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グラミー&アカデミー賞受賞のジョン・バティステ、新作『Big Money』のタイトルやコラボを語る

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Photo by Beth Sacca

2025年8月22日、ジョン・バティステ(Jon Batiste)が新作『BIG MONEY』をリリースする。

本作は、グラミー最優秀アルバム賞を受賞した『WE ARE』、NewJeansをはじめとする豪華アーティストとともに世界を音楽でつないだ『World Music Radio』、そして米クラシック・チャート第1位を獲得した『Beethoven Blues』に続く、注目のヴォーカル・アルバムだ。

今回、その最新作の発売にあわせて、ジョン・バティステにインタビューを行った。

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タイトルの意味

―― なぜアルバムタイトルを『Big Money』にされたのですか? このテーマをメインに据えられた背景について教えてください。

今、世界は深刻な状況にあるよね。その根底には何があるかというと、多くの宗教でも語られている通り、「お金」なんだよ。 それについて僕はいろいろ考えた。70年代の音楽や、他の時代の“メッセージ性を持った音楽”って、そういう社会の問題に立ち向かって、人々に希望を与えたり、ステージ上で誰かがそれを歌うことで、聴いている人たちに共感や気づきを与えたりしていた。

でも、最近の音楽にはそういう力があまり感じられないことがある。 だから、今この時代に、本当に意味のある音楽を作りたいと思ったんだ。 でもそれは、答えを提示する音楽じゃなくて、むしろ「皮肉という最高の表現手法」を使って、何かを示唆する音楽。 あるいは、子どものような純粋で率直な目線で、ただそのままを語る音楽でもあるし、質問すら提示せずに、ただ「何か」を喚起する音楽でもあるんだ。

「PETRICHOR」とか「BIG MONEY」みたいな曲は、ギリシャ神話のトリックスターや、ブレア・ラビット(民話のずる賢いウサギ)、あるいはハーレム・ルネサンス期のアフリカ系アメリカ人の語り部たち、そういう伝統の中にあるものなんだ。

アメリカ音楽の文脈の中で、ブラック・パフォーマーたち——ルイ・アームストロングがそうだったし、ビリー・ホリデイが「Strange Fruit」を歌ったときもそうだったし、ルイ・アームストロングが「(What Did I Do to Be So) Black and Blue」を歌ったときもそう——彼らの言葉や歌い方には、ある「方法」があった。 みんな自分の意見を伝えようと、さまざまなやり方で訴えてきた時代。いろんな声やアクションが飛び交って、でも本当に伝わる「信号(シグナル)」はほとんどなくて、ノイズばかりの時代。 そんなときに、こうしたやり方があるんだよね。

『Big Money』っていうタイトルも、ただそのまま。 音楽全体は、そういうレイヤー(層)や深みがあるんだけど、もし聴き流すだけなら、アイロニーとして、ただ踊りながら聴けるようにも作ってある。 つまり、「地球が燃え尽きようとしているその瞬間にも、僕らは踊り続けている」ってことなんだ。 楽しい時間を過ごしているけど、海を見てごらん。あの海は、もうなくなってしまうかもしれない。 みんな死ぬかもしれない。 地球が燃えてる——そういう状況だよ。

でも、アルバムの別の部分では、たとえば「DO IT ALL AGAIN」みたいに、本当に純粋で誠実な曲もある。 これは、アルバムのもうひとつの極なんだ。 つまり、「トリックスター的な皮肉」と「子どものような純粋さ」を行き来しているんだよ。

「DO IT ALL AGAIN」は、パートナーに歌ってもいいし、配偶者に歌ってもいいし、神に向けて歌ってもいいし、自分自身に向けて歌ってもいい。心からまっすぐに出てくる、考えて作ったものじゃない音楽。 ただ、自然にあふれ出してくるものを、そのまま捉えるしかない。 雷を瓶に閉じ込めるみたいに、ね。

このアルバムは、本気で作り始めてから仕上がるまで、たった2週間で作ったんだ。 全部の曲、全部の演奏が、同じ部屋で、同じ空気を吸いながら、一発録りで収録されてる。 頭から最後まで、オーバーダビング(後から音を重ねる作業)なし。 その瞬間を、その本質を捉えること。それが、この音楽をちゃんと伝えるために、すごく大事なことなんだ。

まだまだ話そうと思えばいろいろあるけど、これがこのアルバムさ。 ジョン・バティステが作った新しい「アメリカーナ」のアルバムで、いろんな要素が詰まってる。 でも、それこそが「バティスティアン・ミュージック(Batistean music)」の伝統なんだよ。

―― アルバムのタイトル曲「Big Money」のMVでは、曲の意味を視覚的にどのように表現しようとされたのでしょうか?

