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ザ・ビートルズ『Anthology 2』DISC1収録曲解説:『Help!』のセッションから武道館まで

1995年から1996年にかけて3回に分けて発売されたザ・ビートルズのアルバム『Anthology』が、最新リマスターだけではなく、未発表や最新ミックスされた音源が追加され、2025年11月21日に『Anthology Collection』(8CD/12LP)として発売された。
新規追加された単独としても発売された新作アルバム『Anthology 4』も話題となっているが、今回は、リマスターされたアルバム『Anthology 1』から『Anthology 3』までのDISC1について、『レコード・コレクターズ 12月号』に掲載された作品解説を許諾を得たうえで順次公開。Disc2を含めた全文解説については、11月14日に発売されたザ・ビートルズが表紙の『レコード・コレクターズ 12月号』をご覧ください。雑誌の購入はこちらより。
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『Anthology 1』の4か月後となる1996年3月18日に発売されたシリーズ2作目。『Help!』『Rubber Soul』(ともに1965年)、『Revolver』(1966年)、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』『Magical Mystery Tour』(ともに1967年)までの5作に加えて、1968年2月のシングル「Lady Madonna」セッションまで、スタジオでの試行錯誤の刺激的な制作過程が垣間見える貴重な音源をまとめた充実作である。
ディスク1
まずディスク1の1曲目「Real Love」は、1979年にジョンがダコタハウスで録音したデモ音源を元に、「Free As A Bird」に続く2曲目の新曲として1995年2月にレコーディングされた。サイケデリックな色合いの強い「Free As A Bird」に対して「Real Love」は、曲名通りの“純愛ソング”。どちらが好きかでジョン(ビートルズ)の曲の嗜好がわかるが、この2曲は、さしずめ「Strawberry Fields Forever」と「All You Need Is Love」のどっちが好きか?と問われているような嗜好の違いがある、
ただし「Real Love」のこのテイクはジョンのキンキン声が人工的に響くので、ヴォーカルだけ聴くと「Strawberry Fields Forever」に近い印象がある。『Anthology 4』に収録された「Real Love」(激変版)は、最新技術により「All You Need Is Love」以上にまろやかなジョンの歌声が堪能できる。
ちなみに2015年に発売された映像版『1』ではジャイルズ・マーティンがリミックスを手掛け、ジェフ・リンの特徴的なダウンストロークのギター・フレーズが、よりヘヴィーなギター・サウンドへと大幅に変更されたほか、ギター・ソロも改変されていた。
「Real Love」は1996年3月4日に先行シングルとして発売され、カップリングはいずれも『Anthology 2』未収録となった。7インチ・シングルとCDシングルには1965年8月30日のハリウッド・ボウル公演からの「Baby’s in Black」、4曲入りのCDシングルにはさらに『Revolver』のセッションから、イントロにリンゴのセリフの入った「Yellow Submarine」(テイク4、5/1966年5月26日、6月1日録音)と「Here, There and Everywhere」(テイク7と13/6月16日録音)が収録されている。
2曲目から5曲目は『Help!』のセッションから。2曲目「Yes It Is」はテイク2にオフィシャルのテイク14を途中から被せたリミックス版(1965年2月16日録音)。3曲目「I’m Down」は「I’ve Just Seen a Face」「Yesterday」と同じ日(6月14日)に録音されたポール作の3曲のうちのひとつ。テイク1からエンジン全開。曲が終わったあとにポールが、『Rubber Soul』のタイトルのヒントとなった“Plastic soul, man, plastic soul”と呟いているところまで収録されているのがミソ。この曲は、もともと6曲目(「Help!」の前)に収録される予定だったのを、ポールの希望で3曲目に変更されたらしい。これで「Ticket to Ride」と「Help!」のシングルB面曲が続くことになり、ポールの曲が前半になかったのを解消する流れとなった。
