25ものヴァリエーションがあり、「ウェイブス」と名付けたアルバムのコンセプトにも合った作品です。

——先ほど、アルカンはまだあまり広く知られていないとおっしゃいましたが、リウさんご自身が初めてアルカンを知ったきっかけは?

私も知ったのは10代後半と遅かったです。たしか音楽配信サイトでランダムに音楽を聴いていた時、偶然出会いました。ドビュッシーやラヴェルらに比べると、まだよく知られていないこの作曲家の魅力を、私自身も発見していきたいという思いから取り組みました。少し調べてみると、彼には膨大な作品群があることがわかりました。大量のエチュード、ソナタ、そして協奏曲も。彼はショパンやリストとの影響関係も深く、パリのサロン文化でも交流が深かった人。しかしなぜか忘れられてしまった。それは残念だと思い、レコーディングしたいと思ったのです。

彼の音楽は斬新な響きに彩られているというよりも、とても基本的なことが盛り込まれています。割と伝統的な音階や分散和音などが多いので、それを音楽的に聴かせるところが難しいですね。〈イソップの饗宴〉は実際に弾いてみると、変奏を積み重ねながらクライマックスを迎えていく感じが、とても好きですね。技巧的にはかなり大変な曲なので、コンサートで弾くにはハードルが高いかも(笑)。

——ラヴェルには数々のピアノ作品の名曲がありますが、5曲からなる組曲《鏡》を選ばれましたね。

《鏡》の中でもとくに第4曲〈道化師の朝の歌〉は、若い頃からコンクールのために弾き込んできた作品なので、自信もあって選曲しました。

とはいえ、全曲を通じて演奏してみると、いろいろと発見がありますね。ラヴェルはスペインに程近いバスク地方で生まれた人ですから、スペイン風の曲想もとても素敵です。また、森や海や谷や生き物といった自然を感じられるところも、この作品の魅力です。自然のさまざまな情景を旅しているような気持ちになり、これは私自身が今、演奏家としてさまざまな場所に旅をしていることと、とてもマッチします。

ラヴェルは非常に完璧主義者だったので、彼の楽譜には何一つ足すことも引くことも必要がありません。とても自然に演奏することができます。

Bruce Liu – Ravel: No. 3, Une barque sur l'océan, Miroirs, M. 43 (Live at Fondation Louis Vuitton)

『ウェイブス』は自らの姿勢を表す言葉

——アルバムには『ウェイブス』(Waves=波)というタイトルを付けられました。この言葉に込められた思いとは?

最初は『フランスのイリュージョン』とか『イリュージョン・パリ』など、「イリュージョン」(Illusion=幻想)という言葉を入れようと考えていたのですが、ある友人が『ウェイブス』を提案してくれてそれに決めました。

『ウェイブス』という一語だからこそ、このアルバムを手に取ってくださる方々がイマジネーションを膨らませられる余白があるな、と思ったのです。また、「波」とは水、液体であり、絶えず流れ、固定されずに変わりゆくもの。これはまさに、私の音楽に対するアプローチに近いと感じました。

人間の感情もまた、絶えず動いていくものです。コンサート・ピアニストとしての活動や、やはりどうしても、シーズン・プログラムごとに同じ曲を弾き続けなければならず、ルーティンもあって大変です。しかし私はいつでも新しいホールで、新しいピアノを弾き、新しい経験を感じ取っていきたいと思っているのです。

©ChristophKoestlin

——停滞することなく、絶えず変化し続ける。そんなリウさんの思いが込められたタイトルなのですね。今後のピアニストとしての展望は?

コンサートのプログラムに、しっかりとした自分なりのコンセプトを持たせていきたいですね。伝統的な曲目で安全パイにおさめることなく、自分なりの創造性をもって新しい切り口からプログラミングしていきたい。保守的な人々からの批判があったとしても、アートとはいつの時代もつねに批判に晒され、それに立ち向かってきた歴史があります。私も新しいものに挑戦しつづけ、芸術を発展させていきたいと思っています。

Interviewed & Written by 飯田有抄


■リリース情報

ブルース・リウ『ウェイブス~フランス作品集』
2023年10月11日発売
 iTunes / Amazon Music / Apple Music / Spotify


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