P.T.バーナムとか、バーナム&ベイリー・サーカスの影響があるんだ。P.T.バーナムの有名な言葉に「1分ごとにカモが生まれる(A sucker is born every minute)」っていうのがあるけど、昔から人は騙され、売られ、裏切られ、その背後には「大金(Big Money)」が動いてきたわけさ。そのゲームは、昔から続いているし、これからも終わらない。それに、僕は普段あまりそういうキャラクターとして見られることがないから、今回はあえてそういう役割をやってみたかったんだ。アルバムやビジョンの世界観を伝えるためにね。

実は、曲にも映像にも、ものすごくたくさんの意味やメッセージ、イースターエッグ(隠し要素)を散りばめてあるんだけど、今日は時間が足りないから全部は話せないよ(笑)。ただ、耳を傾ける人、目を凝らす人にはちゃんと届くように作ったつもりだよ。

Jon Batiste – BIG MONEY

 

ランディ・ニューマンやアンドラ・デイとのコラボ

―― 今回、アイコニックな存在であるランディ・ニューマンとのコラボレーションが実現しました。「LONELY AVENUE」はどのような経緯で一緒に制作することになったのか、お教えてください。

そうだね、ここ1年半くらい、僕らはすごく仲良くなって、よく会ったり、本を貸し借りしたりしてたんだ。最初は、お互いがピクサー映画の音楽を手掛けた経験があるってところから話が始まって、それからニューオーリンズ出身であること、ピアノへの愛情、そしてレイ・チャールズへの敬愛、そういう共通点について語り合った。

「LONELY AVENUE」は、レイ・チャールズが録音して有名になった曲で、他の誰かっていうよりレイ・チャールズのための曲みたいな存在なんだよね。僕らのブルースへの愛情、リビングルームでの会話——そういう時間の流れの中から、この曲を一緒にやる流れになったんだ。

今、ランディはもうパフォーマンスの状態にはなくて、普段はピアノも歌もやっていない。でも、ある日、僕が彼の家のピアノを弾いていて、彼と話しているうちに、彼がちょっとずつ歌いはじめて、最終的にはピアノも弾いてくれたんだ。そこに、伝説的なプロデューサーであるレニー・ワーノーカーが遊びに来て、その翌日にマイクを持ってきて収録した。それがたぶん最初で最後のテイクなんだ。

全部が、僕たちの友情の自然な延長線上にある出来事だった。あの瞬間を記録できたのは本当に素晴らしかったよ。あのアレンジ、そしてテイクは本当にすごいものだったよね。

Jon Batiste – LONELY AVENUE ft. Randy Newman

 

―― もう1曲、「Lean on My Love」についてもお聞かせください。この曲はどのように生まれたのでしょうか。また、アンドラ・デイと一緒に取り組まれた理由についても教えてください。

このアルバムが持っている「皮肉」と「純粋さ」という両極性を意識していて、この曲はその中でも最も誠実なメッセージとして、アルバムの冒頭に「温かいハグ」のように置きたかったんだ。今の時代に、「まだ愛を信じてもいいんだよ」と伝えたかった。アメリカの政治とか、日々流れてくるニュースとか、僕自身の人生でも、愛とは反対の方向ばかりが見せられている中でね。

この曲は、Electric Lady Studiosでのセッション中に、バンドと一緒に自然にあふれ出てきたもので、その場で録音したんだ。マーヴィン・ゲイとタミー・テレルのデュエットみたいな、温かさと深さと自然さのある雰囲気にしたかった。ただ、それよりももっと「デュエット感」を薄くして、まるで2人が家のソファでおしゃべりしてるような、そういう感じを目指したんだ。

アンドラ・デイとは、以前からゴールデン・グローブで共演したり、映画やテレビでも一緒に何かやったり、ライブでも共演してきて、10年くらい前からお互いに何かしようって言い合ってきたんだけど、今回が初めてレコーディングで一緒に作品を作る機会になった。

 

踏みとどまるための「歌」が必要

―― 日本では、少しでも給料を上げたい、暮らしの質を高めたいと願う人が多くいます。そうした背景の中で、ジョンが考える「本当に価値のあるもの」とは何か、お聞かせください。

人生で本当に価値のあるものって、昔からずっと変わらずに価値があるものだと思うんです。聖書には「自分の手で働いたことや、その労働の実りを喜びなさい」と書かれていて、家族やコミュニティを大切にし、その日その日を丁寧に生きるようにともあります。

そして、目の前のことに集中して生きる――。これは、人生のさまざまな場面に応用できる教えだと思います。たとえば、シンプルな暮らしや、自然の恵みをいただきながら共同体の中で生きていくこと。世代を超えて受け継がれてきた「お金では測れないけど、自分や家族にとって意味のあるもの」。そういった価値観は、今の時代にこそ必要とされている気がします。

でも同時に、それを実践するのは簡単じゃない。今の経済状況では、働いて得た報酬がその労力に見合わないこともあるし、自分たちの選択が公平なプロセスの中で行われていないと感じることもある。一生懸命やっても何も変わらないように感じることさえある。

だからこそ、芸術や音楽が今の時代に果たす役割はとても大きいと思うんです。音楽は「声」であり、「器」であり、人々の中にある“光”を絶やさないためのもの。心の奥にある“光”に再びつながる手がかりになる。それが人を前に進ませ、私たちが探し続けている答えにいつかたどり着かせてくれるんだと思う。