4曲目「You’ve Got to Hide Your Love Away」は、ジョンがブライアン・エプスタインに向けて歌ったと思しき曲で、『Anthology』の映像集でも、エプスタインの紹介映像のバックにこの曲が使われている。テイク1、2、5(テイク5は、オフィシャルのテイク9以外で完奏された唯一のテイク/2月18日録音)が聴ける。
5曲目「If You’ve Got Trouble」と6曲目「That Means a Lot」は『Help!』のアウトテイク。「If You’ve Got Trouble」はリンゴ用にジョンとポールが書いた曲で、4曲目「You’ve Got to Hide Your Love Away」と同じく2月18日に1テイクのみ録音された。「Ticket to Ride」の二番煎じと言えそうなギター・リフが耳に残るものの、この単調なロックンロールではなく、6月17日に録音されたバック・オーウェンズの「Act Naturally」のカヴァーをアルバム用に選んだのは真っ当な判断だった。映画『Help!』で主役を務めたリンゴが歌うからこそより引き立つ。「Act Naturally」はアメリカでも日本でもシングルとして発売されたが(B面は「Yesterday」)、「Yesterday」をなぜA面にしなかったのかと担当の高嶋弘之氏にお訊きしたら”あの時期はリンゴは日本で人気が高かったから”とのこと。
6曲目「That Means a Lot」はフィル・スペクターの“音の壁”をさらにおどろおどろしくしたかのようなサウンドが奇妙奇天烈なポールの曲(2月20日録音)。アレンジやテンポを変えて何度もレコーディングが行なわれたが、やればやるほど悪くなる“ゲッティング・ワース”な一曲に。その中でもわりとまともなテイク1が収録されているが、 “can’t you see”とポールが歌い上げるフレーズが(個人的に苦手な)「What You’re Doing」に通じる趣あり。その後、ブライアン・エプスタインのNEMSがマネージメントしていたP・J・プロビーに提供された。
『Help!』からさらにジョンとポールのアコースティック・ギターによる傑作2曲。7曲目「Yesterday」は、ポールが2番の歌詞の1か所を入れ替えて歌う、ストリングスがまだダビングされていないテイク1(6月14日録音)。8曲目「It’s Only Love」はオフィシャル版よりもより躍動感のある、リンゴのドラムがいいアクセントになっているテイク3と2を合わせたリミックス版。「It’s Only Love」が録音された6月15日は、『ミュージック・ライフ』の星加ルミ子氏がEMIスタジオでビートルズと初対面した日でもあった。
9曲目から12曲目の4曲は、1965年8月1日にブラックプールのABCシアターで開催されたテレビ番組(生放送)「ブラックプール・ナイト・アウト」でのライヴ音源。現在ではすべて映像でも観られるので、70年代に海賊盤を楽しんでいた気分で音に接するのがいいかもしれない。とはいえ11曲目「Yesterday」は、映像で観たほうが魅力倍増になること請け合いである。
冒頭で“リヴァプール出身のポール・マッカートニーです、オポチュニティ・ノックス!”とジョージに紹介されてポールが歌い出す。「オポチュニティ・ノックス」は、1968年にメリー・ホプキンが出演し、アップルとの契約のきっかけになった番組として知られているが、イギリス版「スター誕生!」と言えるその人気番組をジョージは引き合いに出し、ソロ・デビューを飾ったポールを茶化した、というわけだ。
それだけではない。曲の終わりにジョンが花束を持って登場。ポールが花を受け取ったら枝から先は切られていて花束は受け取れず、しかもジョンの痛烈な「サンキュー、リンゴ!」の一声も入るのだ。リハーサルでは花束をポールに普通に渡していたのに、本番ではこの仕打ち、である。12曲目「Help!」はジョンのラリッたMCが最高。
13曲目「Everybody’s Trying To Be My Baby」は1965年8月15日のニューヨーク、シェイ・スタジアム公演からジョージの溌剌としたヴォーカルが聴ける曲が選ばれた。ポールが歌う「She’s a Woman」の収録予定もあったようだが、その曲のライヴ音源は、日本武道館での演奏(25曲目「She’s A Woman」)から選ばれた。
14曲目から16曲目は、『Rubber Soul』でのスタジオ・セッション曲。次作の『Revolver』からは6曲も選ばれていることを思うと、『Rubber Soul』からの曲は明らかに少ない。14曲目「Norwegian Wood (This Bird Has Flown)」は、セッション初日(10月12日)に録音されたテイク1で、オフィシャル版よりもジョージのシタールが拙い。