闘う人たち、探求する人たち、真実を語る人たち、教える人たち、語り継ぐ人たち――つまり、本当の意味での自由を求める人たちには、踏みとどまるための「歌」が必要なんです。もう何も残ってないと思ったときに寄り添ってくれるような、励ましの言葉や、心を震わせる響きが。

新しいアイディアが生まれそうにないときに、世界を変えるひらめきが宿るような「歌」が必要なんです。毎日、誰にも見られなくても、正しいことを選び続けている人たちがいる。そういう人たちのために、音楽の力はある。それがこのアルバムに込めた力であり、ステージに立つときに自分が届けたいことでもあります。今の時代を生きるすべての人たちのことを、僕は心から思っています。

今、僕たちは“孤独のパンデミック”の中にいる。人々は孤独を感じていても、それをどう表現すればいいかすらわからなくなってる。自分自身とのつながりが薄れてしまって、「今がどんな時代なのか」「自分が誰なのか」さえ、見失ってしまっている。でも、僕たちの存在には、確かな意味がある。それを思い出してほしい。このアルバムは、そのための作品でもあるんです。…たくさん話しすぎましたね(笑)。

でももうひとつだけ言わせてください。その一方で大切なのは、“内なる子ども”を生かし続けること。子どもみたいな明るさや、喜び、生きることの楽しさを手放さないこと。たとえ世界が崩れそうに思えても。自分の世界が壊れかけているように思えても。隣の誰かの世界がうまくいっているように見えたとしても。誰かの人生が、自分より「いい」なんてことはないんです。誰の人生も、比べるものじゃない。「自分の人生こそが、自分にとっての最上のもの」なんです。

意味のあるものは、人間の本来のバランスや平等さを思い出させてくれる。ユニバーサルな人間性。誰もが感じる、生きていることのリアリティ。国籍も、持っているものも、肩書きも関係ない。僕たちは誰もが唯一無二の存在なんです。

それが、この音楽に込めた想いです。…まだまだ言いたいことはあるけど、今日はこの辺で(笑)。

 

僕たちは“愛するようにプログラムされている”

―― このアルバムには「Lean on My Love」や「Do It All Again」など、“愛”をテーマにした楽曲も収録されていますが、ジョンは「この時代にも愛の力を信じていい」と語っていらっしゃいました。その“愛”はどのように人に与えられるべきものだとお考えですか?

うん、愛にはいろんな形があると思うんだ。たとえば、神との間にある愛もそうだし、ソウルメイトのようなパートナーとの愛もある。もし誰かと深くつながることができたなら、それは特別な愛だよね。親が子どもに向ける愛もあるし、子どもが親に向ける愛もある。家族からの愛、つまり血縁的な愛もある。アガペー(無償の愛)もそうだし…つまり、いろんな愛の形があるんだよ。

愛というのは、すべての源とつながった、普遍的で神聖な言語なんだ。そして「創造主」は、僕たちアーティストにとって最高で最もインスピレーションを与えてくれるアイデアの源でもある。僕たちは、神のスピリットをこの人間の身体という器を通して受け取り、それを人々と共有することで、彼らが自分の内に光を持っていることを気づいてもらうんだ。その光、“愛の光”は、僕が以前話した「内なる子ども」ともつながっている。その光は、みんなの中にあるんだ。

だからこそ僕たちは輝こうとするし、何かを創り出す。ラブソングを書く時、それは本当は「自分たちが内に持っている光のさまざまな側面や表れ方」を描いているんだ。僕たちは“愛”をもって創られている。もし僕たちが機械だったとしても、僕たちは“愛するようにプログラムされている”んだよ。つながりを求めるようにね。だからこそ良心があるし、だからこそ感情がある。そういったものは、すべて僕たちの“基本設計”に組み込まれていて、「今この瞬間をどう受け止めるべきか」「道を踏み外したときにどう立て直すべきか」を教えてくれる。

そういう“内なる光”が、誰の中にもある。それが、僕が「このアルバムにはラブソングがある」と言うときに本当に伝えたいことなんだ。それは、みんなが持つ“光”を思い出させてくれる曲たちなんだよ。そしてその光が、人と人との関係、自分の魂との関係、創造主との関係、自分自身との関係の中で、いろんな形で輝き、現れていく。

僕は今の時代のことを“孤独のパンデミック”だと感じているし、同時に“自己嫌悪のパンデミック”でもあると思ってる。多くの人が「誰か他の人のほうが上手くいってる」「何か別のもののほうが正しい」と思い込んでしまってる。でも、実際はそうじゃないし、昔からそうだったわけでもないんだ。

だから僕は、それに立ち向かいたいし、そうじゃないんだというメッセージを発信したい。そして、人々に「あなたは素晴らしい存在だ」と思い出してほしいんだ。だって、あなたは「唯一無二」なんだから。Be the one.(自分の人生の主役になれ) その通り。


ジョン・バティステ『Big Money』
2025年8月22日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music



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