15曲目「I’m Looking Through You」はテンポが緩めでアコースティック・ギターの音色が心地よい、改良前のテイク1(10月24日録音)。16曲目「12-Bar Original」は、ブッカー・T&ジ・MGズの「Green Onions」を彷彿させる、「Cry For A Shadow」(1961年)に次いで、あるいは「Flying」(1967年)よりも前に演奏されたインスト曲(11月4日録音)。もともと6分36秒あったテイク2の短縮版。ジョージ・マーティンのハーモニウムがいい味わいだ。
17曲目からは、『Revolver』の制作過程の面白さが伝わるテイクばかり。17曲目「Tomorrow Never Knows」は、アルバム・セッションの初っ端となった1966年4月6日に録音されたテイク1。「Revolution」と「Revolution 1」以上に、オフィシャル版との表情の変化が楽しめるテイクで、映像版『Anthology』では、ポール、ジョージ、リンゴがこの曲のプレイバックをジョージ・マーティンとともに聴いている時に、リンゴが“泳ぐ真似”をしているのが印象的だった。そのくらい浮遊感のあるサウンドで、こちらもオフィシャルで出ていたら面白かったんじゃないかと思う。
18曲目「Got to Get You Into My Life」も興味深いテイク。オフィシャル版はブラス・ロック的アレンジが軽快で重厚な仕上がりだったが、こちらは3人のコーラスを多用したテイク5(4月7日録音)。むしろ今の時代にもしっくりくる洒落たアレンジが耳に心地いい。19曲目「And Your Bird Can Sing」はポールお気に入りの、ジョンとポールがヴォーカルをさらに重ねている最中に笑いが止まらなくなる微笑ましいテイク2(4月20日録音)。
20曲目「Taxman」は、後追いコーラス“anybody got a bit of money”のアイデアを取り入れたテイク11(4月21日録音)で、編集で追加されたエンディングのポールのギター・ソロはなく、普通に終わる。21曲目「Eleanor Rigby」はストリングスだけを聴かせるヴォーカルなし版(4月28日録音のテイク14)。バーナード・ハーマンが音楽を手掛けた映画『サイコ』とともに楽しみたい。㉒と㉓も興味深いテイクで、オフィシャル版4月27日録音の二日後に新たに録音されたものの、使われず未使用となったもの。
22曲目「I’m Only Sleeping」のリハーサル・テイクは、29日録音のテイク5を録音する前にテープが巻き戻されてしまい、危うくすべて消去されてしまうところ、演奏が早めに終わり、1分だけ奇跡的に残ったという。オフィシャル版とは表情が大きく異なり、ヴィブラフォンをフィーチャーしたラウンジ感覚のあるサウンドが素晴らしい。23曲目「I’m Only Sleeping」は29日録音のテイク1。快活なサウンドで、睡眠誘導効果は低い仕上がりだ。
『Revolver』の記念盤が22年に出たので、現在では貴重度はやや落ちたかもしれないが、それでも、20曲目から23曲目の4曲はここでしか聴けない。
当初の予定では、『Revolver』セッションから「Paperback Writer」のヴォーカルだけを取り出したテイク、「I’m Only Sleeping」と「Love You To」の別テイクも収録される予定だったという。24曲目「Rock and Roll Music」と25曲目「She’s A Woman」は1966年6月30日の日本公演から。当初は「Nowhere Man」も入る予定だったそうだ。25曲目のポールの“シマウマ”都市伝説は、やはり“She, my woman”に聞こえる。
Written by 藤本 国彦

ザ・ビートルズ『Anthology Collection』
2025年11月21日発売
① 8CDボックス・セット
品番:UICY-80700/7
価格:22,000円税込/完全生産限定盤
予約はこちら
② 12LPボックス・セット
品番:UIJY-75340/51
価格:69,300円税込/直輸入盤仕様/完全生産限定盤
予約はこちら

ザ・ビートルズ『Anthology 4』
2025年11月21日発売
2CD / 3LP
ザ・ビートルズ『Free As A Bird / Real Love』
7インチ・ヴィニール:2025年11月28日発売
CDシングル:2025年12月3日発売
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